第37話 おやつを食べる。そして征け! 無敵の巨大ロボ!


 そうこうしているうちに、行軍訓練を再開した。


 馬車のトランスフォームでホトケフェイスになっていた御者兵たちもなんとか自分を取り戻したらしく、今は普通に馬を御しているように見える。


 余談だが動力源の馬車馬は四頭編成である。もちろんこの馬たちにも祝福強化が行き届いており、人間には装備を含めて五倍強化のところ、彼ら動力源にはそのまま身体強化の五倍を適用させていた。


 人間と馬の体重差を踏まえ、ならば当然の如く骨格と筋肉の頑強さも違う。基礎体力の高さを良いことに明日の人間身体五倍強化を前に臨床試験をしているのだった。馬から得たデータを人間に適用させるなど乱暴にもほどがありそうだけれども、やらないよりやっておいた方が良いのは言うまでもない。


 もっともこの祝福は奇跡の類なのであまり意味がない気もしないではない。強化された馬たちは調子よくパカラと走っていた。


 駆ける馬の背を眺めてふと思う。一頭当たり五馬力相当の四頭編成。

 でもやっぱり馬は馬なのでどれだけ強化しても一×四の、合計四馬力という言葉のアヤをつく不思議さよ。


「カスミ、次の休憩予定地での用意はいかがですか?」

「はい、万事滞りなく完了しています」

「大変結構です」


 不可視で気配の欠片も感じ取れないが、すぐ傍でいつも僕に仕えるカスミが返事をする。相変わらず声の出元が本当にすぐ間近で、くすぐったい。


 次の小休止で何をするのか。答えは、おやつ休憩である。


 十万の兵に地熱で程よく調理した焼き芋を試食してもらう。

 意図は、表向きは新食糧の認知度を効率よく広げるためとしている。いわば国家政策を僕が自主的にやっているのだった。


 本当の理由は、三種の食糧があまりにもポンポン生産され過ぎて避難民の消費を前に保存倉庫が爆発しそうになっている現状を緩和させたい。


「自分の能力をもっと理解しなければ、下手するとこの世界を滅ぼしかねません」

「レオナさまがそれを求めるならば、わたしもまたそのために動きましょう」

「ありがとう。でも、この国は懸命に生を足掻こうとしていますからね」

「はい。レオナさまの内なる混沌の成すがままに」


 意味深なセリフの応酬のように聞こえて、実は単なる中二的な言葉のキャッチボールに過ぎなかったりする。

 己れの能力をもっと把握しなければ→全力でお手伝います→ありがとう、でも一人でなんとかするよ→はい、了解です。世はなべてこともなし。


 ああ、そうだ。良い機会なのでちょっとした一文を以って明言しておこう。


 この世界について、僕はなんら関心を持たないのは以前にも書いた通りだった。

 そういうのもあって、多少の匙加減は加えても、基本的に持ち得る知識は求められるままに開帳すると僕は決めている。

 ときには求められていなくても、開帳するつもりでいるけれど。


 気分で装備を与えもするし、資金や宝石、新たな戦力などもなんでもござれ。


 ただし――、

 僕を召喚したという代償は支払ってもらう。


 金? 宝? 何らかの技術?


 与える側の存在が、そんなものを欲しがるはずもなし。

 僕が頂くものは、そう、形無きもの。


 それは、その後の責任は一切取らないという、悪魔もかくやの無限の代償。

 余人曰く、タダより高い物はない。


 この辺りも、この手記を続けて読んでおられるなら、ご理解を頂けると思う。以前に少しだけ触れた内容でもあるし。


 彼らは僕から与えられた知識や技術を自分たちで上手く取り扱わねばならない。


 調子によって便利な知識に振り回されて自滅しても、僕はまったく意に返さない。知らぬ存ぜぬなのである。


 グナエウス王は一見すると調子の良いただの食いしん坊な凡夫に見えて、その実、手に余る事柄への解決に百年のCТクールタイムを持つ聖女召喚を惜しみなく投入できる『某最後の幻想RPGの、エリクサーを必要に応じて使える』男だ。


 決断力のある男。間違いなく、名君の器を持つ男。


 同時に、彼は聖女召喚時に自国を富ませる多くの条件を上乗せした強欲な男でもある。と言って、僕としては高評価だった。王とは、かくあるべきもの。


 ゆえにこちらの思惑と、その代償の重大さには――、

 もちろん気づいているはずだった。


 特に、僕のオーパーツどころではない技術供与に関しては、いずれこの世界全体の問題として扱われることになるだろう。

 クセモノゆえの黒の聖女とは、よく言ったものだ。


 二度目の行軍が終わり、半刻の小休止に入る。予想された到達点だった。

 僕は膝枕でうとうとと半睡しているアカツキに、そろそろおやつの時間ですよと優しく耳に囁いてやる。


「……おやつ? 食べたい、食べたい!」


 この子も大概な食いしん坊である。ひと言でガバリと起きた。

 うふふ、可愛いなぁ。


 先ほど書いたように、用意されているのは焼き芋である。

 鉄板の上に小石を敷き詰めて地熱でじっくりと熱し、その中に芋を入れるだけ。地熱は僕の土の属性無限権能で地中のマグマを少しばかり召喚し、その残熱で温めたものを使っている。とってもエコロジー。


 遠赤外線も加わってほっこりと出来上がる焼き芋は、甘く美味しく、しかもガツンとおなかに溜まる幸せ仕様だ。しかも半完全食とくる。

 これをゴーレム部隊を使って全部隊にくまなく配布する。

 兵士なので食べる量も半端ないと予測されるが、しかしあくまでおやつなので一人当たり二本としておく。

 喉が詰まってもその辺は持参している水でも飲んでなんとかしてほしい。


 結果を書けば、兵士らに配った芋のおやつは大好評だった。


 彼らの凄い勢いで芋皮ごと食べる豪快さに目を見張る。繊維質も豊富なので明日からのお通じが良くなること請け合いだった。

 アカツキも美味しい美味しいと食べ、なんと一人で二十四本も平らげていた。

 見た目は十歳にも満たない幼女風なのに、倍ダース単位の芋はその小さな身体のどこに入ったのやら。


 一方、僕は一本もあれば十分だった。良く肥えたサツマイモは加熱によって甘味を深め、しかもホコホコもっちりしていて大変美味である。

 ただ本当に良い育ちぶりのサツマイモでこのまま一つを食べてしまうと夕飯に差し支えが出そうな気もしないではない。


 ふと、カスミを見る。


 彼女は車外にて珍しく姿を現したまま待機をしていた。なんとなく視線をたどる。僕の芋に行き着く。そして気づいた。


 カスミの瞳はまるで獲物を狙う虎のようで、それでいて普段はとび色のはずの瞳が妖しい紫に染まり、ついでにハートマークまで添えられていた。


 ああ、その矛盾の塊のような眼力はアレですか。そうですか。

 あなた本当に、全然、ブレませんね。


 要するに食べ残してほしいらしい。

 この人、相変わらずマイペースというか、自分の趣味には一切妥協しないというか。僕は若干引きつつも、彼女に食べかけの芋を手渡した。


「ハァハァ、ハァハァ。うふふ、うふふふふ。これを体内に取り込む……レオナさまと一心同体……うふふふ……っ」


 普通にそこは食べるって言おうよ。怖いので聞かなかったことにしよう。


 アカツキと良く冷えた微炭酸リンゴジュースを飲んでいると、ルキウス王子が遅ればせながらやってきて馬車に乗り込んできた。

 ふう、と軽く息を吐く彼。ジュースをグラスに注いで手渡してやる。感謝、と言って彼は一息に呑んだ。

 黒の聖女様の出す食べ物や飲み物はどれもが美味しいのだよなぁ。賞賛と呆れと羨望の混じったような感想を述べる。


「一度知ってしまっては、もう戻れない食生活に今から戦慄するよ」


 ルキウス王子は魔王を降した後を言っているようだ。用が済めば、僕は元の世界へ帰る。もちろんアカツキも連れていく。彼が抜けるその代用のシステムをどうするかはまだ考えていないが、いずれどうにかしてしまおうと思っている。


 王子は道具袋からカレーパンを取り出し、昼過ぎに僕が教えたように袋を開いておもむろにかぶりついた。


「うーむ、美味しい。焼き芋も食べたのだが、あれもほっこりと甘くてとても良かった。聖女様の世界は、美食に溢れすぎているのではないだろうか」


「なるべくこの世界でも簡単に作れる料理のレシピは渡していくつもりですよ」

「そのレシピを巡って子孫たちが骨肉の争いを起こさぬよう心より願うよ」


「技術は秘匿されるべきもの。知識とは、万金の価値を内包する宝ですから」

「以後を予測しつつも、それでなお与え続ける聖女様の意図や如何に?」


「あなたの父君が僕を召喚するときにそういう条件付けをした、それだけですよ」

「うむぅ……」


 繰り返すが僕はこの世界にまったく関心がない。


 考えるまでもなく、人の都合をガン無視して紀元零年文明程度の異世界に召喚した挙句、魔王に宣戦布告されて困っているのでどうにかしてくれなどと勝手が過ぎて噴飯ものだろう。しかも用が済めば元世界に帰るのだ。


 これでどうやって愛着を持てと。僕は異世界に行きたくてわざと走行中のトラックに突っ込んでいきそうな、ある意味での『勇者バカ』ではないのだ。


「ん……?」


 ふと、違和感を覚えた。

 アカツキも何か感じ取ったらしく、僕にぴったり寄り添ってきた。さて、どうしたものか。近辺におかしなところは見受けられない。ふむ、ふむ?


「――聖女様?」

「あっと、これは失礼。ところでジュースのおかわりはいかがですか?」

「あ、うむ。ありがたく頂こう」


 僕はにっこりと微笑んで、ペットボトルに入った炭酸飲料を彼のグラスに注いでやる。笑顔とは、大抵のことを誤魔化せる有効手段である。


 その後、僕はアカツキの新たなゴーレム軍団を造り上げた。

 傍でルキウス王子が変な声を上げたが聞かなかったことにする。驚嘆が、男にしては妙に艶っぽい声だった。


 綺麗に整列した五千体=この国での一軍団のゴーレムたち。


 基本の一般兵科はモビルスーツというかレイバーというかスコープドッグというか――男の子が見れば喜びそうな人型ロボットタイプであり、腹部にあるコクピットにはアカツキの分身体が搭乗しそこで操作しているのだった。


 各隊長クラスはどこぞの星団の光の巨人そっくりで、ジュワっとペンライトみたいなものを天に掲げて変身する。どうにも版権関係がマズそうな光景ではあるが、ここは異世界。元世界の法律もここまでは追ってはこれまい。


 なお、変身後に光の巨人から分離して素体であるアカツキの分身体を単独行動させることもできる。どういう原理なのかは制作者である僕にもわからない。わけが分からな過ぎて、土の属性権能ってスゲー、なのである。


「ねえねえレオナお姉さま、にゃあもデウス・エクス・マキナがほしいぃ」

「え。デウス・エクス・マキナとはアカツキを指すのでは……ああ違う。アカツキはチクタクマンだものね。ならば米国のハドー財閥が一時期趣味で作っていたデモンなんとかと同じ系統かしら? となれば、どういうものがいいかな」


「四角くて、おっきくて、強くて、無敵なのがいいの!」

「う、うん? もう少し具体的に教えてくれると嬉しいような?」


「名前はね、『木星大王ユピテル』なの! 目がピカピカーって光って、ガッシャンガッシャン、ウィーンウィーン、ごごごごおぉーって動くの!」


 具体的な説明の方向性が違う。まあいいけど。

 今ので半世紀くらい前のおもちゃ屋に良く売られていたブリキのロボットでイメージが固まってしまったのだが、どうしたものか。


「いや、待てよ? アカツキが動かすのならそれはそれで似合うかも?」


 なので造ってみました。

 ブリキのおもちゃロボット風の、デウス・エクス・マキナを。


 身体の芯に迫るような物凄い重い音を響かせて、アカツキ専用のロボットがドゴォォォッと爆誕、大地に降臨する。


 あんぐりと口を開いたまま空を見上げる兵士たち。皆が、無言になる。

 ルキウス王子、もはや卒倒寸前の顔でこちらに馬を走らせている。


 アカツキ、目を輝かせて喜んでいる。本当にこの子ってば、良い子だなぁ。


 全長は百と三メートル。かの通天閣と同じ高さである。

 重量は二千五百トン。アカツキのコアに比べれば随分と軽いのが分かる。

 自分でも頭のおかしな発言をしているのは承知済み。


 基本材質は、グナエウス王やルキウス王子が装備する鎧と同じアダマンチウムとオリハルコンとヒヒイロカネの合金製。なので黒光りしている。

 これに僕の本気の祝福がもはや数えるのが面倒なほど付与されている。

 装飾にはアカツキの核と同じウルツァイト窒化ホウ素と魔法銀を遠慮なく使用。


 漆黒の筐体に映える銀雷の意匠を凝らした四角い巨人――ゴーレムという括りでの、デウス・エクス・マキナ。

 機械仕掛けの神チクタクマン機械仕掛デウス・エクけの神ス・マキナに搭乗し、自由に操縦する。


 チャームポイントは目の部分がピカピカ光るところか。もちろん目からビームはお約束の範疇である。大地に照射すれば、一瞬のラグの後に大爆発するアレだ。


 移動または機動については単純移動するだけでその自重にて地面が埋没するため、磁界を使ったМHD機構とハチソン効果を併用した浮遊システムで静かにガッションガッション歩く。矛盾した表現ではあるが、そういうものなのだった。


「く、黒の聖女様! これは、一体ッ?」


 ルキウス王子が、総指揮官として泰然とすべきところを打ち捨てて、僕のもとに全力で馬を走らせてくる。


「すみません、理由は後にしましょう。少しやっておくことができまして」

「や、やっておくこと、とは?」

「それも後ほど詳しく。アカツキ、出撃ですよ」

「みゅっ! レッツらゴーゴーなの!」


 二つ返事でばっと両手を上げるアカツキ。

 彼のデウス・エクス・マキナの頭部に描かれた口からトラクタービームが発され、機内へと誘導される。

 やがて、空間転移に近いプチワームホールを利用、コクピットへ移動する。


 基本的に一人乗りであるので、僕が先に座ってアカツキを膝に座らせる。彼は足をぶらぶらさせつつ、二本のレバーに手をかける。


 操縦関係は、二本のレバーのみ。あとは前部コンソールにある数個のボタン。

 これでどうやって操縦するのか、製作者の僕にもさっぱり謎である。

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