第77話 【幕間】その母娘、凶暴につき。 法


「――魔導師長様、勇者召喚の儀、今回も成功しましたぞ!」

「わかりきったことを! しかし、双子姉妹の勇者か!」


「ずいぶんと幼い双子のようです。扱い易そうで重畳でございます!」

「アレをすればなんであれ変わりはない。例のものを早くここへ持ってこい!」


「はっ、魔導師長様! おい、早くアレを! 二つだ!」

「ははっ! ここにございますれば!」


 ――は?


 何、これ。

 なんなの、これ。


 あっけにとられる。何がなんだか、わからない。

 本気で事態が呑み込めない。


 慌ただしく動くローブの男たち。

 中心となるのは禿頭のひときわ豪華なローブの男。


 上を向く。知らない高い天井が。左を向く。手を繋いだクローディアがいる。

 足元には円形の――魔術的な陣が? その中心に、自分たちが、いる?


 円陣の外ではローブ姿の男たちが何やら騒いでいる。

 発音が、否、そもそも言語がわらわが使うものと根本的に異なる。ただ、知らない言葉なのに理解できてしまう不思議。


 そのとき――。


 ぎゅっと、何かが広がる感覚を得た。まるで時間が引き延ばされるような。


『面倒事に巻き込まれたな。検疫済、疾病対策済、身体強化微増、授与チートなし、ただし例外アリ、か。まったく、召喚ホストの一家には手ぇ出すなよなぁー』


 おや、と思う。わらわの耳元に大神イヌセンパイが囁きかけてくる。

 しかし、あの神々しきお姿は、どこにも見えない。


『キミらは異世界召喚を受けた。周りのこいつらは、どこぞの世界の、侵略国家の魔術士どもや。気をつけろよ。こいつらは召喚勇者を兵器利用してやがるぞ』


 わらわたちが勇者? あらあら、まあまあ!


『ところでキミらは、召喚されたときどうするつもりでいる? ちなみにこのままだと隷属の首輪を着けられて、兵器として隣国との戦闘で最前線に立つ羽目になるが』


 このまま静かに立ち去るという選択はございませんの?

 大神の御力で、サッと元の世界へと。


『そいつはルール違反や。最初に言うたよな。願いごとは、すべからくキミらが聖女として喚んだレオナちゃんを頼れと。あの子が俺の神威代行者であり、それゆえの教皇でもある。召喚ホスト一家やから例外的に助言はしてやるが、それ以上の手助けは期待すんな。第一、王族が手前の危機を乗り越えられなくてどうする。それだけの力を持っているのに神々に頼ったら不興を買うぞ?』


 うう……意外と手厳しいのですのね。しかし、おっしゃる通りですわ。


『つーわけで、さっそく助言。カルネデアスの舟板って耳にしたことはあるか? いわゆる解けない哲学問答やが、内容を要約すれば、危機的生存状況下では自分が生き残るために他の人を踏み台にしても良いのか悪いのか、やな。現実的な裁判では致し方なしと判決が下る場合が多い。ただし過剰避難に適用されると罪に問われる場合もある。? 一般人パンピーとは格が違うしな?』


 踏み台……少なくとも娘を犠牲にはできません。

 となると、そういうことですね。


『そういうこっちゃな。まあ、気張れ。感覚の引き延ばしを解除するぞ』


 大神イヌセンパイとの通話は一旦終了した。

 そうこうしているうちに、ローブ姿の魔術士らしき男が首輪のようなものを手にこちらへやってくる。なるほど、アレが隷属の。


「クローディア。ここな無礼者どもを全員始末しますわよ。


 他の国家が、他国の王族を拘束する。隷下に置き使役せんとする。


 特大の外交問題。


 すなわち宣戦布告と見なしてなんらおかしなところはない。

 王族が直接的に絡む外交は慎重に慎重を重ねる最重要事案である。一歩間違えれば、両国に致命的な罅が入る。

 わらわは前述の考えの元、緊急避難としてやむなく戦争処理を決めた。


「はい、母上。武力外交ですね!」


 迷いのない良い返事が返ってくる。

 わらわの娘。彼女も当然、王族の一員なのだから。


 ずん、とわらわは伸ばした手から、首輪を持つ下郎の喉を剣で刺して払った。吐血。唖然とした目。立てた棒が横倒しになるようにその男は倒れた。


 もちろん、即死。


「無礼極まる下賤ども! わらわはオリエントスターク王国における正妃、オクタビア・アリステカラメ・オリエントスタークなるぞっ。頭が高い! 控えよ!」


「なんだと? ……がっ、あっ!? 一体、何がどう、なって……る?」


 わらわはもう一人、剣で不遜な魔術士を刺し貫いた。今度は左胸を正確に通す。


「ボクはオリエントスターク王国、第一王女、クローディア・カサヴェテス・オリエントスターク! なんで言葉が通じるのか知らないけど、言葉がわかるのなら跪くべきだよ。キミたちはボクたち王族母娘に不敬を働いているのだからね!」


 邪魔者を処しつつ、二人して名乗りを上げる。

 気高く、威風堂々と。これが王侯貴族の礼儀というものである。


 しかし相手は受けた名乗りを返すだけの余裕も作法もないらしい。


「何をしたガキども! 確かに王族であろうことはそのやたらと尊大な態度でわかろうもの。しかし、母娘だと? どう見ても十歳未満の双子幼女ではないか!」


 うーん、ある意味誉め言葉でもあり、翻って不敬極まる言動でもあり。


「この感じの悪いハゲツルピカールの人、ぱぱっと処しちゃいましょう」

「喝ッ。わしはハゲではない! 剃髪しているのだ! ハゲではないのだ!」


「力んで否定する辺り、凄く怪しいわねぇ」

「やかましい! ああ、もう、これだからガキは! 王族とはいえたかがおんなども! おとなしくせい! 囚われればよいのだ! わかったか!」


「……勇者、なのでしょう? 下郎が分を弁えず、高貴なるわらわたちを召喚してその口ぶりは片腹痛い。やはり青い血の流れぬ者はこの程度なのかの?」


「黙れ! お前たちは黙ってわれわれの崇高なる覇業の礎となればよいのだ!」

「うーん……話にならないわ。クローディア、カルタをめくってみて」


「はい、母上。アルカナム・カルタ。……おっとと、正位置の死神。はーい、そこのハゲツルピカールの人。この世からさようならー」

「がっ……はっ……? 息が……胸が……っ? おっ、おっ、あっ……?」

「ま、魔導師長様!」


 たかが女子どもと暴言を吐いた豪華なローブの魔術士が、突如、興奮した蟹みたいに口から泡を噴いて苦しみながら死亡する。

 念のため、首も撥ねておく。ハゲ頭が、血弧を描きつつ宙を舞う。


「さて、わらわたちの戦争は続きますわよ!」


 わらわは見回した。

 高い天井。奥行きのある建物。その中心部に自分たちが二人。

 どうやら何かの――この場合は勇者という名の奴隷召喚の間と呼ぶべきだろうか。ともかく千人くらいの人員を軽々と収容できる広さがあった。


 彼ら下賤の徒の目的を知るせいで、壁といい天井といい内装が全面白塗りのモノトーンが酷く無機質で無慈悲な印象を与えてくる。

 わらわたち母娘の足元には、真っ黒いタール状の塗料で描かれた召喚陣がある。


 召喚儀式に参加していたであろう魔術士どもは先ほどから取り乱しているが、その外周には統率の保たれた兵が百は詰めていて、既に臨戦態勢に入っていた。

 練度の高さが明らかに伺われる。全身鎧の剣のつわものどもだった。


 違和感が一つ。

 彼ら兵どもの外周のさらに外、オリンピア競技場の王族観覧席みたいなボックス席に、そこだけ金銀キンキラ座席に座す豪奢なガウン+略式冠をつけた初老辺りの男がいるのだった。年嵩は四十過ぎか。左右の髭が尖って斜め上を向いていた。


「それらおんなどもを捕えよ! 殺すな! 首輪をつけ隷従させよ!」

「ははっ、御意でありますっ、陛下!」


 略式冠の男が――まあ陛下と呼ぶだけにこいつがこの国の元首なのだろう。


 不逞の輩の命にて、兵らが一斉に戦闘状況に入る。


 だが、それは、完全なる過ちだと言ってやりたい。それは、精神の贅肉だと。

 わらわやクローディアがあの玉座に座る立場ならこう命ずる。


 ただひと言、殺せと。


 精神を、ぎゅっと集中させる。頭部から胸中へと、練られた魔力が移動する。

 ぐっと拳を作り、わらわは精一杯大きく腕を振りかざす。


「いでよ、わらわの十二人の勇士たち! 敵対者をことごとく打ち払え!」


 とたん、周囲の空気が一瞬凍ったかのように静寂に包まれる。

 次の瞬間、ざむんっ、とやたら屈強な戦士たちがわらわたちを守る形で顕現された。戦場全身装備、筋肉ムキムキのガチムチ野郎どもである。


 これが、わらわの魔法。十の年、祝福の義にて神々より拝領した力。


 十二人の、かつてゾディアック公国で勇士と讃えられた伝説の戦士たちを英霊召喚する。大げさでもなんでもなく、真に一騎当千の強者つわものたち。


 先ほどわらわが腕を伸ばして敵の魔術士どもの喉を突き、胸を突き、首を撥ねたのは、彼ら英霊たちの剣の力の断片であった。


 名づけて、黄道十二宮の勇士――ゾディアック・ブレイヴス。


 英霊召喚の最大効果時間は半日。

 魔法の再起動は召喚解除から数えて丸一日。


「さあ、次のカルタは何かな? ……正位置の、教皇。うふふ、聖女レオナさまだね。これはボクたちに付与しようっと。もちろん、母上の戦士たちにもね。機動性強化、攻撃力強化、物理必殺率上昇、物理必殺効果倍率上昇、防御力強化、対物理必殺率減少、対物理必殺倍率下降、体力上昇、気力上昇」


 教皇は主に物理バフ効果などを持つ。

 ちなみに女教皇は魔法・魔術へのバフ効果となる。


 ご覧の通り、クローディアも十の年の祝福の儀式にて、偉大なる神々より素晴らしい魔法の力を授かっていた。


 異世界の占い道具、二十二枚のたろっとなるものを顕現させ――、

 一枚ずつカルタを引く能力。


 名を、異世界カルタ――アルカナム・カルタ。


 カルタは大あるかな式であるらしい。一から二十二まで(レオナ注釈。この世界にまだ数学的なゼロの概念がない)の


 正位置と逆位置で効果が反転する特殊な性質を持ち、引いたカルタの内容によっては有益なら自分たちに、損害なら敵に押しつけるなど、好きに振り分けられる。


 六十を数える (一分)ごとに一枚ずつ引けて、一日に最大五枚まで引ける。

 魔法の補充は、最後に引いたカルタを起点に丸一日経てばそこで最大規定回数を初期化し、再び最大で五枚まで引けるようになる。


 そのときの運に左右される不確定さと連続で引ける枚数に制限があれど、効果を任意で振り分けられる時点で十二分に強い。


 絶対優位はこちらにある。向こうは生け捕りを。こちらは鏖殺を考える。


「さあ、狩りの時間ですわ!」

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