第65話 知ってるかい、今日、戦争するんだよ。 その2
「さて、時間も良いところですので、そろそろ例の場所で作業をしましょう」
造幣局にて粗銅を金銀銅に仕分ける簡単なお仕事である。
僕はグランドピアノをインベントリに仕舞った。大きな物体が、ちゅるんとゼリーを食べたみたいに何もない空間に吸い込まれてしまう。
「黒の聖女様に置かれましては、かの作業、今日で区切りとさせていただきたく。訓練がてら、残りは職人たちに任せてしまいましょうぞ」
「わかりました。ちなみに、実質どれくらい資金が増えましたか?」
「財務からの報告では、国家年間収入の二十年分はカタいとのことですな」
「なかなかのものですね。これで戦争資金と復興資金、兵への恩賞を賄えば増税もせずに万事解決。民はより王国に信と忠を集わせ、その偉業と威光により王陛下を歴代でもその王ありと讃えられましょう。ついでに隣国も喰らって倍率ドン」
「あははは……。いやあ、なんだか黒の聖女様が来られてから、ほんの数日にして王都ならず国中が新たな息吹で躍動していくような気持ちですぞ」
「魔王の軍勢を撃退し、魔王パテクには迷惑だから婿探しは自国でやれって背中から文句を浴びせてやりましょう。いい気味ですよ」
「まったくですなぁ」
そうして、テキパキと粗銅を精錬し金銀銅、その他金属類に仕分けていく。
僕が伝えた灰吹き法は、順調に鍛治職人たちの確かな技術へと吸収しているようだった。もちろんこの時代の知識と技術は財産と同意義で秘匿されるべきものとして扱われるので、厳重なる部外秘となるのだが。
時間に余裕があるので造幣局を出てお隣の鍛造局へと赴き、そこで鋼鉄製作用の炉を作成することにした。ちょうど良い感じに余っているスペースがあるため、現場の責任者と密に相談しつつ炉を設置する。
今後、製鉄産業は大幅に増進し、青銅を駆逐、鉄器文明に突入する。どうせ放っておいても、文明の進歩にていずれは到達するのだけど、ね。
「それでは、造りましょう」
まずは建物自体を特殊合金造りの耐火壁で覆ってしまう。土属性無限特化の権能サマサマと言ったところか。
なお、鋼鉄は単純な製鉄とは違い精錬の高度化に加えて必要な熱量が段違いに高い。なのでせっかくだからと鑑みて、炉から周囲にほとばしる余熱を吸収して一点に集め、魔力回路にて魔力化する機構を壁全体に埋め込んでしまう。
この時代にはまだ欠片もないだろうエコ思想をそっと埋没させる。
これを使って照明の魔道具や、空気の膨張で冷気を作る簡単な
「これは……類を見ない快適な職場と言うか、本当に良いのでしょうか……?」
鍛造局現場責任者は呆けたようになっていたが、まあ良しとする。今し方書いたようにエネルギーの出元はすべて炉から発せられた余剰熱だった。
しかもこの炉自体も基本は石炭を用いずに土属性権能で呼び寄せた地熱を用いる。この星の人類にとっては実質、半永久のエネルギーである。
きゅるるるんっと、可愛い腹の虫が聞こえた。僕ではない。アカツキだ。
「結構いい時間になりましたね」
「にゃあ」
おなかが空いてきた。僕のお腹もくるると可愛らしい音を立てた。
何せ日の出と共に起きているので、現時点でかれこれ六時間は経っている。すべきことは済ませたので、少し早目に切り上げようと思う。
ところで、この世界は元世界の紀元元年辺りの文明で、僕の目からすれば未満文明であり、発展途上のさ中にあった。
三日もすれば生活に慣れが出てくるにしても、唯一慣れないのが毎度の食事。
朝、昼、晩。
そして特に描写はしていないが、夜食の四食が、貴人の基本の食事となる。
いや、わかっているのだ。
元世界のギリシア・ローマ時代の文明と文化と似通っているゆえにか、食事事情は他国に比べれば『格段にマシ』であることに。
実はギリシア・ローマ時代の食文化はまさにチート級で、近代の食事とそう変わらないものを供していたという。なので文明が崩壊してからの最低五世紀は食の暗黒時代とも表現され、恩恵を受けていた諸国共々悲惨なものになっていた。
だが、日本人からすればただそれだけだ。
へーえ、ふーん、そうなんだ。だから、何? なのである。
いくら近代文明並みの食事を摂っていたとしても、所詮はその程度。舌の肥えたわれわれ大和の民を、半端な食で満足などさせられるわけもなし。
日本人の舌は、十段階を最高とした評価では八か九あたりの味覚を持っているとどこかで聞いた覚えがある。
対照参考程度に、米国人の舌は二か三の底辺付近をマークしているそうな。
もちろん米国は広大な国土を持ち、多種多様の人種、思想、文化、貧富の差をごっちゃにした巨大サラダボウル国家のため、一概にこれだとは括れない。
しかし僕の知る米国人は、糖分たっぷり油もたっぷりカロリー爆弾のジャンクフードをこよなく愛し、極端な話、自宅では食事など一切作らずに出来合いのものを、基本は冷凍食品ばかり大量に食べているのだった。
繰り返すが、これがすべての米国人ではないと強く断じておく。
だが、かの国が超肥満大国であるのは隠しようもない事実。
真なるデブの割合は国全体の三分の一を超えていて、ある調べでは十年以内に国の半数が肥満になると報告されている。まるで出荷直前の養豚所の豚の如く、醜悪な肥満者が狂気の如く並ぶ
ブサイクの基本はデブにこそあると誰かは断じた。確かに、そうかも。
体質や病気でもないのに、自分の体重すら管理できない人間を、どう見るか。
際限なく肥え太る、かの国民の味覚がまともに機能していると思えるか。
それはともかく、お昼の献立である。
本日は、かつての食のチート文明でもあった、ギリシア・ローマ時代の市民たちもこよなく愛したウナギ料理で行こうと思う。
もちろん日本式のかば焼きにて、ホッカホカご飯のうな重にするのだ。
あるとき、英国観光庁の職員が、メシマズ代表国という不名誉を払拭させるべくまずは研究からと各地各国の美味しいものを食べ歩くという、ちょっと羨ましい国家プロジェクトの末にとうとう出会ってしまったのだった。
うな重と言う至高の食事を。
後に彼はこう言った。
ちなみに意訳であるのですべてを真に受けないように。
「もうウナギゼリーとか無理っ! あんなもの、食に対する冒涜だっ!」
そりゃあ最低のものを食べていた人が、突然にして最高のものを食べたらそういう感想を抱いてしかるべきだろう。
というか、あんなゲテモノゼリーなど良く発明したものと逆に感心する。見た目からしても地獄の食事じゃないか。
下準備はカスミによって既に整えられている。
家庭用炊飯器を三台用意して、三升炊きにした。さらにこれは出来合いのものではあれど、ウナギの肝の吸い物も作らせておいた。
肝心のウナギは侍女らに命じ、当然だが生きているものを十数本用意させた。
どんどん行こう。
割烹着を着込んで三角巾を頭に。やはり和装にはこれが一番だろう。
先に断るに、捌き方からの調理法は、地方・風土・料理人によって違ってくる。
ウナギを串打ちにして捌き、詳しく書くと無駄にグロ注意になるため省略するとして、綺麗に腹開きにしてしまう。
そうして熱湯を表の皮部分にかける。次いで冷水を。ぬめり取りである。
ここに生臭いニオイの元となるバクテリアが棲んでいて、湯をかけてすぐに冷水をかけることでゼリー化し、それを包丁で綺麗にこそげ取ってしまうのだった。
最後に清水で洗えば準備完了。
金物の串を打ち、用意した炭火のコンロにてじっくりかば焼きにするばかり。
「これは、ウナギのかば焼き、ですかな?」
グナエウス王が尋ねた。
「ええ、僕の故郷式のかば焼きです。この世界のものとはまったくの別物と言わしめる自信があります。匂いだけ嗅ぐ侍女たちが気の毒になりますね」
「おお……それは楽しみです」
さっそく取り掛かる。
焼き方はまずは身から焼いていく。皮から焼くと身が外れてしまうためだ。というか皮はすぐに硬くなるので焼き過ぎないよう注意しつつ火を通す。
昆布ダシに秘伝の醤油とみりんと酒を加えた桐生食品特製の漬けダレを、ふっくらと焼き上げたところにじゅわっと漬け込む。そして再び炭火にくべる。
これを四度ばかり繰り返す。
パタパタと団扇で風を送る。
猛烈に食欲を刺激する、香ばしい匂いが周囲に立ち込める。
白焼きもそれなりに良い匂いがするが、タレ焼きには絶対に勝てない。
余人曰く、香りだけでご飯をどんぶりで三杯食べられる。飯がどんどんススムくん。うん、それは真理だ。
周囲が騒がしい。もはや騒然としている。壁越しに聞こえるのだ。
旨そうな匂いがすると。
堪らんと。
ぐああっ、なんか知らんがとにかく喰いたいと!
王族一家もそわそわして落ち着きがない。
チラチラどころか露骨にこちらを見つめている。口から涎が垂れている。
侍女らは絶望の混じった表情で、しかも明らかに涙をこらえている。
王族一家はこの後すぐにでもうな重を賞味できる。
が、彼女らは生殺し。見ているだけ。ある意味、拷問。
じっとこちらを見ている。無意識だろう、手がわきわきと動いている。
いつに増して強烈に食欲を呼び覚ます、香気。嗅覚無双である。
ギリシア・ローマ時代に非常に似通るこの世界でのウナギのかば焼きは、白焼きにしたものにタレを後付けにして食べるようになっていた。
元世界の古代レシピ本、アピシウスによると――、
ウナギにつけるソースは『胡椒、ナツメヤシ、ラヴィジ、セロリの種、スマックの実を粉末状にし、
焼くさ中に塗るのではなく出来上がりにつけて食べる。
お味は僕たちの知るうな重と比較的方向性は同じで、タレの中に山椒を入れたような風味を持っているらしい。
だが、うふふふ。結局は、それだけ!
醤油が焼けるあの香ばしい、食をこれでもかと刺激する強烈な匂いと、それが紡ぎ出す旨味には決して勝てない!
そうして、いざ実食。
専用の重箱にホカホカご飯、その上にウナギのかば焼きを、二等分にした丸ごと一枚をドン。秘伝のタレをかけ、アクセントに山椒を。肝吸いもある。
なお、僕とカスミ以外はスプーンで頂く。箸の使い方も教えようかな?
「いただきます!」
手を合わせ、食事に関わるすべてに感謝を捧げる。
揃って、皆、ぱくりと一口。
「――旨っ! うっまっ! くおおっ! おっしゃるように、これは我々が知るウナギのかば焼きと一線を画するっ! 旨過ぎるっ! おお、神よ!」
「なんてこと! 同じウナギとは思えないほど圧倒的! おいしーいっ!」
「うまあああああっ! うまあああああいっ!」
「こ、これは……っ。美味しい。美味し過ぎる。これまでわたしが食べたウナギはなんだったのかっ! 確かにアレも美味しい。だが、それは過去に流された!」
「にゃあああっ。レオナお姉さまっ、おいしーい! いくらでも食べられる!」
約束された勝利。大好評だった。
十数枚の――正確には十四枚のウナギのかば焼きは、あっという間に食べ尽くされてしまった。ガツガツモグモグである。
各人二回ずつおかわりすればそりゃあなくなるというもの。
僕は一食で十分なので、あるいは侍女らに最後の一枚を切り分け、少しずつでも下賜しようかと思っていたのだが無理だった。まだまだ食べたいとせがむアカツキの腹の中に納まってしまったのだった。彼は、幸せそうに最後のウナギを食べていた。
侍女らは本気で絶望した顔で、さめざめと泣いていた。
匂いだけとか、生殺しもいいところだからねぇ。
しようがないので、桐生食品の徳用クッキーでも後ほど彼女らに用意しよう。
濃厚な食事の後には、さっぱり系の苺大福をデザートに。
誰が考えたのかは知らないが、餅と苺と餡子を掛け合わせる発想に至るなどもはや天才といわしてめても過不足ないと思う。なるほど天才か、である。
ちなみにウナギの『う』にかけ合わせて、ウサギの形の苺大福である。
「酸味と甘みがとても上品、このほうじ茶というものも香ばしくて最高ですなぁ」
余程気に入ったのか、苺大福を卵を喰らう蛇みたいに七個も食べたグナエウス王は、しみじみと茶を飲んでいる。
「うみゃあっ!」
アカツキは二十個も食べていた。この子のお腹はきっと宇宙と繋がっている。
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