第78話 【幕間】その母娘、凶暴につき。 ロ


 十二人の勇士たちは素早く陣形を変化させ、攻撃と防衛の二つに分かれた。


 わらわとクローディアは勇士の一人に護られつつチャリオットに乗機する。突撃。攻撃の勇士八人が前面に突っ込む。防衛はその後に続く。


 初手で攻撃人数分の敵兵の首が宙を舞った。

 次いで胴を払う。突きを出す。

 死が量産される。

 円盾で敵兵の顔面を殴りつけて頭蓋まで陥没させる。


 チャリオットを引く軍馬は旺盛な戦意を以って敵兵士を蹴り潰す。

 車輪で轢き殺す。ゴキボキと骨が砕ける音と感触を、足元から感じ取る。

 車体に付いた刃が敵兵の脚を斬り飛ばす。

 斬る、突く、殴る、蹴飛ばす、轢く、潰す。

 血肉は飛び骨は砕け、悲鳴が轟く。


 あはは、とわらわは笑う。

 恐怖心は微塵もない。ただ、高揚する。血に酔っている。

 あはは、とクローディアも笑う。この子はわらわの幼いころにそっくりだ。

 なので上のルキウスよりもずっと気が合った。


 伊達にわらわの愛の道を邪魔する側室どもに二人して対抗工作をしていない。前王陛下から降り者の側室、とある亡命姫だけは特別に免除してやったけれども。


 アレが降って後、先んじてわらわに恭順を示しに頭を下げ参ったのもあるが、何より閉経していたためだった。

 あの女は、わらわが愛しき君より、お情けを受けることはない、と。


「次のカルタは……逆位置の崩壊の塔! 塔はね、正位置も逆位置も凶事なの。これは敵にばーん! 突然の不幸。全敵兵士、全身の四分の一が不治の傷に苛む!」


 これは酷い。んふふ、と邪気に満ちた笑みがこぼれる。

 全身の四分の一の傷と簡単に言うが、それは不治属性の致命傷である。


 何せ敵兵士の、両手足のいずれか、突如ブチリともげ落ちるのだから。


 崩壊の塔は、敵軍の崩壊に。

 もちろん効果範囲の制限はある。しかし効果そのものは任意決定なのだった。つまり自分で内訳を決められる。これを対象の抵抗や防御に構わず実行せしめる。


 地獄絵図。

 いいえ、わらわは地獄など見た覚えがないので比喩表現だけれども。


 敵兵どもは、前触れなく四肢のいずれかを引き裂かれた。

 叫ぶ、混乱、発狂。どす黒い血しぶきが散る。

 なんと言う酸鼻。しかもその上でわらわが勇士たちは敵に止めを刺す。


「こんな……ことが! これが此度の勇者! 欲しいぞ! わしは、欲しい!」


 一人、戦場からもっとも離れて安全と思い込んでいる玉座の愚王がいる。


「よーし、次行ってみよう。……正位置の節制。そこの愚王にも兵の傷をあげる」


 途端、玉座より絶叫が。

 愚王の右腕が、いきなり不自然に踊り、千切られ、ぼとりと落ちたのだった。


「うふふ。これは献身による調和バランスライフ。本来は味方の兵士が受けた傷やら損害を平均化させて戦闘継続に使うと効果的なんだけど、こういう悪用もできるんだよ」

「どのようなものでも魔法能力に上下はなく、結局は使い手次第というわけね」


「はい、母上。すべては応用で、臨機応変です!」

「いい子、いい子」


 わらわは愛しいわが娘を抱き寄せて頬ずりした。彼女もきゅっと抱きついて自らも頬ずりをしてくる。勇ましいのに、甘えん坊さんなのは相変わらず。


 勇士たちは征く。のたうち回る敵に止めを容赦なく刺す。

 チャリオットは征く。軍馬は敵兵を踏み潰し車輪は敵兵を轢断する。

 勇士の一人が愚王に止めを刺した。首を掲げる。


「元凶を誅することができましたね、母上!」

「ええ、そうですね。一先ずは大きな障害を取り除いたと考えましょう」


 一方的な殺戮は未だ続いている。

 手際よく処し、残る敵性はもう十人にも満たない。


 と、そのとき。


 がらりと時間感覚が広がると同時に脳裏に大神の声が響いた。


『順調に切り抜けそうやな。さて、ここからキミは考える。元世界に帰るには、どうすれば良いかってな。勇者召喚の中核たる魔導師長は既に始末済み。となれば、帰るための算段を独自でつけねばならないと気づこうもの。さて助言……というか、半分質問やな。よう思い出しや。レオナちゃんは、グナエウスと、どういう契約を結んだやろか? そう、魔王問題が解決したら、グナエウスはレオナちゃんを元の世界に戻す、やったな。要約すれば、キミの愛しい旦那が満足した時点であの二人の契約は果たされるというこっちゃ。間尺は、満足度にかかってくるわけやな』


 であるならば、大神を満足させる何かを用意できればあるいは……?


『呑み込みが早いな。ただし条件がある。キミは俺を通じて内情を知っている。だから現時点では面白味がない。賽の目は、内情を知らぬその娘に決めさせよう』


 うう……かなり分が悪いような。神様、もう少し、手心を頂けませんか?


『ダーメ。神ってのは無慈悲なのがディフォルトやで。助言しよう。娘への質問の仕方に気をつけたほうがいい。面白味を消す真似だけはするなよ?』


 質問如何で、残存か帰還かが決まるわけですね。大神の思し召しのままに。


『よし、張り切って娘に質問してみようやんけ』


 引き延ばされた感覚が瞬時に元に戻る。わらわは必死で考える。


「クローディア、ここで二択です。召喚の間にいる者はすべて敵性とし、鏖殺は決定事項とします。その後、大神に元の世界への帰還を乞い願うか、または異世界たるを見て回るか選びなさい。どちらも一長一短です。理由は、わかるわね?」


「はい、母上っ。前者はこれ以上の厄介事を無視できるけれど根本的な事件の中身はわからず仕舞いとなる。後者は前者とまったく逆で、必ずや厄介事が降りかかり、しかも事件の全容も知れずに終わるかもしれない。だけど、召喚被害者たるボクたちは積極的に知ろうとする機会を得られるわけです」


「さあ、この二択、クローディアならどうしますか?」


「言うまでもありません。後者で決まりです。とことん調べましょう!」

「うふふ、さすがはわらわの娘。姿だけでなく、本当に、わらわにそっくり」


 やむなく仕掛けた言葉の罠も躱した。わらわは心の底からあなたが大好きよ。


「えへへっ。母上に褒められると、とっても嬉しいです!」


 抱きしめて、頭を撫でてやる。

 同じ顔で同じ背丈。同じような身体つきではあれど、母と娘である。


『よーし、ほんなら気張っていこうや。オモロイこと、期待してるでぇー』


「では、処して後に表に出てみましょう。この侵犯国家の真相を探り、処断を加える。わらわたちに手を出した報いを存分に与えてやりましょう!」


 出入り口と思しき門扉を叩き潰す。

 横に二十人は立ち並べそうな青銅合金製の門は、バゴォンッ! と、あっけなく吹き飛び、男女問わずの悲鳴がそこかしこで湧き起こった。


 血濡れの十二人の勇士たち。わらわのゾディアック・ブレイヴス。


 さて、ここはどの辺りなのか。少なくとも市街地ではあるまい。簡単に予想をするに、まずは宮殿内の一区画が挙げられようか。


 次に挙がるのは、神殿の一区画。異世界とはいえ、神々の神殿を破壊するのは多少気が引けようものだが、しかしそうであってもわが歩みは止められない。


 最後に、古代遺跡などのかつての何かの施設。この場合は前記した二つも古代遺跡の宮殿や古代遺跡の神殿とも考えられるがまあ良いとする。世界が違うとはいえ、人の考えそうな類型は似通るだろう。


 見回して、ふぅむ、とわらわは鼻を鳴らす。とりあえずは屋外に出たらしい。中天に太陽が照っている。だがそれだけだった。


 警備の兵が異常を感知して集まりつつある。煩わしいので漏れなく惨殺する。右往左往する有象無象ども。ちょっとした恐慌状態だった。


「う、む……?」


 今しがたまで気に留めていなかったのだが、破壊した門扉のそこそこ大きな瓦礫の傍には、赤生地に金糸の意匠、青生地に銀糸の意匠を四つ割りにした派手な長装束の文官らしき三十路男が腰を抜かして盛大に失禁をしていた。


 文官らしき、というのも一瞬、わらわはその男を道化師かと思ったのだった。だがあの職務は特に優秀でなければ務まらず、腰を抜かした拍子に失禁する程度では毎日命がけで自らの主を楽しませるなどできそうにない。


 なんだろう、コイツ。なんの役職なのだ?


 また悲鳴が。そういえば門を破壊した際に聞こえた悲鳴には女の声が混じっていた。角地よりちら、と出てきて即引っ込んだ人影がいる。小柄なローブ姿だった。そのときに発せられた絶句というか悲鳴は、明らかに女の声だった。


 ほう、そうか。と、わらわは推理する。


「そこな派手な男よ。ここはどこか。宮殿内の何処なのか。発言を許そう」


 大体の当たりをつけたわらわはチャリオットに騎乗したまま睥睨し、未だ腰を抜かしている失禁文官の男に声をかける。

 普段は使わない、尊大な語調にわざと変更する。ここからは武力外交よりも――念のために武力を有する警備兵は皆殺しにする姿勢は変えないが、それでも文官や侍女などには手を出さずに通常の外交へと移行しようと考えている。


「こ、ここここっ、ここはっ」

「落ち着け。王族たるわらわたちに対し、無礼であるぞ」


「す、すみませぬっ。こっ、ここはっ、神聖ギゼルク帝国、帝都ギゼルク、帝城ロードベルナー第二区域、勇者召喚儀式の社殿前でございますっ。御身お二方と、随伴の戦士方は、勇者様であられますかっ?」


「ふざけた召喚を受けて怒り心頭のわらわたちを、勇者と呼ぶな!」

「も、申し訳ありませぬっ。しかし、この社殿にて召喚されし者は、すべからく救国の勇者様というお立場にてっ」


 強い違和感が。なんだろう、これは。


「わからぬ。何かおかしい。お前の態度と、召喚の間での王――いや、皇帝か。あとは魔術士と兵どもの態度からも齟齬が生まれておる」

「と、申されますと?」

「なぜだ? どうしてへりくだる? あやつらは不敬極まる態度だったぞ」


 あの愚かな皇帝はわららたちを兵で囲み、勇者と呼びながらも隷属させんとした。なので武力外交にて滅ぼした。そも、王族を隷下に置こうとは何事であるか。


「社殿の儀式は秘匿され、余人には知るすべがございません。ただ、お怒りのところはごもっとも。無理やり召喚されて怒らぬ道理はありませぬ。困惑も見えましょう。その上であえて平に願い奉ります。これ以上の殺戮は、どうか……っ」


「お前の態度には嘘がない。それはわかる。ふむ。秘匿、か。なるほど、お前が勇者召喚の真相を知らぬと主張するのも頷ける部分がある」


「……真相、で、ありますか?」


「わらわたちは勇者召喚を受けた。が、隷属の首輪を危うく装着されかけた」

「首輪? それは異世界人向けの同時翻訳魔道具ではございませぬか?」


「翻訳だと? ではなぜ首輪をせぬわらわはお前と普通に会話している。わらわが話すのはお前たちの世界の言葉。恐らく召喚時に言語調整を受けたと推測するが」


 わらわは右手を挙げた。

 勇士の一人が、剣を振り上げて処刑せんと失禁男の前に立つ。


「か、重ねて、申し訳ありませぬっ。小官が知る分を超えておりますればっ。繰り返しますがかの勇者召喚は、秘匿なのですっ。われらが偉大なる皇帝陛下と宮廷魔導師長のみが詳しく知る秘儀でありますれば……っ」


 あらあら。両方とも殺してしまったわ。一応、首は持ってきているけれど。


「なんのために、勇者を喚んでいる? 意味なく召喚などせぬだろう」

「近く、南方の魔王ベリオゴル討伐を予定しておりますれば。そのため多数の勇者様を召喚し、国家のため、世界のため、正義のために戦っていただければと」


「ふふっ。正義だと? うふふっ、正義とくるか? まあ死を目前にして、そこで冗談を言えるお前の胆力は買ってやろう。しかして、この特大の愚か者が!」

「えっ、そっ、それはなぜゆえに……?」


「語るなら素直に国家の利益だけを理由にしておけ。嘘がバレバレである。というのもわらわは正義のありように価値を認めぬのだ。それは双方が語る詭弁。自らの正義は他方の悪。他方の正義は自らの悪。結局は相対的なものでしかない」


「……」


「案外その魔王ベリオゴルとやら、お前たち帝国の侵略から自らの治める魔国を守るために戦っているだけやも知れぬ」

「そのようなことは……っ」


「ならばなぜわらわを隷属させんとする。アレこうていは言ったぞ、わらわたちが、その力が、欲しいと。あの口ぶりからして、支配者にありがちな飢餓に苛まれているのがわかる。すなわち、汲めども汲めども尽きせぬ、領土欲よ」


「……」


「ふふふ。良い。お前は嘘に誑かされただけだ。邪心がないのはその態度からよく見て取れる。なので処すのはやめる。代わりに、他の勇者共の場へと案内せよ」


 わらわは挙げていた右手をそっと下げ戻した。

 剣を構えていた勇士も剣を下げる。


 んふふ。わらわはほくそ笑む。

 クローディアもこちらの意図がわかってほくそ笑む。


 ほんの少しだけ、イタズラ心が湧いた。

 わらわは、再度、右手を挙げる。勇士も剣を上げる。


「それとも、やはり剣の錆となるか? わらわたちを喚びつける罪業を負った国家のしもべであるがゆえ、連座で処刑しても良いのだ。さて、どうしたものか」


「いいえ、剣の錆は! すぐにでもご案内を! こ、こちらでございます!」

「うむ、正直者である。ああ待て、お前の衣服の汚れを清めておこう」


 パチン、と聖女レオナさまのように指を鳴らす。と同時に洗浄の生活魔術を発動させる。失禁男のお漏らしを洗浄、乾燥する。わらわの前で立ち振る舞う許可を与えたのだ。となれば、それなりの格好をしてもらわないと色々と困る。


「あ、ありがとうございます……」

「苦しゅうない。よし、では早々に案内せよ」


 そうして、わらわたちは宮殿内であるらしい施設路を、バキバキズドドドとチャリオットで進んだ。まるで追い立てるようで僅かばかり可哀そうに思わないでもないが、失禁男は必死で案内に先行して駆けて行った。

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