第67話 知ってるかい、今日、戦争するんだよ。 その4


「黒の聖女様。夜間戦闘について今一度お聞かせくださいますか」

「はい、王陛下」


 僕はインベントリを使ってあるものを取り出した。

 土属性無限の権能で作った、東端国境都市エストとエプソン王国の国境要塞都市トリスタン周辺の縮尺二万分の一ジオラマである。材質はセラミック製。見てるだけでも楽しい精巧な机上ミニチュアでもあった。


「これは……良くできていますなぁ。すべての用向きが終われば、この美しい模型をわしにいただけませんかな?」

「もちろんです。これは王陛下の国の一部を模したジオラマですので」


「あら、ずるい。精巧な街の模型だなんて、わたくしも欲しいですわぁ」

「高精度な地図は軍事利用の要ですので、王陛下と王子殿下以外はちょっと」


「うっ、模型だけ見ていて失念を。……聖女レオナ様、他に何かありません?」

「ええと……」


 どうしたことか、話がズレて行ってる気がする。


「では地図に関係なくそれでいて有用なものを。わが父曰く、自信作だそうです」

 

 言って僕が出したのはボトルシップだった。名前の通り、瓶の中で組み立てられた精巧な船の模型である。

 当然ながら半端なものを出してもオクタビア王妃は満足しないだろうし、父から貰った力作の、ロン・サカパというラムの瓶の中に組み立てた国土交通省航海訓練所所属の練習船――日本丸なら迫力もあって気に入るだろう。

 瓶の細い口の奥、気が遠くなるほど緻密に組まれたパーツの一つ一つが、風を受けて波を割る帆船の威容を美しく表現している。ちょっと惜しい気もしないではないが、同じものがまだあるので良しとしよう。


「これは……帆船ほぶねの精巧な模型、ですね? どうやって瓶の細い口を通せたのでしょう? えっ、えっ? ちっともわかりませんわぁ」

「うふふ、それは秘密です。色々と想像なさってみてください」


「えぇ……取っ掛かりすら思いつきませんけれど……」

「ちなみにそれ、魔術や魔法の類は一切使用していません」

「も、もっとわかりませんわぁ……」


 座布団付き台座に鎮座するボトルシップをまじまじと眺める王妃。

 ただし見た目は幼女。

 ともすればクローディア王女の妹のように見える。


「話を戻しましょう。この二つの街のジオラマで表現するに、まず、このこぶし大のルチルクォーツを太陽と考えてください。ええ、はい。ルチル、です。透き通るように澄んだ水晶に針状の鉱物ルチルが閉じ込められていてとっても綺麗でしょう? それはともかくとして、夕刻を迎え、太陽が完全に沈んで夜の帳が降り、闇が広がります。天には星々が。人々は夜の就寝しようとします。そうして僕は『こう』します。どうですか? 元世界でも地に沈みゆく太陽を止めるよう神に祈って現実化した古代の勇士がいましたが、僕としてはそれを超える対処をします。それが『こう』なのです」


「一体、太陽はどうなっちゃうのだろう……?」


 ぽそりと呟いたクローディア王女。そりゃあまあ、心配になる気持ちもわかる。人のスケールに対してあまりにもコトが大き過ぎるのだ。

 僕はにっこりと微笑みを向けて、水晶玉を彼女に与え、そして答える。


西


「そんな、縮尺を無視した事象を。神が神たる理不尽を体現するような奇跡が」

「教皇の称号も預かっていますので、神威代行者として利用しましょう」


 僕がどうやってみせているかは、実地でのお楽しみにしておきたい。


「そうやって夜襲を無効化し、敵を討ちます。同時に裏切者を戦死と見せかけて暗殺を。肝心の魔王との戦いに民草に不安を抱かせるわけにはいきません。もちろん裏切者の家族は連座で内密に処分を。跡継ぎは必ず首を撥ねる。これは絶対です」


「「「「うむ」」」」


 王族一家はそろって頷いた。

 裏切者の暗殺と、その家族の処分も当然受け入れる。


 これは改めて語る必要もない話、この度の副知事の裏切りは売国行為であるためだ。外患誘致罪、国家反逆罪は極刑と相場が決まっている。


 元世界でも今すぐ極刑に処したい売国政治屋はいるがそれはともかく、この発展途上世界では特定の重罪には連座刑罰も当然施行される。


 犯罪者の血脈を根絶やしに、浄化を目的とするために。ゆえに必ず反逆者の家族は抹殺せねばならない。特に子ども。


 まだ何も分からぬ年の子だからお慈悲を、ではない。


 親を処され、その理由如何に関わらず国家への反逆の遺志を継ぐ可能性が高い者を危険視しない理由など無い。連座で、必ず、処刑する。


 権力の横行? 否。国を預かるというのは、全国民の命を預かるということだ。視野をもっとマクロにするべき。こういう危険因子への断固とした処置を行なえるか否かで国家の趨勢が決まる。必要悪のやむなき措置をどうか察して欲しい。


「攻めの方法は軍団を横陣を並べて敵を討つ、それだけでいいのだろうか」


「はい、王子殿下。その通りです。乱暴な話ですが、今回の迎撃戦及び逆侵攻は兵らの能力の実地試験となります。そのため、策を立てず純粋な力押しで、向上した能力の程を兵とあなた方に実感して頂くのを目的としています。圧勝を、保証いたしますよ。まず死傷者は出ません。悪くても少し擦りむいたくらいで」


「うむ、わが軍の元々の練度もさることながら、黒の聖女様手ずからの強化後の、あの訓練の凄まじさから十分に納得のいくものだが……」


「ええ、そうですね。軍を預かる身として懸念を抱くのは当然です。それでこそ指揮官というもの。ともあれ負傷・死傷についてはまったく問題ありません。念のために僕が四半刻ごとに全軍に向けて治癒をかけるつもりでいますので。仮に兵らが死んでも、それが死にたてならばその場での蘇生も可能ですよ」


「黒の聖女様のお力は、死をも超越なさるのですか……」

「欠損部位があれば補正し、致命傷ならそこを癒して叩き起こすだけですよ?」

「お兄ちゃん、朝なの!」

「そう、アカツキ。その通り。お兄ちゃん、朝だよ! なのですよ」

「耳元で呼びかけて脳に直接ノックするの! AEDも併用すると効率いいの!」


「できればご家族の方、それもその人に一番近しい方の呼びかけが効果的です。大真面目な話、家族の呼びかけが直後の死者には一番見込みが持てるのですよ」

「う、うむ。……どう反応して良いか、わたしにはなんとも言えんが」


 口にはしないが、見込みが持てるだけでパーセンテージからすれば非常に低いものだが。それでも赤の他人の呼びかけより格段に確率は高い。


「そうですね……王子殿下にはこれを。ちょっとした願いの力。祝福を模ったもの。いざというときに思いの外、役に立つ何か。僕の世界での、お守りです」


 即興で祝福を込めて僕はルキウス王子に元世界の神社のお守りを手渡した。そしてすぐ気がついた。安産祈願だったことに。ありがちなミスにコッソリ恥じる。


「これの効能を伺っても?」


「お守りとは、本来的には願いの原体のようなものが込められたものを指します。例えばの話、部下を連れて王子殿下は外遊に出かけたとします。旅程は途中まで順調でした。ですがそのさ中に、深い霧が発生し幾日も幾日も道に迷ってしまいます。さ迷う一団、あるいは王子殿下はこう願うかもしれません。全体の安全のため一度王都に戻るべきだと。ならば、叶えましょう。もしくは王子殿下は見覚えのある道を見つけ、しかも霧が晴れてきました。加えて三日の行程で目的の場所にたどり着けるものと知ります。逆に王都に戻るには半月かかるとしましょう。いずれにせよ問題が一つあります。日がかさみ過ぎて食料が尽きかけていたのです。王子殿下は思います。水と食料があればと。ならば、叶えましょう。もしくは別のパターンで。旅程は順調でした。が、不運にも部下の一人が大怪我をしてしまったのです。更に運悪く、その方が治癒能力持ちの部下でした。応急手当では間に合いません。なんであれ王子殿下としては部下を失いたくありません。一度でいい、自分に、癒しの力があれば。ならば、叶えましょう。……しつこい上に回りくどい例え方でしたが、これはそういう類のお守りです。一度だけ、ちょっとした願いを叶えます」


「いやいや。ちょっとした、なのだろうかそれは……?」


「いざというときに助けになるかもと、そういう願いの概念体。小規模の万能の願望器を実体化させた代物。行使の際は手の中に握り込んで願ってください。もちろんそんな事態にならないのが一番です。しかして人生とは得てしてままならぬもの」


「な、なるほど。う、うむ。これはありがたく携行させてもらおう」


 その後も本日夜に行なわれる予定の戦争の質疑応答を続け、そうして午後からの軍事教練にグナエウス王とルキウス王子を伴い、アカツキと手を繋いで赴いた。

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