第64話 知ってるかい、今日、戦争するんだよ。 その1


 風呂に入って昨晩の遊びの汗を流し、身支度をする。


 本日の衣服は、カスミ曰く、やはり定番もしっかり押さえておきたいとのことで、傅いて差し出したのは――。


 白衣しらぎぬに緋袴。足元は白足袋に草履。

 髪は緩く後方にまとめて、紅白の水引き熨斗紙で結わえてしまう。

 なお、外出の際には儀式をするわけでもないのに、本式装束の千早を羽織る。


 要するに、巫女装束である。


 オプションで丸鏡付きの前天冠と神楽鈴もついてくる。

 巫女舞でも踊ればいいのか。ええ、踊れますよ。いくつかの神社の様式で。


「いくらなんでも、異教の神を祭る格好をするのは不味い気がしますよ……?」


「問題ありません。念を入れて独自に調べたところでは、この世界でも古代ギリシア・ローマ時代のように、まだ見ぬ神のための神殿と祭壇があるそうです。つまり八百万の神々オッケー。多神教は一神教に比べて懐が深いですね、うふふふ」


『俺としてもグッジョブ&サムズアップやで。どうせ黙ってりゃわかりゃせんて』


 何かイヌセンパイの声まで混ざっていたような気がする。

 ダメだこの人 (?)たち。強過ぎる。


「ま、まあ、わかりました。なら、着るのを手伝ってください」

「はい。それでは待ちに待った、お楽しみのタックさせていただきまうふふふ」

「会話の末尾が、本音の含み笑いに侵食されている……?」


 僕は裸体のままベッドに寝そべった。股を開き、局部を開帳する。


「んふふ。飽きの来ない良い眺め。ブエナビスタ。ありがたやありがたや」

「僕のこの格好を前にして、おもむろに拝むのはちょっと……」


 相変わらずのフルスロットルのようで何より。カスミの常態である。


「にゃあっ、レオナお姉さま、可愛いのっ!」

「どことは言わないでくださいね、さすがにショックなので」


 アカツキも無邪気で何より。アカツキのそこは、僕よりも可愛いですよ。


 微妙に危ういシーンもあったが、それはともかく。


 その後はカスミは真面目に巫女装束を僕に着せてくれた。アカツキも揃いでお子様サイズの巫女装束を纏い、ただし彼はおかっぱ頭のため熨斗紙で後ろ髪を纏められないし前天冠もつけられないため、花簪を前髪に差していた。


 朝食を摂る。今日はパンに何をトッピングしようかと考え、コーン入り調理マヨネーズを上に塗りたくって少し焼き直して食べることにした。


 トースターで焼くこと三分、良い感じに焼き上がったコーンマヨネーズパンを頂く。プレーンのモッサリパンにしては、なかなかどうして美味しく仕上がっていた。アカツキも喜んで口いっぱいに頬張っていた。


「改めておはようございます。おお、本日は一段と神々しくあらせますなぁ」

「おはようございます王陛下。そして王妃殿下、王子殿下、王女殿下」


 いつも通りグナエウス王を始めとする一家が自室にやってきた。

 一見すると王と十五歳で成人した息子と、幼い妹たちが二人と見えるが……実はこれ、夫婦と息子と娘なんだよね……。


 にこにこと、これ以上なく上機嫌のオクタビア王妃と目が合う。


「お加減はいかがですか、王妃殿下?」

「最高ですわ! かつて自身が見ていた低い視界が、かえって新鮮味を増しています! 身体が軽い、もう何も怖くない!」


 身体が軽い以下省略は、首狩り的な死亡フラグのデンジャーワードです。

 まあ、本人が満足しているならそれで良いけれども。


「なんというか、母上がわたしの妹のようになってしまわれて複雑な気分です」

「もうじき羽化する蝶々なのよ、ルキウス? うふふ、うふふふ」

「母上って、ホーント子どもの頃はボクに姿がそっくりだったんだねぇ……」

「あら、クローディア。それは逆よ。あなたがわたくしにそっくりなの♪」


 そっくりと言うよりか双子。むしろクローン。中身も見た目も。


 繰り返すが、本人が満足しているならそれでいい。

 後は好きにすればいい。ロリっ子の自分と向き合うのもまた良し。


 コーンマヨネーズパンを一家そろって所望したのでそのようにしてやる。美味しいと喜んで彼らは食べた。お代わりも所望してくる。

 当初は教えるつもりはなかったけれども、せっかくだしと考えを翻してマヨネーズの作り方と保存管理の方法を教えた。この万能調味料、作るのも大変な労力だが、それ以上に卵の衛生とその鮮度管理が大変なのだった。


「こんなに美味しいものが、卵と油と酢を撹拌すれば出来るだなんて」

「マヨネーズにコーンを混ぜる際に、隠し味としてマスタードと水飴を少量加えると味に深みが増しますよ。お勧めです」


 例によって口元をびちょびちょにしながら満面の笑みでパンを頬張るアカツキに微笑みつつ、ゆるゆると朝食を頂く。


 ああー。平和だなー。

 知ってるかい、実は今日から他国と戦争するのですよ。

 しかもそれを平定してから、次は魔王率いる三十万の軍ともドンパチします。


「例えるならアレですね。立直一発門前清自摸平和純三色一盃口ドラ三。数え役満、ドン。盛り過ぎだイケダァ、か」

「はい?」

「あ、いえ。向こうの世界の物語をもじった感想が、漏れ出ただけです」


「それにしても、本日のお召し物はこれまでとは雰囲気が違いますな」

「これは神前装束ですので。儀式を通し、舞を神々に奉納するためのもの。わが方の必勝は疑うべくもありませんが、それでも念を入れたいと」

「なるほど」


 言い回しだなぁと思う。

 確かに古来の習わしでは巫女こそが神の御許に侍る存在だった。

 だけど実は、カスミの趣味でしたなど、とても口にしたものではない。

 

「実働時はこの上に千早を羽織り、前天冠をつけ、神楽鈴を持ちます。この冠についている丸鏡は、太陽を表わしています。となれば、同じく黒き太陽たるナイアルラトホテップの神威もこれで示すこととなるでしょう」


 丸鏡とくれば、本当は太陽神天照大神の象徴だったはず。

 だが、今一番身近なのは混沌にして漆黒の太陽の顕現体、イヌセンパイなのでそうしておく。一応、僕は彼に教皇を任じられているのだった。


「おお、やはりありがたい装束なのですな」


『うひひ。コス巫女のはずが現時点でマジ巫女になった。うはははっ。可愛いなぁー、その衣装をはだけさせてチョメチョメしたいなぁー』


 だ・ま・れ・こ・の・や・ろ・う・♪


 脳内で僕だけにセクハラっぽい茶々入れるのやめてください。

 イヌセンパイは男巫女とか嬉しいですか。


『俺はレオナちゃんと尻で一戦交えたいと願うヤツやぞ。嬉しいに決まってる』


 うわあ、と思うがこれには一切言及しない。

 性癖は人 (?)それぞれ。僕だって彼以上に人それぞれ。

 お尻の辺りがいそいそし始めたが、昨晩の残滓だと思っておく。


 それよりもと、話を変える。

 食後の空いた時間に、僕は三日ぶりにピアノを弾いた。


 突き抜けるほど青空が気持ちいいので、『自宅インベントリ』スキルで中庭にグランドピアノを引っ張り出したのだった。


 適当に元世界の現代ポップスアレンジのピアノカバー曲を弾き、手の準備体操を終えてからショパンの幻想即興曲を奏でる。

 これが終われば次は英雄ポロネーズを思うさまま弾く。

 調子に乗ってリストへ移行、ラ・カンパネラをたおやかに調べを打つ。

 そうして同氏の愛の夢をしんみりと弾いていく。

 三日ほど練習を開けてしまった割りに、手の調子は良い。


「――ん? どうしたの? アカツキも弾いてみたい?」


 いつも通り目を閉じて鍵盤を奏でていると、くいくいと袖を引っ張られたのだった。振り返ると物欲しげなアカツキがそこに立っていた。


「にゃあ。レオナお姉さまと一緒にピアノしたいの」

「あらあら。じゃあそうね、一緒しよっか。はい、左右好きな方の横に座って」

「みゅふふっ、レオナお姉さまと。とっても嬉しいにゃあっ」


 アカツキも弾きたいというので連弾をする。

 幾度も明記したように彼は、機械仕掛けの神チクタクマンなのだった。


 百二十万トンのウルツァイト窒化ホウ素を、土属性無限の権能を使って強引に高次元フォトニック結晶体化させたという、およそ考えられる限りの神器を超越した宇宙的恐怖級CPUコアを持っている。


 そのコアの中には、タイニーアビスと呼称する疑似第七世代AIをインストールしている。演算処理能力は本家ほどではないにしろ、第六世代の天使メタトロン級より遥かに高性能だ。試しに曲目を言って、ソロで彼に弾かせてみよう。


「とある教授がオファーされてたったの五分で創り上げてしまったという、栄養ドリンクのCМ曲は知っていますか?」

「にゅ? もちろん知ってるの。弾いてみる?」

「ええ、聞かせてください。あれ、僕は好きなんですよね」

「にゃあ。行っくよーっ」


 言って彼はまるでCDで聞くように弾きこなしてしまった。

 なぜ元世界の楽曲を知っているかなどは大した問題ではない。傾聴すべきは、ピアノを弾けるかどうかである。もちろん合格だった。


「指の準備体操も出来たとして、蠍火を連弾しましょうか。次は冥、ようこそジャパリパークへ、ルパン三世OP、海外生まれの音ゲーの、アニマ、メモリーオブスカイブルー、ガラハッド一号と科学的黒魔法、指切りげんまんを歌付きで」

「はいにゃあっ」


 どんどん弾いていく。アカツキの素晴らしいところは、どこで知ったのか謎な知識に加えて、僕と息ぴったりに弾けるその技術力にあった。

 あるいはこの子の方がピアノは上手いかもしれない。最後に指切りげんまんを弾いて、二人して向かい合って指切りで〆る。


「魔王騒ぎが終わったら、僕の世界に一緒に帰りましょうね」

「にゃあ。絶対に一緒に帰るにゃ!」

「いい子いい子。指切りげんまん、とーなえた」


 指切りした互いの手を胸に、残りの腕で抱き寄せる。

 ぷにぷにのほっぺに頬ずりして、唇を添える。


 ピンク髪のエルフ幼女風。

 両性具有で、あるときは男の子で、あるときは女の子で。

 彼の体臭は口内でほどよく溶けた特濃ミルクキャンデーにそっくり。


 一度嗅いだら、もう病みつきですよ? 庇護欲が天元突破する。


 と、ここで拍手が起きた。

 グナエウス王一家と、その後方で控える侍女たちだった。


「聖女様をお迎えしたあの日も聞かせていただきましたが、その音色、曲目、どれを取っても素晴らしいものですなぁ」

「ありがとうございます、王陛下」


「このぐらんどぴあのなるものは、どのようにして作られているのでしょう?」


「原理的には鋼線を引っ張って箱の中で固定し、その張った弦を羊の毛を集めて硬くしたもので叩く弦楽器と打楽器の混合となりますね。鋼線は最大で五トン、あるいはもっともっと強い力で引っ張らないといけないため、もし同じものを作るのなら、鍵盤数は半分くらいから始めた方がいいかもしれません」


「ほほう、五トンとはどのくらいなのか……」


「ああ、そうでした。引っ張る力を説明するには……そうですね、代わりに重量で尺度を表わしましょうか。重さの単位はドラクマ、で良かったですか?」

「はい」


「となると、六千ドラクマで銀二十六キロとして。概算では百十五万ドラクマくらいの重さとなりましょう」


「それほどまでにも重量がかかっていると?」

「ええ。重さで例えれば、ですが。これに相当する力で、てこの原理を応用した専用の機材でグッと鋼線を張ります」


「ふーむ……なかなか……ふむ」

「参考程度に、縮小版のピアノもありますよ」


 それらしく言ってはいるが、実体は玩具のピアノだったり。……内緒だよ?

 

「あら、可愛い!」


 いち早く反応したのはクローディア王女――ではなく、ちっこくなって元気いっぱいのオクタビア王妃だった。


 まるで子どもみたいにそわそわしているので、グナエウス王に目配せする。

 彼はお願いしますと目を閉じて頷いた。


 王妃は喜んで受け取り、その場においてたどたどしく鍵盤に触れた。どうも王妃は若返った肉体に引っ張られて精神年齢も若くなっているらしい。


 ドレミ、と彼女は人差し指で音を鳴らした。


 この玩具のピアノ、縮小版と例えただけあって完成度が高い。

 ちゃんと鋼線を引いて、羊毛で固めたハンマーフェルトで弦を打って音を出している。ボディは黒塗り光沢仕上げだ。


「それは差し上げます。後ほど設計図面も用意しますが、まずは触れてみたほうが理解が早いと思います。大小の違いはあれど、基本の原理は変わりませんので」


「いいなぁ……」


 物欲しそうに、母親がピロンポロンと弾いている姿を娘の王女が眺めている。まあ、それはそうだよね。だってこの子、まだ実年齢で九歳だもの。


「王女殿下にも差し上げましょうね」

「やったっ! ありがとうございます聖女レオナさま!」


 もう一台、玩具のピアノを出してやる。これは白塗りの光沢ボディだった。

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