第68話 東端都市エストへ、損耗なしの軍団移動 その1
ごうごうと風を切る音――は、しない。しかし凄まじい速度が続く。
闇を切り裂く特殊金属の塊。それは密封されたトンネルを行く一筋の列車。
現在の時速は三百六十キロ。JR東海次世代新幹線の試験走行速度と同じ。ミーリア換算では約百八十。計算から想定する『最適』速度だった。
駆動系は、発進から巡行速度までは車輪を利用。その後は超電導走行に移る。
そう。僕たち一団は、元世界でもまだ辛うじて運用に耐える程度でしかないリニア列車とほぼ同質の乗り物に乗り込んでいた。兵の移動手段にと、前日に僕が土属性無限権能をフルに活用して強引に造り上げたのだった。
一両当たり二百名×二倍の四百名。
元世界の試験リニア車両、その筐体より倍以上の大きさと長さで、二階建て。
お気づきのように、異様に大きなリニアモーター車両なのだった。
車両全体では、一般兵用が二十両と、王族専用が一両の二十一両編成。
つまり、この列車だけで約八千人が乗車している計算となる。
先に書いたように現在の時速は三百六十キロで、しなやかに走行中だった。
リニアと言えば時速五百キロ走行を連想しがちだが、巨大車両であの速度を出すとなると超電導機構が発する振動が想像以上に激しくなる。もちろん作動音も独特の重低音を奏で始める。これらがヘヴィメタルに身体へ伝えてくるのだった。
元世界の現代人を乗せるのならこれで五百キロ走行もアリだと思う。しかしこの世界の水準で考えると、とてもではないがそれはできない。
ここは異世界。サン・ダイアルという。要は元世界ではないということだ。
未体験ゾーンの速度を楽しめるだけの余裕が兵たちにあるかどうか。
はっきり言えば、そんなものあるわけがない。しかもこれから戦争をするのだ。
いわんや、殺し合いである。
いくら勇猛果敢でも、命がかかっていれば同然緊張もする。
なので、時間的な余裕を見越した上で、可能な限り快適と安全を確保しつつ移動する。変な圧はなるべくかけたくない。
条件。
一、兵を可能な限りたくさん輸送すること。
二、兵たちの不安を無駄に煽るような真似はしない。
三、兵たちを安全に、損耗なく目的地に送り届けること。
四、同時に、兵たちを予定する時刻に余裕をもって送り届けること。
問題一は、車両筐体の巨大化と増設で解決する。
先に書いたように、八千人を輸送しているのだった。内訳は王国軍団兵五千人(一軍団)とゴーレム素体の、アカツキ分体が三千人。後続車両は多少人員数が上下する。七千人と一万人。なお、大活躍の輜重軍団は先行して送っている。
問題二・三・四をまとめれば、巨大化したリニア車両をいかに安全かつ速度を出すかにかかってくる。ただこれは科学知識と僕の権能を使えば比較的簡単に解決する。外を走るわけではなく、密閉した地下空間――トンネル内を走るのだ。
これを読んだ時点で、こう思う人もいるだろう。なんだ、地下鉄か、と。
違うのだ。
ただの地下鉄ではない。元世界では構想こそすれ、運用に至れなかったもの。
かつて日本では、有人の超音速滑走体の研究を進めていた。
東京~大阪間を列車にて、マッハ2近くの速度で運行する。時速換算で二千五百キロ。そのためには空気の抵抗を消す必要があった。
結局、内臓破裂など、乗員の安全が取れないことがわかり白紙になってしまったのだが、思いつき自体は良質なのだった。超加速による加重問題さえ除けば。
前置きが長くなった。
つまり、真空密封したパイプトンネル内を列車で走れば安定が増す。
超音速滑走体に必須の、走行に邪魔な空気抵抗を消す、というアイデア。
ええ、頂きました。その理合に沿った考え。ありがとうございます。
そうして巨大な車両を
以上の結果、時速三百六十キロがあらまほしいと出たのだった。
と、ここまでアレコレ計算して、実機を作り、兵を乗せているのだけれども。
これ、別に従来の新幹線タイプでも良かったのではと思っている。
音の問題は、音を音で消すノイズキャンセリングを使えばある程度までは解決できる。というか、このリニアにも導入している。速度調節の相乗効果も相まって、静寂無音は無理でもそれに近い低く小さな作動音だけが響いている。
振動対策は新幹線のように継ぎ目を可能な限り排したレールを敷けば良い。一本当たり、大体千五百メートルである。それで十分静かに運行できる。
だから、うーん。まあいいか。もう造っちゃったし。
それよりも、と僕は思い出す。新幹線といえば。
元世界ではコダマ、ヒカリ、ノゾミ姉さんは深酒で酩酊しているはずだった。
何せ五百億光年だったか、子どもの冗談みたいに大きなブラックホールの中に元世界はある。時間は、超重力の影響でほぼ静止状態にある。
それでも、そうであっても。
大好きなお姉ちゃんたち。三人が風邪をひかないよう願うばかりだった。
さて、さて。
運航ダイヤをずらして、十分ほど後方の便には軍団兵が五千人とゴーレム兵素体のアカツキ分体が二千体乗車していた。
これまた十分ほど後方には――と、三つの便に分けて移動する。
乗員の彼らは兵であって乗客ではないため一般在来線の横長シート風を設置して並んで座らせている。元世界のイメージでは、幌付き輸送トラックの荷台両サイド椅子に腰かけてドナドナされていく兵だった。ある晴れた昼下がりなのである。
内装は軍事車両なので装飾性は取り払っている。ただし密閉空間の息苦しさ軽減のため航空機みたいな窓を並べて嵌めこんでいる。もちろんそもそもの移動が地下であるため、窓の外を見ても猛烈な勢いで移動していると知るだけになる。
もっとも、内装は無骨でも環境には十分配慮をしたつもりだった。発進後はリニア車両の超電導が発する余剰電磁力を魔力変換して空調の魔道具を起動、車内の空気の清浄化と気温を最適に整えている。おまけで兵らが座する金属シートはほんのりと熱を帯びて温かく、背中と尻に優しい仕様となっていた。
エコノミック症候群についても考慮してある。祝福と言う名の理不尽極まる呪いの力にてシートに座ると同時にその効力を発し、循環器を中心に健康状態を改善しつつ催眠を誘導、ほんのり暖かい背中と尻の心地よさも加わって知らぬ間に眠ってしまえるようにしてある。あら不思議、乗って移動するだけで健康体に!
どうせ起きていても地下で外の風景も見えないし、横長シートは車両内に四本設置しているので向かいと膝を突き合わせる形となっている。いわんや、周りは全員むくつけな男で寿司詰めマッスル祭りになっているのだった。
手記を書いていて、なんだか鳥肌が立ってきた。うわあ、これはヒドイ。
乗車時間は一時間を予定している。
ならばいっそ寝ていたほうがマシというものだろう。
ああでも、アカツキの分体たちが乗る車両なら僕でも平気――でもないか。
絶対にアカツキが嫌がるし、彼の分体たちも本体が嫌がるのは本意ではないはず。
と、ここまでは一般軍団兵の乗車環境だった。
僕やアカツキ、グナエウス王とルキウス王子、それと王の親衛隊その総括は先頭の特別車両に乗り込んでいた。
当然ながら、オトコ寿司詰めマッスル祭にはなっていなかった。
両性具有のアカツキも含めてしまえば、ある意味ここも男祭りではあるが。
「ドーナツ、もぐもぐむぐむぐ、とっても、とーっても美味しいのっ」
当のアカツキは、満面の笑みで輪っか状の揚げ菓子にかぶりついていた。
「うむっ、旨い! この、こおひいなる香ばしい黒い飲み物も良く合っていて最高だ! 山羊乳とがむしろっぷなるモノを入れると、これがまた甘くて旨い!」
「美味しい……っ。ああ、わたしの心はどんどん美食に傾倒していく……っ」
「親衛隊長さんもどうぞ。遠慮せずに手に取って食べてくださいね」
「は、はい。では、いただきます……むっ、旨いっ。甘くて旨くて、むおおっ!」
それぞれが深紅の現代ソファーに腰を落ち着けておやつを洒落込んでいる。
急造のためロイヤルサルーンには程遠いが、まずまず快適ではある。
この王族専用車両だけはセラミック製の白壁を内装の基本とし、イオニア式の疑似支柱を四方に設置、併せて細微な金装飾のレリーフをその白壁に施していた。
まだまだそれだけではない。
天井は水晶と魔石で作ったシャンデリア風の照明を配置。
これを中心点に十字に分割する形で宮殿であてがわれていた自室に描かれているモザイク画を片手間に丸写しにしてやった。
床はまったく自重せずに総大理石で。
ソファーで囲んだ中央にはマホガニーの重厚なテーブルを。
足元を祝福込みのシリコンで衝撃を極力伝えないようにした、半装飾目的の総クリスタル製キャビネットが隅で鎮座ましましている。
テーブルの上にはコーヒーメーカーとマグカップ、温めた山羊乳のミルクとガムシロップ、大皿にミセスドーナツ社の各種ドーナツが山積みになっていた。
いちいち個数を数えてはいないが、ドーナツは二百は下らないはずだった。
窓の外は暗闇が。真空の中を突き進む。返して、部屋は最適に保たれた空調はゆるゆると清浄な風を送り続けている。
部屋は二区切りになっていて、進行方向側には仮眠ができるよう寝具を四つばかり強引に設置して、清潔なシーツにていつでも休めるようにしておいた。なんならルパンダイブ+のび太的な即昼寝を披露してくれても良い。
「なんて旨いのだ……っ。く、黒の聖女様っ。この素晴らしき菓子を幾つか頂いて帰ってもよろしいでしょうかっ。妻と娘にも食べさせてやりたいです!」
「これはちょっと日持ちの問題がありまして。しかし大丈夫です。王陛下にレシピをお渡ししますので、近いうちに王宮でも食べられるようになると思いますよ」
「われらが偉大なる王よっ、試作の味見の栄誉、ぜひわたくしめにっ!」
「いや、そんな気張らずとも。わしとお前、つき合い長いだろうに。試作と言わず、きちんと出来上がったものを持たせようぞ」
そう言うことらしい。
僕は手早くレシピを書いてグナエウス王に渡した。書いているうちにアカツキはドーナツを次々と頬張っていった。わが家のぱくぱくさんである。
「これが基本のレシピとなります。他にふんわりしたイーストドーナツのレシピも付けしましょう。どちらも食用油を多く使うので火元には気を付けてください」
余談を少し。食材の溢れる僕たちが生きる現代ではいざ知らず、この古代期での揚げ物は超高級品扱いとなった。
たしかギリシア・ローマ時代の揚げ物で、名前は忘れたがチーズの揚げ物があった。そうそう、揚げパンやドーナツの原型となるものもあったはず。
その辺りは、この世界ではどうなのだろうか。
イヌセンパイ、どうせ僕の思考をライブで読んでいるのでしょう?
『チーズの揚げモンはこの世界でも一応あるで。ただし、外は衣でサックリ中はチーズでトロトロのクリームコロッケ風ではなく、チーズと小麦粉を練ってラードで素揚げにする練り物系やねん。蜂蜜ベースのタレをつけて食うで。次。ドーナツの原型と言ったらアレか。スクリブリタとかいうチーズパイっぽいやつ。一応、分類ではケーキになるらしい。なんであれこの時代の油料理は超高級品やからなー』
返答、ありがとうございます。つまりそう言うことであるらしい。
いずれにせよ現代とは違い――、
食用油=高級品で、それを使う揚げ物料理=超高級品となる。
そうこうしているうちに弾丸リニアは目的地に到着しつつあった。
全車放送をして、兵たちを眠りから起こしてやる。列車が完全に止まるまで立たないように注意をつけ加える。
ドッキングチューブを経て列車から降りると、そこには広大な地下壕が。
自分で作っておきながら、地図を眺めつつ大体の勘で土属性無限権能を行使していたので実際この目で見るとまた感慨も違う。
「ひっろーい! 大きーい! にゃあ、にゃあ! うわーあ!」
「そうね、アカツキ。とっても広くて大きいねぇ」
声が天井に吸い込まれていく。兵たちがざわつきながら次々と下車してくる。
圧倒されて上を向く兵もちらほら見える。そんな兵士につられて後ろの兵士も上を見る。下車が滞り、兵長が彼らを叱責する。
さもあろう、前知識なしにここが地下だと誰が思うだろう。
自画自賛? 否、本気で凄いと思うのだ。権能の力ってスゲー、と。
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