第50話 突貫軍事教練。レオナ、思索にふける。その1
本日の午後は、昨日と同じ軍事教練となる。
全軍整列後、士気の鼓舞のために軽く演説をするのもまったく同じ。
そういえば以前作った鎧に兵たちは装備換装され、これで素の状態で五倍の身体能力向上と各種戦闘用スキルバフがかかったのと同じ状態となっていた。
ここにさらに重ね掛けで祝福という名の身体強化バフを加えてしまう。すると見よ、全軍が某世紀末覇者の如くオーラを纏うではないか。単純計算で十倍の戦闘能力向上である。色々とヤバいのである。
もちろん、その力を使いこなせればの話ではあるが。
「にゃあっ。お面ライダーの雑魚敵の、戦闘員の皆さんも成年男子の十倍の戦闘力なの! あれで結構強いの! ライダーが規格外なだけで!」
「そう言われると凄いようで凄くなくなってしまったような。あと、お面じゃなくて仮面ね。でも、アカツキは物知りさんね。うふふ、ハカセさんだね」
「にゃあーん。えっへん、なの!」
ちょっと胸を張って自慢げなアカツキの頭をポフポフと撫でてやる。
さて、さて。
僕たち二人は昨日魔改造した馬車に乗り込んでいた。
ルキウス王子は鐙つきの鞍をつけた自らの白馬に跨り、その上にスキットを回して足元まで覆い隠していた。
兵たちは、既に昨日の倍の速度で行軍を始めている。
通常は三キロから四キロの歩行速度が、その十倍である。歩いているのに三十キロから四十キロで猛然と移動であった。
このちぐはぐさがどうにも異様で、しかし頼もしい。
兵個人に突出した力は必要ない。軍は群なのだから。
全員が同じ力を振るうところに真の強さがある。考えても見よ、
これだけでも凄まじい力と成す。
一丸となって突っ込んでくる塊に、たかが個人が対抗するなど不可能に近い。それこそ神掛かりな力でも有さないと無理というものだった。
僕はその様子に満足して、一人、うんうんと頷いた。
魔改造馬車は倍の速度でもほとんど揺れはなく、静かに行軍兵の後に続く。
十万の兵が行く。その足行きにもうもうと砂煙が立ち昇る。
強めの風がそんな砂煙を、彼らの左から右へ、外郭へと押し流していく。まるで映画のワンシーンのような光景。
「やるべきことを、僕たちもしておきましょう」
「はいにゃあ」
アカツキに命じて、彼専用の二十世紀六十年代アメリカンデザイン玩具ロボットそっくりのデウス・エクス・マキナ――通称、
「視覚だけ連結をして、上空三万フィート (約一万メートル)までユピテルを上昇させてね。そこから東の方向のイプシロン王国方面へ俯瞰をお願い」
「レオナお姉さまも、見る?」
「見れるのですか?」
「お姉さまの脳には通信規格8G対応生体デバイスがついてるから見れるにゃ」
「対応しちゃってるのね。じゃあ、一緒に見ましょうか」
「お膝に座っても、いい?」
「もちろんいいですよ。はい、おいで。僕だけの可愛いアカツキ」
甘えん坊の彼を膝に乗せ、後ろからそっと抱き寄せる。そして、視覚接続。
脳内に自前の目を通しての映像と、ユピテルの視覚カメラが捉えた映像の二つが描き出された。ちょうど複数のモニター画面を見ているような感覚。
僕の脳の映像処理能力もなかなか優秀だなと自画自賛する。注意。脳力強化改造しているゆえに出来るのであって、無改造頭脳の方やイヌガミ一族以外は処理負担が大きいため、こういう接続はお勧めしません。
ぐんぐん上昇していく。お尻の辺りがふわふわするのは高所俯瞰の影響か。
アカツキも同じ気持ちなのか、もそもそと尻を動かしていた。
「さて、空からの映像を脳に記憶させていきましょう」
今から集める情報は――、
一、街の場所。これはイプシロン王国へ隣接する
二、イプシロン王国王都の場所。当たり前だが、当該国を潰す予定なので必要。
三、街道の把握。人や物が行き来するための、国の血管を把握する。
四、地下水道の確認。後の計画に必要なので必ず知っておく必要がある。
五、地中の質や様子。これも重要。こんなのを知ってどうするかはまた後ほど。
まずは一つ目の項目、街の把握から。
王都から三百キロ離れた、オリエントスターク側の国境地点には壁面のようにそそり立つ軍事要塞に中規模都市をくっつけたような街があった。
より望遠で見るに、看板には『東端国境の街、エスト』とあった。巨大な軍事施設を擁しておきながら随分とマイルドな地名だと思う。とはいえ『国境要塞都市エスト』だと、美神を信奉する国にしては剣呑が過ぎるのもまた事実。
言い回しにも信奉する神への気遣いを感じながら、次を見てみよう。
国境都市から数キロもない東側は、切り立った数千メートル級の岩山が犇めいていた。とてもではないが登山など出来そうにもない山々である。
こう、下からグッと見上げると圧倒される大自然のパノラマを感じる。返して大自然と言いながら、大『不』自然な様相も晒していた。なんだこれは。
というのも。
「えぇ……。なんでそうあれかしとばかりに、隣国へ続く草原地帯があるの?」
僕は呻いた。詳しく表わすとこうなる。
高く険しい山脈の合間に、ポンと、幅三キロ、奥行き十キロの草原地帯がある。
ここを超えた向こう側にイプシロン王国トリスタン辺境伯領に繋がっていて、国境にはオリエントスターク王国とほぼ同規模の防衛都市が構えられている。
おわかりになられるだろうか。
切り立った山々の合間に、唐突に、草原地帯である。
おかしいだろう。
その、まるでその部分だけ、あるはずの山を削ったかのような不自然さは。
山脈とは、文字通り山の連なりなのだ。それがどうだ、抜けた歯の如くそこだけ山がなくて草原地帯になっている。不自然が過ぎませんかイヌセンパイ。それともアレですか。異世界なので、こういうのもまた良しと考える派ですか。
『あー、あれや。四十年前のこの場所で二国間が険悪化する亡命騒ぎが起きてるねん。そんとき、たまたま土地の調査に立ち寄っていた大地母神マーテルが首を突っ込んでな。砂漠の広がりを留めて、かつ、国交を最小限に抑える措置をしたわけ』
なるほど、この星の神のおせっかいで現在の形へと。たしか信仰は個人の自由で、同時に、神々は国同士の諍いには干渉しないのでは?
『基本はそうなるな。やけどこの星の地母神は美の女神と仲が良くて、思わずあの子が見守る王国に手ぇを出してしまった。元々、砂漠の進行も止めたかったってのもあるしな。まーアレよ。本音と建て前を使いこなしたってヤツ。いずれにせよ国家間のゴタが発端やし、詳細はグナエウス王かルキウス王子に訊くと吉』
僕としては不自然な光景に疑問が湧いただけなので、その辺はどうでも。
『えぇ……。助けたろうとしてる国に、もう少し関心を持ってもいいと思うんやけどなあ。レオナちゃん冷酷ぅ。罰としてその素敵な尻を愛でてやりたい』
ため息を残し、セクハラっぽいイヌセンパイの気配がふっと消えた。
それよりも、だ。
なるほど国境を眺めるに、確かにそう言われるとこの草原地帯が二国間の緩衝地帯となっているのだった。
人の身で超えるには不可能に近いほど切り立った山脈に阻まれているため、双方の国へ移動するにはここを通る以外に道はないようだ。元世界の知識と装備を以ってしてもこれはかなり無謀だろう。たぶん落ちて死ぬ。
となればトンネルを掘って山を抜ける手段もなくもない。が、土属性無限権能で鑑定すると、大部分が花崗岩の塊という恐るべき結果がもたらされたのだった。
花崗岩の硬さはモース硬度で七。
参考程度に、その硬さはコンクリートよりも上位となる。
まったくとんでもないな、と思う。距離として最短を見積もっても十キロはくり貫かないといけないなど、元世界でも米国にたった一台しかない硬岩自由断面掘削機を用意しない限り、とてもではないが現実的ではなさそうだ。
ならば。これはもはや敵の都市を攻略前提で語るとして、山々の間に広がる草原地帯の真下、地下を掘り進む発想に至ったとしよう。
しかし残念。この草原のすぐ下も例の花崗岩なのだった。
大地母神マーテルが土地一帯に干渉して一旦山脈化させ、一部の山を削り取った様相である。なので見た目は草原でも、数メートル下はすぐ岩石。強化コンクリートの上に絨毯をぺらりと広げたような、と言えばイメージがつきやすいだろうか。
既に書いたように、草原地帯は幅三キロ、奥行きは十キロとなっている。
僕はオリエントスターク王国『東端国境都市エスト』の真向かい、もっとも互いに国境線まで五キロほどあるために十キロ先となるのだが、その向こうにはイプシロン王国トリスタン辺境伯領『国境要塞都市トリスタン』が鎮座ましましていた。
言うまでもなくトリスタン辺境伯はこの地の重要性をよく理解していて、およそ精強な軍を擁している情報も入ってきている。
二国間の軍事施設並びにその都市部は、ほぼ同規模。兵は双方一万五千。都市に住む市民数は約二万。計、三万五千。軍事拠点でもあるので兵の比率が高い。
しかもこの国境都市に限ってだが、他の都市とは違い、あえて兵と市民を役分けさせていなかった。
つまり、市民も有事には兵士動員できるようになっているということ。
この都市の市民の大部分は国内各都市で退役した元兵士とその家族で構成されていて、理由は後々に、あわや志願者が多すぎて困るくらいに人気を博していた。
他にも外国人が
異色ではヒエロス・ロコスか。
一般市民の同性婚は認めてはいないが軍と言う特殊環境では致し方なしと同性婚を許し、ただし彼らゲイカップル兵は元世界でも実際にあったテーバイ神聖隊もかくやの
いささか乱暴ではあるが、エスト市民=予備兵士なのだった。
特に元兵士がこの都市に住みたがるのは、週に二度の練兵と有事の兵役を負う代わりに家族も含めて食と住を保証し、予備役手当という補助金まで出るためだった。
と、ここまで長々と国境の街について書いたのには理由がある。
違和感。
近日中にイプシロン王国はオリエントスターク王国に攻め込んでくる。カスミを指揮者とした斥候ゴーレム部隊からの情報だ。
彼女は元世界では、どこぞのゴルゴなスナイパーと同じく、標的にされたら最後と恐れられるほどの超一流暗殺者だった。
その根底となるのは、自身の圧倒的キラーインスティンクトと、某国のエリート諜報員として過酷極まる訓練を受けたゆえのもの。
なので情報収集の手管も一流で、まず間違いなど犯さない。
では、何に違和感を覚えるか。
簡単な話、それは敵側の兵士動員員数にある。
イプシロン王国側の兵は要塞の一万五千、市民も兵として混ざるならさらに一万は加わると仮定する。これで二万五千。
ここに、かの王が遠征で連れてきた兵は五万で、計七万五千となる。
そして思い出してほしい。
砦や城、要塞などの防衛拠点を攻めるには守勢側の三倍の兵を必要とする法則を。
オリエントスターク側は、都市兵一万五千、市民と言う名の予備兵が一万と仮定して、計二万五千。んん、おかしいな。北斗なアミバ氏のような疑問が浮かぶ。
確かに攻撃側は三倍数の七万五千を揃えた。が、東端国境都市エストは最前線である。防衛設備も人員も最高のものを用意しているはず。加えて攻者三倍の法則とは拠点攻めの最低条件だ。確実性を取るなら、もっと人員が欲しい。
意味のない戦争など、起こさない。
戦争は究極の消費経済であり、武力外交なのだ。
「イプシロンの王が東端国境都市エストを攻略するとして、その勝利を確実にもぎ取りたい場合はどうすればいいか……」
膝上のアカツキのほっぺたをぷにぷにと愛でつつ、僕は独りごちる。
電撃的に攻めて、火急の勢いで都市を占領、そして疾風の如く自国領として世界に向けて宣言してしまう。
ここまでをいかに迅速にできるかが勝負となる。
ただし時間に関わらず攻略途中で援軍が来られると即アウト即撤退。何も得る物もなく、逆に宣戦布告なしに攻めたがために周辺国から非難され信用も失う。
え? 勝ったとしても結果は同じ?
それが違うのだ。全然、まったく、さっぱり。
先ほども少し触れたように、勝てば問題ないのだ。
都市と領土が手に入り、国民や諸外国への大義名分は後づけで事足りてしまう。君主論を書いたかのマキャベリも僕と同じことを言っている。
すなわち、戦いとは勝利さえもぎ取れれば、その後の理由などどうとでも作れると。目的を達するために手段を選んではならないと。
勝たなきゃゴミ。負けてその過程を褒められるのは未就学児まで。
勝負事全般に言える格言である。
負けには一切価値がない。勝たねば意味がない。
今回行なわれるだろうエスト攻略は、非常に時間に急かされる一見すれば無理筋に近い大勝負となるはず。
にもかかわらず、なぜイプシロン王国は攻めに向かうのか。
それは、
千載一遇のチャンスなのだ。通常なら小競り合いはしても攻め取ろうとまでは動かない。だが今なら、北の魔王軍に注力せねばならない、この瞬間なら。
そして一度奪ってしまえれば、ほぼ安泰となる。
攻者三倍の法則。
逆を言えば、拠点防衛は攻め手の三分の一でも、用兵次第ではギリギリ抵抗できる可能性が高いということ。
好都合にも補給はすぐ背後に控える要塞都市から受けられる。
兵站も万全というわけだ。まず来ないだろうと見込むが、念のためオリエントスターク側の奪還軍に気を払えばいい。
どうせこれまでも要塞都市で防備していたのだから、その延長線上の仕事となろうもの。勝てば、都市を奪い取れさえすれば、である。
北の魔王軍とゴタついている間に火事場泥棒。
可能なら、近隣都市を適当に襲って略奪をしてしまうのも良い。
ただし、しつこいようだが、
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