第72話 敗北の王 その2
確認するまでもない事実を、あえて書き出そうと思う。
この度のイプシロン王国との『逆襲』戦争の真の主導者は、僕なのだ。
グナエウス王はそうすることが必要だと判断しての親征であり、ルキウス王子は父君の判断にただ従っただけ。
とはいえこの度の戦争の功績は、グナエウス王が総取りする予定になっている。
彼がこの国の王だからだ。言い得れば、この国の主人公。
なので彼に華を持たせるのが、この国にとって最も望ましい結果を見る。
後年の歴史書にも書かれるだろう。魔王軍との戦闘間近に攻めてきたイプシロン王国軍を、オリエントスターク王国の王、グナエウスは自ら兵を出し、これを討伐したと。僕の存在は、あくまで協力者に留める。むしろ僕がそう強要する。
ただし、この戦闘で積み上げられる死体の山は、すべて僕の責任に、ある。
繰り返すが、真の主導者は、僕なのだった。
魔王軍と戦うための必要経費として、敵を叩く。それも徹底的に。
三千万人を数える屍山血河に、新たな血と肉と糞が僕の足元に積み上がる。
次期総帥たる、桐生葵は僕に言った。キミには英雄の資質があると。
一人の殺害は犯罪者を生み、百万の殺害は英雄を生み出す。
数が、殺人を神聖化する。全員殺せば、神となる。
元ネタは英国国教会牧師ベイルビー・ポーディーズ氏。
前文を語ったのは喜劇王チャールズ・チャプリン。
一九四七年の映画、殺人狂時代より。
イプシロン軍は崩壊を続けている。もう誰にもそれを止められない。
攻城櫓は爆砕され、兵は鎧ごとずっばりとなます切りに。
超高威力の矢が兵を片っ端から貫いていく。
即死に次ぐ即死。
鎧袖一触。
いともたやすく行なわれるえげつない行為。
首を切断された敵兵が、背を向けて数歩行き、力なく崩れ落ちた。
敵軍兵は及び腰になっている。敵軍指揮官の命令を無視して逃走を始めた。
軍の崩壊から瓦解へ。
古代戦闘に於ける軍の密集形態は逃走防止を兼ねている。
しかし、一軍団が丸ごと逃げようとすれば話は別。
逃走は水が高いところから低いところへと流れるようにゆく。
そして、別な軍団と鉢合わせして、混ざり、自軍同士で斬り合いが起こり、怒声、悲鳴、金属同士がぶつかる音、肉が潰れる音、混沌の坩堝へと陥っていく。
この同士討ち、今は大人、かつての少年たちなら分かるだろうたとえをしよう。
まるでカブトムシやクワガタを、双方の脚を合わせて絡めたときのような様相ではないか。キチキチくしゃくしゃじゃりじゃりと脚と脚が噛み合うのである。
恐怖心は伝播し、壊乱速度に累乗拍車をかける。
知っていると前提して語るに、総数の三割が死ねば、軍では全滅の扱いとなる。
だが、これはいかがなものか。ああ、うん、混沌として分かりにくい。
しかしオリエントスターク王国軍が目指すものは知っている。
全滅? 壊滅? 否、断じて否。目指すのは殲滅。一兵残らず、喰らい尽くす。
本来なら逃げ場所を一か所だけ残して、そこを叩くのが正しい討伐の仕方となろう。が、逃げる先が要塞都市トリスタンとなると話は変わってくる。
こちらとしては、攻城戦より野戦で滅ぼしたほうが楽なのだ。
なので、僕はアカツキを通してゴーレム兵『アヴローラ』たちに出動要請する。敵の逃げ道を塞いでしまえと。絶対に逃がさない。引き籠りなんてさせない。
切り立った山々に囲まれた、合間の草原。
そのたった一つのトリスタンへ続く道を、彼らアヴローラはジュワっと確信犯的な掛け声で飛行、回り込んだ小隊長型の光の巨人たちが塞いでしまう。
光の巨人バリアー。巨大なエネルギーフィールドスクリーンが建つ。
これに触れたものは、電撃に中てられて一瞬で黒焦げになる。
「……あれは」
僕は脳に接続された木星大王の映像に目を細める。
敵本陣最後尾に近い、左翼の横陣。
「全身が白いマントで覆われてて不審者にゃ。これなあにおじさんみたい」
「表現が的確過ぎて、もはやそのようにしか見えないよ……?」
見た目がまさにそう。
大剣を背負い、バケツを逆さにしたような兜――グレートヘルム。
おそらく中に鎧は着込んでいるだろうけれど、白いマントで全身を隠しているので不審者持ち切りだった。
「マントの中がまさかの全裸とか、ブーメランパンツだけだったら怖いよね」
「頭隠して身体隠さずにゃ。おっぴろげジャンプでけっこうな仮面にゃ」
「うわあ、けっこうーっ。って、アカツキは色んなことを知ってるのねぇ……」
二人で何を言っているのやら。
ほぼ決定事項となろう。装備が違い過ぎる。
漫画じゃあるまいし背中の大剣など、あんなので戦えると本気で思っているのか。わが方の兵らに間合いを一気に詰められたらそれで終了である。
いや、今はどうでもいい。
あれは十中八九、
「それにしてもイプシロン軍の現状を見ての状況で、あの落ち着きは……?」
緊密な軍事同盟をしているのではないのか。互いの姫を嫁ぎ合わせてまでして。
なぜこのひっ迫した状況で至極冷静でいられる? 何か秘策でもあるのか?
「んー、わからないね。……おや?」
四つの軍団をまとめる最後尾の、恐らくは指揮者だろう。厳重に兵で固められた中心の小柄な人物がするりと両腕を上げた。
この人物はバケツ兜にマントではなく、純白のローブを纏っている。ただしフードを深く被っているため顔が見えない。
なるほど、男の娘としての勘がそっと囁いてくる。こいつは女だと。
彼女のその手の先には、煌々と輝く光の球が。ぐんぐん大きくなる。ふわりと手から離れる。まだまだ光球は肥大化する。
攻撃魔法または魔術か。
だが残念、わが方の兵装備は祝福により害意ある魔力に対して強力に抵抗するよう仕込んである。よほどの魔力を込めない限り有効手段に足り得ない。
しかし念のため、もうすぐ戦闘開始から二度目の四半刻でもあるので治癒の準備でもしておこうではないか。
たとえ致命傷を受けても装備が負傷者を死なせまいと抵抗する。その間に回復してしまう。絶命してしまうと厄介だが、僅かでも生きていればどうにでもなる。
もう一人、ローブの人影が動いた。こちらは中肉長身と言ったところか。
バケツの軍団兵ほどではないがそこそこの背丈を持っているようだ。フードで顔が見えないが、体格からたぶん男だろう。
その彼は、両腕を上げて詠唱に入っているであろう彼女の両肩に手を置いた。と、同時に彼ら四軍団は一斉に歩みを止めた。
光球は冗談みたいに膨れ上がり今にも破裂しそうだった。
フードの彼がフードの彼女の肩に手を置いてからというもの、魔力供給でもしているのか爆発的に肥大化が早まっていた。人が数人乗れる気球くらいはある。
やおら、光球はバンッと弾けた。
瞬間のあまりの眩しさに、脳内で映像接続されているにもかかわらず僕は思わず目を瞑ってしまった。それほど強烈な輝きを脳裏に残していった。
「……消えた」
言葉の通りだった。
エフェクトではない。光の粒が四軍に降り注ぎ、四軍を丸ごと消し去った。
それはそう言うカラクリだったのか。僕は一つの疑問が晴れて頷いた。
集団転移。もしくは集団送還。
神聖セイコー帝国の援軍らしき四軍団 (二万人)は、あの光の魔術か魔法にて、瞬時に撤退してしまっていた。
光球の効力発動の直前――、
ローブの彼らのフードが、魔力風か何かでめくれるのが垣間見れた。
ほんの一瞬だが、まだまだ幼さを残した少女と、彼女を護る立ち位置にいるらしい精悍な青年の真剣な表情が窺えた。
「やってくれますね……」
イプシロン王国王都からここまでの千キロをどうやって短時間で渡れたのか、この一連の遁走で解明されたと考えて良さそうだ。
なるほど、ファンタジーだ。実に性質が悪い。くそったれである。
お前が言うなって?
いやいや、ちょっとくらいは愚痴らせてくださいよ、ね?
「画竜点睛を欠く、か。ところでローブの小さい方は少女で、大きい方は青年でしたね。年齢は少女が十五歳前後、青年は、二十歳くらいかな?」
「恋仲の王女と勇者にゃ。ゆうべはおたのしみでしたね、なの。今夜もお姉さまとにゃあも、おたのしみ、する?」
「アカツキがたくさん頑張ってくれてもいいのなら、しましょうね」
「にゃあ、いっぱい頑張るの! キモチ良くて、ふわふわして、幸せなの!」
それはともかく。
「勇者かぁ。いるところにはいるのよね。対魔王用に欲しいなぁー」
「拉致監禁拷問洗脳にゃ。言うこと聞かないと電撃バリバリのモッコリなの」
それは通称で棺桶と呼ばれる拷問ではなかろうか。具体的には足元だけ絶縁体になった通電済みの長方形の金属箱の中に裸で立たせ、そのまま放置するという。
僕はアカツキの綺麗なピンク色の髪の毛を、空いた左手でサラサラと弄ぶ。右手は太陽系ジオラマに鏡を当て続けている。
そして膝上の彼の肩口に顔を当て、彼の体臭を嗅ぐ。
ワイン造りにて、プールいっぱいのブドウ踏み潰しの手伝いをする、裸足の女児みたいな良い香り。
これを言ったのは僕ではない。ふと思い出しただけで。アカツキの体臭は、特濃ミルクキャンデーみたいな香りなのだった。
十二歳のころ、社会体験学習のはずがなぜか特別なワインを作る話が持ち上がり、一族の酒造会社にて僕はミニプールに太もも深くまで埋まったブドウを、水着姿でひたすら足で踏み潰す作業をしたのだった。
数年後、出来上がった赤ワインを呑み、姉たちは満足気に頷いていた。
このとき述べられたトンデモな感想が、前述のそれだったわけで。
それで、わが愛し子のアカツキである。
そう言えばこの子、夕飯にトスカーナ州産の赤ワインも呑んでいたっけ。
こんなに可愛くて幼い良い匂いを身体に纏っているのに、えっちは大好きで、しかもさらっと怖いことも言えちゃう子。
勇者を拉致監禁洗脳拷問。
なんだか以前に似たようなことを僕自身も考えたような。
あの拷問の最大のポイントは股間局部に電極を取り付けるところにある。
結果、男として極大の屈辱かつ悲惨な苦痛を強いる羽目になるため、自分としては詳しく書きたくない。いずれここまでの情報だけでも、それがどんなものなのかは容易く想像がつくだろう。その苦しみも、屈辱も。ドМさん垂涎である。
時間だ。僕は左手をパチンと鳴らす。
指鳴らしは精神的トリガーに過ぎないのは以前語った通り。途端、範囲指定された治癒魔術が展開され、擦り傷程度の兵の負傷を片っ端から癒していく。
「順調に片付いてきましたね。完全決着まで、あと半刻でしょうか」
「にゃあ。後片付けなの。陣形を崩して逃げようとする兵隊さんをやっつけちゃうのっ。全部、ぜーんぶ、平らげるのっ!」
軍の態を無くして逃走する兵など、もはや兵ではない。
後ろから斬り飛ばす。突き殺す。射殺す。魔術で爆死させる。
すべては必要経費。後腐れなく、喰らえるだけ喰らって呑み干してしまう。
にしてもわが方の兵のいきり立ちの凄まじさよ。まだお愉しみが待っているためだ。そう、褒賞として、乱取りが。
しばらくして、閉じられたカーテンの外より、カスミが報告を携えてきた。
「おめでとうございますレオナさま。大勝利は目前でございます。裏切者の処分も滞りなく完遂してございます。いずれの輩も、敵兵の弓矢にて不幸にも討たれ」
「ご苦労さま、カスミ。本当に不幸ですね。この勝利のさ中に流れ矢に伏すとは」
「まったくにてございます」
「では勝って兜の緒を締めよの格言に基づき、慢心せず仕事の完遂を」
「はい、仰せのままに。わが主、ハァハァ、お慕い申し上げますレオナさま」
裏切者には等しく死を。対象は副知事とその腹心の部下数名。もれなく暗殺。残る彼らの家族も連座で処分となるが、これは今は手を付けない。しかし必ずやる。
その後、二度目の全軍治癒を施してすぐ、逃げ場を失ったイプシロン軍は進退窮まり投降しようとした。が、わが方の兵たちはそれを許さない。
大儀名分はこうだ。
「魔王が今まさに攻めてこようとしているさ中、盗人の如く領土の切り取りを画策するなど言語両断。人として恥を知れ! 絶対に、絶ッッッ対に、許さぬ!」
捕えられ、生き残ったのはイプシロン王国の王ゲルトガイン・アウマデルシヲ・イプシロンとトリスタン辺境伯メッシーナ・フォルブリヲ・トリスタン、その息子アドリアーノ・フォルブリヲ・トリスタン。他は彼らの親衛隊が数名のみ。
軍事同盟の神聖セイコー帝国の二万の兵に見限られ、総計十万近い軍勢が崩壊、残るは両手に満たぬ人数だけとなる。
トリスタン辺境伯とその息子は、十字に組まれた即製の磔刑台に縛り付けられ、そのまま要塞都市トリスタンまで同行させるらしい。
ちなみにその台を引っ張るのは囚われの彼らの親衛隊たちだ。
何せ、このために生き残したのだから。
イプシロン王の方は目隠しをして猿轡を咬ませ、身体は鎖で縛って監視付きで馬の背に転がしておく。お前の出番は、もう少し先。
それらの様子を、僕とアカツキはすべて上空から見守っている。
マリア様ではなく
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