第58話 【外伝】魔王パテク・フィリップ三世は結婚したい その3


 アタシは一歩、身を引いた。思わぬ発言で狼狽えてしまった。


「……な、なぜ。それを魔王陛下が」


「チートだよ。わしには『深淵の鑑定』という能力がある。と言っても対象の霊的防御を無視して鑑定ができるというだけで、むろんそれでも十分に役には立つのだが、しかし異文化や異文明が絡むと翻訳の度合いが雑になる欠点を持っている」


「有用ではあれ、なかなか一筋縄にはいかなそうな能力ですね」

「うむ。対象は選ばぬが、鑑定版のエキサイト先生みたいなものだからな」


 パテク二世は皮肉気に口の端を歪めて見せた。


「ともかくその能力を使い、前々からそなたを見守っていた。転生者は、基本的に物理的にも魔法的にも強者となる定めにある。チートも持ち得るのでな」

「自己の立場への危惧はなかったのですか?」


「おいおい……忘れたわけではあるまい? この国は力こそパワーであり、戦うなら真正面から堂々とがモットーではないか。やるのなら今回の如くシード権を得て殴り合えば解決するだろう。それでわしが強ければわしが勝ち、そなたが強ければわしは負ける。実際、そなたの方がわしより強かった。ただそれだけだ」


「……」


「話の方向を少し変えよう。日本にだけ存在する元号が絡むとよくわからなくなるのは仕方ないとして、能力の調べではそなたには昭和後期からと平成の中後期くらいまでの知識があると出ている。これは西暦に換算すると、うむ、少なくとも二〇一九年には達していないと分かる。十九年五月以降は平成ではなく令和という」


「アタシが死んだと思われる年は二〇一〇年です。元号で言えば平成二十二年。平成の次は、令和というのか……」


「うむ、まあ、われわれにはもう関係がないが。……それでチートと言えば、魔王が自己の側近を作るための Die For Metal も、元来は初代魔王様のチートスキル由来なのだ。ああ、そなたに対しては大覚醒と称したほうが良いのだったか」


「ヘヴィメタに死す。初代様はなぜにこのような当て字を」


「仮説だが、中二病という誰もが罹患する不治の病に冒されていたか、単にヘヴィメタルが好きだったか。魔王とメタルなど相性抜群ではないか……」


「……」


「ともあれ、あれは多少の変形はしてはいれど、伝承法にてどんな魔王でも使えるよう汎用化させたもの。始まりの魔王、パテク・フィリップ一世の回復チート、Motor breath の派生である、Dead Inside ――死者蘇生が元になっておる」


「アーティストがバラバラで、確かにメタルではあれど正統派とスラッシュとを混同している時点で中二色が強い気がします。聞く人が聞いたらたぶんキレます」


「そなた、詳しいのだな。しかしネーミングについて今語っても詮無きことゆえ横に捨て置こう。それよりもスキルについてだ。死者蘇生チートは発動させるとその一瞬の間に対象を遺伝子レベルまで精査して、生きていた状態にまで身体を元に戻すのだという。そして一定の電気ショックで身体をノックする。大覚醒はこれを応用し、対象を精査する際に身体の特性・能力・才能の伸び白を調べ上げ、それに合わせて身体や精神を最適化という名の変化を加える。必然と魔族が本来持ち得る寿命リミッターが外れるため、結果的に老化がとても緩やかになる。そう、受け継がれた知識では語られている。副次的に、AED効果で死者も復活させる」


「蘇生と復活の微妙な言い回しの違いは、生き返りの性質の違いですか?」


「まさに。蘇生と復活の違いは、前者は『死者をそのまま生き返す』のに対し、後者は『身体を作り替える、もし死んでいれば、可能であれば生き返す』となる」


「なるほど、興味深いです」


「そも、先ほども少し触れたが、記憶を継続させた異世界転生者には必ずと言っていいほどこの手のチート能力が授けられている」


「前世世界のヘヴィメタルがネタになっている時点で察せますが、初代様も」


「その通り。始まりの魔王、パテク・フィリップ一世も実は転生者。しかも同郷世界のな。それがゆえか、同郷へのよしみと言うべきか。遺言により転生者には自分の名を襲名して欲しいと願われている。まあ、伝承法で得た歴代の魔王知識で知っただけで、なぜゆえ高級腕時計みたいな名前なのかまでは、わしも知らぬ」


「大好きっぽそうなメタルからはあまりにもかけ離れた名前。うーん、別途でよっぽど思い入れか何かあったのかしら……アタシ、腕時計なんてあまり興味なかったからブランド物のN級品で誤魔化していたわ。ブルガリ、ロレックス、ウブロ、この辺りをね。どうせ自分の姿も工事済みの偽物みたいなものだったし」


「……N級品。スーパーコピー品か。あれは素人では見分けがつかんからな。そしてそなたの言う『偽物』とは。……ふむ、自嘲は感心せんが、そうやって世の中に皮肉をつけていると考えればなかなかの反骨精神が漲っているようにも見える」


「そういうものでしょうか……」


「同郷世界の者と前の世界の話をするのは本当に懐かしくも楽しいが、また話を戻そう。……わしは鑑定チートを以って自己を管理しつつ身体を鍛え上げ、己が武の才能を存分に引き出して先代魔王と決戦し、打ち勝ち、現魔王と相成った。そうしてわしは、前世の名前も今世の本名をも捨てて初代様からの二世を名乗るようになる。以後、八千年間、魔国の治世を預かった。さて、新魔王のそなた。そなたにも当然チートはある。だが、そなたはチートを知らずにこの高みまでこれた。知っていて使わないのなら話は別だが、知らずにここまで来た、と」


「……」


「無言だが、知りたいであろう。興味があるだろう。一体自身にはどんなチートが宿っているのかを。念のため断っておくが、そなたの強さは御両親より頂いた才能とそなた自身の研鑽によるものであり、これから言うチートとはなんら関連性はない。チートとはその名の通りズルいからこそのチートなのだ。加えて言うに、どうもそなたはどちらかというと必要性を感じなかったために発現しなかった――それゆえに知らずにいたというケースのようだ。これまで記憶は受け継いでいても自己意識まで受け継がない者も含め数百人もの転生人を鑑定したが、そなたのような者もたまにいた。なので認識による発現を促してやらねばならない」


「ぜひ、教えを賜りたく。アタシに宿るチートとは、なんですか?」

「うむ。名を『軍団連想レギオンクリエイト』という。ワンマンアーミーであるそなたには意味がないようで、しかし軍を率いるときなどは存分に役に立とうもの」


 その後しばらく、アタシは自らに授けられているであろうチートについて、より詳細に渡り教えられた。


「なるほど、確かに必要性を感じない類のようです。しかしアタシは魔王を目指す者。となればこの能力も必要となる日がくるやもしれません」

「まさに、で、あるな。次代の魔王、パテク・フィリップ三世よ」


「……やはりそれを名乗らないとダメなのでしょうか?」


「初代様よりの遺言である。甘んじて受け入れよ。当初、わしもさすがにこの名前はいかがなものか、とは思ったが慣れれば思いの外しっくりくる。それに今回はわしの鑑定チートにより転生者であるそなたに気づけたが、おそらく歴代魔王の中には自己を秘した転生魔王もそれなりにいよう。でなければ十万年もの間にたった三人などあり得ぬ。強いからこそ魔王になれるのだ。そこにチートがあればより魔王になりやすいとは思わんか。何、親しき者には地の名を使えば良い。公的な場では襲名した名を使うようにすれば初代様も冥府で喜んでくれよう」


「はい……」


「さあ、勝者よ。新魔王、パテク・フィリップ三世よ。わしの左手を掴め。心の臓に近い手でな。十万年に及ぶ、われら歴代の魔王の意志を継げ。しかし、まったく。ふふふ……これがわしの腹に手を置けなどでなくて本当に良かったぞ……」


 アタシの一撃により、胸から下を消し飛ばされたパテク・フィリップ二世は苦笑する。アタシもつられて苦笑する。


「わしは長く生きた。魔王となり、時間感覚は通常より圧倒的にルーズになってはいれど、さすがに八千年の治世は長過ぎた。なので、休ませてもらう。ふはは、やっとだ。やっと、わしはいとまを得る……」

「はい。お疲れさまでした、先代魔王。パテク・フィリップ二世陛下」

「うむ……大儀、である……」


 握り合った手から電流のようなものがビリビリと伝わってくる。

 やがて、彼の握る手から力が抜けていくのを感じた。アタシは空いた右手で、元世界の軍隊調の敬礼を取っていた。


 魔王としての意志。

 人族との生存競争に打ち勝ち、魔族に繁栄をもたらすこと。


 報酬。

 魔力の容量が、元の容量の千倍になる。

 寿命が十倍に伸びる。簡単には、一万年は生きるようになる。

 思考力の向上。精神値の向上。身体能力の向上。


 ユニークスキル『大覚醒』を得る。Die For Metal である。

 気に入った魔王候補を、側近に取り立てるが吉。


 魔王候補は『蠱毒デッドセル』にて、漏れなく全員が汚い花火となっていた。

 だが、大覚醒とかいうユニークスキルがあれば復活できる。

 そう、アタシは高を喰っていた。


 結論を言えば、初めに書いた通り無理だった。さすがに爆散は不可らしい。

 なので悩んだ末、一先ずは側近無しの魔王として就任することになる。


 魔王交代の話は北の魔国ではもちきりになっていた。

 ここ八千年での、珍事扱いである。


 お隣の友好国、オメガ魔法帝国より祝辞と祝い品を携えた使者がやってきた。


 他の小さな国々からも、新魔王たるアタシの顔を拝謁すべく使者がやってきた。


 拳一つで他の候補たち全員をブッ飛ばし、結果、遺体が細切れの肉片と化して大覚醒ユニークスキルですら効力不可とした、腕力極振りの脳筋魔王。


 歩く暴力。嵐の女。まさに、力こそパワー。


 いやいや。何その偏った評価。

 まるで元世界の悪意で書かれたゴシップ雑誌みたいな。


 本当は魔力もたくさんあるから! 拳に腕力と魔力を練り込んで殴るから!

 ノーマルパンチも痛いけどね! 腹パン=内臓爆裂の即死だから!


 魔国王都でのアタシへの支持率は初めから天井知らずだった。

 強いとは、正義なのだ。

 そうして、三千年と二百幾年が過ぎた。

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