第38話 巨大アカツキロボ大活躍。ついでにアレも真っ二つ。


「発進にゃあ!」


 超低温かつ超硬度の物質を、これまた超低温かつ超硬度の金属棒で軽く叩くようなキンキンという高音が響く。МHD推進の駆動音である。


 行動範囲の確保のために百メートルほど上昇する。無慣性航行システムによりエレベーターに乗ったような独特の浮遊感はない。視界は外部カメラと各種センサーの複合型で、空間投影式モニターにて死角なく映し出すようにしている。


「アカツキ、上空四十万フィート (約百二十二キロ)近辺で索敵をしてね」

「はいにゃっ!」


 二本のレバーをガシャコンガシャコンと動かしていたアカツキは、前部コンソールのボタンの一つをポチリと押した。


 繰り返すに、これでどうやって操縦しているのか僕にはさっぱりだ。


「……想像以上に、大きい」

「はにゃ」


 映し出される望遠映像には。

 超高度、宇宙空間からこちらを覗き見している、白く長い巨竜の姿があった。


「あのトンデモは古代竜とか、竜王とか竜神とか、その辺の存在でしょうか? 東京スカイツリーを肉付けすればあるいはそれっぽくなりそうなほど長くて太い。アニメ日本昔話のOPみたいに竜に跨るにしても、大き過ぎて無理っぽいね」


「ぼうやよいこだねんねしな?」

「うふふ、そうですよ。アカツキはとっても物知りだねぇ」

「にゃあん。うふふ、褒められると嬉しいっ」


 自分たちのトンデモ具合にはさておく。ともかくあの日本昔話OP当社比百倍みたいな巨大白竜は、この星の大気圏外より地上の僕たちを盗み見ているのだった。そして、まさか僕たちもそちらを見ているとは思っていない様子でもあった。


 深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているという。まさにそんな感じ。

 これが、僕とアカツキが察知した、違和感の正体。


 余談になるが、地上より百キロ上空に至るとほぼ大気は失われ、そこから先を宇宙空間と呼ぶのが一般的だった。


「朝は魔力を使って自室の覗き見をして、今はスパイ衛星並みの覗きですか」


 のんびりとアカツキ専用ロボを作ったようで、妙に殺意の籠る視線に気づいて対策に乗り出していたのだった。僕に備わる土属性無限権能はこの星を軽く凌駕している。有限は、無限には決して勝てないものなのだから。


「あの竜、十中八九、北の魔王の手の者でしょうね……」

「処す? 処しちゃう?」

「ええ、好きな方法で処しちゃってください。敵には敬意を。情けは無用です」

「にゃはーっ。やっつけちゃう目からユピテルビーム、ぽちっとな!」


 前部コンソールにあるボタンの一つを、アカツキは押す。

 すると首部分が上方向にガコンと逸らされたかと思うと、うびび、という効果音と共にビームが発射された。


 このビーム、正式には荷電粒子砲という。出力は元世界での惑星総発電量の約二万倍、五百エクサワット。一エクサは十の十八乗であり、五百エクサワットとは、五垓ワットとなる。具体的には五の後にゼロが二十個ついてくる。


 二拍ほど待って、モニターに映る白竜の首は綺麗に刈り取られた。


Gotchaガッチャ。アカツキ、よくできました」

「にゃにゃあ、にゃあんっ。うふふ、えっへん、なの!」


 膝上のアカツキのピンク髪を撫でて褒めてやる。得意気なところが良い。


 と、そのとき。


『ぶははっ、アカン、喰ってた家系ラーメン噴いたわっ。荷電粒子砲の威力があり過ぎて射線上のラゴ月まで真っ二つにしてこましやがった!』


 あれま。たしかに少々オーバーキルではあったのは認める。しかしそれにつけても月が思っていたよりずっと脆かったのは予想外としか。


 脳裏に語り掛けるイヌセンパイに返事を送る。鼻から太麺が覗いてませんか?


『で、出てないわい。それより元世界あっちの年間総発電量二万倍威力の荷電粒子砲やぞ。三十八万キロ先に届くということはやな、地上から一度角動くだけでも結構な距離を薙ぎ払うねん。なんか宇宙空間を彷徨ってた超生物も焼き飛ばしてるし』


 考えるのをやめた生物と鉱物の中間みたいな? えっと、すみません、ラゴ月とカーズさん (仮)の修繕をお願いしても? というか直ります?


『大丈夫や、俺がなんとかしとく。代わりに今度、チューしようや』


 お安い代償である。僕の唇にそんな価値があるのだろうか。とにもかくにもわかりましたとキスを了承し、イヌセンパイにラゴ月の修繕を任せてしまう。


「さてと。巨竜は飛ぶ速度が緩くなり、星の重力に負けて落下しつつありますね。大気圏摩擦で燃やしちゃうのはもったいないので、まるっと回収しましょうか」

「はいにゃ! カメレオン・タン・トラクタービーム発射!」


 アカツキ、ポチっとボタンを押す。

 なるほど、カメレオンの舌か。ひゅるりと伸びた赤い粒子は、あっという間に白竜をぐるぐる巻きにしてしまった。そしてこちらへと引っ張り落とす。


 落下加速によって摩擦発熱を始めるが、トラクタービーム自体が竜の死体を保護しているので特段の変化はなさそうに見える。やがてビームで簀巻きになった巨竜は落下速度を落とし、大地にふわりと着地する。


 僕たちも併せて着地をし、そうしてアカツキ専用ロボから外に出る。なお、ロボは空間と重力の干渉を応用して作った亜空間にすっぽりと収められた。


 歓声は、ない。水でも打ったように静まり返っている。

 ルキウス王子が馬に乗ってこちらにやってくる。


「これは、一体……? 巨大な蛇? いや、竜、なのか? まさか古代種?」


 竜はにょろっと細長いタイプ。龍はずんぐりむっくりタイプ。

 どちらもドラゴンで、その呼び方の違いに上位下位はないらしい。ただし現代種と古代種で上位下位の違いがあるという。


「この世界の爬虫類の区分なんてどうでも良いです。ただただ、朝も昼も不仕付けに覗かれるのは不愉快だったというだけで」


 覗きを許可したのはカスミだけ。イヌセンパイは、あの人 (?)は、まあ……。


 デバガメは死すべし。今、殺しに行きます。


「気持ちは分かる。が、すまない、事態についていけないというか」


 兵士たちが静まっているのは、そういう事情であるらしい。つまり放っておいても良い。無視して気になることを尋ねてみようではないか。


「竜の肉というのは、食用になりますか? 食べて美味しいですか?」

「えっ、あ、ああ。もちろん食べられる。伝え聞く英雄譚によると、旧き竜は食すことによってある種の加護が得られるというが」


「つまり竜は高級食材という捉え方で間違いないと?」

「う、うむ。中でも心臓が素晴らしく美味かつ強大な魔力を内包していて、無病息災、不老長寿、精神や肉体の基礎力の増強など、竜もしくは龍の内なる力を取り込むには最適とされている。わたしも生まれて数度しか食べた記憶がない」


「なら、今夜の僕たちの食事は竜の心臓のステーキですね。それで他の肉は兵士たちに振る舞いましょう。骨や皮などの加工素材はまた後で考えましょうか」

「そうだな、うむ……」


「兵士たちに伝えてください。今夜はドラゴンステーキだと」

「では、そうしよう。黒の聖女様が規格外過ぎて途方もない気持ちではあるが」


 巨大白竜は、先ほど造り上げたゴーレム軍団によって既に解体を始めている。


 切断された竜の首は熱線により焼き切られているため出血はしていない。なので血抜きには新たに傷を作ってそこから即興で作った巨大な甕に流し込む。

 元世界の神話では、竜や龍の血を飲んだり浴びたりすると不死身になるなどの眉唾話もあるので、異世界ならではのファンタジックな薬用作用を期待したいところだ。成分のサンプルを元世界に持ちかえれば新たな薬が作れるかもしれないし。


 ルキウス王子は伝令を飛ばし、僕が言った内容を全兵士に伝えていた。

 いくらか遅れて、ようやく事態を把握したらしい兵士たちが大歓声を上げる。


 目の端では巨大竜の腹に寄生していたらしい大きな線虫が飛び出してきたが、ゴーレム軍団の手によって速やかに鎮圧されていた。アレも素材である。


 そうして面目躍如なのが、オリエントスターク王国の輜重部隊だった。


 彼らには切り出された肉を片っ端から食糧庫へと輸送させている。十万の将兵への武器防具の配布に、彼らの食事となる竜肉の輸送、その後は骨や皮や血液などの素材も運ぶ。おそらくこのしばらくでもっとも働いている部隊ではなかろうか。

 後でグナエウス王に、彼らへのねぎらいの言葉をかけてやるよう提案しよう。


 以後の解体はゴーレム部隊と輜重部隊に任せて軍事教練の再開である。


 今夜の食事に心が躍るのか巨竜が死んだ事実に興奮を覚えたのか、彼ら兵士の行軍訓練はこれまでに増したやる気を見せて大成功に終わった。


 身体に変調を訴える兵など誰もいない。絶好調らしい。


 基礎部分となる彼らの精強さに疑いはなく、しかしそれにつけても自分のチートオブチートの祝福も大概であり、なんとも頼もしいばかりだった。


 やり過ぎるくらいに防衛強化を施して、いざ本番では僕は寝椅子でアカツキと半睡しつつ魔王軍を撃退、元世界へ帰還が好ましいのだが、さて。


 しかしそう上手くいかないのが世の常であり、もしこの手記を読んでおられる方がおられるなら大いに頷くだろう話、目標を定めて行動を始めると必ずと言っていいほど余計な手間が生じるものなのだった。


 それは、カスミからの諜報報告よってもたらされた。


「イプシロン王国が、オリエントスターク王国に軍事侵攻を整えている、と」


 面倒くさいな。大陸ごと国を沈めてやろうか。


 夜、巨大竜の心臓ステーキで舌鼓を打って就寝時のこと。


「にゃーっ。嫌、絶対に嫌なの!」

「うふふ、うふふふふ。そう言わずに着用しましょう。念のため、念のためなのです。お姉さんは一片も邪なことは考えていませんよ。うふふ」

「にゃうぅっ、やーのっ!」


 カスミがハァハァ言いながら、裸のアカツキに寝間着を片手に迫っていた。彼女が持っているのは往年の美少女戦士風の、小児用セーラーロンパースだった。


 もうね、これ、絶対にツッコミ待ちか何かでしょう。


 しかもあのロンパース、どこで見つけてきたのか。あれは、その、僕のお古だ。

 あまり語りたくはないので簡潔に書くと――、


『今日からお前、男を辞めて女になれ』


 などと宗家より理不尽にもほどがある命が下り、それで、かつて十二歳の僕はショックのあまり心因性の寝小便を垂れるようになってしまったのだった。


 いやもう、突然に今日で男を辞めろですよ? これまで普通に男で生きてきたのに、女の子になれとか。お分かりになられるでしょう。性質の悪い冗談にもならないと。SAN値直葬。激しく精神強度を揺さぶられましたよ。


 しかし桐生一族の一人として、この命令は絶対を前提したものと扱われる。反抗は、自らの将来に多大なペナルティーが科されるものとする。


 その日を境に、僕は社会的に男の子を辞めて男の娘に、もとい女の子になった。


 無茶を強いられる心の反動は強烈で、僕は半年ほど、毎晩オムツを履いて就寝する羽目になる。この精神の追い込み。毎晩、寝小便を垂れる。

 その折に、宗家の命令は避けられぬならばと、どうにか自らの現状に折り合いと慣れがつくよう姉たちが用意したのが、このセーラーロンパースなのだった。


 ああ、また恥の上乗せを書いてしまった。

 恥の多い人生を送ってきました。かの人間失格を書いた太宰治氏も御満悦――かどうかは知らないが、顔をしかめるくらいはしてくれるだろう。


「ハァハァ、レ、レオナさまからもひと言お願いします……っ」

「嫌がる子に強制なんてできませんよ?」

「しかし、念のためオネショ対策を。今夜だけ、今夜だけでいいのです」

「……さっきアカツキはちゃんとトイレへ行っておしっこをしてきましたが」

「にゃあっ。そうなの、にゃあは大丈夫なの!」


「で、ではアカツキちゃん。レオナさまも着用ではどうでしょうか。お揃いですよ。ほーら、可愛いでちゅよー。今夜だけ、念のためですからー」

「……にゃあ。カスミ、本当?」

「待って待って。なんでそうなるの。僕のアレは小さいお古しかないはず」

「もちろん用意していますよ。姉君方のセーラーロンパースですが」

「うわ、そうきたかぁ……」


 実は、精神的ショックで寝小便をするようになった僕のために、姉たちも僕と同じ格好をしてくれて、毎晩欠かさず一緒に寝てくれたのだった。

 コダマ姉さん、ヒカリ姉さん、ノゾミ姉さんには本当に感謝している。こんなにも僕を大事にしてくれる姉たちには、いつか必ず恩返しをしたいと思う。


「……負けました。アカツキ、今夜だけそれを着ましょう。オムツもしましょう。かつてお姉ちゃんたちがしてくれたように、僕もつき合いますよ」

「みゅう。レオナお姉さまと同じなら、着るの」

「やりました……っ。さすがはレオナさま……っ。写真撮影の用意をせねば……っ。勝利……っ、圧倒的勝利……っ。ここはシャングリラか……っ」


 これも愛しいわが子のため、か。まいったな。

 アカツキに変な嗜好がつかなければいいけれど。こういうのが嫌で、朝の一連ではオムツを着けさせずに寝る前にトイレで済ませようと考えたのだが。


 あと、カスミの変態。建前以前に本音部分が普通にダダ洩れになってるから。


「もう、わたし、死んでもいいです! わが一生に悔いなし!」

「やめてください生きてください」


 カスミはお触り行為も大好きだが、様々な女装シュチュエーションに僕を絡めたりして、その様子を見て楽しむ新手の変態でもあった。

 とうとうぶっちゃけてしまった。でもしょうがないね、本当のことだし。


 顔を紅色に上気させて世紀末覇者の最期のポーズを取る変態のカスミを軽くたしなめ、僕とアカツキはサイズ違いのお揃いで、例のロンパースを着込む。

 久しぶりだが、今になって思うにガーゼ生地がとても触り心地が良くて却って危ない感じがする。オムツも久しぶりだ。いっそわざと漏らしてやろうか。


 そうして、僕とアカツキは、姉妹のように仲良く抱き合って眠った。


 夜中、うふ、うふふとベッドの下で笑うカスミの変な声がいつまでも続いた。

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