第48話 今日は何する? 艶めかしくも慌ただしい その5
何が悲しくて、男の娘のショーツ姿を御開帳した上で、しかも尿漏れパッドの取り付け実演をせねばならないのか。
しかし求められれば、手取り足取り教えてやりたい気持ちもなくもない。
クローディア王女は明らかにイタズラ心を持っているのがわかるが、言わんとすることもよくわかる。こういうのは口では理解しにくい部分もあろう。
ああ、でも。女性の前でとか、SAN値がゴリゴリと削れていきそう。
僕はブレザーの上着を脱いで、消えたまますぐ傍にいるはずのカスミに手渡した。次いで中のブラウスの裾をスカートの内側から引っ張り出す。
これで前準備は完了。
オクタビア・クローディア母娘は座席の場所を移動して、僕のすぐ目の前へと座り直していた。かぶりつきである。
この母娘は、本当に、もう。
行動がそっくりというかまさに母娘だなと変な感心が入る。
カスミは隠密したまま気配すら感じ取らせないが、僕にはわかる。
彼女は、すぐ目の前にいる。本気ですぐ傍にいる。息を詰めて、今か今かとパッドの取り付け実演を待っているはずだった。だって変態だし。
「うう……そんなにじっと見つめないでくださいよぉ……」
これ、羞恥心が舞い上がってどうにかしてしまうほど恥ずかしいのですが!
「しっかり見ないと分からないからね。うふふ」
「ええ、しっかりと見ておかなねばなりませんよ。うふふ」
この見た目も中身も相似形の母娘には、とても敵いそうにない。
「じ、じゃあアカツキ。僕がスカートをたくし上げたら後ろからその両端を持ってください。そうしたらショーツを下ろしてパッドをつけますので」
「にゃあ。任されました! それで後ろから覗き上げて観察するの!」
「お願いそれだけはやめて……」
「みゅっふふー♪」
僕はゆっくりとスカートをたくし上げる。おお、と顔を寄せる母娘。
するするとスカートを持ち上げるとまず見えるのが、黒のガーターベルトで止めた黒のストッキングだった。
羞恥を紛らすために余談を挟むと、ガーターベルトもストッキングも、そしてハイヒールも、元は中世男性貴族が考え出した『男性用お洒落用品』なのだった。
それがいつの間にか女性向けに転用されて、男はファッションに無頓着な人が多いという悲しい風評が広がってしまっている。違うのだ。昔は女性と同じか、あるいはそれ以上に先進的なお洒落に気を使う紳士たちが多くいたのだった。
だから、その、何が言いたいかというと。
僕、今、顔から火が出るほど恥ずかしいのですよコレが!
いっそ女の子が赤面しつつもスカートをたくし上げる姿なら良かったのに。
残念、僕でした!
男の娘の羞恥姿なんて、ごく一部の紳士淑女にしか需要がないよ!
「触ってもいい?」
「お触りは厳禁ですよ王女殿下。手をワキワキさせるのはやめましょう」
「このお御足を包む肌着、予想通りすべすべしていて気持ちイイわ」
「だからお触りは厳禁ですって。王妃殿下っ、ちょっと、本当にダメですって」
「おっと手が滑っちゃったわ」
「ボクも滑っちゃった」
「ひゃっ、ちょっ、いい加減にしないと怒りますよっ」
内股をたっぷりサスサスされてしまった。
もうこの母娘、ダメだ。
と、そのとき、オクタビア王妃が立ち上がってそっと耳打ちしてきた。
「聖女レオナさま、その、おちんちんは何処に取り外しを?」
「あう……」
僕の大事な一物に、脱着自由オプションなんてついていません。
そんなの、どうやっても無理ですから!
元世界だとセクハラ事案ですよこれは。ポリスメンに逮捕されちゃいますよ。
それはともかく。
僕はこの困った母娘を少しきつめに叱りつけて再開する。
「こう、ショーツを両膝の辺りで止めて、次にパッドの包装紙を取り払いショーツの底の部分に貼り付けるのですよ」
「「ふむふむ」」
「それで、ご覧の通り布地が重ねられているのがわかりますね。ここをクロッチと呼びます。デリケートゾーンに接する部分なので、基本的に布地を重ねて縫製しています。役割はすでにお気づきだろうと推察しますがあえて言うに、おりものや尿漏れを吸収させて、なるべく衣服に染みを通さないようするのが目的です」
「「なるほど」」
「他にも蒸れの防止やショーツそのものへの強度補正などですね。もちろん薄い布地を重ねているだけなので限度の閾値はあまり高くありません。そのためにもパッドやシートが必要になってくるわけで」
僕はクロッチ部分に尿漏れパッドを丁寧に張り付けた。
「聖女様のあられもないお姿が可愛くてどうしましょう、目が離せません」
「恥じらうって、なんかいいよね。とっても勉強になるよ」
好き放題に言っちゃってるよ、この無敵の母娘。
「見て欲しい部分じゃなくて、一体どこを見ているんですかねぇ……?」
しかも部屋の隅で控えているはずの侍女らも、いつの間にか僕と正面になるように移動しているし。視線を下げて、めちゃくちゃ凝視してるし。
おまけにさっきからフンハフンハと変な鼻息まで聞こえる。カスミだった。
僕はズバッとショーツを履き直し、アカツキの手を取ってスカートのすそを下ろさせた。ああー、と情けない声を上げる無敵の母娘。
「実演しましたし、もうおわかりになられましたね?」
「あ、えーとえーと。もう一度……ボクのために、ダメかな?」
「しませんよ?」
「なんだか妙に興奮して、今夜は眠れないかも。なのでもう一度」
「王妃殿下は今夜、テロメア補正ナノマシンを注入いたしますのでよく眠れます」
「そうでしたわぁ……」
なんでそんなに残念そうなの。
その後、どうしてこうなったのかオクタビア・クローディアのトンデモ母娘の間に座らされて、ベッタベタのボディタッチを受けつつパッドの使用説明を終えた。
恥辱の上塗りはなるべくまとめて済ませたい。
どんどん成長する王女のために外してはならないない事柄がもう一つあった。
初潮を迎えたときのために、サニタリーショーツと生理ナプキンも渡しておかねばならないだろう。王女が望んでいたとはいえ、僕としては図らずも性別変更させてしまった責任がある。ただし実演は先ほどと同じ要領なので省略する。
事務的に、尿パッドと生理ナプキンの性質の違いだけ説明して終わらせる。
ついでにオクタビア王妃も生理用品を欲しがったので、サニタリーショーツと生理ナプキンをセットで渡しておく。興味がありそうなのでタンポンも添えておく。実演は以下略である。断じて、以下略とさせていただく。
各種ガーターベルトとストッキングも欲しがったので母娘まとめて求めるだけ渡してやる。ブラジャーも欲しいというので侍女らにメジャーの使い方を教え、採寸させてサイズに合った好みのデザインを好きなだけ選ばせる。
ええい、もうこの母娘、二人の息が合い過ぎてどうにもならない。もってけドロボーなのである。もう僕は知らないのである。
そうこうしているうちにお昼になった。食事の時間だ。
まるで申し合わせたようにグナエウス王とルキウス王子がやってきた。今日も僕の昼食のご相伴に預かりたいらしい。
そんな彼らを置いて、女性用下着と、女性なればこそ必須の生理用品を新たに手に入れてご満悦のオクタビア・クローディア母娘は二人して衣服の上から下着を当てがい合ったりと姦しいほど喜んでいた。
対照的に、男性陣はなんとなく引き気味になっていた。ああ、これは分かる。物凄い分かる。姉たちが似たような感じだったから。
僕の姉たちは朝から散々ショッピングをして夕方遅くにやっと帰ったかと思うと、今度は買ったものをすべて部屋に広げてワイワイ楽しむのだった。
それをげっそりと眺める僕の姿が、今のあの二人の男たちの反応と重なる。
なんと言うか、ついていけないというか……。
まあ、嬉しい気持ちは僕もわかるので遠巻きにそっとしておくけれども。
姉たちは隙あらばきわどい服を僕に着せようとする。触らぬ神にナントヤラ。
さて、そんなことよりもご飯である。
腹ペコ王族が一家族に、僕とアカツキとカスミの七人だ。
今日のお昼は、何にしようかな。
候補としてはエビフライかハンバーグの二択で行きたい。
なお、ハンバーグにはとろける系のチーズをたっぷりとトッピングし、エビフライはレモンかタルタルソースをかけるようにしたい。これにフライドポテトとニンジン&ブロッコリーのソテーを添える。
あとはサフランライスとダブルコンソメスープ。飲み物はノンアルコールスパークリングロゼワイン。デザートには蜜豆の缶詰でも開けよう。
大体が出来合いを揚げたり温め直したり、ちょっと茹でるかで調理という調理を必要としない。本格的に作れと言われればもちろんできる。が、僕はそのためにこの世界にいるのではない。本格料理は、料理人に任せたい。
ちょっと考えた末、チーズたっぷり乗せカロリー爆弾ハンバーグに決めた。
調理台と調理用具一式を取り出し、さらには業務用四段式スチームオーブンレンジもセットする。そこに作り置きの、姉特製ハンバーグを入れていく。
大型レンジなので一気に二十個ほど投入してしまう。もちろんカスミにも手伝ってもらう。小鍋に湯を張ってブロッコリーとニンジンを茹で、その後に軽くソテーにする。併せてフライドポテトを大量に揚げる。
僕にはわかる。
ハンバーグも大変な人気を博するが、フライドポテトも、あのジャンクで原価が低くて利益率の良い芋の揚げ物も大概な人気筋であると。
最低でも三キロは作っておこうと考える。
たぶんそれでも足りなくなる。主にアカツキが食べる。あの子は見た目の体格を完全に裏切る食いしん坊さんだ。うふふ。沢山食べる子は大好きだ。
サフランライスは、アヤメ科の多年草サフランの雌しべを使った世界でもっとも高価な香辛料という触れ込みの炊き込みご飯である。
実際、サフランの花から取れる量はごく少量で、一グラム集めるのに二百本近くの花を必要とすると聞く。桐生の食品系列企業から取り寄せた業務用冷凍サフランライスを解凍し、バターで軽く炒めて使おうと思う。
いずれにせよ本格的におなかが空いた。テキパキと用意する。
そして、いただきます。
「「「「「「旨い!」」」」」」
それは、良かったです。
予想通り三キロのフライドポテトは余すことなく食べつくされ、ハンバーグもおかわりが繰り返されてさらに五個ばかり追加で調理し直した。
コンソメスープも好評、サフランライスは独特の香りが食欲を加速させると絶賛を受けた。ノンアルコールのスパークリングワインも気に入ったようで、デザートの蜜豆もおかわりをして大満足の昼食となった。
「ぷはあ。これはもう、午後からの政務をサボりたいほど満腹ですぞぉ」
幸せそうに腹を撫でるのはグナエウス王だ。僕は消化促進の祝福を込めた冷たい水をカスミに命じて配ってゆく。
それにしても感心なのがやはり王族というか、今回初めてナイフとフォークの使い方を教えたのだが、最初はぎこちない手さばきだったのに見る見るうちに習熟し、当たり前のように使いこなせるようになっていた。
さすがは国一番の教育を受ける人たちということか。
そして僕の観察するには、言ってはなんだがナイフとフォークの、ナイフに彼らが注目した点を褒めたい。
食事に使うナイフは安全のために先端が丸くなっているもので、なるほどこれなら会食に出しても安心ですな、との王の
「お気に召して何よりです。調理レシピも差し上げましょう。食材集めから、じっくり腰を据えて創意工夫などもしてくださいね」
「ありがたいですぞぉ。うーふ。この水も、ただの水のはずが旨いですなぁー」
「消化促進の祝福を込めていますので、じきにおなかも楽になりますよ」
「にゃあ、フライドポテトをぱくぱもくきゅもきゅしたの。美味しかったぁ」
「あらあら、ほっぺまでソースが。はーい、綺麗にしましょうねぇ」
「みゅー」
僕はアカツキの口元を湯でほんのり温められたタオルで柔らかく拭ってやる。
この、父親とも母親とも表現し難い造物主の気持ちが、なんとも心をくすぐってきて心地良い。この世界の神様も、人間に対してはこんな気持ちなのだろうか。
よだれが顎の下へ糸を引いて大変な姿になっている侍女らについては、優しさから見ないようにしてやる。
彼女らも大変なのだ。この世界と時代には存在しない食事を目の当たりにしながらも匂いだけのお預けを喰らい、当たり前ではあるが放置なのだから。
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