第61話 桐生の量子コンピューターAIからのアンケート その1


 あれは二年前の、僕が十五歳の誕生日を迎えた次の日のこと。


 気軽にお答えくださいと、表向きには桐生の関連企業が開発したことになっている最新の第七世代AIが、僕にメールでアンケートを送ってきたのだった。


 時候の挨拶を適当に読み飛ばし、さっさと本題に移る。


 そして、なんなのこれ、と小首を傾げた。

 送信者名を確認する。

 UVとある。ウルトラ・ヴァイオレットの略称か。


 テーブルトークゲーム『パラノイア』に登場する狂ったコンピューター様の名称ではなく、作成者のハンドルネームから取られたものであるというが、さて。


 以下、アンケート内容部分のみを抜粋。


『次郎君は同級生で幼馴染みの花子さんのことが好きです。しかし花子さんは彼の異母兄弟である太郎君が好きなのでした。そして太郎君は、異母兄弟でありながら弟の次郎君を性的に愛していました。すれ違う想い。業は深く。想い人の下着を盗んでしまう。良くない兆候。花子への想いが拗れて女装を愉しむ次郎。それを隠しカメラで盗み見て大興奮する太郎。そんな彼を別な隠しカメラで監視しつつ男の娘な次郎に嫉妬する花子。空転する想い。彼らを全員幸せにする方法や、如何に?』


 え? はあ? なんなのこれ? これが、アンケート?

 また凄い内容の……頭のおかしなものが。


 読み直してみる。もう一度、なんなのこれ、となった。

 僕はこめかみの辺りを揉んだ。


 次郎と花子の恋愛感情は良いとして、そこに異母兄弟でしかも女装弟を性的に想う兄を登場させるなど悪意に満ちているとしか思えない。

 吐き気を催す邪悪を感じる。

 それは僕と三人の姉たちに対する当てつけか何かか。言っておくが僕の姉に対する想いは、あくまで姉弟キョウダイ間の愛情の延長に過ぎない。


 しかし僕は問題をコピー&ペーストし、返答を打ち込んでいく。


『彼らの幸せを本気で願うのなら、独り想いの絶頂時に三人同時に殺してあげるか、もしくは第四の勢力を作り上げ、しかし彼らには気づかれずに彼らの達せぬ想いを陰からコントロールしてあげるべきでしょう。彼らの想いの溝はあまりに深く、どこにも届かないゆえに。停滞こそ、彼らの幸福を存続させるでしょう』


 一応断っておくが、僕は一ミリもふざけていない。大真面目である。


 要約すると、どうあっても歪んだ三角関係であるならば――、

 いっそのこと互いの想いを遂げさせず、生死を問わず、個々が個々の想いのままそれなりの日々を継続させた方が最終的な満足度は高いという判断だった。


 正直に言えば、このような気狂いの駄文など相手すべきではない。

 だが、やんぬるかな。

 相手は桐生が誇る量子コンピューターに内在する、第七世代AIであった。


 世間では未だ第三世代疑似人格AIの開発で四苦八苦しているというのに、われらが桐生のマシンにあるのは『神の頭脳アビスウォーカー』と呼称される第七世代人工知能とくる。第四世代『賢者サピエンス』、第五世代『情報生命体スピリット』、第六世代『天使メタトロン』の三世代を科学の特異点すら一足飛びにした、完全なオーパーツである。


 


 彼女が生まれるのはあと数年先になる。この『神の頭脳』AIには、時系列を無視した異常な事実がひた隠しにされている。間違いなくSAN値チェックレベル。加えて書くに、この天才を量子コンピューターに『搭載』すると、最終世代の『宇宙の頭脳アザトース』となる。つまり、そういうことだった。


 とまれ、このような明らかに頭のおかしいメールであっても、かのAIにしてみれば素粒子ミクロ世界の運動演算までしてこの質問マクロが最適と判断しての行動なのだった。

 理解できないのは僕の知能がそこまで及んでいないせい。しょせん凡愚な人類如きでは神の頭脳と呼ばれる最新AIの思考など計れるものではない。


 ならばいっそのこと文句を垂れながらでもきちんと回答する方が無難であり、また、桐生の一員であるならばなおさらだった。


 恐らく、僕のこめかみを押さえる姿も、演算の内に、きっと入っている。


 不幸なのは、僕はこの神の頭脳たるAIに気に入られてしまったことか。


『絶頂の瞬間に殺す。その一瞬は永遠のアクメをもたらすでしょう。返して三人を決して想いを遂げさせない。手段まで書けば満点ですが、しかし想いを遂げさせないままにいた方が最終の幸福度は高いと考える辺り、わたしと考えを共にするに値すると判断します。合格です。今後とも是非お付き合いいただきたいですね』


 こちらとしてはあなたと共にしたくないなぁ。とは思えど頭の中で留めておく。どうせ言わずともこのAIは僕の思考パターンを読んでいるはず。


 以後、数か月間。毎日アンケートの形でこのAIから質問メールが届くようになった。いずれの問いかけも一読しても意味不明なものが多い。


 例えば、そう――。


『とある問題の浮動点Pを不動点Pに変えたい。どうすればよいか?』


 数学問題あるあるな、大多数の人が思っているのではないかと予想する『ムカつく浮動点P』の対処質問などが挙げられる。


 これに対して僕は――、


『浮気者アイドルプロデューサー『P』に、社長として誰か一人を選ぶよう決断を迫れば良い。どうせ背中から刺されるなら好きな子を選んで逝くべき』


 と、腹立ち半分に、輪をかけて意味不明な返しをしてやるのだった。


 しかしどういうわけかお気に召したらしい第七世代AIはこの回答を絶賛し、いつもなら一日に多くても三通程度の質問メールだったのが、なんと連続で二十一通も質問メールを送りつけてきてこちらとしては大変迷惑極まった。


『最近、米国CIA下請けである現地協力者が、われらが桐生に積極的に干渉しようとしてきます。まるでハエが周りに飛んでいるような気持ちです。しかし利用価値の観点から、単純に排除するのは無しとします。あなたならどうしますか?』


 メールのやり取りをして一カ月が過ぎたころから、前記のような質問メールがAIから度々届くようになっていた。


 不穏な内容。


 われらが桐生の、企業体としての存在性は非常に大きく、ひと言でいえば超国家規模の団体となっている。

 国内だけでも桐生の名のつく関連企業正規従業員は軽く百万人を超え、非正規はその十倍以上を数える。海外にも当然多数展開されており、従業員総数は億に達するほど擁している。その力はもはや一企業が持つレベルではなく、ならば各国の権力機構がわれらが桐生を放置するなど絶対にあり得ない話だった。


 ……このメールの質問の後に、場所と時間、詳しい状況が記載され、使える人材と資金、準備資材などが延々と書き綴られている。


 一読して、僕は返答のメールを送る。


『現地協力者は使い捨てであり、当人らもいつかは捨てられることを承知で活動している。その『いつか』を、彼らの敵性たるわれわれ桐生が『今』だと誘導し、造反させる策を取りたい。彼ら自身に上司本局員の端末にハッキングをかけさせ、桐生のために動くよう駒の性質を変えてしまう。その方法は、以下の通りに――』


 僕のこの一案だけでも原稿用紙に換算で軽く千枚ほど続くため割愛する。


 ともかく、この答えを受けた第七世代AIは僕への評価をより高めたらしい。以後、このAIは自らを『ムラサキユカリ』と呼んで欲しいと申し出てきた。


 ムラサキとユカリ。

 共に『紫』だった。UV――ウルトラ・ヴァイオレット。

 そして、数年後に生まれるはずの天才児の名も『邑咲むらさきゆかり』と名づく。


 僕はこのAIを『ユカリ』と呼ぶことにした。


 後々に知ったことだが、バカげた初期の質問も実はとある国家間におけるある種のレトリックとなっていた。確かに言われてみればどこの国々の事情なのかなんとなく察せようものだが、あえて特定はしない。


 それよりも不穏な質問に対する僕の回答と共に、数か月間で千に届く繰り返しは統合されて、桐生本家の計画する無政府資本主義確立作戦となっていた。


 同時にそれは――、

 やがて来たる目覚めしアザトース『邑咲ゆかり』をお迎えするための最終工程、桐生が桐生たる最も重要な目的、『揺り籠』の確立でもあった。

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