第79話 【幕間】その母娘、凶暴につき。 リ
「母上、ボクたちの他にも勇者がおられるのですね」
「勇者を侵略兵器として使うなら、何を以ってしてもまず数が必要という単純にして鉄板の考えでしょうね。ですが、それにしても数を揃えるのは良いとして、代償無しにとはいかないはず。儀式と魔力だけでどういう条件づけを……?」
夫たるグナエウス陛下は四代目聖女キリウ・レオナ様を召喚するにあたり、百年に一度しか使えない聖晶石の力を用いていた。
しかもそれだけでは足りず、大神イヌセンパイの御助力を以ってやっとお迎えできたというのに。その代わり、余りあるほど聖女様の御力は絶大だった。
『簡単やで。質を思い切り落として量を増やしたんや。対してお前さんたちが召喚する聖女は、文字通り人類未踏の強さとチート能力を加えた規格外。ワンオフってヤツ。ああ、初代聖女はまあ良いとして、レオナちゃんは例外の別格の神仕様やから。なんと言ってもあの子には俺は、何も足してないし何も引いてもないし』
な、なるほど。突然耳に語り掛けてきた大神の御言葉に少し驚いた。
『そんで、弱くても別にいいんや。勇者は鍛えたら結構な戦力になるねん。言うてキミらはアレよ、ノーマルガチャに超低確率の
がちゃ、なるものはわかりませんが、わらわたちは希少な確率で選ばれてしまったという裏事情が知ることができました。なるほど、たとえ初期が弱くても鍛えれば勇者としての資質が後の伸び白を与えると。
『ちなみにレオナちゃんの等級は
おっしゃる通りです。有象無象よりもただ一人の黒の聖女様を選びます。
『おうよ。まあ後の詳しくは現場のやつらに聞くといいで。なんかあったら助言する。なんもなくても助言するかもしれへんけどな。わはは』
あ、ありがとうございます。
比類なき混沌、力なき神々の守護者たる大神に感謝を。
わらわたちは宮殿内往路を突き進む。幸いにして同じ第二区域内に、量産型勇者どもは囚われているらしい。
大まかに、第一区域は謁見の間や皇帝の執務室などの政務の中枢区となり、第三区域は兵らの練兵場を初めとする軍事施設が主になっている。
しかるに第二区域は魔導師とやらの研究室や工房、他には祭儀・儀典などを扱う一般政務から少し離れた文官の公務室、魔術と祭儀を併せ持つ勇者召喚の社殿などがあるという。なお皇帝の住居は後宮で、正室や側室の生活の場でもある。
余談を挟んで、われらがオリエントスターク王国の宮殿敷地にも後宮は幾つかあるが、現在は邪魔な側室どもの押し込み場になっていて、輿入れした幼少期ならいざ知らず、わらわは王太子妃に確定してからは使ったことがない。
もちろん勇者召喚の社殿は、本来なら最重要施設の一つに数えられるはず。
が、現実的に考えて早々に勇者を召喚することもなく、また、喚ばねばならない事態とは国難のときと相場は決まっている。重要ではあれど常に必要なく、さりとてなおざりにも出来ずという意味で第二区域に施設を構えたとわらわは見る。
勝手な予想ではあるが、あながち間違ってないと思う。第三以降の区域が城内でいくつ分かれているのか知らないけれど、まあ細かいことはどうでも良しとする。
さらに想像力を逞しくするに、国難時における起死回生の奥の手として帝国に伝わっていたはずの勇者召喚を、今代の皇帝は我欲のために悪用したのではないか。
必死で走るちょっと可哀そうな失禁男の案内の後に、筋肉モリモリマッチョの素敵な勇士たちがドドド、ズドドドと駆け続く。
彼らの後方を、チャリオットに乗機するわらわたちがガラガラメキメキゴゴゴと疾駆する。ちなみにチャリオットが立てる不穏な音は大理石の床を踏み割ったり、壁やらなんやらを破壊しながら進んでいるためだった。
しかし自らの住む宮殿ではないので気にしない。そんなもの知らぬのである。大体、四頭立て軍馬+二輪戦車程度の重量が耐えられないとはどういう料簡か。
これまた余談だがこのチャリオット、厳密にはクワドリガと呼ぶ。もちろん、宮殿敷地をいくさ仕様の乗り物で駆ける非常識を問われればそれまでではあるが。
宮殿内では多少の混乱はあれど、失禁男はその都度で警告を発して騒がぬよう先手を打ってくれている。すると不思議と衛兵も侍女も武官も文官やらその他の者どもも、頭を垂れて一定の礼を取る。
文官にしては思った以上に体力のあるこの男ではあるが、意外と高位の官職なのやも知れない。少し考えをまとめるために、ちょっと尋ねてみようと思った。
「そなたの名を聞こう。ついでに役職も併せてな。自己紹介を、差し許す」
「は、はい! わたしはカール・フォン・リュッケテイマーと申します! いわゆる法衣貴族で、子爵位を帝国より賜っております! 役職は、帝国紋章院副長官でございます! 職場が帝城第二区域にあり、用向きから戻る途中、その道筋で勇者召喚の社殿前を通り抜けようとしてこの度の騒ぎ――いえ、邂逅を!」
「そうか。うむ、訊いておきながらだが、走りながら礼を取るのは器用よな」
なるほど、紋章官か。
ひと言に要約すれば、紋章にまつわる軍礼式担当の官吏である。
紋章制度はわらわの世界にもある。オリエントスターク王国には貴族制度がないため王国の国章と四つの属国の国章のみとなるが、紋章官自体はいる。
それは、押しも押されぬ花形の高級官僚である。文化の違いなのか、彼のような道化師みたいな格好はさせてはいないけれども……。
さて、紋章官は役職上、責務遂行のために一定の権威を持たせるのが通例となっているのだった。最も大きな特徴としては、軍使として派遣された紋章官を攻撃するのは人類国家共通の禁じ手とされていることか。
彼らは紋章の調査、登録、認可、ときに訴訟を行ない、軍務においては軍使、伝令官としての役割も持っている。
戦闘に加わらない代わりに、攻撃もされない存在。
わらわの世界ではオリエントスターク王国以外では基本的に貴族が職責を担い、しかし貴族と言っても領地を持たない法衣貴族である場合が大半だった。
元世界との差異はあるだろうけれども、この世界の紋章官も兎にも角にも侮らせぬ権威を持たされているはずだった。国家の後ろ盾は元より、紋章とは家系の顔そのもので、その紋章の来歴と意味合いを調査、管理、登録するというのは上位知識人として十分に認められる行ないであるためだ。
ただ、国事行為に際しては中心となるが一般文官の政務にはほぼ関わらず、かといって武官の軍事にも軍使として関わっても戦闘そのものには加わらない。
誰が言ったか、紋章官は文官武官どっちつかずのコウモリだと。
しかして彼らなくして家系の保証はなされず。国の権威を駆るのは、豊富な紋章知識を正しく扱うがためのもの。
「では、わらわも自己を示そう。わらわはオリエントスターク王国における王妃、約束された国母、まあ正室と言えばわかるか。名を、オクタビア・アリステカラメ・オリエントスターク。二人連れなので個人名で呼ぶが良い」
そういえば、聖女レオナさまはわらわたちを名前で呼んでくれたことがない。
不意に思い出して妙にへこむ。
名前で呼んでいただきたいと願うのは、不遜に当たるだろうか。
「ボクはオリエントスターク王国、第一王女、クローディア・カサヴェテス・オリエントスタークだよ。一応断っておくけど、双子姉妹じゃないから。こう見えて、
「お、母娘? オクタビア殿下はクローディア殿下の妹君様ではないのですか?」
「それはどう意味だ、んん? どこを見て判断した? 言うてみよ?」
貴様、わらわの胸と娘のクローディアの胸を見比べたな?
「ああ、いえ。失言でした。オクタビア殿下はクローディア殿下の母君です!」
「母上はこれから再び成長していくんです。バインバインになるので!」
「クローディア……その助け舟は、どうにも沈没しそうな助け舟というか……」
わらわの胸は幼き頃から成長がイマイチで巨乳ならぬ虚乳だった。子を成してからはギリギリそうでもなくなったけれども、しかし当時は貧乳こそ美乳であり至高ともてはやされたもので、これはこれで良かったのだ。
聖女レオナさまの世界の、わらわたちの住む世界によく似た文明を持つギリシア・ローマ時代でも、ぺたんこ胸こそ尊いとされていたらしい。
だから大丈夫。わらわは大丈夫。……やっぱり聖女様に泣きつこうかしら。
「すべては後回し! 良いかっ、優先して解決すべきは、勇者問題ぞ!」
帝国紋章院副長官のカールはひた走る。
戦場では軍使にもなるため身体は一応鍛えてあるらしい。
その後ろに続くのはわらわの勇士たち。
彼らの後方に、チャリオットに乗機するわらわとクローディア。
ガラガラバキバキズドドなのである。
往路であろうとなんであろうと触れるものは破壊する。
ただし、カールの先触れのおかげで表に出てからはまだ人を撥ねていない。
やがて、問題の勇者たちが囚われる施設前までたどり着いた。
施設を警護しているのだろう警備兵らが異常に気づいて槍を構え、臨戦態勢に入っていた。だが、直後にカールが両手を振って戦闘状況にならないよう止めに入る。わらわも同じく勇士たちに不戦を命じた。
立派な鎧の隊長らしき男が、こちらへと駆けてくる。
「リュッケテイマー紋章院副長官殿、このような場所へ駆けて来られて、如何なされました? それに加え、後ろの者たちは一体……?」
「ふう、はあ、ふう。……息が切れる。人間、三十路になれば体力も落ちるな」
「と言って、わたしと同じ年ではありませんか。まだ十分に意気軒高でしょう」
「お前さんのような体力に勝る騎士と比べてもらっては困る。軍務官として毎日半端ない訓練をしておる者と、紋章官とでは基礎的な部分から違うぞ」
「本当に、大丈夫ですか? わたしのもので良ければ革袋の水を飲みますか?」
「いや、緊急事態ゆえに遠慮しよう。そもそも今飲むと、胃が変な具合になってびっくりゲロをしそうだ。……ふう、息が整ってきた」
「わかりました。それで、これは一体? 状況の説明を願います」
立派な鎧の男は十二人の屈強な戦士たちに明らかに辟易するような様子で、ああ、今、チャリオットに乗機するわらわと目が合った。彼は一瞬、顔を引きつらせた――なぜゆえ? ともかく、胡乱な視線を送ってくる。
まあ、普通に気になるだろう。屈強な戦士たちの間に、こんな可憐な幼女が二人も乗機していれば。うふふ、可憐な幼女である。大事なことなので二度言うたぞ。
カールも承知の様子で、多少芝居がかったような大仰さでこちらへ片腕を掲げ、わらわたちの紹介に入った。
「お二方は、オクタビア王妃殿下とクローディア第一王女殿下である。そして同時に、勇者召喚によって異世界転移をなされた方々でもある。取り巻く十二人の屈強な兵たちは、オクタビア殿下の兵である」
「はあ……しかし取り決めとは違うようでありますが。いつもなら魔導師どもが、いや、魔導師たちに連れられ、周りは陛下の親衛隊で固められているのですが」
「だからこそ緊急事態なのだ」
「……一向に、事態の把握がなりませんが」
「警備隊長総括、そなたは勇者様方について、どう思う?」
カールは声を低くして鎧の男に尋ねる。
彼は虚を突かれたようになるが、カールの表情に呼応するように顔を強張らせ、明後日を向いて後にぽつりぽつりと言葉を零し始めた。
「われらが皇帝陛下と、君側のか――いや、魔導師長殿の命を遵守する方々かと。魔導師長殿曰く、理知的で忠に服する者を最優先に召喚しているとのことですが」
彼の答えには本音と逃げが混在している。
皇帝と君側の奸の魔導師長、そして勇者。召喚の嘘。わらわとしてはこれで十分だが、カールはこれに満足できなかったらしい。
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作中でのガチャ話の等級は以下の如く。
ここから別格。
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