第60話 【中間地点】これまでのあらすじ【曲者聖女】
それは
宴もたけなわとなり、なぜかその場の勢いで酔っ払いの姉たちのためにピアノを弾く羽目になった彼は、いつもの癖で目を閉じて曲を弾いていた。
すると、突如、大拍手が。
誕生会は三人の姉たちによって祝われていた。彼はハッと目を開いた。自宅ではない、高い天井に白い広間。知らない場所。ここは一体。
彼の眼前には、古代ギリシア・ローマ風の
その集団の中から、金の冠をつけた一組の男女が、彼の元へとやって来た。
「黒の聖女様。われわれはあなた様の御降臨を、切に願い申し上げていましたぞ」
彼は異世界召喚を受け――、
伝説の聖女として、オリエントスターク王国に喚ばれたのだった。
ときに、彼はれっきとした男だった。
が、桐生宗家の意向でLBGТへの認知と理解を世に深めるためと、五年前より彼は身体に特殊な処理を施し、かつ、異性装を厳命されていた。
もう一度はっきりさせておこう。
桐生玲於奈は、男である――男の娘であると。
普段着はおろか通う学校の制服に至るまで、下着もすべて女の子仕様に。
さすがにトイレの使用は諸所の配慮を踏まえて多目的トイレとなったが、基本的に彼は女子としての生活を強いられていた。
決して本人が望んで女装をしているのではない。望まぬ男の娘だった。
あえて問題を呈するなら、彼は、有り得ないほど美少女風だったことか。
――こんな可愛い子が、女の子なわけないじゃないか。
召喚された時点での魅力値たるAPPは、既に人の限界を超えていた。これにはちゃんとした理由が付随するのだが、現時点ではあまり詳しく語られていない。精々が誕生会に着ていたドレスが異世界人に官能が強すぎたという程度。
彼にまみえた者は、男女を問わずに勃起した。部位的にも心情的にも。
彼の
話を変えよう。
聖女召喚は、国防の危機に瀕したときに使われる、最後の切り札なのだった。
百年に一度の
召喚は、性質のまったく異なる聖女の、どちらかを選べる。
『白の聖女は高潔な心を持つ万夫不当、輝ける白百合の戦士』
『黒の聖女は混沌を胸に抱く起死回生、深淵なる黒薔薇の賢者』
桐生玲於奈。彼は男でありながら『黒の聖女』として活躍することになる。
三十万の軍勢を率いて宣戦布告してきた、北の魔王パテク・フィリップ三世への切り札。さらには豊富な現代知識を用いての、文化と文明に革命をもたらす者。
初めに彼は王都の防備を固めた。
王都の外苑部を更に高い壁で覆い、広大な城塞都市とした。魔王襲来による他の都市からの避難民のため、大規模の新市街を急造した。
チート? 難しい質問だ。これはチートであって、同時にチートではない。
ラノベあるあるでは、異世界転移者や転生者には異常な能力を与えられる傾向にある。それこそありきたりな凡夫が、そのチート能力一つで英雄となれるような。
しかし彼にはチートを与えられもせず、まして奪われもしなかった。
ただ使い方を知らなかっただけ。転移以前から備わっていた力。
それらは異世界転移したその日に、扱いを教わった。
教えたのは力なき神々の守護者を兼務する混沌の邪神、ナイアルラトホテップ。
百パーセントヤバい気配しかしないというか、なんというか。
いや、だって、邪神サマですし。
愛すべき大迷惑とも呼ばれる、混沌そのものですし。
歴代にして四代目聖女、男でありながら聖女。桐生玲於奈が使う能力とは。
彼の権能は、土属性無限特化。
およそ土の属性ならば代償なく無限に扱える能力。
聖女らしく祝福などもある。
強力な
他にもユニーク分類のインベントリ『自宅』という冗談みたいなスキルもある。
これらを用いて、王都の防備を格段に向上させ、避難民には住処を、大量の食料を自給させ、兵には強力な新装備を、そして兵には身体強化を、粗銅を精錬して金銀その他を取り出し、また、その方法も教え、食事が口に合わないので食の改革がてら料理レシピを乱舞、高貴なる病とされてきた謎の病――実は鉛中毒――を一瞬にして突きとめて治療を施し、両性具有の機械仕掛けの神を作り上げて愛でたり、コロブチカを踊ったり、これは上巻では描写されなかった部分ではあれど、男の子を女装させて男の娘として愛でる文化を浸透させたりと、彼は八面六臂の活躍だった。
いやあ、一気に書くと感慨もひとしお。
着々と進む、対魔王軍三十万への防備迎撃への準備。
しかし、予定とはすべからく未定となるもの。
邪魔が入り、目論見は狂うもの。
北の魔王の宣戦布告で、てんやわんやのオリエントスターク王国の隙を突き。
隣国の『敵国』。武神立国たるイプシロン王国が。
弱り目に祟り目、今や遅しと――、
オリエントスターク王国の領土切り取りを、狙っていたのだ。
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