第44話 今日は何する? 艶めかしくも慌ただしい その2
「お待たせしました。大神イヌセンパイはその願いは受理されました。お昼頃にはご家族以外の王女殿下への認識は初めからの女の子に変更されます」
「わああっ、ありがとう、聖女レオナさまっ!」
「そ、それで聖女レオナさま! わたくしにも漆黒なるお慈悲をっ!」
「あの、く、黒の聖女様。わが妻はいかなる願いを……?」
「母上ぇ……」
満面の笑顔で感謝するクローディア王女に、僕へ五体投地しそうなほど必死に願い込むオクタビア王妃。それに困惑を隠せないグナエウス王に、見てはならないモノを見てしまったという顔のルキウス王子。
カオスだ。
「女性とは生まれた以上、死ぬまで美容と戦い続けます。なぜなら美とは力。叶うなら永遠に美しくありたい。その目下の対策は、若さの維持となりますね」
「はあ。いやその、もちろんわしとしては常日頃より今そこにいるわが妻こそ最高の女だと心より想っておるのですが……」
「そこは男女の想いの差ですね。女性の美への渇望は、本能ですから」
「う、ううむ?」
グナエウス王は、何か同意を求めるようにルキウス王子に視線を泳がせた。
「そ、それで、黒の聖女様は母上を如何なさるのでしょう?」
「王子殿下の懸念もまた理解できます。ここに簡易的に若さを保てるようになるテロメラーゼ活性および、テロメアチケットの増加に作用するナノマシン集合体――秘薬があります。この薬剤を使えば、根本の寿命は伸びないにしても、いわゆる不老効果を得られるようになります。大人なら十歳ほどの若返りの効果も見込めますね」
僕はナノマシンアンプルをインベントリから取り出して見せる。
「それを母上にお与えになさると?」
「うーん、若さの維持が美への近道とはいえ、正直、気が進まないというか」
「でもでも、娘のクローディアには与えましたよね、聖女レオナさまぁ」
「ボクのはあくまで副次的なものみたいだよ、母上」
「でもね、でもね。クローディア、あなたが甘受している副次的な効果を、わたくしも受けたいのよぉ……っ」
「……こういうわけでして。夫たる王陛下のお考えや如何に?」
「えっ、わし? わしの考え? ううむ、そ、それで妻が満足するならば……」
「応援ありがとぉ! というわけで聖女レオナさまぁ、お願いしますぅ!」
カオスだなぁと思う。
結局、気は進まないけれども当初の約束通りナノマシンの設定をし、今夜にでも施術する約束をオクタビア王妃と交わしたのだった。
やり取りの間中、アカツキはひたすらピザパンを食べまくっていた。もぐもぐである。パンのおかわりを七度して、計三十は胃に収められたことになる。
本当に、この子の胃袋はどうなっているのだろうか。
元世界に帰ったら、コス〇コの直径四十センチはある怪物級ピザを好きなだけ食べさせてあげようと思った。
やれやれと朝食を済ませる。朝からドッと疲れた感じだ。
アカツキの口の周りを温かい湯で絞ったタオルで拭ってやっていると、とある魔術士より面会を願う先触れが入ってきた。なお、王族一家もまだ部屋にいる。むしろ自室みたいにくつろいでいる。皆さん、執務とかその辺りは大丈夫?
「……宮廷魔術士、ですか。しかも錬金術を専門とする?」
「昨日、黒の聖女様が狩られた巨大な古代竜についてですな。あなたさまは人類最大の栄誉たる竜殺しにもなられたわけですが、そのとき手に入れた素材について相談事があるのでしょう。なんといっても大量ですから」
ああ、あれか。確かに話を詰めたほうが良さそうだ。なるほど、直接倒したのはアカツキではあれど、その功績は親であり造物主の僕のものになるらしい。
「是非もないですね。お通ししてください」
そうして現れたのは、一人のエルフの男性だった。
年嵩は不明。見た目だけで判断すると二十代の半ばの青年だが、長命種の生態を知らないので実際のところはどうなのかまったくわからない。そしてほぼ同時に、ああ、と思う。手記では書き飛ばしたが見覚えがあった。
初日の晩餐会で、顔合わせをした一人に、彼がいた記憶がある。
端正な顔立ち、肥満を知らぬすらりと締まった身体。何より、耳。細長くてとんがっている。異世界ファンタジー作品では必ずと言っていいほど登場するメジャーな種族。妖精族の亜人で、イタズラが三度の飯よりも好きとも聞くが。
彼は僕の前で静かに跪いて深く頭を垂れた。
「どうぞ楽にしてください。座席を用意させましょう。以下、会話を許します」
「百年に一度の聖女召喚がなされたあの尊くも素晴らしき日、その晩餐会以来にてございます。筋肉の、筋肉による、筋肉大好き宮廷魔術士。錬金術部総括、エル・アレハンドロ、まかり来させて頂きました」
……筋肉? その細い身体で?
会った人が多過ぎて省略したけど、晩餐会での顔合わせではそんな衝撃の自己紹介はしなかったよね? マッスルエルフとか冗談だよね?
余談となるが、彼の名の頭にある『エル』とは森エルフのカシオ公国における成人男性称号で、『ラニ』が成人女性称号となる。
なお、彼らの種族は全体で一つの思想により家族名や氏族名はない。
「先日以来ですね。お元気そうで何より。それでは、用件を伺いましょうか」
侍女の一人が簡易の腰掛けを持ってきた。
僕やグナエウス王一家が使っている横に寝そべるタイプの座席ではなく、そもそも自分が今使っている座席は限られた会席でのみ使われる特別なもので、普段は普通に腰を据える椅子を使うのが一般的なのだった。
「早速ですが聖女様。筋肉について、どのようなお考えをお持ちでしょうか?」
いや、なんなのその質問。ホント、なんなの?
僕の知る魔術の三つの性質『使うごとに正気度を失う』『物理で殴ったほうが早い』『嫌が上でも神話生物との関わりを持ってしまう』のせいで、魔術士とは変態の代名詞と位置付けていたのだが――この世界でもそれは適用されそうだ。
「結局人は、最後は身一つです。ならば、筋肉は裏切らない、でしょうか?」
人生を歩むには健全な肉体と精神が必要となろう。
しかして精神は肉体の玩具。ならば肉体をきちんと鍛え、そして精神を万全にすれば向かうところ敵なしまでもいかずとも。
「……ほわぁ」
「はい?」
「ほわぁあぁぁっ、その通りなのです! 聖女様、愛しています!」
がっ、と僕の手をアレハンドロは両手で握りしめた。
閉じた目元を手で抑えるグナエウス王。
「あい済みませぬ。こやつの悪い癖でして。しかし錬金術の腕は確かなので」
「アッ、ハイ」
やはり間違いなく変態か。ドン引きである。
「わたくしめのことはアレフと呼びつけてください、同志、聖女様!」
同志とか、もうね。得体が知れなさすぎるのでやめてくださいお願いします。
「で、ではアレフ、お互いの筋肉についての認識が一致したところで、次なる話を伺いましょう。おそらくは昨日狩った竜についてなのだと思いますけれど」
言いながら僕は、握られた手をそっと解かせた。
「はい。実はアレは、推定年齢が十万年近い超古代の始祖『
「ふむ、つまりは竜神ですか。それで何か面倒ごとが起きたりは?」
竜殺しに加えて神殺しである。
場合によってはすべて駆除する羽目になるかもしれない。
何をって? 難癖をつけるだろうこの世界の神々を抹殺するべきかどうか、である。どうせ僕から見て四千年後の地球人の成れの果てが神を僭称しているだけだ。これを不敬として、教皇の立場で罰を与えても別に問題はあるまい。
一瞬、笑みがこぼれそうになって取り澄ます。
将来の上司にして次代総帥の桐生葵は僕を指してこう言った。キミには英雄の素養がある、と。わたしはそれを大いに買う、と。
英雄とは、大量殺戮者の別称である。
覆水盆に返らず。面倒ではあれど、殺ってしまったものは仕方がない。
往々にして仕事には邪魔が入るものだ。必要であれば万難を排して見せよう。
ところがそれは些細な杞憂に落ち着くのだった。
そもそも、僕はあることを忘れていた。
「狂える闇神スコトスの系譜であるため、討伐になんら問題はありません。しかも闇神側も手を焼くほど気性が荒く、激烈かつ苛烈な竜個体であったため、ここだけの話、魔族領でも災害指定されているほどでして。なのでこの度の討伐は、光闇関係なく、むしろ感謝されるのではないかと愚考いたします」
問題はないらしい。否、問題は別な形に変化しただけだった。
重要なのは、そのような怪物をも支配下に置ける、北の魔王パテク・フィリップ三世の力量だった。
魔術で覗きに失敗したら次なるはと、スパイ衛星的な超高高度斥候のためにかの嫁ぎ遅れは竜神を利用した。
言い換えれば、神を使い走りにした。これをどう吟味すべきか。
「なるほど。光闇関係なく魔族も神々ですらも手を焼いた始祖竜を、僕たちはステーキ肉にして焼いて食べたと。いやはや、あれは大変結構なものでしたが」
あえて思惑とは関係のない言動を口に滑らせる。
始祖竜の心臓のステーキは、桐生系列食品会社が考案した和風ステーキソースと非常に相性が良く、珍しくも僕は自分でも驚くほど舌鼓を打ったのだった。アカツキに至ってはキロ単位でバクバク食べまくっていた。
魔王パテク。その力の程、もはや魔神皇と名乗っても良いのではなかろうか。
勇者を相手にくんずほぐれつ仲良く殺し合っていればこちらは楽なのに。
ううむ。勇者の『製造』もしくはどこからか『拉致』しないといけなさそうね。
グナエウス王かルキウス王子を煽って魔王を降させ、英雄の一族に仕立て上げる計画は頓挫したものと判断する。
気概さえあれば神をも討てるとはいえ、その神々ですら手を焼く存在を支配できる者を相手するのはあの装備でもさすがに厳しかろう。かといってあれ以上の武具を与えるのも危険だ。密かに練っていた計画が無下に散るとは残念だった。
さてどうしたものか。幾度も繰り返すに、僕はこの世界に関心がない。
富や権力や名声に興味がない。自分の中にある唯一の願いは、元世界への帰還のみ。なので討伐そのものは現地人にやらせたい。
だからこそ後方支援活動に力を入れているのだが……。
「あ、あの……同志、聖女様? 瞳が竜族のように、瞳孔が縦に細く……」
僕を同志と呼ぶのはやめてくださいお願いします。
「おや、僕はこれでも人族ですよ。まあ、昨晩の味覚が口に蘇りまして、ね」
「それほどまでにも」
「ええ、血の滴るような美味しさでした。寿命が千年くらい伸びた気持ちです」
これまた余談になるが、心臓はまさに筋肉の塊で非常に硬く、しかも弾力もある。なので軟化の祝福を込めたコーラ漬けにして、数時間ほど壺の中に放置したものを切り捌き、BBQコンロで豪快に焼いて食したのだった。
いやあ、あれは、美味しかった。今夜も引き続き食べようと思う。
「――同志、聖女様。まさに、その血についてなのです」
「と、いうと?」
「われわれ宮廷魔術士錬金術部薬剤科では、来たる魔王軍との戦いのために回復ポーションの作成に余念がありません。かく言うわたしくめも、日々のマッスルトレーニングを惜しんで時間の限り作っています」
「マッスルトレーニング……?」
その細い身体で、どの部分を鍛えているのだろう。
「そしてこの度、大量の竜の血が手に入りました。しかも、なんと始祖竜の血と言うではありませんか。同志、聖女様。話の腰を折って申し訳ありませんが、エリクシル、もしくはエリクサーという魔法薬についてご存知でありましょうや?」
「いわゆる万能薬ですね。主要材料には大ティンクトゥラ、または哲学者の石や賢者の石、あるいは真理の赤石とも呼ばれる非常に粘性の強い赤色の物体を使い、精錬の後に魔法薬エリクサーが作られるとか、なんとか」
参考。医師にして化学者、錬金術師のパラケルスス著、アルキドクセン。
「はい、その効能は凄まじく治せぬ病など無く、扱い方によれば不老不死まで与える場合も。
「ふむ。これですね?」
脳裏に賢者の石の作成法が浮かんだので右の掌に作ってしまう。要するにこの石は原初のエネルギーの塊なのだった。突き詰めれば混沌が凝縮したもの。
良く知られている深紅、あの無駄に真っ赤な色は、今知ったところによると不純物の除去がきちんとなされていない影響でそうなっているらしい。本来の賢者の石は無色で透過性がとても高く、それでいて自ら薄赤に発光する、七十面体のレディエントカットそっくりのつるつるとした宝石の態を取っている。
「……へ?」
アレハンドロ、もとい錬金術部総括のアレフは僕の掌を凝視したまま動かなくなった。おーい、どうかしたのですか?
「賢者の石が深紅に見えるのは低純度ゆえのもの。本来の石は、ほら、見ての通り。ほぼ透明で赤く輝くのですよ」
「……は? へ? ほ? ナ・カヤマ・キンニ・クン?」
はへほって、何。頭、大丈夫ですか?
アレフ、再起動。彼は震える手で賢者の石に触れようとする。
「気を付けてくださいね。簡易で作ったにしろ、これ一個で銀河系を軽く吹っ飛ばす熱量を内包していますので。タイムラグなしにボムッと行きますよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます