第74話 敗北の王 その4


 要塞とは頑丈な外壁だけの存在ではない。その内部こそが厄介なのだった。


 特に市街と融合した要塞都市タイプは危険で面倒くさい。

 戦術として、石造りの建物で揃えて市街戦を想定させたものになっている。街路にも石を積み上げれば即興の防壁に様変わりする。これで家屋込みの、十重二十重の外壁とする戦いを展じてこられると非常に厄介だった。


 しかし、それも無意味と教えた。戦車砲の一発で瓦礫にしてしまうから。


 僕は命を出し、囚われの伯爵親子のライトアップさせる。

 ダメ押し。かの要塞都市の主の変わり果てた姿を、よく見せてやる。


 ごそり、と動く何かがあった。しかし敵意は感じられなかった。


 武器を捨てた、要塞残存兵らと、その市民たちだった。


 撃ち壊された要塞壁を何とか乗り越えて、手を上げて出てくる。なるほど、アレがあの国での降伏の意であるらしい。白旗を上げてもらえるとわかりやすいのだがそういう文化は持ち合わせていないようだ。


 ぞろぞろと、力なく、敗者は次々と要塞から出てくる。


 と、そこに。

 市民たちに無理やり押されつつ前面に連れてこられた一団があった。


 複数の女と、子ども。衣服は市民たちとは違い、上質のものを纏っている。この世界にしては丁寧な染色を施し、首や手には金や銀の装飾で彩っているのだった。


 最高齢者は五十路は超えているだろう、この時代では老境の女が一人。三十路過ぎ辺りの女が一人。いや、二人。二十代の女が三人。十代後半辺りの娘が四人。これまた十代半ば辺り少年が三人。十にも数えられない幼子が二人。


 他の兵よりもずっと豪華な鎧に身を纏った男が、前に出てきた。

 彼はおもむろに兜を脱ぎ、特設台に向けて膝を折って深く頭を垂れた。


「わたしは要塞守備隊総長のルイージ・ミルメコメヲ・アッティカヌス男爵です。……われわれは、オリエントスターク王国に、降伏します。ついてはその証として、トリスタン辺境伯の家族を征服者に捧げ奉ります。勝者は敗者の首を獲ってこそと、われわれの考えにあります。どうか、お納めいただきたく」


「……よろしい。その方らの降伏を受け入れよう。われはグナエウス・カサヴェテス・オリエントスターク。わが名によって、捧げられし者以外の命を保証する」


 グナエウス王は自らの親衛隊に目配せした。彼らの一人は台から飛び降りて何か指示を出しに行った。何をするかは分かってはいるのだが、一応は伏せておく。


 もう一人も動いた。グナエウス王の足元に鎖で縛られたまま転がっている、イプシロン王の目隠しを解いたのだった。国が亡ぶ第一歩。大事な局面である。見せつけてやらねばならぬとの配慮だろう。優しくも残酷な、配慮。


 少し前まで結構おとなしくしていたアカツキが、特設台の劇場支柱の一本を凝視して僕の手を引いた。なんだろう、と彼の目線を追ってみた。んん、と思う。こんなものもいるのか、とも。アカツキの視線の先には、黄金色の甲虫が、いた。


「黄金のカブトムシ、ですね?」

「にゃあ。取ってほしいの」


 僕はカスミに命じて変わった甲虫を捕まえさせた。

 角の先端から足の先、あるいは尻まで、本当に全身が黄金色。

 そんな変わり種の甲虫を、アカツキに手渡してやる。


「あのねあのね。黄金の鉄の塊って名前なの」

「そうなのね? ……どこかで聞いたようなフレーズだけど」


「別名ブロント・オブ・ゴールデンナイトって言うの。カカッと参上なのっ」

「そ、そうなんだ……」


 それは元世界の現人神とも呼ばれる、謙虚なあのお方の名前ではないだろうか。


 まあ、いいけど。


「ちょっと元気なさそうね? アカツキの手の上でじっとしているし」

「おなかすいてるっぽい。あのドリンクを飲むと元気ハツラツになると思うにゃ」

「これ、昆虫に飲ませても大丈夫なのかな……?」


 思いつつも、ものは試しと小皿に少しだけ例のドリンクを垂らして与えてみる。

 皿にちょこんと乗った黄金のカブトムシは――。


「あっ、もう飲んだ」

「だって甘くて美味しいもん。グイっと一気にゃあっ」

「じゃあもう少し、この子に飲ませてみる?」

「うんっ」


 凄い勢いで、まるで吸い込むようだった。


 ぶぶ、ぶぶぶ、と羽を広げる黄金のカブトムシ。

 逃げるのかと思ったらアカツキの身体に飛び移った。虫にそういう知能があるかは知らないが、どうも懐いたようだった。


「見て見て、元気になったにゃ!」

「良かったねぇ」


 黄金のカブトムシはせかせかと六つの足を動かしてアカツキの左肩に移動、そこが定位置だと言わんばかりに留まった。本当に、知能があるのかもしれない。


 そんな僕たちの様子を、目隠しを外されたとはいえ特設台に転がされたままのイプシロン王が驚愕と言わんばかりに顔を引きつらせていた。


「……敗北の王よ、どうしましたか」


 勝者側として、あえて冷たい感じで尋ねてみる。


 しかしイプシロン王は僕を見ているわけでもなく、ましてアカツキが可愛すぎて小児性愛の魂が注入されたわけでもなさそうだった。


 彼が見ているのは、どこなのか。


「アカツキの肩に止まっている、ブロント=サンが気になるのですか?」


 この時点で『黄金の鉄の塊』と呼ばれる黄金のカブトムシの名前が僕たちの中で決定してしまった。そして、どうも彼の視線はこの甲虫で合っているらしかった。


「少し興味が湧きました。発言を許可しましょう。よろしいですね、王陛下?」

「黒の聖女様の、思うがままになさると宜しいですぞ」


 王の親衛隊の一人が、足元に転がされたイプシロン王の猿轡を取り去った。


 いつの間にかイプシロン王は泣いていた。

 悲嘆にくれるというよりは悔し涙と表現したほうが良いような、そんな様子だった。僕は小首をかしげてしばらく無言で見守った。


「……その黄金色の甲虫は、われわれにとってすれば、まさに勝利の証となる精霊にして聖霊なのだ。ただの甲虫と思うて侮るは不敬ぞ」

「なるほど。メイン盾来た! これで勝つる! というわけですね」


「オリエントスターク王国を陰から操る恐るべき魔女よ。お前の発言は不愉快にして不敬。わしが自ら斬って捨ててやりたいほどだ。だが、内容の的だけは射ている。知らぬのか、わが国章を。軍旗としても、それが表わされているではないか!」


「どうせ滅ぶ国の、その国章などに関心を寄せる価値がありますかね?」

「なん、だと……?」


「あなたの国は、遅かれ早かれ砂漠に呑まれて滅びます。あなたもそれが分かっていて、此度の魔王侵攻を機に、せめて最期を遅らせんがためにわたくしが手を貸すオリエントスターク王国の国土を切り取りにかかった。豊かな大地を得んがために」

「……」


「国民に食べさせる、食糧確保のため、ですよね」

「ぐぅ……」


 図星を突かれたイプシロン王は口惜し気に目を瞑った。


「ふむ。しかしそう言われては、滅びゆく国の紋章であれ見ておくのも一興」


 目配せする。

 カスミが僕に一礼をし、速やかに一枚の旗を携えてきた。

 良く見えるよう僕の前に広げてくれる。


「……意匠化された軍装の獅子と前面を交差させた二本の剣。武神立国らしいですね。そしてこの獅子が被る兜が、角を湛えた黄金のカブトムシを模していると」


「われわれにとって『黄金の鉄の塊』は神聖なものなのだ。ここ十数年は姿を見せなくともだ。なのに、それが。よもや敵国の幼児の手に渡ってしまうとは……っ」


 それだけ象徴的なものであるらしい。

 しかもこのカブトムシ、ただの昆虫かと思ったら精霊の一種であり、国体を表わすレベルの神聖な存在として扱われているようだった。


「つまり、イプシロンの王家が奉る武神の化身のようなものと」

「ようなもの、ではない! 勝利を約束する、武神アーレス様の化身である!」


 唾を飛ばし、カッと目を剥いたイプシロン王は転がされたままそう主張する。


「それで、その化身たるブロント=サンが僕のアカツキの肩に止まっていて驚愕したと。本来ならあなたの元へ来るはずだった」

「むむむぅ……っ」


 イプシロン王、唇を噛んで再び目を瞑った。どうにも顔芸の忙しい人である。


 それにしても肉体と精神の関係には考えさせられるものがあった。

 というのも――。


 徹底的に自らが率いる軍を滅ぼされた上に囚われの身となった敵国の王は、おそらく実年齢は四十路を過ぎたくらいだと推測するのだが、それが、一気に数十年の年を経たように老け込んでしまっていた。

 肉体と精神は、根底では同じもの。絶望が老化を促進させていた。


「なぜだ……どうしてなのだ……」


「不毛な問いかけですね。戦争での勝利を司る武神も、自分より遥か上位存在が相手国にいると知ればどう思うでしょうか。戦いとは攻めるときは攻め、守るべきときは極力被害を出さないよう守る努力する。つまり機会を見誤ったのですよ


「推参な。魔女よ、お前がそうだというのか。不遜にも神々より上位に立つと」


「わたくしは神威代行者に過ぎません。事実、わたくしはオリエントスターク王国において聖女と呼ばれていますが、対外的には力弱き神々の守護者たるナイアルラトホテップより直々に教皇の位を預けられています。ゆえに次からは魔女などではなく、教皇聖下と拝すべきでしょう。不敬なのは、あなたの方ですよ」


 猊下でも構わないのだが、その読みが嫌なので。顰蹙を覚悟で言うに、とか。確かに愛情や恋情に性別は関係ない。だが、ううむ、ゲイと猊下を掛け合わせて呼ばれるのはどうにも心情的に受け入れられないというか、デリケートな部分に障るというか、すまない、どうも上手く説明ができない。


「教皇聖下、ね。ふん、ならば問おうではないか。大神より直々に任じられた者、教皇聖下サマよ。なぜわが国はこれほどまで砂漠化したか、説明してみせよ」

「立場をわきまえない態度ですね。現状が見えていないのでしょうか」

「……」

「まあ、良いでしょう。ただし、あちらを見ながらで、ね」


 僕はすっと壇上から下を指さした。会話をするうちに準備が整ったようだ。


 そこにあるのは――。


「な、なんだ、あれは? 巨大な刃が、台の上に吊るされているだと……?」


「わたくしの住む世界のオランダと言う国の医師が開発したもので、製作者の名を頂いてこう名付けられました。断頭台――ギロチン、と」

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