第66話 知ってるかい、今日、戦争するんだよ。 その3


「さて、午後からのことですが、その前に」


 僕は湯のみを置いて口火を切った。午後からのこと。つまり軍事について。


 戦争である。人類の歴史は戦争の歴史。

 国に安全を求めるなら、軍事に注力し、兵により良い武装を与えよ。

 真に平和を望むなら、自分以外を全員抹殺せよ。


 僕は桐生食品徳用クッキーの大袋を三つインベントリから取り出し、中身をチェック柄のラッピングペーパーに移して包み、白のレースリボンで端を丁寧にまとめた。ついさっき思い立った侍女らへの慰め品である。

 それをカスミ経由で彼女らの一人に下賜し、分け合って食べるように言付ける。同時に休憩を与えて四半刻は控室奥へ詰めておくよう厳命する。


 内密の話を王族と自分たち以外に聞かせるのは、防諜の観点からよろしくない。

 音もなく退出していく侍女らの背中を、僕は目の端で見送る。


「――王陛下。まずはこの品をあなたに」

「おお、これは?」


 十五センチ四方の黒い小箱を取り出したのだった。

 カスミは僕に一礼して深紅のベルベット地を敷いたトレーに一度それを移し、グナエウス王の元へ持って行きかしずく。


 中に入っているのは――。


「偶然ですが、この王国の名を冠した腕時計が手元にあるのです。スケルトンボディ、複雑な自動巻き機構をあえて排し、手巻き式で内部をより美しく魅せる。僕の世界ではこの潔いまでの一品は、逆に斬新さとして受け入れられています」


「ほう! あの、時刻が瞬時に見て取れるアーティファクトですか!」


 昨晩の内に用意しておいたのだった。

 王は喜んで箱の中身を空け、腕時計を手に取った。


 参考程度に、お値段は密林通販会社では二十万円辺りとリーズナブル。性能もそこそこ良くて、パワーリザーブがついているので手巻きの目安がつきやすい。

 もちろん王に贈るに、他にもっと高級な腕時計はある。が、僕が個人的に持つ腕時計で王国名を冠するのはこれ一つだけだった。

 なので値段如何はどうでもよく、気持ちの問題で彼に差し出したのだった。


「軍事行動をするなら時計が必要になりましょう。これはそのためのものです」


 言いながら僕はさらに小箱を一つと、次いで裸のままの二つの腕時計を取り出した。カスミはそれらをトレーに移し、小箱はオクタビア王妃に、残りの二つはルキウス王子とクローディア王女へと捧げ持っていく。


 王以外の三人で持っていて欲しいのは軍総司令のルキウス王子だけだが、どうせ女性陣も欲しがるだろうと思ったので彼女らにも時計を下げ渡したのだった。


「性能は祝福によって均一化させています。すなわち、自己修復、完全防水、耐衝撃、対磁、耐圧、耐熱、耐氷、耐呪、機械の精度は年間誤差十億分の一秒。……それでは、腕への取り付け方と文字盤の見方をお教えしますね」


 グナエウス王とクローディア王女の腕時計は革ベルト式。オクタビア王妃の腕時計は本来は革紐式のところをクロムハーツのシルバーチェーンに換装したもの。ルキウス王子の腕時計は金属ベルト式。それぞれ、腕への取り付け方を教える。


 少し気がかりだった王子の金属ベルトの長さ調節も、目算が合っていたようで綺麗に彼の腕に収まった。彼の腕周りは十五センチ。意外と細い。


 取り付け方は簡単に教えられたが、文字盤の読み取りには思いの外手間取ってしまった。というのもこの国と言うか、この世界の一日は二時間を一刻とする元世界でもあった一日十二時限方式だった。

 それを二十四時限方式で読み取れと突然言われても、これまで親しんできた時限方式が理解の邪魔をして戸惑ってしまう。なので噛んで含めるように教え込んでいく。いずれ二十四時限方式の便利さに気づくと期待を込めて。


「祝福によってそれら腕時計の耐久性は飛躍的に底上げされていますが、あまり乱暴に扱うと故障の原因になります。ご覧の通り、非常な精密機器ですので。まあ、自動修復をつけているので放置しておけばいずれ直りはしますけれどね」


「乱暴に扱うな、ということは軍を指揮をする分には構わないということか?」

「はい、そうです王子殿下。もちろん万全を期してなお不測の事態が起きるのが戦争というもの。なのでいざというときは耐久性と自動修復を信じてください」


「他に留意すべき点はありますかな?」

「えーと……ああ、ありますね王陛下。装飾品と同じで、入浴時や就寝時は外したほうが良いです。知らない間に時計のボディで身体を擦ると大変ですから」


「お手入れはどうすればいいのかしら?」

「はい、王妃殿下。絹などの清潔で柔らかい布で優しく拭ってあげましょう」


「はい、はい! 聖女レオナ様! たぶんないと思うけれど、もし、この時計の時間がなんらかの不具合でズレたりしたときはどう修正すればいいですかっ?」

「さすがですね、王女殿下。時刻の合わせ方をご教授しましょう。時計の右側のぽっちりは竜頭と呼びます。王子殿下と王女殿下のそれはねじ込み式で――」


 質疑応答を繰り返していく。王族一家は大変ご満悦の様子で、少し緩みがちな表情でしきりに左手首につけた腕時計を覗き込んでいた。


 ちなみにブランド名はというと、グナエウス王の腕時計は先ほど書いたようにオリエントスタークの国名を冠していて、オクタビア王妃も彼女の故郷のゾディアック公国名を冠したカクテルドレスウォッチだった。まさか幼女化するとは思わなかったのでかなりちぐはぐだが、あえてそれは黙殺する。


 ルキウス王子には買ったはいいが僕の女子風ボディには浮いた感じとなり、仕方なくお蔵入りさせたゼニスのエルプリメロ・シノプシスの系統を。クローディア王女には僕が現在使っているヨルグ・ソートス・ワールド・ドミニオン以前に愛用していたバセロン・コンスタンタン・オーバーシーズ・スモールモデルを。


 パテク・フィリップ三世にオーディマー・ピゲルクという二体の魔王がいるので、ひょっとしたら魔王の名を冠しているかもしれないが黙っていれば分かるまい。

 ついでに内緒だが、クローディア王女に渡したものが三百五十万円と価格的に一番高価だ。とはいえ祝福による観点からすればどれもが同じ性能で同じ価値となるので問題はない……はず。諍いの元になるのでよくよく黙っていようとは思うが。


「にゃあ……みぃ……レオナお姉さまぁ……」


 くいくいと遠慮気味に袖を引っ張られた。振り向く。アカツキだった。どうやら彼も欲しいらしい。そうだよね、見た目が同い年程度の王妃と王女が腕時計を貰ったら自分も欲しくなるよね。迂闊だった自分に反省する。


 なので今使っているヨルグ・ソートス腕時計の、予備の一般向けを彼の左手首に嵌めてやる。プラチナケース、ベルトはアリゲーター革製、練熟の時計職人が一年間かかりきりで部品から手作りする。価格は一本四千万円。家が一軒買える値段。彼の身体は小さいのでレディース用をチョイス。祝福ももちろん込める。


「うふふ、格好いい! ありがとうにゃあっ」


 さっきまでの若干不安交じりの物欲しそうな顔が、一変、上機嫌に変わった。

 僕はぽふぽふと彼のおかっぱ頭を撫でてやる。ゲンキンなところまでなんだか子どもっぽくて、なんとも微笑ましい。


「では続きを。午後からですが、連日と変わらず軍事教練を致します。ただし、今回に限り親衛隊を連れて王陛下には臨席をいただきます。理由はもちろん、その後の迎撃戦のため。訓練後、王子殿下は選抜した軍団を編成、僕が用意する移動用ユニットに軍団に乗るよう指示をしてください」


「了解した」


「王都から東端国境都市エストまで約百八十七ミーリア (約三百キロ)ですが、これを約半刻で走破します。そのための準備は既に整え終えていますのでどうかご安心を。……ここまでで質問があれば受け付けます。なければそのまま話を続けます」


「作戦は昨日伺った、弾丸制圧作戦なるもの。別名、多段式弾道弾(МIRV)作戦でよろしいのですな?」


「はい、王陛下。自軍二万五千の兵は、少ないようでそういうことはなく、むしろそのまま使うには無駄があり過ぎるのです。一般軍団兵だけでも人間相手ならその十倍を相手してもしのげる強化がなされています。これにゴーレム兵が加わるともはや誰が止められましょうか。粉砕・玉砕・大喝采は不可避です」


「粉砕・玉砕・大喝采……」


「それゆえの多段式弾道弾作戦。相手が電撃侵攻ならこちらは弾丸反撃です」


「移動は黒の聖女様にお任せするとして、兵の到着点は東端国境都市エストのどの辺りになるのだろうか?」

「はい、王子殿下。それでは皆さん、この航空地図をご覧になってください」


 ぱさりと図面を広げる――ではなく生体演算機ハナコ六世の投影画像を出す。


「東端国境都市エストの北北西、三ミーリア (大体五キロ弱)地点に広がる森をカムフラージュにして地下壕を権能で造り、そこに十万人を擁せる巨大地下駅を併設しました。ここがわれわれの第一拠点となります」

「なるほど。ところで、駅、とは?」


「都市と都市を結ぶ乗合馬車の停留所を、より施設化したものと考えてください」

「なるほど。それを駅と呼ぶのか。それにしてもなんと広大な」


「待機場所だけで、ドーム球場で大体五つ分くらいの広さですからね」

「と、いうと?」


「僕たちの世界の、広さを表現する例えの一つです。球場と言うのは競技場の一種で、横長のオリンピアード競技場なら四つくらいは余裕で入ると考えてください」

「ふむふむ」


「ここで一度兵を降ろし、壕内にて食事と休憩を摂らせて英気を養わせます。公衆トイレや水場も用意しているので自由に使うと良いでしょう。ああ、そうそう。広いので文字番号を彫刻した場所案内を一定区切りで立たせています。兵らには、まず自分の立つ所在番号を覚えさせるようさせてください」


「うむ、そうさせよう」


「それから食事については、以前お見せした野菜三種を軽く調理したものを用意しています。生産が良過ぎて避難民の消費では追いつかず、良い感じに余ってきているので食べてもらいましょう。後は糧食なりエールなりで腹を満たさせて、昼間作ったエナジードリンクを一杯ずつ飲ませれば、戦闘の前準備は完了です」


「小耳にはさんだ話では、新市街の避難民は食に満たされて太りそうだととか」

「ま、まあ、飢えてやせ細るよりはずっといいかなと。衣食住がしっかりしていれば不満や不安もかなり緩和されますし」


「うむ……避難に来て太るというのも珍妙な感じだが、確かにおっしゃる通り」

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