第73話 敗北の王 その3


「黒の聖女様、見事敵軍勢を滅ぼしましたぞ!」


 馬に乗ったグナエウス王が、興奮を隠さずに僕たちが乗る馬車へやってきた。

 僕は御者兵に命じてカーテンを開けさせる。


「おめでとうございます王陛下。王は臣民のため、敵の軍勢を自ら打ち払いました。高貴なる者の義務とはいえ、これほどまで鮮やかに事をなせる者はいません」

「おお……なんという身に余るお褒めの言葉」


「後は、仕上げ、ですね」

「そうなりますな」

「かの要塞都市を速やかに王陛下の威光にひれ伏せるよう、お手伝いしましょう」

「それは素晴らしい、さっそく手配を」


「大丈夫です。要塞にある五か所の兵詰め所を自走砲にて爆砕し、その後壁を戦車にて粉砕します。そして伯爵親子を前に引っ張り出します。すべてが済んだら壁も建物も元に修復しますのでこれが一番かと。特設台を作って派手に行きましょう」


「お、おお……?」


 わかっているようでちっともわかっていない様子のグナエウス王に、僕はアルカイックスマイルを向ける。〆は劇場型にて、王自らの最後通牒を以って敵の心を折りたい。真心を込めた、親切な心折シンセツなシンセツ作戦である。


 馬車でグナエウス王の馬と並走し、ついさっきまで地獄の戦闘のあった戦場を行く。なお、敵兵の死体は土属性無限権能を使い埋葬を兼ねて大地に喰わせる。


 地中では装備などの金属類だけ抽出しておく。装備の九割方が鉄製とは、しかも良質の鉄器となればそれをしないわけもなし。


 加えて祝福による完全浄化を。


 この一連で、血と肉と糞にまみれた草原はまるでつい先ほどまでの戦闘を忘れたかのように綺麗に立ち戻った。ついでなので全兵に範囲ヒールをかけ、祝福も併用して全員を洗浄、戦いの汚れを落としてやる。続けて再び土属性無限権能を行使、全兵士の装備をメンテナンスに掛け、壊れた部分を補修または新調する。


 うおおおおっ、と歓声が上がる。喜んでもらえて何より。


 ここで大声がかかる。

 どうやらルキウス王子のようだ。兵に整列命令を出していた。


 途端に表情を引き締め、全兵は速やかに隊列を再形成する。

 練度の高さと士気の高さがなせるワザだった。うん、素晴らしい。


「この辺りで良さそうですね」


 僕は独りごちて、次いで馬車の停車を命じる。


 どういう感じの特設台を作ろうか。

 エレクトリカルなパレードでもいいが、夢の国の使者が時空を超えて笑顔のまま苦情を携えてきそうなのでやめておこう。となれば、どこぞの世紀末覇者の如く重厚威圧マシマシタイプがいいか。これは僕のセンスも問われるので難しい。


 しばらく考えて、全部混ぜてしまうことに決定する。


 まずは先ほど抽出した鉄で土台を作る。

 イメージは中世の城壁。酸化膜で覆って黒錆加工を施す。家庭で同じものを作りたいなら渋茶を二、酢を一で割った溶液に一時間ほど鉄を漬け込んで乾かせばいい。これだけでも重厚な雰囲気が良い感じに滲み出てくる。


 白壁の神殿様式は採用しない。というのも行なっているのは戦争であり、怒りを込めた最後通牒の場を『劇場型』にて演出してやらねばならない。


 天蓋を作りたいのでコリント風の鉄柱を前面部だけ除いてコの字に屹立させ、宮殿を模した屋根を作る。

 カスミがふわりと姿を現して、深紅のカーペットを舞台に広げ、また、背部にも深紅のカーテンを何重にも重ね掛けにする。桐生倉庫のどこから持ち出してきたのか屋根にも同色のタペストリーを垂らして雰囲気造りは万全だ。


 黒鉄に深紅。色合いからわかるように、これらは鉄と血を象徴している。すなわち鉄血の意志の演出だった。


 なんだか、思っていたよりもずっと凄いことになりそうだ。


 グナエウス王が腰かける玉座は総金無垢で作ろうと考えたが、強度の問題があるため十八金に変更する。配分は全体を百として、金七十五、銀十五、銅十のイエローゴールドをさらに鍛造して硬度を高めておいた。


 これを基に古代式の、ローマ帝国よろしく鷲を背もたれを上方にあしらった絢爛仕様で固めてしまう。まだ誰にも知られていない良質のエメラルド鉱山が近場にあったので、せっかくだからと原石を権能で採取し加工、彩りに玉座を装飾させる。少々やり過ぎた感もあるが、威圧と言う意味では良い仕事をするだろう。


 ちなみにこの特設台は可動式である。

 動力はヨシダ戦車で二台分。そう、この台は実はゴーレムなのだ。今は砲門を収納されているが、百二十ミリ滑腔砲も二門ついている。


 これにて一先ず完成である。

 僕はアカツキと手を繋いで馬車から降りる。太陽系天体ジオラマと鏡は置いていく。重力を作用させて、鏡をその場の空間に固定をしておく。


「王陛下の親衛隊の方々。先に台に上がって警護の任についてください」

「了解しました」


 王の親衛隊を五人ほど先立って搭乗させる。これで心理的な安全性を確保する。


「それでは、どうぞ。整いましたので、王陛下、乗車のほどを」

「お、おお。うむ、では」


 別途に隣接させた階段にて搭乗する。実際はタンクデサントとなる。

 グナエウス王はさすが大国の王だけに、即興で作った劇場壇上に一瞬の逡巡を見せるも、その後は堂々たる所作で玉座に着いた。


 彼は僕が作ったくだんの刀を前に立てて、そこに両手を乗せる形で座している。


 威厳もバッチリ。安直な表現だが、ストレートに格好良い。


 続いて僕とアカツキも乗り込んで王の後ろに控えて立つ。

 この場合の僕たちは、いわゆる黒子のようなもの。あくまで前面に推すのはこの国の王たるグナエウスとなる。


 最後に武装解除後に目隠しに口に猿轡を噛まされ鎖で簀巻きになった、変わり果てたイプシロン王を手荒く台座に転がして準備は完了。


 特設台式ゴーレム、起動。キュラキュラと無限軌道が前進を始める。


「親切な心折作戦、開始です」


 僕は馬車に空間固定させた鏡の角度を少しだけ変えて空の光度を下げた。そして、特設台に仕込んだ魔導具製の照明にて台をライトアップさせる。

 同時に天井に埋め込んだこれまた魔道具照明で多重にグナエウス王を照らす。これにより光闇のコントラストが凶悪なほど浮き彫りとなり、照明効果によって黒鉄の特設台が醸し出すのはもはや威圧どころではなく殺意の波動へと昇華する。


 気の弱い者など、見るだけで卒倒しそうだ。


 加えて特設台の左右には、まるで元世界のキリシタン弾圧の果てに処刑される哀れな信者みたいに、十字架に張りつけられたトリスタン辺境伯親子がいる。

 彼らの足元には彼らの親衛隊がいる。囚われ、自らの主を縛り付けた台を、無骨な鎖で引っ張っているのだ。敵の心を折る効率化のために、必要に応じて彼らの主の悲惨な現状をライトアップする予定でもある。


 さて、泰然と黄金の玉座に座すオリエントスターク王の姿と、変わり果てた自軍の指揮官とその王の姿は、敵にはどう映るだろうか。


 絶望しかないだろう。次は自分たちが、ああなるのだと。


 全軍、グナエウス王の座す特設ゴーレムを先頭に、粛々と国境線を超えて辺境伯領要塞都市トリスタンを目指す。


 われわれにとっては勝利の行進、敵にとっては悪夢の行進だ。


 一糸乱れなく隊列を組む軍団、その彼らを守るゴーレム兵『アヴローラ』たちも行く。光の巨人風ゴーレムと某レイバー風ゴーレム。後方に戦車型ゴーレム。


 十字架に縛り付けられた敵国の伯爵親子。その台を引く敗北者ども。


 当然ながらその後の運命も知れているためどうしても動きが鈍くなる。が、そのような些事は勝者にしてみれば本当にどうでもよい。


 この世界の捕虜とは死体と同意義である。元世界のジュネーブ条約みたいな保護を求めるなど、空腹の肉食獣を前にした草食獣の命乞いくらいに無意味だ。


 キャット・オー・ナインテイルという九尾の鈎爪つき特殊鞭で敗者を打擲ちょうちゃくする。死なない程度に苦痛を与え、限界以上の力を出させて台を引っ張らせる。


 キュラキュラとキャタピラ音を響かせつつ、われわれは行く。


 やがて僕はグナエウス王に一度声をかけてから特設台ゴーレムを停止させた。

 要塞都市トリスタンまで、あと一スタディオン (約百八十メートル)足らず。前方にまみえる灰白色の外壁は堅牢な石積み方式だとわかる。


なるほど、この時代にしてはかなり高く丈を取って建造されている。地上から七パーチ (約二十一メートル)といったところか。木星大王視点からの目算になるため厳密には言えないが、東端国境都市エストよりこちらの方が若干高いようだ。


 もちろん王都オリエントスタークの最新外壁に比べれば児戯に等しい。手前味噌をあえて語るに、あれは高さを五十メートルに設定して、しかもアダマンチウム混合の超硬度高靭性壁芯を軸に建っている。ついでに攻撃反射の祝福――呪いも込めているので下手をするとカウンターで死ぬ極悪様式なのだった。


 全軍、装備を構えて臨戦待機させる。

 王が命ずれば全兵が即時突入も辞さない、そんな切迫した状況を演出する。


「アカツキ、ヨシダ戦車に通達。要塞の五つの兵士詰所を砲撃せよ、と」

「にゃあっ、任されました!」


 ほぼ同時に十の砲撃音が。

 砲弾が弧を描き、途中で分裂、クラスター式に爆裂する。


 魔術もしくは魔法の防壁など、科学と土属性権能と祝福の前では、イタズラ子猫の玩具になった障子紙よりも薄く脆い。

 連鎖的な破壊音と、それに伴う要塞守備兵と思われる悲鳴が混じって聞こえてくる。無駄に都市内部を破壊したりしない。必要なのは敵の心をへし折ることのみ。


「王陛下、仕上げにかかりましょう。トリスタン要塞に残る兵や市民へ最後通牒を。死に絶えるか、命だけは長らえるか選べと。途中、頃合いを見計らって合図を送り『戦車よ、あの城壁を打ち砕け』と命じてください。言葉の通りになります」


 カスミが魔道具の音声拡大器を気配無くスッとグナエウス王の前に立てる。元世界のラジオ放送黎明期に使われていたような八角形のマイクである。レトロ風で格好良い。なお、スピーカーは別途にゴーレムたちが抱えて待機している。


 うむ、と頷いたグナエウス王は、息を大きく吸い込んだ。

 そして、演目は始まる。タイトルは、武神立国の終わりの始まり。


「――ひれ伏すが良い、愚かなるイプシロン王国の者どもよ! われこそはオリエントスタークの王。グナエウス・カサヴェテス・オリエントスタークである!」


 大声。


「わが心の臓は張り裂けそうなほどの怒りによりて、今まさに噴火せんとする火山の如く脈動している! 理由など訊かずとも、幾ら愚に極まれしその方らでもわかるであろう。その罪、蛮行。わからぬとは決して言わせぬぞ! わが怒りを最期に見たいとあらばそう言うがいい。ただし、そのときはすべてを灰燼に帰するとわが名に賭けて宣言する。老いも若きも、男も女も、たとえ病に伏そうとも、すべて殺す。要塞は、瓦礫の山となる。何一つ残さぬ! ここ一刻あまりでその方らの軍勢は滅した。モノ言わぬ血と肉と糞に変わり果てた。その意味をよく考えるがいい」


 玉座に座すグナエウス王は、軽く右手を挙げた。

 合図である。僕は小さく頷く。


 ごごん、ごごごん、と音が床から響いた。


 台座下方部分から二つの砲身が低い音を立ててつつ前方へ伸びていく。

 やがて、がちんがちん、と金具が二度嵌る音がする。


「……返事どころか、なんの反応すら見られないのはどういう了見か! 胸壁から卑しくも様子見ているのは分かっている! もっとわかりやすく噛み砕いて言って欲しいと、そうわれに懇願するか? ふむ、愚者ならば致し方なし。怒りを以ってなお、教えてやろう。徹底的に潰され原形すら留めずに死するか、投降し命だけは長らえるか、選べと言っている! 先ほどの兵舎破壊で要塞そのものの防護など無意味と、わからぬか! われはそう待たぬぞ! さあ、どちらかを選べ!」


 表だって見える反応がない。

 ただじっと、こちらを見ている気配だけが伝わってくる。


「……なるほど、なるほど。一度だけではわからぬと。ならば、よろしい」


 グナエウス王は挙げていた右手を下げた。


 そして。


「戦車よ、あの城壁を打ち砕け!」


 砲撃、砲撃!

 爆音とともにびりびりと衝撃が後方に伝わってくる。


 念のため、特設台には魔術や魔法、弓矢などから身を護る対策も施してある。


 炭素繊維強化ガラスに祝福をかけたスクリーンを正面に取り付けてあったのだが、それが二門の戦車砲によって変な金属音のような共鳴を起こした。


 砲弾は要塞壁に直撃する。爆裂、爆裂! 積み木の城を崩すかのように、壁が崩れ落ちる。胸壁の裏に隠れていた敵兵らも一緒に落ちていく。


 続けて、砲撃、砲撃! 容赦などしない。これは戦争である。


 ヨシダ戦車は以前にも書いたようにレオパルト2を参考に形成されている。砲弾もHEAT (対戦車榴弾)を模したものを使っている。

 とはいえ元世界では対戦車、対物用になるがこの世界はファンタジーで不愉快な異世界である。魔術、魔法の防護もぶち抜かなくてはいけない。なので単純に威力を上げるに加えて抗魔力も当然嵩上げしてあるのだった。


 ……ただの四発で、恐らく一番防御を高めていたであろう彼らにとって正面側の要塞壁が、すべて綺麗に爆砕された。


 内側がモロ見えになっている。もはや要塞としての機能も失われた。


「見たか、感じたか、己が敗北を! もっと撃ち込んでやっても良いぞ! だがその前にその方ら、いい加減にわが問いかけに答えよ! 生か、死か! 選べ!」

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