第57話 【外伝】魔王パテク・フィリップ三世は結婚したい その2
今生の父は、どうやらアタシを男の戦士にしたがっているみたいだった。
その気持ちはわかる。何せ魔王軍の幹部。第二師団師団長。超強い。物理力に溢れる腕力の鬼。拳一つで敵の軍勢をすべて屠る戦鬼。
そんな父と、その息子が肩を並べて戦場に出る。ゆくゆくは父の跡を継ぐ。親として、実に順当な夢ではなかろうか。言ってはなんだが、微笑ましいほどだ。
だけど、すまない。今世は男になるつもりはない。
男は前世でもうノーサンキュー。
と言って、遊びでならば男になっても良いとは考えている。それで女の子といちゃついたり、可愛い男の娘といちゃついたり。ぺろぺろしちゃうぞ。
そんな思惑もあったが、女を磨く傍ら、しかしあまりにも落ち込んでしまった父を見かねて如何ともし難く、さればと力こそパワーな魔国ゆえ護身の
美も強さの内。本当は夜の蝶のようにひらはらと生きるつもりだったけれどしかたがない。物理的にも強い女というのも、ある意味魅力的ではあるし。
そして、十年と少しが過ぎた。人間感覚では、一年ちょいの時間経過である。
父に戦い方を教わっていくうちに、アタシはあることに気づいてしまった。
護身術とは言え戦闘の訓練をしてみると、意外なほど身体にしっくりと来るのだった。まるでジクソーパズルのピースが綺麗に収まるかのように。
これはアレか。心と身体が、戦いを求めているというのか。
たぶん父のおかげで物理戦闘の適正があるのだろう。どんどん強くなる自分に酔いしれた。父と結託し、母には内緒でもっと激しい訓練をするようになった。
戦闘経験を身に修め、ひたすら身体を鍛える、鍛える、鍛える。旅行と称してオーガ族伝統の武者修行染みた行為もやってみた。
そして、当然の如く、母にバレた。
腕を組んでご機嫌斜めの母の前で、神妙に正座をさせられる、父とアタシ。目線は時計の針で言う五時くらいの位置。いかにも叱られていますという、アレな姿。
「サーラちゃんは、可愛い女の子になるんじゃなかったの?」
「そのつもり、でした」
「なら、どうしてこんなことに……」
「最初はあくまで護身の方法を学ぶだけだったの。でも、いざやってみると全身の血が騒ぐというか、身を守るだけでは満足できなくなったというか」
「そう……それで?」
「だってお母さんの夢魔の血だけでなく、父ちゃんのオーガの血も流れているから。魔力も大切だけど、北の魔国で生きるなら物理的な戦闘術も必要かなって」
「あなた、サーラちゃんの言ったことは本当なの?」
「いや、まあ、うん。本当に最初は護身術だけを修めさせるつもりだったんだ。でも俺の子だし、戦闘適正もあるよなーって思っていたら案の定だよ。想像以上に才能を秘めていて、しかもかあさんの血も引いているから魔力も高くて、つい」
「あなた、つい、どうしたの?」
「俺の知るあらゆる戦技を教え込んだりして……調子に乗りました……」
「あわわ……」
「サーラは凄いんだぞ。まるで乾いた布が水分を含むように、どんどん覚えていくんだ。父親として、こんなに嬉しいことはない。父ちゃん感動!」
「それで、こんなになっちゃったと」
「ごめん、お母さん。これが常態になっちゃったみたい」
「一応はわたしみたいに、ええと、なんと言えばいいかしらね。そう、『たおやめな姿』にはなれるのよね?」
「うん。でもそれは一時的な変化の枠に入っちゃうというか。あははは……」
「ああ、もう……しようのない子」
何を言っているのか、これらの会話の解説をしよう。
要するに、鍛えたら鍛えた分だけ、戦闘に適した筋力がついてしまったのだ。
家にいる間は夢魔特性を使った一時変化で、いかにも花も恥じらうように華奢で耽美な、母の言う『たおやめ』を具現化させた女の子に。
しかし、実のところはオーガ系のマッスル夢魔。
カッチカチの、ムッキムキ。ガチムチの女の子である。
後天的に因子が表れたようで、オーガ種族の誇りである鬼角が額から三本も生えてきた。父もわがことのように喜んだ。ちなみに父の鬼角は二本だった。
こんなはずではなかったのだけど、とは思えど別に悪い気分でもない。ハイブリッドはごく稀に、両親のどちらかだけに偏らず、二人の形質を奇跡的なバランスで授かる場合もあるらしい。すなわち、物理最強でしかも魔力もめちゃ高い。
だから母にアタシはこう言った。
「アタシ、魔力の方もしっかりと鍛えて、魔王候補になる」
「魔王候補。アレは次代の魔王となるためのエリートの中のエリートの中の、さらにエリートですよ。たしかにサーラちゃんなら、なれるかもしれない。でも……」
「女の子だからって魔王になれないわけじゃないと思うの。それに、父ちゃんやお母さんだってかつては魔王候補だったんでしょう? 戦いの内にお互いを知り合って、認め合って、結婚して、そうしてアタシが生まれた」
「うん……そうなのだけれど……」
「あの頃のかあさんは、今も最高だが特に痺れたものだ……雷魔法の使い手でもあったし、実際にもビリビリと感電」
「あなた」
「うん、ごめん」
父母の夢を子が叶えるというのはちょっとした美談ではなかろうか。まあ、アタシが胸に秘する目的は、単純に魔王になりたいわけではないのだが。
最悪、魔王の側近でも良いのだった。
アタシの目的は若さの維持。美の基本は若さ。もち肌は若いからこそだ。
筋肉をつけたオーガ系マッスル夢魔に美しさを問うのは無粋?
いや、若ければ強さの維持にもつながる。肉体美、という美しさの基準には、やはり若さの勢いが必須であろう。
ときに。
北の魔王とは、北の魔国の元首である。つまり最強なのである。
魔王になるためには、第一段階として百八名の候補らと『
そうして第二段階。現魔王とサシで決闘をし、玉座を奪わねばならない。
これは百年に一度、必ず、執り行なう。
しかしアタシの目的は魔王の座を狙うというよりは、先ほども書いたように美容のためで、若さの維持にあった。
魔族の寿命は、種族間でバラつきはあれども平均すれば大体千年。魔王になれば魔的な神気が降臨し、新たな力と十倍以上の寿命を得られる。
理屈は分からないし知る気持ちもないが、とにかくそうなるのだった。
併せて魔王に気に入られて
「サーラちゃん。それは本気なの?」
「うん。この筋肉と鬼角にかけて本気で考えてる」
バトルロワイアルは一度始めてしまえば基本的に生きるか死ぬかの道しかない。もちろん降参や棄権はある。が、魔王候補でそれは推奨されない。
魔王とは、国一番の、最強の存在である。その候補が降参棄権などと。
例外としては、男女が戦って気が合って、互いを認め合った末にどうしても殺し合いたくなくなった、という場合以外は戦闘続行となる。
意外かもしれないが、魔国では恋愛は重要視されていて、大切に扱われる。
特に異種族間の結婚ともなれば魔王自らが祭司として祝福してくれる場合がある。出生率が極端に下がるため、魔王の祝福で確率補填をするのだった。
父と母はバトルロワイアルで出会い、命を賭して戦って、互いを深く認め合って、戦場結婚をしたがゆえに棄権扱いとなった。
これはこれで野次と嫉妬と祝福が飛び交う物凄いお祭り騒ぎとなったらしいのだが。改めての結婚式は魔王自らが祭司として執り行ない、盛大に祝われた。
話を戻すとして、大抵の場合は候補は死んで終了となる。
「あと、せっかく女の子に生まれたんだから、若さを維持したい気持ちもね」
本音もしっかりと混ぜ込んでおく。
「オーガ族の女の子ほどではないにしろ、夢魔族ではちょっとないくらいの締まった筋肉でモリモリなのに?」
「これはこれで。筋肉系夢魔女子。魔力もあるから最強に見える」
「もっと華奢な姿の方が、夢魔の女の子としてあらまほしいと思うわぁ……」
「そんなときは変化で楽しむから大丈夫。細い女の子も可愛いって知ってるし」
「かあさん、この子の意思も尊重を……」
「わかっているわ、あなた……」
ふう、と母は息を吐いた。組んでいた腕を解く。アタシの前に正座する。
「サーラちゃん。夢魔の、たおやめな女の子の姿になってみなさい」
「はい」
返事をし、アタシは脳内にあるいかにも女の子な、華奢な身体を想起する。
「魔王候補として名乗りを上げて『蠱毒』に出場するそのときまで、基本的にその姿でいなさい。訓練時も姿を維持しなさい。サーラちゃんは決断した。なら、現時点で既に戦いは始まっている。わかるわね? これも作戦よ」
「……はい」
「かあさん……」
「だって、たった一人の可愛い娘ですもの。母親として、応援しないはずが」
すると突然、父はぶわっと涙を流した。
言う必要もないので黙ってはいたが、実はこれはよくある光景であった。
「親としても心優しいそんなかあさんが大好きだ。愛してる。何度でも言う。大好きだっ。愛してるぞぉおおぉぉぉぉーっ!!」
「あらら。あなた、まだ日が高いわよ」
「しかし、この愛おしい気持ちは治まるところを知らない。大好きだぁーっ!」
「あーれー」
「……」
他の魔族も夫婦仲はだいたいこんな感じであるらしい。というより、うちの両親は輪をかけて酷く、未だ新婚みたいに仲が良い。長く生きる分、人間では考えられないほど愛情の念は強く長く続く。これまで正座をして説教モードだったはずが、今はもう、仲良くベッドインだ。昨晩はお楽しみでしたね、である。
バカップルは北の魔国ではわりと普通なのでアタシは気にしない。
そういう気質か、文化なのだろう。文化ならばしようがない。今世ではまだ初恋すらしていないので感覚的な理解は追いつかないけれど。
アタシは正座を解いて立ち上がる。やれやれ、と思う。これからも頑張ろう。
――ときは過ぎ、とうとうやって来た。あの、戦いの日が。
力みに力む。漲るマッスルボディ。これまで擬態してきたが、もう全開である。
……全開、だったのだ。うん、調子に乗り過ぎたかもしれない。
百年に一度の、魔王候補による血みどろの戦いは、僅か半日で終了した。
『
元世界では大陸から伝わってきた、太古の呪法の名称である。
百を超える毒蟲を甕の中に放り込み、互いに殺し合いをさせ、生き残った最後の一匹を触媒にして誰だか不幸な対象に呪いをかけるというもの。
勝者は、もちろんアタシ。一撃一発で、すべての候補者を汚い花火にした。
そして、真骨頂。
現魔王、パテク・フィリップ二世と玉座を賭けて、アタシは頂上決戦をする。
結果、アタシの圧勝に終わる。
これもワンパンチで決着。まさに一撃必殺だった。
「……強いな。あまりにも強い」
「魔王陛下が弱いだけです」
「ははは。言いよるわ。しかしその通りのようだ。わしは、負けた」
「……」
現魔王パテク・フィリップ二世は、神話世界における誉れある巨人族の末裔、タイタン族の男だった。
体格は五メートルほど。うーん、もう少しあるかも。
オーガ族の身体特性のおかげで身長を伸ばしたアタシの二倍以上はある。漆黒の鎧をまとった、ロマンスグレーのやたら渋いオジサマ偉丈夫でもあった。
「わしはもう助からん。だから、
「ご随意に」
「わしには前世の記憶がある。別世界での、人間としてのな」
ぴくり、と思わず反応してしまう。
「前世では地球という星の、ステイツ、いや、アメリカと言ったほうが伝わりやすいか。ロードアイランド州、州都プロビデンス……わしは日系アメリカ人だった。しかもオタク系女子。西暦二〇二〇年八月に死亡。十九歳だった。死因は分からぬ。夜、いつも通りにベッドに入って、気が付くとこっちに転生していた」
アタシを窺うように、魔王パテク・フィリップ二世は告白する。
というか、魔王様。あなた前世では女の子だったの?
しかもオタク系女子とか。聞き馴染みはないけれど、意味は分かる。
うそーん。しかも、アタシが死んだ年月より十年は経っているのに、アタシより先に転生しているとかどうなってるの? 時間の歪みを感じるわ。
「色々と思うところはあるだろう。しかし、わしの語りを優先させてくれ」
「……はい」
「尋ねるが、ラノベは知っているかね? ふむ、知らなそうな顔だな。ライトノベルというのだが。ああ、思い出したというような顔をしているな。どうやらその手の作品をあまり読まないか、もっと以前の、ジュニア小説とか、そう呼ばれていたような時代から転生してきたようだな? 違うかね? サーラ=グスタフ・リノマ。
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