第49話 今日は何する? 艶めかしくも慌ただしい その6


 しばらくの休憩後、後片付けをカスミと自動食器洗い機に任せた僕はアカツキに彼の分体を一分隊、素体の状態で連れてくるよう命じた。


 そうして彼らやってくるまでに土の属性無限権能を使い、地下水脈の流れの一部を中庭下まで引っ張ってきてその上に井戸を作製する。

 地中より鉄を精錬、ステンレス鋼に変換・合成した手押しポンプを取りつける。


「次は入れ物だね。地中より高純度のアルミナを精製して、これを素材に百リットル入りのファインセラミックスの壺を焼こう。数は五十個あればいいか」


 というわけでどんどん作っていく。


 アルミナとは酸化アルミニウムのことで、ファインセラミックスとしてはもっとも安価でポピュラーな材質だった。モース硬度も高くダイヤに次ぐ硬さを持ち、硬さとはときに脆さの裏返しにもなるが、意外と剛性もあって信頼できる。


 色は白または乳白。用途としては耐摩耗部品、半導体製造装置用部品、高精度耐熱用部品、電気絶縁体部品などなど。

 医療用に差し歯や人工骨にも使われるほどで、粉塵状態のそれを肺一杯に吸い込まない限り人体への悪影響はほぼ無しとされている。


「あの、黒の聖女様。これらは一体?」


 おっとここでグナエウス王の質問タイムか。


「ご覧の通りのものですよ。まずは井戸から見てもらいましょう」

「ふむ、これが……? いささか、変わった形状をしているというか」


「反応から察するに、王陛下の知る井戸とは釣瓶を落として綱を引き、水を汲み上げるもののようですね。水汲みは重労働です。それを軽減させるのが……」


 僕は手押しポンプの取っ手を上下させる。

 幾度か繰り返すうちにゴボゴボとパイプの先端が異音を発し始めた。ややあって、水がパイプより勢いよく噴出する。異世界ラノベあるあるの一つ、手押しポンプの作成とその実演である。まさか僕がこれをしようとは。


「とまあ、こんなわけで」

「……」


 グナエウス王の反応がない。プルプルしているけど。


「これはっ、アレですなっ! この技術を広められれば国の生産力が……ッ」


 ああ、もうそこまで考えが到達しているとは。さすがは一国の主。


「ええ、この重労働が省けたなら、その分、他の仕事に手を回せるわけで」

「ふぉおぉぉぉっ」


 昔流行ったハードゲイを売りしたある芸人みたいな声を王は上げた。


「あとで設計図を渡します。そのときにでも、どうして水が組み上げられるかの説明もいたしましょう。鍛冶職人などの技術者も呼んでくださいね」

「これは良いものだ! 簡単に水が汲める! うははっ、しかも楽しい!」


 グナエウス王はポンプの取っ手をがっしゃがっしゃと上下させて喜んでいる。


 ふと思い、後でモデルケースのこの井戸の外殻も総ファインセラミックス製に取り換えておくことにした。頑丈に作って彼らが参考にしやすくするためだった。


「そしてこの壺。これは見た通りのままです。軍の運用を前提にしているだけで」

「ふむ。われわれの知るものは基本的に茶褐色か煤けた灰色をしていますが」


「さすがにこの壺の制作は、原料の精製の時点で世界的に見ても技術力が追いつかないため無理があります。ただ、お分かりになられるように、結局は陶器なのです。代わりにといっては語弊が少々混じりますが、焼き物の知識をあなた方にお教えできます。美しい光沢を持つ、煌びやかな焼き物に興味ありませんか?」


 提案しつつ、煌びやか代表みたいな七宝焼きの花瓶を王に手渡す。

 並河七宝、花鳥文花瓶レプリカ。本物はロサンゼルス・カウンティ美術館に。


「も、もはやこれは宝飾品では……っ。凄く、興味ありますぞ!」


 良い返事だ。それはそうだろう。

 焼き物はただの土塊を非常な大金に換える一種の錬金術のようなもの。


 その知識と技術はまさに万金以上の価値がある。

 元世界の古代期なども、美しい焼き物やガラス工芸品などを作る職人は、王族をはじめとする支配層が囲い込んで門外不出としていた。


 仮に、その職人が他の街へ移動したいと言っても決してさせるわけにはいかない。命を懸けてでも、と言うなら文字通り処刑を。または指を切り落とし、両目を潰し、喉を焼いて声を封じる代償を支払わせてやっとその許可を出すほどだった。


 知識や技術は秘匿されるべきもの。この世界や時代での常識である。


 もちろん僕にしてみればこの世界に関心を持たないのでどうでもいい話だった。

 欲しいなら、いくらでも知識を与えよう。

 それでどれだけ讃えられようと、自分には意味がない。

 本当に偉大なのは、元世界の、才能と時間と金と、ときに命の限りを尽くして開発した先人たちなのだから。


「にゃあ。レオナお姉さま、分体の分隊がそろそろ来るの」

「うん、ありがとう」


 言っているうちに五体のアカツキの分体が中庭にやってきた。

 彼らは顔に表情がないだけで、ピンク髪のエルフ耳、ぽよぽよほっぺの十歳にも満たぬ幼女風のアカツキそのままの姿をしていた。衣装は姉の作ったレオタード改造ドレスを連想させる、ぴっちりした白のボディスーツを着込んでいる。


 まあ、この子たちはこの子たちで可愛い。

 ファンタジー世界観をぶち壊すその姿に僕は、彼らチビッ子たちも未来に生きているなぁと変な感心をしてしまった。


「さてさて。あなたたちには少しやってもらいたいお仕事が――あっととと」

「にゃーっ! レオナお姉さまは、にゃあだけのお姉さまなの!」


 五体のアカツキの分体は、僕を取り囲んでひしと抱きついてきた。

 甘えたい気持ちらしい。

 しかも正面の一体は目を閉じて口をすぼめ、んーっとこちらに顔を向けている。


「……? キス、して欲しいの?」


 口をすぼめるその子は瞑目したままこくりと頷く。

 すると他の全員も同じ体勢を取った。んーっとこちらへ顔を向けてくる。


「だめだめ、だめにゃあっ!」

「自分で自分を拒否しちゃうのはどうかと思うよ?」

「だってぇ……」

「じゃあアカツキ、今夜、特別に二人でとってもキモチいいことをしましょうか」

「にゃっ?」

「色んなところをキスしてあげますよ」

「ホント?」

「ええ、約束しましょう」

「た、楽しみ……うふふ。それなら、うん、わかったにゃ」

「良い子ですね」


 アカツキが納得したところで、彼の分体たちと軽くキスを交わす。

 唇をついばみ、併せて頬にもキスを。

 悪戯心が起きて、その細長いお耳にも唇を当てちゃう。


「みゅっ」


 すると分体の子は頬を赤らめて恥じらいの表情を浮かべた。無感情なのかと思ったら感情の発露が弱いだけだったようだ。

 抱きしめて、良い子良い子と頭を撫でてやる。


 繰り返すこと、五回。

 それと、もじもじとその様子を見ていた本体のアカツキにも、一回。


 彼だけは特別である。僕のお人形にしてわが子。抱っこを求めてきたので横抱きにしてあげる。耳元に愛を囁きかけ、見せつけるようにいちゃいちゃする。


 分体たちは、僕と本体のアカツキの寵愛行為を、まるで恋に恋する女の子のように顔を上気させて眺めている。


 放置状態になったグナエウス王が居づらそうに咳ばらいをした。


「えっと……はい、では作業を開始しましょうか」

「黒の聖女様。これからどうなさるので?」


「明日以降の用向きに出る兵のためにスタミナ回復とその維持、士気高揚に治癒力向上を。一か月は効果が持続する飲み物を作ろうと思いまして」

「非常に高い技能を持った、ひと握りの薬師の作る希少な飲み薬と同列ですなぁ」


「やろうと思えば一生涯効果が続くようにも出来ますが」

「そこまで行くと完璧に神薬ですなぁ……」


 嘆息するように呆れられる。


 気を取り直し、僕はインベントリからホームセンターでも売っている塩化ビニール製のパイプを幾つか取り出した。正式には、硬質ポリ塩化ビニル管という。


 管のサイズは七インチ――約十九センチである。実は手押しポンプを作成する時点でこのパイプを接続できるように差し込みネジ加工も施していた。

 ここにパッキンと接続アダプターを挟み込んでしまえば、求めるままパイプの延長が可能になる。高さを百リットル壺に合わせて調節し、補助具をつけて固定すると楽にいくらでも水を注ぎこめるのだった。


 分体のアカツキたちに手伝ってもらい、パイプ菅を取りつける。

 水の注ぎ口には麻製の袋を物理フィルター代わりに三重で縛りつけておく。供給源が地下水なので砂利が混ざるかもしれないからだった。

 これで給水側の準備は完了。次いで、壺に入れる素材を取り出す。


「まずはこれを……っと」


 どさりとインベントリから取り出したのは、わが桐生製薬社製のスポーツドリンク『アクアテラ』の、白い原末の入った大袋だった。


 一つで二十五キロ。一般向けではなく、アスリート育成学校やプロのスポーツチームに卸すいわゆる業務用である。甘さは抑え気味のドライグレープフルーツ風味。なお、身体に悪い合成甘味料は一切使用していない。


 一リットルで五十グラム使うとして、百リットルなら五キロ。壺は五十個あるので二百五十キロ分、つまり十袋あれば良い。


 ただしまだ他にも混ぜたいものがあるので半分の五袋だけ使うようにする。


 そして、次に出すのはわが桐生製薬社製の高級栄養ドリンク『オメガダイン』の元の一つとなる黄色い原末だった。


 内容物は高麗人参(オタネソウ)抽出のジンセサノイド、ニンニク抽出のオキソアミヂン、ナルコユリの根茎抽出の黄精、エゾウコギ抽出のエレウテロシド、マムシ肉抽出の反鼻チンキ、牛胆嚢結石抽出のゴオウチンキ、蜂蜜由来のローヤルゼリーなど、これらに各種ビタミンとタウリンとカフェインが加わっている。


 ご想像のように凄まじく苦くて不味い。これも一袋二十五キロ。

 栄養ドリンクの一部材料なのでどこにも卸されてはいない。しかもその配分レシピは厳重に秘匿されていて、調合された数種類の原末を社内の各製造工場へ輸送し、ここからさらに細微に渡る調節が入ってやっと製品になるのだった。


 なので詳しい配分は教えられないというより、そもそも僕も知らない。ともかくこれは二袋用意する。これだけでも濃厚な栄養ドリンクになるだろう。


 最後に味を誤魔化すための濃縮リンゴシロップと蜂蜜とカラメル、吸収効率を上げるために蒸留酒も加える。参考程度に、四十度のウォトカを五十本用意した。


「むう。文字が描かれてのはわかるが読めない。それは、なんでしょうや?」


 グナエウス王も興味津々の様子。


「最初の袋は運動中や運動後に飲むスポーツドリンクの原末です。ハイポトニックとアイソトニックの二種類がありますが、今回使うのは運動前後に飲むと効果が見込めるアイソトニック系を使用します。ちなみに前者は運動中の水分補給に効果的です。次の袋は、各種生薬を調合した栄養補給用ドリンク用原末の一部です」

「この、栄養補給ドリンクとは、いわゆる錬金術による生命力回復用ポーションのようなものと考えてもよろしいですかな?」


「広意義にはそうなりますね。ただ、飲んだからと言って外科的な傷が直接治るわけではありません。どちらかというと内科的な、体力に関わる部分となります」

「ふむ、病に伏したときなどに効果がありそうですな」


「まさに。桐生家の基本は製薬業です。薬を作って売る、ですね」

「薬で世界を統べたわけですな?」


「いいえ、本業が製薬業と言った通りです。今でこそわれらが桐生は元世界の裏で支配をかける一族となっていますが、内実は宇宙創造主たる最古にしてもっとも新しい目覚めしアザトースをお迎えする揺り籠の役割を担っているだけ。そのためにも他業種に手を出して掌握し、組織を大きくせざるを得なかった」

「お、おお……」


「話を戻しましょうか。最後のシロップ類は味付け用で、アルコールは吸収効率のための触媒となります」

「何やらトンデモな世界の秘密を知ってしまった気がしますなぁ……」


「大丈夫です。問題ありません。お気になさらず」

「う、うむ」


 ややもなく、作業が開始される。


 アカツキの分体たちはパッと役割の分担をし、二体は袋の支えと移動を、二体は僕がその後に用意した数種類の計量カップで素材の投入を、最後の一体、分隊長を担う分体は自らの隊の指揮と投入される素材の全体管理を行なっていた。


 無駄なく効率よく作業は進められていく。


 味付けとアルコールも適量加え、次は今しがた作った井戸より水を注ぎ込む。ちなみにこの井戸には、内密に化学分解性メンテナス機能付きの逆浸透フィルターを忍ばせておいた。ゆえに一切の不純物の入らない純水、『H2O』仕様となっている。


 そうして五体は、必要に応じて作り上げた巨大撹拌器で各自内容物をシャカシャカと混ぜ合わせて五体×十壺をこなし、思っていたよりも早く仕上げていた。


「さて、これらに祝福を込めましょう。美味しく飲んで元気ハツラツ、と」


 無駄にキラキラ輝く、得体の知れないエフェクトが五十の壺に吸い込まれていく。感覚としては、千葉の東京黒ネズミーランド的な魔術風景のような。


 念のため保存性を考えて、壺自体に十度の冷蔵設定の祝福をかけておく。これで年中冷たさを保てるはず。永続性も付与しておいたので再利用時も安心である。


「せっかくですし、毒見も兼ねて試飲しておきましょうね」


 まずは僕だけ先行してグラスに壺の中身を少量注ぎ込み、飲んでみる。


 色は綺麗なゴールデン系統だった。

 漢方薬のような独特のニオイはなく、ほのかな柑橘系の香りがする。

 口につける。つけるだけで、まだ飲まない。

 舌先に刺激はなく、澄んだ水を連想する柔らかさを感じた。

 くいっとあおる。液体が喉を通っていく。

 涼やかなのど越し、グレープフルーツと林檎のハーモニーが絶妙。

 加えて微かなアルコールの風味が鼻を抜けていく。

 量にしてひと壺につき酒は一本。度数換算では一パーセントにも満たない。なので酔うこともないだろう。


「うん、なかなか美味しいです。これなら兵士の皆さんも安心して飲めますね」


 グラスを既に持って、今か今かと待っていたグナエウス王にも注ぐ。


「むむむ。旨い。これ、常飲したいですなぁ」

「成分が強いので、たとえ身体に良いとしても飲み過ぎれば毒になりますよ」


「ううむ、残念。と言いつつもう一杯」

「これを最後にしてくださいね。はい、どうぞ」


 忠告を添えておかわりを注ぐ。


「それほどにも美味しいならわたくしにも一杯頂けるかしら」

「ボクもボクも」

「その、わたしも飲んでみたい」

「にゃあも飲みたい!」


 いつの間にかやってきていたオクタビア王妃たちにも注いでやる。もちろん、アカツキにも注いであげる。


「「「「美味しい!」」」」


 大好評のようだ。ただこの飲み物、果たして味が良くなったのか舌が誤魔化されているのかは微妙なところである。

 安物の栄養ドリンクを例に挙げると、内容物のほとんどを糖類で誤魔化してやっと飲める味なのだった。まして一本が数千円の物など、苦くて辛くて臭くてびっくりする風味を持っている。それを値段効果込みで有難がって飲むのだった。


 まあ、その辺は黙っていれば分からないことではある。……内緒だよ?


 二万人分のスタミナドリンクを確保したところで、これらに蓋をしてすべてインベントリにしまう。兵らに飲ませるのは、明日以降となる。


 作業に当たっていたアカツキの分体たちはぴしりと敬礼して退出を――と、思いきや居座ろうとして本体に追い出されていた。


「もーっ、あいつら本体のにゃあを差し置いて悪い子なんだから!」


 ご立腹らしいアカツキは僕に抱きついて顔を押し当て、ぷりぷりしながらエルフ耳を逆立てていた。そんな姿も可愛いなぁと、僕は微笑んだ。

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