第63話 仲良し二人の朝の目覚めは、ぱっふぱふ。


 意識が浮上する。夢を見ていた。

 桐生玲於奈キリウレオナ。ああ、それは僕の名前だ。


 夢の中では、男の姿の自分が日常生活を送っていた。

 殺伐と穏やかさの混在する、桐生家の日常。敵はすべて死の彼方に。


 だが、それは眠った際に起きる脳のデフラグ処理の残滓に過ぎない。


 僕の身体は、ナノマシンで性ホルモンを管理され、女性風に改造されている。

 決して自分の意思でこうなったわけではない。性同一性者の世間の理解をより深めるために、桐生の宗家に命じられてのものだった。


 つまり僕のこの姿は、お仕事。繰り返すが、そこに自己の意思は伴わない。


 女顔、狭い肩幅、総じて華奢な身体つき。

 豊満な胸、締まった腰。

 誰人曰く、撫でまわしたい桃尻に、すらりと伸びた脚。


 ペニスは子どものまま成長せず、しかも朝なのにピクリともしない。ただの排泄器官に成り下がったわが分身。自慰は専用の器具を使い別な部位で処理をする。


 こんな僕でも、もちろん性欲はある。というかない方が人としておかしい。

 若いし。まだ十七歳だし。そりゃあ、もうね。盛るときは盛る。


 いわんや僕は男の娘である。

 こんな可愛い子が女の子なわけないじゃないかの、男の娘。


 過去に同性に幾人と恋の告白をされて、すべてを袖にしてしまった男の娘。


 男になど興味ない。これまではそう思っていた。が、アカツキが生まれてからその考えを少々改めた。かつて同性の恋の告白をすべてお断りしたのは、多少は判断に加味はすれど、全面的に同性であることを理由にお断りしたわけではないと。


 改めて世の真理を知るにあたり、やはり人は、まず見た目ということだった。


 むくつけき男に、俺とつき合えこのオカマ野郎みたいな態度を取られて、うんと頷くわけもなし。ふざけんな鏡を見てこい。ショック死してしまえ。


 同性なら、やはりアカツキくらい可愛い子でないと無理。もしくはルキウス王子とか……いやいや、僕の歩む道はいばらの道、彼をその道に引き込むわけには。


 でも、彼、ちょっといいよね。機会があれば言いくるめて女装させたい。


 たとえ男の意識を持っているからといって、必ずしも異性だけを愛するとは限らないのだった。この数日間で特にそう思うようになっていた。もちろん嗜好などは人それぞれではあれど、僕の守備範囲ではそういうことらしかった。


 自分で言っててなんだか恥ずかしくなってきたので、この辺でよそうと思う。いいよね、誰かが誰かを好きになるのは、とっても素敵なことだと思うし。


 以上、生殖は二の次に、恋や愛の感情に性別は関係ないと悟った話でした。


 もそりと何かが胸元で動いた。同時に飴玉みたいな甘い吐息が。全幅の信頼と共に身を寄せてきている。それを柔らかく抱き留める。ぴこっと細長いお耳が動く。

 もはや確認するまでもない。見た目はエルフ幼女の、アカツキだった。


 僕は今、寝間着としてかなりきわどい黒のベビードールに身を包んでいる。材質は極上のシルク。前開き構造で胸の下辺りにリボン状の紐で綴じるようになっている。胸部だけ生地が二重になっているが、その他はサテン生地とレース地のランジェリーな組み合わせのため人に見られると裸よりも恥ずかしい。


 アカツキはそんな僕の、無駄に大きい偽胸の谷間に顔を潜り込ませていた。吸って吐く息が肌にくすぐったい。彼は白のロリータ風シルクベビードールに身を包んでいた。この子は何を着せても可愛いなぁ、と思う。濃厚なおはようのキスがしたい。


 昨晩は、たっぷりとえちえちした後、疲れてそのまま二人して裸で眠りこけてしまったはずだった。それでいつの間にか寝間着代わりにこれを着せられていた。カスミが気を利かせてくれたらしい。そうして朝となり、ご覧の次第となった。


 昨晩は特に頑張った彼は、未だすやすやと眠り続けている。

 甘えん坊の、機械仕掛けの神。曰く、チクタクマン。創造主は僕だ。


 年嵩は十にも満たないエルフの美少女風。ぺたんこ胸にイカっ腹、幼児体型。

 笹葉みたいな細長い耳。さらさらの、ピンクのおかっぱ頭。

 両性具有。男の子にも女の子にもなれる。


 愛らしいわが子。愛おしい僕だけのお人形さん。

 誰にも、渡さない。この子は僕のもの。


 男に興味が無いはずなのにこの子は良いのかだって? だからさっき言ったじゃないですか。恋や愛の感情に性別は関係ないと。うふふ、うふふふ。


 朝からSAN値を削る思考を侍らせつつ、彼のピンク髪を撫でてやる。


 目覚めたばかりなので、意識はまだどこか頼りなさを感じる。

 ふわあ、眠いね。

 周囲に害意を感じなければ、朝はいつもこのような感じだった。ついっと目だけを周囲に這わせる。寝室は陽光を取り込んですでに一定の明るさを保っていた。朝かぁ、とぼんやりと思う。今日も晴れると良いなぁ。


「レオナ……お姉さま……ふんわり……おっぱいぃ……」

「ん、起きた……? ふふふ、寝言かな……?」


 頭を撫でて彼を起こしたかと思ったらそうではないらしい。

 くすくすと、口元を隠して僕はほくそ笑む。

 下腹の底の方から温かい気持ちになる。さて、この幼な子を慈しむ気持ちは父性か、母性か。あるいは、その正体や如何に。


「……なんて、ね」


 微笑みながら独りごちる。両方でいいじゃん。父であり、母でありと。

 それよりも、今から少しだけ、たったの五分ほどで良いので二度寝をしよう。


 ――ほんの一瞬、目を閉じたつもりだった。


 実際、予定通り五分くらいの二度寝だと思う。周囲の朝の雰囲気に変化はない。

 ただ、僕の着る黒のベビードールの、その胸元の少し下に結わえた紐が解かれていた。男の娘おっぱいがぷるんしている。それでどうなっているかというと。


「……ぱふぱふなのにゃあ」


 童子であり童女のアカツキが、変わらず僕にぴったりと覆いかぶさっている。ただし、晒した僕の偽物乳房に顔を挟み、セリフの通りのことをしていた。


「おはよう、アカツキ」

「おはようにゃの、レオナお姉さまぁ」


 悪びれず、にぱっと彼は天使の微笑みでこちらへ顔を向けた。

 その小さな両手は僕の左右の偽乳房に添えられている。セルフぱふぱふ。某竜と珠の漫画で初めて知ったとき、僕としてそれはもう衝撃的で姉たちにして貰ったほどだった。三人とも同じサイズなので、三人ともとても良かった記憶がある。


 まず幼な子のすることに苦笑した僕は、その両手に自分の手を重ね、胸の谷間の彼の顔を乳房で柔らかく圧をかけてあげる。

 これぞ男の浪漫、ぱふぱふである。

 アカツキは気持ちよさそうに目を閉じた。果たして男の偽乳房でやっても浪漫なのかはともかくとしよう。まあ、ある意味レアではある。


 うーん、平和だなぁー。これで魔王パテクの侵攻がなければ良いのにねぇ。


「今日はお漏らししなかったみたいね。うふふ、良かった良かった」

「みゅふふー」


 オネショしなかったアカツキに、ご褒美により一層、ぱふぱふしてあげる。

 ある意味でwin‐winの関係である。いい子いい子。

 二人して、幸せで何より。

 僕もアカツキも下はフルチンで何を言っているか、という話でもあるが。


 と、そのとき。


 バタバタと寝室の外で音が聞こえた。侍女らがお待ちくださいと制止する声が。

 なんだろう、昨日もこんな展開があったような、なかったような。


 ま、どうでもいいけどね。知らないや。

 それよりも、アカツキと一緒に無邪気なふれあいを楽しもう。


「聖女レオナ様っ、見てくださいご覧になってくださいこのわたくしを!」

「――えっ? ちょ、ちょっと。ええっ?」


 ユルユルに伸び切ったパンツのゴムの如く、完全に気持ちの弛緩した僕とアカツキの幸せ空間に闖入者が。


 寝室を区切る扉が、ズバンッと開いたのだった。

 慌てて僕は胸元をシーツで隠した。


 女の子っぽい反応?

 根底は男でも、今の僕は強制的に半分くらい女の子ですから。

 だからキモいとか思わないでくださいお願いします。

 それ、かなり鋭く心に刺さります。場合によっては泣いちゃいます。

 ラララ、ガラスの十代。

 うーん、ちょっと違うかな。どうでもいいや。


 飛び込んできたのは昨日名実共に女性となったクローディア王女――にしてはわずかに背丈の低い、しかしどう見ても彼女としか思えない、正体不明の女の子だった。


 まさか、王女に処方した薬が祝福と相まって変な副作用でも引き起こしたか。


 よほど急いでいたらしく、彼女は裸足のままシーツを身体にくるめただけの姿をしていた。それだけならまだ良かったが、巻いた布地が完全にズレ落ちてしまっている。少女の未熟極まる胸元が御開帳になっていた。


 昨日より胸が無い。アカツキと同じく真っ平。ともすれば、少年の胸のよう。

 一部のマニアックな嗜好の紳士たちが飛び上がって喜びそうだ。


「申し訳ない黒の聖女様っ。無礼を承知で部屋に入らせていただきますぞっ」

「ちょ、ちょっと。一体、何事なの……っ」


 少し遅れて、珍妙なネグリジェ姿のグナエウス王まで寝室に駆けこんできた。


「さすがにそれはいかんぞオクタビア。わしもびっくり仰天だぞ。まったく、喜ぶ気持ちは分からんでもないが……」


 聞き捨てならないセリフを聞いてしまった。オクタビア? まさか、王妃?


「……もしかして、あなたは。王妃殿下、なのですか?」

「そうなのそうなの、そうなのよ! うふふ、不老に加えて若返ったのよぉ!」


 ばさあっ、と彼女は感極まったらしく細い両腕を掲げた。

 当然ながらシーツは床に落ちてしまう。ぺたんこつるつるの裸体が露になる。どこから見ても幼児体型。YESロリータNOタッチ。慌ててグナエウス王が、手ずからシーツを、合法ロリ化したオクタビア王妃に巻きつけてフォローに入る。


「朝起きたらですな、わが隣に娘のクローディアそっくりの少女が眠っていて、それはもう驚きましたぞ!」

「あらあなた、むしろあの子がわたくしにそっくりなのですよ?」

「う、うむ。そう……であるな。いやまあ、その、なんと言うかだな?」


 見た目の年嵩は、アカツキと同じ十歳くらいか、もう少し下。

 彼ら夫婦のセリフから分かるように、オクタビア王妃は娘のクローディア王女そっくりというか、彼女が親なのだから王妃の言うようにクローディア王女がオクタビア王妃の相似形とすべきというか、しかし、これはまた凄いことになっている……。


「言ってはなんですが、思い切りました……ね?」


 改めて見るに、彼女、実の娘よりもロリっ子になっているのですけれど。


「数えで十で輿入れをしたかつての自分に、この身体を差し戻すよう願いました」


 実年齢にして九歳で結婚とは。どこぞの嫁ぎ遅れ魔王さんに聞かせてあげたい話だ。ねえ、パテク・フィリップ三世さん?


「それで王女殿下の妹君と称してもなんら違和感ない姿になられたと」

「あの子、あれで大人びたところがあって、身体も人より少しだけ育ちが良くて。そして当時のわたくしは、その、少しだけ育ちが悪くて。でもこれはこれで」


 ロリっ子なのに妖艶にほくそ笑んだ。シュールを通り越して凄味が滲み出てる。


「……はふぅ。この姿で夫に抱かれるのは得難い背徳感も伴ってゾクゾクしますわぁ。下腹部が今にも熱く滾りそう」


 そうか、そう来ちゃうのかぁ。本当にトンデモナイなこの人も。大物だなぁ。


「あ、うむ。そういうのは人前では口にすべきではないとわしは思うが」

「愛し合うときは、優しくしてくださいね。あ・な・た?」

「アッハイ」

「もう一人二人、子どもも欲しいですし?」

「アッハイ」


 それはともかく、娘に負けずお騒がせな母君だった。

 実は二人ともクローンとかではなかろうか。


 オクタビア王妃はひとしきり僕に感激と感謝を伝えて、そして夫であるグナエウス王にお姫様抱っこにされて寝室から出て行った。


 まったく、ゆるーい朝のはずがどうしてこうなった。

 アカツキはそんな事態にもどこ吹く風と、覆ったシーツの下でずっと僕の男の娘偽乳房でセルフぱふぱふを続けていた。


 この子も大物だった。呆れ半分に変な笑いがこみ上げた。くすくす。

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