第47話 今日は何する? 艶めかしくも慌ただしい その4


 昨日の銅精錬兼ゴールドラッシュを本日も行なうため、僕たちはグナエウス王の引率で造幣局へと向かう。


 すでに現場では選抜された腕利きの鍛治職人たちが忙しく働いていた。目下のところ、昨日教えた灰吹き法を一人でも多くの習得に懸命になっているらしい。


「こういうのも良いものですね」

「にゃあ」


 一生懸命は見るだけでも気持ちの良いものだ。

 というわけで、僕も土属性無限の権能を使って銅精錬を行なっていく。


 常温でありながらぬらりと溶け落ちてゲル状の大塊となり、どういう化学反応を起こせばそうなるのか自分でも疑問なまま次々と最高純度イレブンナインのインゴットが仕上がっていく。ローマ字の自分の名と純度数を刻印するお茶目さも発揮しておく。


 用意されていた満載の粗銅は――最終的に七部屋もあったのだが、訓練用の一部屋分を除いて速やかに金銀銅鉄その他金属へと分けられていく。


 グナエウス王は大喜びである。付いてきていた男性財務官僚とフォークダンスっぽい変な踊りを舞う始末だった。国の運営にはともあれ金が必須で、それを以って人や物を動かすのだから嬉しい気持ちは分からなくもない。


 オッサン同士でペアダンスはちょっとアレだが。


「うふふ、でも楽しそう。アカツキ、僕たちも踊りましょうか」

「うんっ。おどろーっ」


 というわけで僕もアカツキと一緒に楽しく踊ってみた。こういうときに彼は男の子にも女の子にもなれるので便利だった。


 後年、僕たちの踊りはオクラホマミキサーではなくコロブチカと呼ばれ、というのも口ずさんでいたのがロシア民謡のコロベイニキだったせいもあるのだが、それがどういうわけか喜びを表す踊りとして広く知れ渡ってしまうのだった。


 余談。本来のコロベイニキは『行商人』というタイトルの長編詩が民謡化したもので、行商人の青年と村娘との一夜の交際を描いたものである。

 曲がぱっと浮かばない人のためにつけ加えると、ロシア発の落ちものパズルゲームのアレである。弊害として、はい二人組み作ってーというボッチの悪夢も生まれたが、シングルダンスも考案されたのでたぶん問題はないと思われる。


 予想していたよりも早く銅精錬が終わってしまったので、一度自室へと戻った。


 グナエウス王は政務につくため部屋前で別れた。で、代わりにオクタビア王妃とクローディア王女に捕まってしまった。

 朝起きてすぐに、とある約束をしていたせいだった。


『後でいくつか殿下の生活を助ける品々を渡します。もしあなたが希望されるなら、後日、女性のより美しい所作、化粧品の作り方、肌のケアの方法も教えます』


 要約すればこのような感じの約束だった。

 後で、とは言ったけれど、待ちきれなくて待ち構えているとは思わなかった。


 しかし女性生活が男性のそれより面倒くさくて大変なのは僕の知るところではある。少し出かけるだけでも男なら普段着に財布、必要なら上着をばさりと羽織って出発といけるのが、女性の場合はまず髪と化粧のチェックから始まる。


 すっぴんが許されるのは小学生低学年から中学年までであり、素顔など自身と特に親密な人以外に見せるものではない。


 化粧は、女性の戦装束である。ノーガード戦法など、有り得ない。

 ナチュラルメイクが最近の流行りとはいえ、アレもしているのとしていないのとでは別人レベルで印象が変わるのだった。


 僕などは今日から女の子と宗家より命ぜられたその日から化粧は散々姉たちに仕込まれたもので、中学・高校と学校では他の女生徒たちから効果的な化粧の方法や、むしろ今自分に化粧を施してくれとせがまれるほどだった。


 意外なようで、男の娘は女子受けが良い。恋愛対象の枠組みから外れてしまうためか、話しかけやすいのだそう。要するに安全な『異性』というわけだ。

 この如何ともし難い屈辱感はどうだろう。

 ちなみに、級友の男どもに恋の告白をなんどか受けてお断りを繰り返すうちに、彼女らは全員僕から離れていった。女としての矜持を砕かれたのだそう。そして僕の学園ボッチ生活が続く。まあ、帰還後はアカツキがいるから脱ボッチの予定である。


 ときに、クローディア王女は、名実ともに本日より女性に入門したのだった。


 だからと言って。

 いや、でも。一瞬、僕としても逡巡してしまいかねないが。


 本人がそう希望したとはいえ、ちゃんとアフターケアをしてあげないと。

 でないと、恥をかかせる。それは王族として宜しくない。

 というのも――。


「聖女レオナさま。これは、何?」


 クローディア王女は僕が取り出した品物を不思議そうに眺めている。


「それはパッドですね」

「うん? ええと、そうなのね? わかんないけど」


「お昼頃にはイヌセンパイから情報修正されるはずなのであえて尋ねますが、一般的に男性と女性の相違点の最たる器官はどの部分だと認識していますか?」

「……おちんちんがついているか、ついていないか?」


「ご明察です。そしてこれは尿パッドと呼ばれる品物。王女殿下はお小水を本日はどのようにされました? はしたない質問になりますが、とても大事なのです」

「えっと、その、便座に座っていたら自然にしゃーっと出ちゃったかな……」


「自分で意識するよりも簡単に出ませんでしたか?」

「あ、うん。そうかも」


「わざわざ言うまでもないですが、念のため。女性は、男性とは違い股間の突起部分がないだけ尿道が短いのです。そして王女殿下は、まだその感覚がおぼつかないと推察します。つまり失敗しやすい。なので、これを使います」


 少量用尿漏れパッド、徳用六十六枚入りのパックに手を添える。


「う、うん。つまり思いもしないところでおしっこを漏らしちゃうかもと?」

「ええ。しばらくの間はつけておくことを強く推奨します」


 恥ずかしい。とっても恥ずかしいんだよ!

 男の娘の僕が、女の子にこんな説明をしないといけないだなんて。


 まったく、どんな羞恥プレイなのさ! Мッ気に目覚めたらどうするの!


「もう一つ質問がありました。この世界の女性の下着はどういったものでしょうか。腰巻きですか? それともふんどしですか?」


「ボクは母上に倣って腰巻き派だよ」

「ク、クローディア。母としてはさすがにそれは言ってはダメというか」

「申し訳ありません王妃殿下。しかし、うーん。下着の趣旨替えになるかも」


 とりあえずクローディア王女に見せてみるか。


「では、これをどうぞ」


 僕が取り出したのはシルクのショーツだった。前面部に小さなリボンのついた、サイズ違いでは自分やアカツキも使っている一品。


 ちなみにこのリボンデザインのはしりは、一説によるとかの名作漫画デビルマンのヒロインが履いていたショーツからアイデアを取られたものだという。


 それを十枚ほど。もちろん新品。透明なフィルムに一枚ずつ入っている。


「わあ、これをボクにくれるの? すっごく可愛いかも」

「それはショーツという僕たちの世界での女性用下着です。生地はシルクでありながらも少しだけ厚めに作られています」

「おおおー」


「もっと華美なレースを使用した、デザイン重視の物もありますよ。普通なら誰にも見せないので、隠れたお洒落をする部分でもありますね」

「にゃあ。勝負パンツなの!」


 アカツキが元気よく言葉を挟んだ。


「うん、隠れたお洒落をそう呼ぶこともあります。つけ加えるならアカツキの言うパンツもショーツと同じで、下着という意味です」

「パンツで勝負するの?」


「女性が人生の勝負を賭けるときなどに着用する、特別な下着をそう呼んだりします。稀に男性でも大きな賭けに出るときに勝負パンツを着用なさる方もおられるようですが、ここでは無粋ですので省略しましょう」

「男の人も、大きな勝負するときは女性の下着をつけるの?」


 おっと、そういう風に受け取ってしまったか。うーん、まあいいか。もちろんそういう男『も』いる。なぜか無駄に豪華な女性用をつけちゃう男が。

 ちなみに僕のことではない。僕の女装は日常レベルだし。


 ともかく自分については横に置いてしまおう。だって、男の娘だもの。


 一般的かどうかはともかく、ふんどしやスリング系の突起部分だけを隠すタイプ、男性向けに作られた女性風フリルパンツ、網目の透け透けシースルー、あえて何も履かないノーパンなどで気合を入れる男『も』いる。


 男も女も、下着については他の人に見せる部分でないためか闇が異様に深い。


「広意義では勝負パンツに性差はありません。脱線した話を元に戻しますよ」


 僕は尿パッドとショーツの使い方をクローディア王女に伝えた。

 先ほど書いたように男と違って股間の突起部分がない分、女性は尿漏れを起こしやすいのだった。まして今日から肉体的に女性に入門した王女にとって、しばらくの間は色々と戸惑う羽目になるだろう。


 男と女は人としての生きるための生態構造は同じではあるが、性別差の観点から言えば明らかに別種である。


 ソース元は、性別適合化手術を受けた元男性今女性の体験談より。


 なので衣服に知らぬうちに染みをつけて恥をかかせないためにも、これをつけさせたいのだった。どうせいずれは経血パッドもつけるのだ。慣れておいて損はない。


 なぜ僕がそこまでこだわるか。

 それは僕がどうして男のくせに女の格好をしているかに起因する。


 自分という人間は、性別自己同一性者の人々の守護者として動いているわけだった。異世界に来てまで桐生宗家の命に服すのは変かもしれないが、やんぬるかな、これも性分。約束したことは、自分としては必ず守るべき事柄なのだった。


「うーん、でも、なんだか口での説明だけではちょっとよく分からないかも?」


 クローディア王女は小首をかしげていた。


「そうですね。これまでにない女性用用具なので戸惑われる部分もあるでしょう」

「だからね、そのね、聖女レオナさま」

「はい?」


 あれ、なんだろう。とっても嫌な予感がする。


「つけるところを、見せて欲しいな」

「……は?」


「やっぱり実演してくれた方が、ね。そのまま真似っ子すればいいわけだし」

「え、ええと」

「なるほど。それは良い考えですわ、クローディア」 


 彼女の母君の援護射撃が。

 えっ、僕が二人の前で股間を晒して実際につけてみせるの?


「あの、さすがに恥ずかしいのですが……」

「大丈夫。女の子同士だし。朝一番でボクのは見せたし。うふふ」


 あのたくし上げか! まあ、見ましたよ。ええ。


「だから、ね。参考のためにやってみせて欲しいな?」

「にゃあはお手伝いするにゃ」

「やろう」

「やろう」


 そういうことになった。……えっ、ホントに?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る