第56話 【外伝】魔王パテク・フィリップ三世は結婚したい その1
アタシの本名はサーラ=グスタフ・リノマ。三千三百歳のキャリアウーマン魔王だ。これを読んでオバサンとかババァとか思った奴、後で屋上。
現在はパテク・フィリップ三世を襲名し、名乗っている。というか半ば強引に先代魔王様に押し付けられたのだった。致し方なし!
でなければ、何が悲しくてこんな高級腕時計みたいな名を使うか。
百年に一度、百八人の魔王候補が繰り広げるバトルロワイアル祭典がある。
魔王候補となり、『
力こそパワー。
強いヤツが一番偉いのである。単純にして真理。北の魔国に裏ボスや真ボスなどいない。最強の存在のみが
そして『蠱毒』の末に死んだ候補たちの内、特に魔王に気に入られた者は『大覚醒』――Die For Metal という独自のユニークスキルにて復活させ、側近として取り立てられる場合がある。基本的にガチンコの殺し合いなのでまず死者復活となる。
強い者に従うのが魔族。強さとは正義。特別な儀式や祭典でもない限り強者に逆らうなどあり得ない。魔族ならではの生態である。
まあ、アタシの場合、バトルロワイアル直後に選んだ側近なんて、ただの一人もいないのだけれども。
というのも遺体の損傷が激し過ぎて
魔国では弱者はときに罪に問われる場合がある。アタシに殴られて大覚醒も受けつけないほど損傷した者は全員咎人だ、ばーかばーか。
はあ……せっかく臣下登用しようと思ったのに、こういう展開はないわ……。
実に腹が立ってしようがなかったが、連座を問うて彼らの家族に八つ当たりしても仕方がないのでグッと堪えた。アタシは結構、我慢強いのだ。
それはともかく。
三鬼、四天王、五人衆、六芒陣、七つの大罪、八傑集、九龍妖魔。
そのときどきの魔王の気分次第により、側近の数も変動する。
最低人数は三人からが慣例のようで、アタシのように初期の側近がゼロというのは異端も異端であるらしかった。
あまりに強過ぎるというのも、考えモノということかもしれない。
『蠱毒』で散った魔王候補の中から、新魔王となった己の気に入った者を大覚醒で復活させるのは先ほど語った通りだった。さらに副次作用にて、復活対象となった魔王候補は己が生命の寿命を桁違いに伸ばすことができる。魔王の寿命は大体一万年くらいだという。なので、側近たちも近い寿命を得ることになる。
そしてここからが重要なポイント。
アタシは女だ。男はどうだか知らないし関心もないが、女である以上、ずっと若く美しくありたいと願うのは自然の成り行きだろう。
美の基本は若さ。若さとは、力である。
だから、アタシは、魔王になることに決めたのだった。若さと美しさのために。
アタシはオーガの父親と夢魔の母親から生まれたハイブリッド魔族である。
父からは剛腕を貰い、母からは魔力と姿の多様性を貰った。
父母の良いところ取りをしたわけだ。
幼きとき、母はこう尋ねてきた。
「サーラ=グスタフ。あなたは夢魔の血を色濃く持っているわ。ここだけの話、かあさんね、それがとっても嬉しいの。だからこそ尋ねるけれど、あなた、将来は男女の性のどちらを重きに選ぶのかしら?」
夢魔の血統は、幼少時は性別に区切りがなかった。
あえて言うなれば、両性か。幼いなりにシンボルは両方ついているし。
ここで疑問に思う人も出てきそうなので余談として挟み込むとして、小用排泄は当人の好きな性別スタイルで致せた。小便小僧のように立ってしても良いし、ベルギー・ブリュッセルにある小便少女のように座ってしても良い。
それで何が言いたいかというと、
今アタシは、他種族にとっては意味不明な発言をしていると自覚している。
主となる、と表現するだけあって夢魔は『そう意識すれば』性別を一時的に変更できるのだった。種族特性として、どちらかというとその肉体は幽体に数歩足を踏み入れたような存在なので、そういう離れ業も可能なのだった。
けれどもそれはあくまで見た目だけで、生殖には関わらなかった。
性別変更は、アタシの中では一時の遊びのためにあるものと理解している。
いわゆる、プレイ。そういう行為。
イメクラで教師とその生徒ごっことか、看護師と患者ごっことか、女王様とその下僕ごっことか、ああいう感じである――って、余計にわかりにくいか。
閑話休題。
ともかく夢魔の種族特性は、そういう遊びができるものだと思って欲しい。いつもは女だけれど、たまには男として女といちゃいちゃしたいときもある。アタシのような夢魔の種族特性を持つ者は、そういうユニセックスな感覚にはとても寛容だ。幽体に数歩足を突っ込んでいるようなものなので、病気にもならないし。
男女選択を問う母の質問に、アタシはこう返した。
「どちらか選ぶのなら、女の子にする。だってお母さんって凄く美人さんだし」
「あらあら、うふふ。じゃあ、かあさんと同じになるのね」
「うん。お母さんみたいに、アタシも凄い美人さんになりたい」
「この子ったら、うふふ。じゃあ、名前は性別確定させたらサーラ・リノマね」
「うん。アタシの名前はサーラ・リノマ。一時的に男になったときは、そのときはグスタフ・リノマを名乗るよ」
ファーストネームとセカンドネームは、そのとき選んだ性別によって変名するためにある。だから名前の間に『=』が入っている。
どちらかを女性名に、どちらかを男性名に。
これは夢魔の種族または血統の伝統なのだった。いずれ性別を決定したときに違和感を持たせないよう、幼少時は二つの名を合わせて使うのである。
アタシは母にせがんで、夢魔の未婚女性が着るという変形レオタードみたいな種族伝統の白いボディスーツに袖を通した。胸はまだペタンコなので意味はないが、成長すれば生地に切れ込みが入り、とっても魅力的に見えるのだった。
当たり前だが母は既婚者なので、白ではなく黒のボディスーツを着用している。
これがまた、超エロい。全裸より着衣の方がエロい件。
胸元など、生地で隠れているぎりぎりの乳首隠密大作戦状態である。しかもこれでポロリがないというプロのお仕事と来る。だから余計にエロい。
ただし見た目が官能的であっても、アタシたちは夢魔であって肉的行為至上の淫魔とは場合が少し違ってくる。混同されがちだが、ちゃんと線引きされている。
濃密な色香を放出しても、あくまでそれは目的に至る手段でしかない。
その目的とは、何か。
もちろん肉体を伴うその手の行為も悪くないのは知っている。
夢の中での性的行為で放たれる純粋な気の発露が、夢魔の魔力の源となる。そのためならどんな努力も惜しまない。夢の中だから、どんなプレイも思うがまま。
繰り返すが、えっちいこと大好き種族ではある。ただ方向性が違うだけで。
肉的行為から魔力を得るのは淫魔。精神的行為から魔力を得るのは夢魔。
当然、アタシも夢魔の血が騒ぐことがある。しかし子ども時代はまだ淫夢作用を上手く誘導できない。ぶり返しというか、自家中毒というか、自分自身に淫夢を見せてしまう場合がある。これは夢魔あるあるの幼少時の特性でもある。
そうして子どもながら、真夜中に変にムラムラしてきてどうしようもなくなる場合も出てくる。そういうときは決まって母にマッサージをしてもらい、身体のほてりを鎮める。肉体と精神は、密接に繋がっているという証拠である。ちなみに母のマッサージ技能はそれだけで食べていけるくらいの超絶クラスだった。
そうしてアタシは満足して安眠する。全身の血の巡りのバランスが整い、朝までノンストップでグッスリだ。一応断るが、これは性感系ではなく、親が子にしてくれる純然たる揉み解し行為である。変な想像をした奴は、後で屋上。
母は、新しい服を着たアタシを微笑ましく眺め、そうして抱きしめてくれた。
余談だが、性別決定を仕事から帰ってきた父に打ち明けたら、無性に悲しい顔をされてしまった。ほんの少し、罪悪感がペタンコの胸を刺激する。
これまた余談ではあるが――、
父の声は日曜午後の海産物な名前をした国民的アニメの、変な髪型をした女主人公の旦那さんと異様に似通っていた(※注、旧の方)。
「えーっ。サーラ=グスタフは、父ちゃんみたいな男にはならないのかい?」
「ごめん父ちゃん。異種族同士での子どもは、必ずどちらかの形質に偏るから。そういうのもあってアタシの身体はお母さん似で、父ちゃんみたいにゴツくて格好いい身体つきじゃないの。だからお母さんみたいに夢魔として心と身体を磨いて美しい女になって、父ちゃんみたいな立派で格好いい男と一緒になるよ」
「父ちゃんみたいな立派で格好いい男と。嬉しいような、哀しいような……」
オーガは元より、鬼族は基本的に子どもが大好きだ。これもたぶん、種族特性の内に入るのではないかと思う。あるいは性癖かもしれないが。
気が付いたら人族の子どもを攫っていたなど普通に笑い話にすらなっているほどだ。攫われた子どもとその両親からすれば笑い話では済まないのだけれども。
父は家族にはとても優しく、そして誠実なオーガだった。
北の魔族間では『力こそパワー』という、
父は家庭内でこそ良い父親だったが、こう見えて魔王パテク・フィリップ二世に仕える魔王軍第二師団の師団長でもあった。要するに軍人だった。
夢魔の血が色濃いことと、父母の手厚い庇護にて害は被ってはいないが、北の魔国の文化は独特だった。
何がって、例えるなら世紀末救世主伝説漫画に出てくる拳王国みたいな感じか。もしくは学力最底辺の不良養成校みたいな高校。とにかく、弱みを見せるとマズいというのは分かってもらえるだろう。目と目が合って秒で殴り合うなどザラ。
だからこそ『力こそパワー』の標語が活きる。
強い奴が偉い。力ですべてを束ねる。ただし、絶対に卑怯な真似はするな。
殴り合うなら正面から殴り合え。相手がステゴロなら、こちらもステゴロだ。
ああでも、女性は大事にな。
女を敵に回すと色々と怖いからな。これは真理だからな。
あと、弱い奴にはケンカを売るな。強者だったらつまんねーことはするな。
さあ、決闘の準備は良いか。お前はどこまでも強くなれるだろう。
弱いなら、強くなれ! 拳で絶対者を目指せ! どこまでも高みに!
千の言葉を尽くすより、一度の拳で語り合え!
――とまあ、こんな感じである。
ところでアタシの手記を読んでいて、違和感を感じないだろうか。
いや、特に異変を感じないのが普通だと思う。けれども、そうであってなお、胸の内にモヤッとしたものを感じたのならばと、アタシはあえて声を大にする。
その読み手は、きっと異世界人であると。
この場を以って、告白しよう。
アタシは転生者だ。しかも前世の記憶を丸ごと保持したタイプの。
これでも前世は、その手の界隈ではちょっとした有名人だった。
その手の界隈とは、どの手の界隈なのか?
アタシの職場は、日本という国の、東京は新宿の二丁目にあった。
もっと厳密に、読み手にわかりやすく書こう。
新宿二丁目と言えば、何がある?
まあゲイバーである。その一店舗が、アタシの城だった。
他にもチラホラお店はあるけれど、これ、というならそういうことになる。
要するに、オカマバー。アタシはその経営者にして、バーのママ。
アタシは自己の性別に疑問を抱きつつ、やがては解放した
でも身体の全面改装はしても、風営法に引っかかってくるので戸籍上の性別は男のままにしていた。裁判所に性別の異議申し立てはしなかった。
だって、せっかくお店を手に入れたのに営業できなくなっては困るから。日本の法律は色々とザルではあれど、いざ法の抜け穴を通すとなると建前という歪みが生じてくるのだった。まあ、この辺りは大人の事情というものか。
それは、いい。アタシの詳しい過去など、今は昔だし。
でもやっぱり少し書いておくと、バーでの源氏名はマダム・ウィンで通していた。前世名が鈴木原勝也って言ったから。
ついでに死亡理由を書くと、たぶん睡眠時に心臓発作でも起こしたのだと思う。寝て起きたら赤子に転生していた。
いやあ、アレは驚いた。気がつけばいきなりのバブバブ状態である。
しかも今生の母親の乳を吸っていた。赤子なのだから別におかしくもないが、それでも二重の意味で驚いた。アタシ、おっぱい吸ってるって。
だけど、念願の、女の子の身体を手に入れられそうなので不満自体はない。
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