第45話 今日は何する? 艶めかしくも慌ただしい その3


「ファッ!? これ一粒で銀河大爆発っ!?」


 アレフはぱっと手を引いた。少し脅かしが過ぎたか。

 熱量を引き出すにはそれなりの手順を踏まないとダメなので、今の状態なら地面に叩きつけようが火で炙ろうがガジガジと食べようが平気である。


「――って、あれ?」


 部屋にいるグナエウス王以下家族と侍女らは全員隅の方へ移動していた。アレフは石化っぽく身体を硬直させていた。アカツキは、にゃあと僕に抱きついてきた。


 甘えるアカツキを除いて、全員が顔を引きつらせている。視線の先にあるのは、僕の掌の上で赤く輝く真なる賢者の石。


「えーっと、その。見なかったことに、してください?」


 僕は賢者の石をくっと握って元の場所に戻した。宇宙外にある、真空地帯に。

 念のために手の中は空になったと掌を彼らに見せておく。


「それで、なんでしたっけ」

「ほわぁっ! 筋肉マッスルガード!」


 いや、あなた、エルフだから細くて筋肉なんてほとんどなさそうですけれど。


「アレフ。落ち着いて。はい、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

「ラマーズ法にゃあ。ひっひっふー、ひっひっふー」


 僕は抱きつくアカツキを膝に誘い、一緒に産気だった妊婦の呼吸法を演じる。


「ほわぁっ、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」


 三人して呼吸をひたすら繰り返す。

 なんだろうね、これ。


 それはともかく。


 落ち着いてきたアレフは何か問い質したい目つきになっては、対する僕は小首をかしげて知らぬ振りをするヘンテコな心理攻防戦を展開つつも話を進めた。

 なお、グナエウス王以下家族の面々もおっかなびっくりで元の席に戻り、侍女らも所定の場所に戻っていた。うーん、なべて世はこともなし (強引)。


「……し、失礼をば。話を続けるに、研究に研究を重ね、並行してマッスルトレーニング研究の末、こと回復力に限っては賢者の石を使わずとも真エリクシルと同等の効果を持たせた疑似エリクシルを作るに至りました。生命力に溢れた竜や龍の血を使用すれば、人の身であれば十分に治療治癒効果を期待できるわけで。……わたくしの筋肉の増強には、まったくお答え申し上げてはくれませんでしたけれど」


「ふむふむ。続けて、どうぞ」


「はい。現在、われらが王国には竜にして最上位の始祖竜の血が大量にあります。ただ、惜しむらくに、問題が発生したのです。作製にはとある薬草が触媒として必要になってくるのですが、そう、例えるならそれは肉に振りかける塩と香辛料。筋肉には負荷トレーニング。ポージングには笑顔でありナイスバルク。キレてるキレてる仕上がってるよ迫ってくるよであり――すみません脱線しました。何が言いたいかと申しますと、回復効果への触媒として絶対に必要で、ただし求めるのは量ではなく質という、一点突破でなくなはならない薬草が足りないという事態に陥ったのです。それゆえ、同志たる黒の聖女様のお知恵に縋りたくまかり越した次第です」


「……触媒に必要な薬草とはなんなのでしょう?」


「マンドゴラです。……すみません、言葉が足りませんでした。マンドゴラ自体は大量にあるのです。しかしこの度の始祖竜の血には、格の違いと言いましょうか、どうにもできぬ壁のようなものがございまして」

「ふむふむ」


 クラフト系のゲーム風に考えれば、錬金合成でのアイテムランクが合致していない、みたいなものだろうか。


 マンドゴラ、またはマンドレイク、もしくはマンドラゴラ。

 ファンタジー作品などでは結構メジャーともいえる毒草の一つ。


 元世界では地中海地域から中国西部にかけて自生するナス科の植物である。

 ナス科と言えば、アルカロイド。その根には数種の強力なアルカロイド系の毒を持ち、古くは鎮痛や鎮静、下剤などに用いられたのだった。


 とはいえ薬と言わず毒と表現するだけに、その成分には幻覚幻聴嘔吐錯乱ときに死亡などを容易に引き起こすため、現在は薬用に使われなくなって久しい。

 さらにこの毒草、根の形状は複雑でときに人型を模したようにもなり、しかも細かい根を多く張り巡らせるために引き抜くとブチブチと大変な音を立てる。


 これらが絶叫するマンドゴラの元ネタであり、また、死に至る強い毒と絡まって『引っこ抜くと叫び声を聞いて死ぬ』説話を作り上げていた。


 と、まあ、つまらないトリビアルな知識のお披露目はこの辺で留めて。


 ここは異世界。いわんやファンタジー世界である。僕の持つ常識など通じないと前提しておいたほうが良い。なんだか今、非常識なお前が常識を語るなと痛罵された気もしないでもないけれど、ともかくである。


 アレフ曰く、魔女の触媒とも別称されるこの『薬草』は、僕の知る説話の通り根を抜くときに大変な叫び声を上げるらしかった。稀に死に至るらしい。


 なので引っこ抜いて叫ぶ前に首に当たる部分を切り落とすか、ロープで遠くから引っ張り抜くなど工夫をしないと声の魔力にて大変な目に遭う。


「それで、具体的には僕にどうしてほしいのでしょう」


「マンドゴラと言えば魔性の絶叫ですが、ごくごく稀に、叫ばないマンドゴラがありまして。それは聖者の沈黙と呼ばれ、十万本に一本あるかないかの希少品とされています。そして、この触媒が圧倒的に不足しているのが現状です」

「……ふむ。無言のまま引き抜かれるのを良しとするマンドゴラですか」


 叫ばないのが普通でしょう。とは思えど、口には出さない。


「となれば。ええと……これでしょうか」


 僕は瓶詰にされた元世界産のマンドゴラをインベントリから取り出した。さすが迷宮魔窟と一族からも恐れられるわが家の得体の知れない倉庫だけあって、胡散臭いものから有り得ないもの、果ては毒草までもあるにはあるのだった。


「これが僕の世界でのマンドゴラです。大事な点は、僕の世界では叫ばないのです。あるいはもしかしたら、あなたの求める『薬草』かもしれません」

「おおっ。マッスル調べさせてもらっても、よろしいでしょうか!」

「もちろんです。さあ、どうぞ」


 筋肉大好きアレフは僕から瓶を受け取り、そうして片面式バイザーみたいなモノクルを自らの目元にセットした。

 その姿、どう見ても竜な珠の格闘漫画のスカウターにしか見えなかった。


「むしろそのままの形」

「はい?」

「こちらの話です。どうぞ続けてください」


 彼は手袋をはめ、瓶の中のマンドゴラを取り出し、検査を始める。


「……ふむ、品質は非常に良し。戦闘力、じゃなかった。始祖竜用にセッティングした係数に綺麗に沿っています。ただ惜しむらくはわたくしどものマンドゴラの高級版といった感じですか。聖者の沈黙と呼ばれるユニーク個体ではないです」

「それは残念」


 誰が作ったのかは知らないが便利過ぎる魔道具である。

 あと、あなた。さっき戦闘力とかなんとか口走りませんでしたか? やっぱりそれ、某漫画のスカウターではないですか?


「ちょっとした好奇心で尋ねますが、その魔道具はどなたが考案を?」

「設計はわたくしのお師匠様で、意匠は三代目聖女、タンサニー・クワン様です」


 先代聖女は日本の漫画も大好きであったらしい。

 それを使って誰かを計測して、戦闘力五か、ちっ、ゴミめ。とか言ってみたい。


「なるほど。では、もう一つの可能性を出してみましょうか」

「と、おっしゃいますと?」

「たまにいるんですよ。マンドゴラと混同しちゃう人が。はい、これですね」


 インベントリから、細長い瓶に入れられたとある根の塊を出して見せる。


「……見たこともない種類のようです。どういった薬草なのでしょう?」


「名称はオタネニンジン。ウコギ科の多年草です。野菜のニンジンはセリ科なのでこれとはまったくの別種となりますね。僕が住んでいた国の隣の大陸が原産の薬草でして、またの名を高麗人参とも呼びます。栽培は非常な困難を極め、ましてや数百年を経た天然産になると高価すぎて逆に値段がつかなくなる場合があります。ちなみにこの瓶に入っているそれは大体五百年を経た天然産で、未加工のまま高純度の蒸留酒漬けとなっています。代表的な加工法としては皮を剥いで天日干しにした『白参』、皮を剥がずに蒸気処理後に干した『紅参』などがあり、共に珍重されていますね」

「ふぉおぉぉ……」


 変な感嘆を上げるアレフは、座ったまま自らの右腰辺りに手を添えてぐっと力を籠めたサイドチェスト気なポーズを取った。

 だからなんなの、その細っこい身体でのポージングは。


「主な効能はというと、一番に来るのが滋養強壮です。他に疲労回復、病中病後の体力回復、虚弱体質改善、昇圧効果と減圧効果による血流改善、抗酸化効果によるアンチエイジング、更年期障害の緩和、精力強壮、もしくは回春効果、などなど」

「なんとも恐るべき代物ですね……。しかしかようなお高いものとなると」


「ええ、びっくりするお値段ですよ。何せ世界中の権力層が不老不死や長寿の秘薬として愛用したという歴史がありますので」

「おお……小さい国だとそれ一つで国が傾きそうですね」


「……と、ここまでこれを見せておきながら本題はこちら。農業技術の粋を凝らして人工栽培したオタネニンジンを高濃縮エキスに、そこからさらに酒造に使うカビの一種を使って念入りに発酵させた一品です」


 僕はインベントリから桐生製薬漢方研究部が製品化した高麗人参錠剤オタネニンジン入りの瓶を取り出して見せた。一日三錠、計九十錠。一瓶三十日分の『健康食品』である。


「スカウターで調べてみてください。ああ、瓶はこの蓋部分を回して……」


 彼の掌に、一錠転がしてやる。


「で、では……さっそく、調べ、マッスル!」


 独特の語尾で錠剤を覗き見る彼。

 最初の内は普通に見ているだけだったのが、やおら、彼の顔が紅潮してきた。


「こっ、これは! 凄い、凄いですよ! 戦闘力が上がる! ふぉおぉぉっ!」


 もう完全に戦闘力って言ってるよこの人。


「まだ上昇する? こ、これが聖者の沈黙っ? 上がって、上がって……ッ」


 漫画みたいに壊れるかなと期待してしまう。だって、スカウターだし。


「……素晴らしい! 戦闘力五十三万! 始祖竜の血と完全適合!」


 どこのフリーザサマですか。

 上司になってほしいナンバーワンの人ではないですか。


「聖者の沈黙とはオタネニンジンのことだったと! 超、大発見です!」


 両腕でガッツポーズを取るアレフ。あるいはこれは僕の面前なので断りなく立てないだけでフロント・ダブル・バイセップスのつもりかもしれない。


 細っこいエルフの身で、何がそこまであなたを駆り立てるのか。


 流れるように座ったままでググっと前屈みに両腕で円の形を作る。ひょっとすると、もっとも逞しいという意味の、モスト・マスキュラーのつもりかも。なお、日本ボディビル協会ではこれを既定のポーズとは認めていないらしい。


「解決と見ていいですね。その錠剤瓶は差し上げましょう。量より質というなら一瓶でもそれなりに数が作れそうですし。足りなくなったら申請してください」

「こ、これだけあれば竜の血をすべて使って疑似エリクシルが何百万本も……っ。さらに水で千倍に薄めればエクストラヒールポーションが……っ!」


 えっ、ちょ、そんなにも作れるの? というかいわゆるアレですか? 異世界モノのラノベあるあるの、元世界のアイテムはすべからく高品質でしたみたいな?


「頑張るのは大変結構ですが、過労で倒れないでくださいね?」

「大丈夫です! マッスルいきますので! 七十二時間戦えますか、です!」


 いやいやいや。これはちっとも大丈夫じゃないだろう。

 下手したら過労死しちゃうよ。ダメですからね、そういうの。


「仕方ありません、強権発動です。良く聞いてくださいね」

「えっ、あ、はい」


「あなたの大好きな筋肉は、鍛錬後の休息中に成長するのです。もし、あなたが真にボディーマッスルを目指すのならば、必ず仕事の合間に休憩を挟みなさい。朝昼晩の食事は欠かさず摂りなさい。夜は最低三刻は眠りなさい。この言いつけを守り切れたなら、その暁には褒美として筋肉増強に効率的な食事と鍛錬法を書いた書類と、筋肉の友、プロテインをセットで祝福を加えたものを授けましょう」


「勿体なきお気遣いに感謝します! オーガエルフ化のためにも頑張ります!」


 何その新種人類。

 オーガとエルフとか、肉体的には対極の種族じゃないの?

 過労死を防ごうと彼の嗜好に合わせた説得と言いくるめを実施し、それは成功したようではあるけれども、まさかの斜め上回答が返ってきた。


 うん、アレだね。もうついていけないや。

 たぶん彼なら約束は守るだろうし、そっとしておこう。


 僕はふわりとアレフに微笑みを向けて、考えるのを諦めた。


 深々と頭を下げ、さっそくエリクサー製作に向かう旨を僕に伝えたアレフは慌ただしく部屋を辞去した。

 二拍置いて、グナエウス王と目が合う。二人して、苦笑を漏らす。


「申し訳ない。宮廷魔術士とはいえ、アレはどこまで行っても研究者でして」

「まったく気にしていませんよ。有能ではあれど、だいぶ変わり者なのですね?」

「まさに……」


 王ともなれば、国を動かすための優秀な人材確保も大事な仕事の内。

 なので、色々と大変である。気苦労が絶えませんね。


「と、ところで黒の聖女様。先ほど見せていただいた賢者の石は……」

「アレですか。もちろん本物で、軽く銀河を吹き飛ばすだけの熱量を内包していますよ。欲しいですか? むしゃくしゃしたときに爆破でもして見ます?」

「あ、いえ、爆破はちょっと」


 右の掌に再度、賢者の石を作り上げて見せる。

 どこまでも透明な宝石の態で、しかし発光するその輝きは深紅のカオティックカラー。大ティンクトラ、賢者の石、哲学者の石、真理の赤石。

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