第69話 東端都市エストへ、損耗なしの軍団移動 その2


 まず最初に行なうべきは、兵の整列だった。軍の基本中の基本である。


 僕たちはその様子を黙って見守る。総軍司令たるルキウス王子はただひと言、直下の部下に整列の命を出すだけ。大声を張るのは演説と出陣・突撃・あとは鼓舞するときだけで十分。都市戦用硬化樹脂製キャタピラに換装したヨシダ戦車にタンクデサントしつつ、僕たちは兵の整列を鷹揚に眺める。


 各軍団長は、自己の受け持つ兵をブロック割りにした区画へ的確に誘導していった。既に良く知ってはいれど、兵の練度は非常に高い。


 トトトト、と思った以上に消音化された駆動音で戦車は僕らを砲塔部に載せたまま微速前進する。まるで精密機器の運搬でもするかのような精緻な機動だった。


 そういえばこの戦車に乗る前、戦車長のアカツキ分体はどこぞのハイルな第三帝国SS部隊風の軍服の上着を着こんで、しかも某初代仮面なライダーに出てくる悪の秘密結社の戦闘員の皆さん風の敬礼をしてきたのだった。

 それに僕は思わず伍長閣下風の答礼をしていた。気分はチョビ髭である。


「やはりタンクモデルはティーガー戦車にしておけばよかったかな。福の字を逆さ向けに書いたりして。レオパルト2も格好良くていいのだけれど」

「これを戦車と呼ぶのが不思議なのだが……」


 独りごちる僕にそっとルキウス王子が加わってきた。さすがは軍総司令だけあって、軍事関係について敏感であるらしい。グナエウス王は息子に丸投げと言わんばかりに、変わった乗り物に乗っている今を楽しんでいるようだった。


 ただ、王侯貴族は特に、見た目通りに受け取ってはならない。

 なるほどこの親子、ただ単に仲が良いだけではない。


 さすがは王と王太子と評すべきか。

 互いを信頼し合って、きちんと権限を分けているのだった。そもそも支配者が支配者たる最たる力、軍を任せる時点で分かることでもあるが。


 今回の侵攻『逆襲』戦での最終責任者ケツモチは王が。

 軍総司令カチコミは王子が。

 黒幕は、僕。


「そうですね。この世界だと戦車と言えばチャリオットです。でも、よく見てください。この車両、ごついですよね。いささか形は違えど、見ようによっては大きな水瓶みずがめようです。と言うのも、元世界で新兵器開発時に、防諜のために暗号として『水槽タンク』と呼んでいたのでした。これが語源となり、現在に至ります」


「ふむ。タンク、というのか。ところでアレなる突き出た筒はなんだろうか?」


「砲身ですね。ラインメタル四十四口径百二十ミリ滑腔砲。榴弾から徹甲弾、成形炸薬弾。化学で攻撃するか、運動で攻撃するか。色々と弾を飛ばしますよ」

「お、おお……?」


 ああ、これ、よく分かってない人の反応だ。まあ、そうだよね。


「攻城兵器で、カタパルト式の投石器はもうこの時代にありましたっけ?」

「滑車装置の応用での投石機なら。まだ試用の段階で運用にはもう少し……いや、本当は一級軍機にあたるものなのだが」


「ああ、大丈夫です。僕にその機密は無意味ですし。なんせこの砲身から飛び出す砲弾はそのレベルの破壊では済まされません。撃てば敵も壁も木っ端微塵です」

「……何それ怖い」


「ただ今回の迎撃戦では人に向けて撃ちません。あくまで兵の性能テストです」

「失礼ながら、黒の聖女様を指して大神イヌセンパイがクセモノと称するのが良くわかるというか、なんというか……」


「まあ……僕がいた世界はそれはもう血生臭いですし。いずれ僕はもっと酷くなります。宗家も僕も、幾千万の死を作るだけでは満足できそうにありません」

「……お、おお」


 桐生の次代総帥の側近とは、とどのつまりそういう役割を担うのだから。


 どんどん軍団兵らを所定の場所に落ち着けて、そうして座らせていく。学校で言えば物凄く大規模な遠足か修学旅行のノリである。


 そうこうしているうちに十分ほど後発の列車が駅に到達する。ぞろぞろと兵たちやアカツキの分体たちが降りてくる。


 僕達が乗ってきた一便車両にも三千人のアカツキ分体は乗っていた。が、やはりというか白いバレエドレス風の全身スーツを着込んだ幼女風の分体は、全員が同じ顔で同じ姿のために一種異様な様相を醸し出している。


 おまけに全員が、僕の存在に気づいて一斉にこちらを見た。

 すっごいこっちを見てる……っ。

 下手に呼んだら、二千体が2chネタの『みんなー』みたいな感じにやってきそう。


 あの子たちはあの子たちで良いところがあって、可愛いのだけれどね。


「にゃーっ。お前たち、にゃあのお姉さまを物欲しそうに見るにゃあーっ!!」


 アカツキ、自分自身に対して一人ヤキモキする。

 こっちはこっちで微笑ましい。


 怒りながら抱きついてきた彼をあやしてやる。笹葉状の細長いお耳が甘えてピコピコ動いている。人に甘えつつ分身体に怒るとは中々どうして器用な子である。


 ときに、軍団主計兵らは慌ただしく軍団内を駆け、全兵に食事を配り始めていた。数が数なだけにてんやわんやの大忙しだった。


 ちなみに兵らに支給される本日の献立は石焼きイモが三本、茹でトウモロコシも三本、カボチャのスープが一杯、炙った干し肉はお好みで数個、飲み物はエールまたは水で薄めたぶどう酒となる。


 食後には、昨日のお昼に作った例のエナジードリンクも支給する。


 これで体力気力を万全にする。兵站線は僕の手で既に完成済みで、その気になれば物資は列車を使って一時間でこの地に届けられる。それだけではなく、最終目標地の敵国王都イプシロンまで、この線は、列車にて繋がっているのだった。


 軍の運用で最も重視すべきは兵站。補給の途切れは、軍の崩壊の幕開け。


 敵国首都へはリニアを使っても三時間はかかる距離にある。が、仮に敵城攻略中に食糧その他輜重が必要となれば兵站線を使えば安全迅速に届けられる。


 これがどれだけ常識破りなのかは、改めて言うまでもないだろう。


 そしてもし僕の手記を読んでいる人がいて、ある大きな疑問に行き当たった人もいるのではないか。実は僕は、念のためにと放った防諜および諜報にて、責任者のカスミより受けた報告でずっと解決できないとある疑問を抱えていた。


 以前に感じていた違和感の正体がこれだったのだ。

 さりとて『既に兵はトリスタンに集まっている』事実を前に、あえて触れなかったこの疑問。さて、さて。これはどういうことか。


 軍事的決起から出陣、都市間行軍、戦闘準備の完了までの――、

 時間と距離の問題について。


 敵国、イプシロン王国の軍事的行動は、この世界にしてあまりに早過ぎた。


 北の魔王パテク・フィリップ三世より、オリエントスターク王国が宣戦布告を受けてから今日で半月となる。

 しかも予定ではあと十日もすれば魔王軍と王都でドンパチとなる。


 少し話がずれるようでそれでもあえて書くに、重装備の兵の歩行速度は平均時速で四キロ前後とされている。

 もちろん舗装された道なら駆け足みたいな速度でも移動を続けられる。

 が、元世界の現代日本でもあるまいに、よく管理された道路が国中に張り巡らされるなどあり得ないので除外する。


 それで食事や休憩を除外した正味の歩きを六時間として、一日の移動距離は大体二十四キロ。少し急いだ五キロの歩速でも三十キロとなる。


 国境要塞都市トリスタンから見て、イプシロン王国の王都イプシロンまでの距離は、千キロと少しある。


 もうお分かりだろう。


 軍事侵攻を決起し兵を整えて行軍、そうしてトリスタンへ入場するには半月程度の時間ではとても足りないのだった。

 どれだけ迅速にしようと決起→編成→行軍→到着まで三ヶ月はかかろうものを、反して今や遅しとエストへ攻め入る直前である。


 あえて言おう。異常なのだ。


 北の魔王との密約関係があるやなしか。これは断言できる、それはないと。


 もし裏で二国間が繋がっているのなら、北の魔王軍が王都に攻め入った瞬間に呼応してイプシロン王国も戦端を開くのがベストとなろうもの。

 そもそも『力こそパワー』の標語を携え、しかも魔王の癖してクソ真面目に婿取り宣戦布告状を送るような輩が密約など。


 再度断言する。この脳筋魔王は、必ずや真正面からの殴り合いを希望すると。


 まったく、これだからファンタジーな世界は厄介だ。

 そこに夢も浪漫もへったくれもなくても、カントの哲学に順じた科学だけを信奉する元世界の方がどれほどやりやすいか。土属性無限権能に祝福と言う奇跡を使うお前が言うなとツッコミを受けそうだが、それでも愚痴は吐きたい。


 何らかの方法を使っているのは分かる。が、それまでだ。


 空間を曲げたのか、それとも速度の出る乗り物でも用意できるのか。

 もしかしたら集団で空でも飛んだか。


 いざとなれば僕としては、どうとでも敵兵など料理できる。

 なので大っぴらに問題にしていないだけで、それでいて疑問が晴れないためどうにも尻の収まりが悪いのだった。これは昨晩の愛の交歓のせいだけではないはず。

 優秀なカスミの諜報部隊ですら、なんらかの大規模移動手段が取られた、としか裏が取れないのだから。うーん、敵方の防諜も、侮れないものがあるね。


 まあ、これはここまでにしよう。

 ファンタジー世界の不測の事態に頭を悩ませるのは美容に悪い。


 全軍を所定の位置につけ、ルキウス王子の号令にて食事を開始させる。僕たちも戦車から降りて少し早い夕食を摂ることにした。


 本日の夕食は、兵らの食すそれとはまた別途に作ったというカボチャのスープ、トーストされた厚切り食パン、アカツキが食べたいというのでこの場で揚げた出来立てのコロッケ、偶然のイモ繫がりでポテトサラダも加わる。


 飲み物はイタリアトスカーナ州産赤ワインのカヴァリッネーリ二〇一五年物を。これは姉たちが安価な癖して異様に美味いと絶賛した一品だった。まだ倉庫のセラーに八百本くらいあるので数本抜いたところで分かるまい。


 ギリシア・ローマ時代と同じくオリエントスタークでもぶどう酒は水で薄めて飲むのが主流となっているため、念のためトゥワイスアップにするかどうかをグナエウス王に尋ねてみる。原液のまま飲むのは下品とされているためだ。


 すると彼はストレートで呑むという。なんでも以前に出したスパークリングロゼワインを呑んでその濃さが大層気に入ったとのこと。


 いつもより酒精が強いので気をつけるよう忠告し、グラスに注いでやる。なお、ルキウス王子と親衛隊総括は一杯目だけストレートで、二杯目からはトゥワイスアップを希望した。なのでそのようにしてやる。


 デザートはマスカルポーネ+レモン汁+粉糖の、ブルーベリージャム添えを。


 マスカルポーネとはイタリア原産のクリームチーズのことで、これ自体がほんのりと甘く、硬く泡立てた生クリームみたいな風味がある。ティラミスを作るときにもこれをふんだんに使う。カロリー爆弾+糖質爆弾である。


 今回、これらはすべてカスミのお手製だった。

 軍事教練中に仕込ませたのだが、というかたまには彼女の手料理も食べたいと願う僕のワガママを通したゆえのものだった。カスミは喜んで作ってくれた。


 先に作っておいてインベントリに保存。元世界はブラックホールのさ中にあるため時間進行はほぼ停止したものとなる。なのでいつでも出来立てが取り出せた。

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