第76話 【幕間】その母娘、凶暴につき。 合
聖女レオナさまの主導により、宣戦布告もなく攻め入ってくるイプシロン王国へ逆襲せんと軍を編成、わらわの夫は勇んで東端国境都市エストへと出陣した。
移動は電磁力という未知の力を利用した、りにあなる乗り物を使うという。なんと百八十七ミーリア (約三百キロ)を半刻もしないうちに目的地へと到着させる能力を持つらしい。こう書いてはいるが、自分ではどうも想像力が追いつかない。
これを造られたのはもちろんかの方、聖女レオナさまだった。
一直線に貫く洞穴と、大量の兵力を速やかに届ける乗り物を、なんでも昨晩の内に御力で突貫で仕上げたのだという。
正直なところ、何を言っているのか、やっぱり自分にはちっともわからない。
はらほろひれはれ――おっと、そうだった。
自己紹介が遅れてすまなく思う。
わらわはオクタビア・アリステカラメ・オリエントスターク。
グナエウス・カサヴェテス・オリエントスターク陛下の正室であり、加えてルキウスとクローディアの生母。嫁ぐ前はゾディアック公国の第一公女だった。
うむうむ、よきにはからえ。んふふふ。
さて、黒き聖女キリウ・レオナさまについて、今少し語ろう。
あらゆる美への賛辞ですら霞む至高のお方。ただ見つめるだけで、知らずの内にある種の滾りを内燃させてしまうような。わらわの夫であるグナエウス陛下もかの方の放つ魅力に
聖女様は性別に構わず、自らの美を人に
しかしそれが悪いとは思わない。なぜなら美しさとはこの国では正義だから。オリエントスターク王国王家が拝する神は、美の女神ウェヌス様である。
そんな聖女レオナさまは、このオリエントスターク王国に伝わる聖女伝説の、初代より続く四代目のお方様としてこの世界へ召喚せしめられたのであった。
国難においては三代に渡る聖女様の御力によって強引に解決。
不可能を可能に。常識とは一体。いいえ、知らない子ですね? まるで冗談みたいに、真剣と書いてマジと読む。
特に四代目聖女たるキリウ・レオナ様はこの世界の主神よりも上位に立つ、力弱き神々の管理者たる混沌の神ナイアルラトホテップが千ある貌の一の相、イヌセンパイの助力を以ってして喚ばれた特別な『黒の聖女』だった。
曰く、クセモノ。
曰く、混沌を胸に抱く起死回生、深淵なる黒薔薇の賢者。
歴代の聖女の中でも飛び抜けてただ者ではないのは、既に承知の上だった。
「――母上、母上」
「どうしたのクローディア。わらわは今、書き物で忙しいのですよ」
私室で備忘録を記していると『娘』のクローディアが遊びに来たのだった。
「なぜ一人称を『わらわ』に変えたのですか?」
「それはね、いめえじちぇんじ、なのよ」
「いめえじちぇんじ?」
「クローディアならわかるはずよ。望む姿を得た今、新たな自分が立つ意味を」
「は、はい」
「つまり、そういうことなのよ」
「新しい自分。新しい世界。おはよう自分。こんにちは世界。なのですね?」
「クローディアは呑み込みが早くてとっても良い子ね」
「えへへ、褒められちゃった。母上。ご褒美に抱きついても良いですか?」
「あらあら。賢いけれど、この子はいつまでたっても甘えん坊さんねぇ」
わらわはクローディアを迎えんと両腕を広げて胸元へと誘った。
短くなった、両腕。否、小さくなった、と言うべきか。胴はストンと胸の隆起もなく、腰はずんどうに、尻は少年のよう。
まるで幼い子供。胸に飛び込むのは、今年で十歳の、わが娘。
まずこの備忘録を読む輩など、筆者のわらわ以外いないだろうけれども、もし、仮にこれを読む者がいれば酷い違和感を受けるのではないか。
そんな自信が、自分には、ある。
わらわは昨晩、黒の聖女たるキリウ・レオナ様の御力にて、若返った。
ワガママを押したのだ。
若返りたいと。何より美の基本は若さであるがゆえに。
聖女レオナさまは乗り気ではなかった。が、それでも叶えてくださった。
そうしてわらわは、娘のクローディアと同い年まで自らを回帰させた。見た目は十歳前後の幼女である。それゆえ先ほども触れたように身体は当然、手足も年相応に縮み、胸はペタンコ、腰はずんどう、尻は少年の如くとなった。
これから再び成長するのだ。そう、輿入れをした十歳当時の再現である。
こんにちは幼女のわらわ。チビッ子の可愛いわらわ。うふふ。
どうせやるなら半端はしない。幼女の身に舞い戻り、わが美を追求しようではないか。おかげで娘のクローディアと鏡合わせの双子みたいになってなかなか楽しい。
「でも、クローディアは既に胸のポッチリがちゃんとできているのよねぇ」
抱きつく娘の胸を、合わさった自分の胸の感触で確かめる。しつこいが、この頃のわらわはまだ身体がとても貧弱で、つるつるぺったんなのだった。
「にゃっ。は、母上、お胸は敏感だから……っ」
「んっふふふ。成長してるわね。良いではないか、良いではないかー」
なのにわが娘は、もう。こんなに良い反応を示す。大人だねぇ。
この子はすでに微かな胸のふくらみと乳首の肥大化が見られていた。
それゆえ聖女レオナさまより下賜された『小児用ぶらじゃあ』なるものを着けている。これで乳房の保護と育成を助けるのだという。しかもこれがまた独特の愛らしさとエロさがあって、とても
わらわも早く小児用ぶらじゃあを着用したい。
が、いかんせん平胸には用がない。このもどかしさときたらどうだ。
「ねえ、可愛いクローディア。おっぱい、ちゅっちゅしていい?」
「えっ。だ、だめですよぉ。聖女レオナさまから、女の子のお胸は大切にするようにって言われてますし。成長期に形を整えると、今後が楽だって」
「ううむ……聖女様がそういうなら仕方がないのぉ……と、言いつつも」
するりとクローディアのキトンの脇から手を突っ込んで、娘の胸を直に撫でる。
ウホッ。服の上からではなく直の触り心地の新鮮なことよ。
「ちょっ、ダメですってば母上っ。お戯れが過ぎますよっ」
「うふふふ。あまりにもクローディアが可愛くて。愛しいわが娘の成長だものー。大好きであるぞー。うふふ、むふふー。だって、わらわの『一人娘』だものー」
「もう……」
「じゃあ、胸の代わりに唇にちゅーしていいかしら?」
「母上。
「大丈夫よ、母娘以前に女の子同士だし。だからちゅーしたいにゃあー」
「もう、母上ったら……い、一度だけ、ですからね?」
わらわは娘のクローディアとついばむようなキスを交わした。
まるで自分自身とキスしているみたいで、背徳的でこれはこれで。うふふ。
聖女レオナさまに導かれ、夫グナエウスと王子ルキウスは出征している。わが夫はいくさ上手ゆえ、聖女様の加護も加われば何一つ心配することはない。
かつてわらわが十の年で輿入れをして一年たったある日、堕ちた神族――邪神群がわらわの故郷であるゾディアック公国を襲撃したのだった。
わが故郷たる公国は、オリエントスターク王国の属国の一つである。
と言っても、実情は同盟をより強化して他国からの侵略から国と国土を守る建前上の『属国』であり、年に一回オリエントスタークの王都へ公主が参内する条件以外に他に義務らしきものは別にないのだった。
一種の囲い込み政策であるため宗主国にアレコレと税を払う必要もなく、そればかりか有事の際にはオリエントスターク王国が兵を出してくれるのだった。
話を戻して邪神群の公国襲来である。
堕ちたとはいえ神は神。それが、邪神。死と破壊の忌まわしき存在。
光神ファオスと、まだ正気だった頃の闇神スコトスの神話時代に反旗を翻し、敗北し、力を失ったとはいえそれでも人類にはすさまじい脅威なのは言うまでもない。
そんな邪なる神々が二柱、千の堕天使どもを連れ、現れたのだった。
不敬を覚悟で記すに、わらわの疑問として、なぜに神々は邪神群を天から放逐しただけで済ませているのか理解できない。わらわなら不安要素は必ず取り除く。
念のため追記するが、この世界の人類には『敵』と『競合相手』がいる。
『敵』とは堕ちた神々――邪神群のこと。
『競合相手』とは狂える闇神の恩寵を受けし魔族のこと。
敵は滅ぼさねばならないが、競合相手とは、ときに文化交流を行なう余地がある。魔族も邪神群は敵性とみなしているためだ。
いずれにせよ生存に関わるので、最終的にはどちらも戦う羽目になるのだが。
邪神群の唯一の救済要素は、その個体数の絶対的少なさだろう。
しかし公国程度の小国なら邪神が一柱現れただけでも詰みかねなかった。なのにあのときは、なんと二柱も襲来してきたのだった。
神には天使が必ず随行するもので、邪神どもも多分に漏れず、最低でも百の堕天使を連れていた。これが非常に残忍で、とにかく破壊と殺戮を繰り返す。
が、そうはさせぬと活躍したのが、当時十五歳の成人したばかりのわらわが夫、当時はグナエウス・カサヴェテス・オリエントスターク王太子殿下なのだった。
彼は颯爽と万の軍を編成し、神速の勢いで公国へと救援へ向かい、それが当然であるとばかりに見事邪神群を撃退せしめた。
わらわはあの瞬間に、すでに妻でありながら夫に激しく恋をした。
いや、正確にはわらわが十五の成人を迎えて後に、正式に婚儀を執るので厳密には夫婦ではなくいわゆる内縁関係のようなものではあるのだが、それでも王侯貴族には良くある事柄なので細かいことはよそに置こう。
わらわは感動と尊敬と、強くて優しくて美男子の彼にゾッコンになったのだ。そこにいるのは、一人の、恋い焦がれる乙女だった。
以来、わらわは自分でも止められぬ衝動をその胸に抱えることになる。
それは、独占欲。
誰にもこの男はやらぬ。わらわのだ。わらわだけの男なのだ。
当初は政治上の義務的に嫁いできたとはいえ、それは今は昔、夫を愛するこの気持ちに嘘はない。正室としてではなく、ただ一人の妻として夫を独占する!
側室はこれもまた政治上必要ではあろう。だがそれだけのこと。お情けの一つもわが夫から授かれると思うな。させぬ、させぬぞ!
そんな気持ちを昏い色の熾火の如く滾らせていた。
え? 何? それなのに聖女様に懸想するのは問題ないのかと?
全然、まったく、問題ないのである。
聖女レオナさまは別格。
この世界の神々の上を行く方。そも、儀式の上とはいえ聖女の系譜を謳うオリエントスタークである。聖女様ご本尊を愛するのはむしろ良き行ないだった。
そのため、想いの果てに堪らず自慰に至っても仕方のないことだろう。
わらわも聖女レオナさまの美に
ともあれ、今現在、王都オリエントスタークの留守を守るのは正妻たるわらわと、娘のクローディアなのだった。
魔王パテク・フィリップ三世が率いる軍勢がこの王都へ到達するには、まだいくばくかの日にちが必要となる。報告ではまだ十日は最低かかると。
魔王パテク・フィリップ三世の軍勢、その数三十万。
対するオリエントスターク王都防衛兵数、十万。それにゴーレム兵団が一万。
一見すれば、ほぼ三倍の兵力差。
しかし王都市民に特に混乱も見られず、治安の悪化もない。
なぜなら聖女レオナ様が召喚されてからというもの、かの方はこの王都ならびにこの王国そのものに次々と有効な戦時対策を打ってくださったからだった。
広大な規模と強度、何より天を衝く高さを誇る新外壁。
城塞都市化、である。
魔王軍の侵攻経路にある、各地方都市の避難民には即時造り上げた新市街を貸し与え、しかも潤沢に食料も与えた。聞くところ、飽食につき太りそうだという。
十万のわが方の軍団には、国宝級の強化がなされた新装備を全兵員に支給。
ゴーレム兵団は聖女レオナさまの肝入りで、自動再生する超硬度の身体を持ち、恐るべき腕力を振るい、一体で数百名の精鋭兵を相手しても瞬時に粉砕せしめる。
最後に忘れてはならないのが、防衛戦勝利後について。
勝ちは当然のものとして、聖女レオナさまの祝福が込められた記念の勲章と、褒美金が既に十二分に用意されている。
以上の理由から――、
わらわたちは、己が王国が負ける要素を、微塵も感じないのだった。
備忘録を書き終える。
クローディアは寝椅子にてくつろいでいる。
戦時とは思えない、あまりにゆったりとした時間である。
さて、と席から立ち上がる。
王の執務は官僚たちが代行するのでわらわは関与しなくて良い。わらわの最大の仕事は、この王都、王宮にて、いつもの生活することにある。
泰然と構えていれば良い。それで民草は安堵する。
王族の態度とは、国家の態度だからだ。
わらわは左手首に取り付けた腕時計を見る。
えーと、としばらく考える。
聖女レオナさまより時刻の読み取り方を教わったのだが、まだ慣れない。
うーん、そうだ。十四時二十分でいいのかしら。たぶん、そう。
「クローディア、お茶にしましょうか」
「はい、母上」
寝椅子から降りたクローディアは、わらわと仲良く手を繋いだ。
母娘というより、双子のような見た目の、わらわたち。
美少女が二人である。うふふ。ああ、こういうの、とってもいいわぁ!
と、そのときだった。
なんというか、ぶわあっ、というか、むわあっ、とした魔力の気配が。
えっ、と思い、振り返る。
護衛を兼務する専属侍女たちが、切迫した様子でこちらに駆け出していた。
一瞬の、目まいと暗転。
そして――。
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