第70話 東端都市エストへ、損耗なしの軍団移動 その3

 

 僕たちは円形卓上に用意された夕食を囲んだ。

 手を合わせて、頂きますの唱和を。メンバーは先ほどのまま。


 僕はカボチャのスープをスプーンですくって口に持っていく。

 うん、カスミの料理はいつも美味しい。

 彼女は元暗殺者だ。対象の『最後の晩餐』のための料理教育も当然受けている。

 もちろん、この料理に毒など仕込まれていない。ただただ、僕を想って調理してくれる。これが美味しくないはずがないだろう。


 隣のアカツキも上機嫌で食べている。

 しかしこの子、実は二百は下らないドーナツの大半を腹に収めていたのだが、そんなにパクパクと大丈夫なのか。宇宙的恐怖 (?)のフードファイター爆誕か。

 いずれにせよ、美味しく頂いているのでそれで良しとするべきか……。


 グナエウス王を始めとする三人も、人が食べるにしては相当数のドーナツを喫していたはず。なのに普通に夕食に舌鼓を打っている。

 スープもパンもコロッケもサラダも大好評だ。見ていて気持ちいいほどの食べっぷりなので口出しはしないが、少し心配になる。


「兵らも食事は好評のようですなぁ」

「後ほどカボチャのスープのレシピをお渡ししましょう」


 今回の兵らの夕食も、カボチャのスープおよびその他の料理と同じくして、王都で予め作ったものをカスミによって次々とインベントリに収納、この駅についてからドスンと取り出したものだった。


 なので主計兵らがしているのは厳密には配膳だけとなる。せっかくなのでつけ加えると、スープ類はカスミの得意料理の一つだった。

 理由は、言わずともわかるだろう。そう、最後の晩餐。


 特に心配していなかったが、この世界のものだけで作らせても美味しくできて本当に良かったと思う。カボチャは元世界より大きくて濃厚な甘みと深い味わいを持ち、屑野菜のダシだけでも十分な旨味を引き出せた。牛乳はこの世界では一般的ではないため山羊乳で代用し、もちろんバターも山羊乳で作ったものを利用した。


「このスープは毒入りです。わたしのあなたさまへの愛慕と言う名の。うふふっ」


 姿も気配もなく、ひそひそと僕だけにカスミは囁いてくる。アイシテマス、と


 前言撤回。

 カスミのスープは死に至る毒入りデシタ。いじましいなぁ、もう。


 食後、半刻の休憩を挟んで出撃の準備を整える。

 途中、恐れていたことが現実化し、レオナ分チャージと宣って五千体のアカツキ分体に囲まれたりもしたが、動物王国のムツゴロウ国王の如き対応で乗り切った。


 ヨーシヨシヨシ、ヨーシヨシヨシ、である。


 ただそれを見た本体のアカツキはプリプリ可愛らしく怒って、なんでも得た経験はすぐさま全体共有されるため自分ほんたいの頭を撫でるだけで満たされるはずなのだそう。それがなぜか個々の欲求が優先されて上手くいかないとのこと。


 そんなわけでここからしばらくの彼は、僕の膝の上か、抱きつくコバンザメの状態となってしまうのだった。いっそ肩車でもしてあげようかしら。


「なんというか、その、子ども(?)の相手は大変だな。おつかれさま」

「アッ、ハイ……」


 ルキウス王子にやや引き気味に慰められた。


 そういえばゴーレム兵の軍団名は何かと尋ねられたので、少し考えて『アヴローラ』と決めた。ロシア語で曙光という意味。すなわちアカツキである。


 分体たちもこの名称は気に召したらしく、その喜びを僕に向かって身体で表そうとして、けれどもコバンザメみたいにくっついている本体のプリプリアカツキの防衛により彼ら分体はあえなく散らされていた。にゃあのお姉さまは渡さないのっ!


 出陣間近。僕とアカツキ、グナエウス王とルキウス王子は腕時計を見る。


 時刻は現在、十八時三十分。

 敵が攻めてくると予測される時間は、二十時以降となる。


 一応は屋内なので外していた、頭部を飾る黄金の前天冠を僕は装着しし直した。純金製なので見た目以上に重い。


 そして、千早を羽織る。


 本来の千早とは、神事や神楽の際に巫女装束の上に重ねて着こむ、ゆったりとした絹の衣装のだった。

 白の生地に場合によっては鶴や松の縁起の良い柄を入れ、朱色の紐で胸元を結ぶ。丈は袴の中央より少し下、重ねて着るために袖口が広く作られている。


 繰り返す。そういうものの、、だった。


 僕を異世界召喚した最大愚行を除けば比較的まとも――とも言い難いが、それでも混沌の邪神顕現体にしてはおとなしいイヌセンパイが、とうとうやらかした。


 ナイアルラトホテップの正体は、混沌そのもの。

 ギリシア・ローマの神話で例えれば万物の祖となる原初神ケイオス。


 ただし性質の悪いトリックスターであり、回りくどいことが大好きの宇宙的レベルで面倒くさい外なる邪神サマである。


 人呼んで、愛すべきはた迷惑。


 基本的に宇宙創造主となるアザトースの従者として活動するが、力弱き神々の守護者を兼務していたりもする。


 その歩く自己矛盾、裏の真ボスさんが、ちょっと目を離した隙に羽織り物の千早にイタズラをしていたのだった。


 何も知らずに僕が着込むと、途端に真っ黒な太陽が頭上に顕現した。


 それはあまりにも畏怖を通した禍々しさで、轟々と光を放射する。

 唖然として、僕は一ミリも反応できないままでいた。

 むしろ邪悪さが転じて神聖性というか、とにかく神々しさまで醸し出した黒き太陽は、やがて千早に吸い込まれるように『取り憑い』たのだった。


 光の絨毯爆撃は、その瞬間にふっと消えた。


 沈黙。近年の巫女は、神職の補助的役割を担っている。が、元々巫女は神託を受けたり祈祷をしたり占ったりする神憑きを指し、つまり何が言いたいかと言うと、今の僕が、その古来の巫女と相成ったらしい。


 ええ、はい。書いている僕自身、わけが分かっていません。


 わかるのは羽織った千早が、暗黒神へ祭儀を執り行なわんとする高位の僧職者の如き神気威容の装束へと、メタモルフォーゼしてしまったことくらいか。


 漆黒の装束。縫い込まれた豪華絢爛の金糸による意匠。

 どうやら魔術的な意味合いのある文様――呪紋であるらしい。血でも滴りそうな朱色の飾り紐。背部にはデカデカと金糸で表現された黒き太陽が。


「僕は一体、何を目指されているのだろう……?」


 口に出してみた。それは嘘。言葉が勝手に漏れ出たが正しい。


『うひょひょっ。さすがは教皇サマよ。よく似合ってるぜ。厨二心をくすぐるっ』


 ぽんっ、と僕の傍らに光に包まれた死神名探偵の犯人役みたいな姿で現れるイヌセンパイ。むしろハンザワ=サン。


「もう……これだと僕がこの世界のラスボスみたいじゃないですか……」


『ええやんええやん。どうせこの宇宙で俺のレオナちゃんに勝てるヤツなんておらん。せやからラスボス上等。ちなみにその装束、最狂神器化させたから。祭儀用に輝くトラペゾヘドロンでも持っていくか? 一週間くらいなら貸せるけど』


「ちょっとどころでなくフリーダム過ぎませんかねぇ……?」


 そんな不吉な偏方二十四面体なんて、絶対に嫌な予感しかしないから。


『わっはははっ。ハレ晴れユカイ! ああ、どうせなら神楽の一つでも踊ってくれや。ステルスでかぶりつきで見るわ! ローアングルで! うひははっ』


 こちらの肩をポンポン叩きつつ爆笑し、やがてイヌセンパイはふっと消えた。


「……なんなのもう。いやホント、なんなの」


 周囲を見ればグナエウス王以下、全軍が膝を折って僕を拝していた。うわぁ、と思う。良いのか悪いのか、気を利かせたカスミが手早く大型スピーカーを二個と音楽アンプと再生機をセットして、いかにもな神楽音楽を流し始めた。


 仕方がないので、舞うことにする。

 どこの神社の様式かはあえて伏せるが、依り物を使った巫女神楽である。

 土属性無限権能を使い、即興で神楽殿を作成。

 右に僕、左にアカツキと位置を決める。おもむろに、舞を始める。


 神楽とは神座と書いて『かむくら』が転じたもので、そのままの意味のまま、神の宿る場所を指している。神楽にて神を降ろし――って、もう既にカミサマ降りてきてるじゃん、イヌセンパイと名乗るナイアルラトホテップの顕現体がさ!


 ホント、どうしてくれようか。いつか前立腺パンチでも喰らわせてやりたい。


 ともかく、神前にて舞踊ることで穢れを祓ったり、またはトランス状態となり神人一体として人々と交流したりする儀式の場なのだった。


 その起源は、古事記における天照大神の天の岩戸引き籠り事件の際に踊った、ストリッパーのアメノウズメとされる。ちなみにウズメとは、石女にも通ずる。


 そりゃあ宴だもの。酒が入って踊りに踊れば衣服もはだけてくる。周囲の神々喜ぶ。騒がしくて岩戸にヒッキーの天照大神も、なんぞなんぞと顔を出す。


 一通り乱舞して、この騒動の〆にかかる。ストリッパーなカミサマの話はしたけれど、僕は脱ぎませんからね。ああもう、面倒くさーい。


 グナエウス王以下全軍は、跪いたまま神楽を鑑賞する、如何にも儀式的な様相を醸し出していた。でもほら、神楽の起源は神々の宴会だから楽にしててもいいのですよ。と、思えど元世界の神話など当然知るべくもなく。


 踊り終えて、またコバンザメのように抱き着いてきたアカツキの頭をナデナデしつつ、僕は全軍に向けて楽にするよう命じる。そうして神楽殿を解体し、アカツキをお姫様抱っこにして乗り込む予定だった馬車へとふわりと乗り込んだ。


 身体が軽い。もう何も怖くない――わけもなく。


 ヤバいわ、これ。百や千では利かないバフがかかってる。


 神器化した巫女装束改めラスボス装束には、どうやら本当にイヌセンパイの祝福がありったけ付与されているらしい。ギュンギュンと力が巡るのが分かる。


 心配してくれてるのだろうし、その気持ちは有難いけれど。

 でも、もう少しどうにかできなかったのか。

 演出が派手過ぎて、正直、ドン引きする。イヌセンパイのお調子者。


 うひひっ、と耳の奥で彼の笑う声を聴いた。

 非常に満足気な様子だった。


 そうして僕は、王と王子を通して全軍に告げる。


「さあ、敵の軍勢を討伐しましょう。王陛下、王子殿下、参りましょうか」

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