第36話 兵装備更新、身体能力向上、軍事教練 その2


「あわわ、お尻がっ」

「馬車の振動が凄くて、二つに割れちゃうにゃあ!」

「本当ですねっ。もう割れてますけれどっ。アカツキ、僕の膝に乗るっ?」


 内部に装着したレアメタル三種合金製の祝福されたパニエが邪魔なので、その部分だけインベントリにしまう。 


「にゃあ! レオナお姉さまのお膝! にゃあの特等席!」


 行軍を後からついていく馬車も、貴人を乗せているにしてはちょっとない速度で荒地をガラガラと駆けていく。

 一般的な馬車の移動速度は、人で例えるならば少し早めに歩く速度から軽い駆け足程度である。二十キロなどはこの世界での特別料金の速達郵便レベルだった。敷き込んだクッションではとても賄いきれない振動が、僕たちの尻を襲う。


 さすがにこれはまずいと思い土属性無限の権能を発動させる。


 精神的トリガー、パチンと指を鳴らして、急遽車軸部分にチタニウム合金製のサスペンションをインスタントに作り上げて装着させる。


 具体的には車軸にショックアブソーバーとスプリングを取りつける、固定懸架式――リジットアクスル方式である。日本語で書けば独立懸架式の、インディペンデントサスよりも簡易でコストも安く、しかもこの世界の技術者でも死ぬほど頑張ればおそらくは再現は可能だろうと考えてのものだった。


 併せて地中よりシリカを還元させて金属珪素へ、猛毒の塩化水素を土中と空気中から強引に合成・反応をさせて三塩化シランを作りこれを蒸留、イレブンナインの超高純度シリコンを作成する。ここからさらに加工を加えて粘度と靭性を持たせた厚さ十センチの合成高分子衝撃吸収ゲル板に仕上げてしまう。


 これを馬車の床部分にサンドイッチさせるのだ。余ったゲルは追加の加工を経て耐摩耗高靭性エアレスタイヤに変質、車輪部に装着させる。


 ついでに馬車の青銅フレームに希少鉱物のヒヒイロカネを微量加えてさらなる合金化を慣行、おまけにハニカム構造に敷き替えて頑強さをサポート。


 元世界のやんごとなき高貴なる方々がお使いになる御用馬車を参考に、もはやこの世界と時代では完全にオーパーツの天蓋式馬車へと魔改造してしまう。一瞬、ほぼ忘我になりかけている御者兵たちと目が合った。


 祝福で車体重量を四分の一に軽減し耐衝撃を千五百パーセント増、搭乗者の気力と体力の回復促進十倍増しも組み込む。


 前方の兵たちの猛烈な行軍でもうもうと立ち上る砂埃対策にポンプ式圧縮機構を作って車輪を回すことで動力供給をさせ、指向性を持たせた噴出空気でエアカーテンを完備する。ついでに前記機構を副次利用した冷蔵庫も配備しよう。


「まず、こんなものでしょうか」


 根底から魔改造を施された貴人向けの馬車は、ロイヤルサルーンと銘打っても如何ほども恥じぬ静かな走行を実現させていた。

 軽くて強いフレーム、三種の祝福、たぶんこの世界で初のサスペンションと高分子ゲル板による衝撃吸収機構、埃除けにエアカーテン、ミニ冷蔵庫も搭載。


 少々やり過ぎた感がなくもないが、良しとする。


 後日、グナエウス王の一家が乗った際の感想が色々と楽しみになりそうだった。せっかくなので作れる範囲での設計図も用意しておこう。


「とっても静かになったにゃあ」

「うふふ、走行中に改造という無茶を頑張ってみました」


「これには御者の人たちもびっくり? でもでも、結構大丈夫そう?」

「泰然としているところにプロ意識を感じる、ということにしておきましょう」


 馬車を御していて走行中にいきなり変形を始め、原型を残さず改造されてしまったという事実はその御者兵たちにとって大変な驚きだったと思われる。


 ラディカルグッドスピード。祝福強化された馬の速度にも耐えうる馬車。


 というよりなんだかこう、御者兵たちは皆、悟りでも開いたようなアルカイックなホトケフェイスになっている。あー、これは諦念の表れだなと気づいてあえてそ知らぬふりをする。世はなべてこともなしである。


 行軍というよりは、フル武装で本気のマラソンの態で半刻が過ぎる。


 全体小休止の命令が下る。

 今から約四半刻は兵らの肉体負荷後の報告待ちとなる。


 僕は依然としてホトケフェイスな御者兵たちに命じ、その様子を見て回るために幾つかの軍団の横を進ませた。そしてふむ、と頷いた。


 約一時間ほど歩いてのちに小休止をする兵らの表情は明るく、誰を見ても疲労した様相を感じ取れなかった。怪我人や心身に異常をきたしたという報告も上がってこない。とりあえずは上々の結果と言えそうだった。


「いやはや。僕自身、色々と出来過ぎて却って怖いものを感じますね」


 土属性無限は大概なチートオブチートだ。しかし祝福も負けじと凄まじい。この能力の万能性はそれなりに理解を深めてきたつもりでいたが、ここまでぶっ飛んだ性能を目の当たりにしては、改めて他人事のように驚きを隠せない。


「最終はすーぱーヤサイ人にゃ?」

「かの戦闘民族みたいな超戦士を大量増産しちゃおうかな?」

「にゃあはフリーザサマが一番好きにゃ。必要なら星ごと滅ぼすにゃ」

「あれはあれで、企業経営者としては理想の上司なんですよね……」

「にゃあ」


 戦闘力五十三万とか、一体どのくらい強化すればいいのだろう。

 さすがに人の身体が耐えられるのか疑問だが、仙骨の出来ている兵士で試してみても良いかもしれない。それでそいつを勇者に祭り上げてしまう。


 黒い妄想を滾らせてほくそ笑む。


 と、そのとき。


 目線の先にルキウス王子の白馬がこちらに向かってくるのが見えた。一瞬、彼は戸惑うように身体を揺らしたのはたぶん見間違いではない。


「黒の聖女様。こ、これは、一体……?」

「乗り心地を少し追及したらこうなりました。休憩がてら、試乗なさいますか?」

「お、おお。では、わたしも乗ってみるかな……」


 王子を乗せ、僕は悟りを開く寸前の御者兵にその辺りを適当に巡るよう命ずる。


「……怖いくらい静かだ。有り得ないほど地面からの揺れを感じない」


「なかなか良いものでしょう?」


「いやいや。良いという次元ではなくて。むしろ極上。これは車輪横に着いた珍奇な機械のおかげなのか? それとも車輪の黒い樹脂のようなものが、か?」


 僕はサスペンションから祝福までをすべて説明した。

 王子、なぜかドッと疲れた顔に。


「魔改造というよりはそれはもはや再創造では。使用前使用後が様変わりし過ぎてわけが分からぬ。えあかあてんなる発想など、もはや新世界としか……」


 ゆるゆると、静かに馬車は行く。

 アカツキはどこから取り出したのか、午前中に捕まえて単分子炭素糸でくくったトンボの魔物を空中に放して遊び始めていた。


「ときに、王子殿下。今ある戦争の戦術概念を根底から崩しかねない用具があるのですが、興味はありますか?」

「何それ怖い。父上のような順応性を、黒の聖女様はわたしに求めておいでか?」


「大丈夫です。思いつきさえすれば、ああ、なるほどと思う程度ですから」

「わ、わかった。ならば見せて頂こう。軍を預かる身としては無視できない」


 僕はインベントリから、とある用具を引っ張り出した。


 それは馬の鞍だった。

 王子たち指揮系統の兵が乗る馬に装備させているアレである。

 ただし――。


「うん? 足の引っかかる位置に金属製の輪っかみたいなものが……?」

「その部分はあぶみと呼びます。鞍の左右に一本ずつ垂らし、足をかけるのです」


「ふむ。……あっ、そうか。いや、つ、つまり。そ、そういうことか!」

「王子殿下、お分かりになられましたね? ご想像の通りですよ」


 見ただけでその機能を看過するとは、さてはこの王子、天才か。


「もちろん馬とは繊細な生き物ですので、いきなり取り付けるわけにもいきませんけれど。でも子馬の頃から慣らしていけば大丈夫ですよ」


「……? 装着自体は簡単であろう? 馬は良く言えばおおらか、悪く言えば大雑把の代名詞。世界が違うなら性格や特性も違うのではないか?」


「えぇ……」


 確かに元世界から持ち込まれたとはいえ、年月と品種改良で色々と変わってしまうのかもしれない。馬と言えばそこそこ賢くて、何よりも繊細で、懐きさえすれば犬並みに忠実で可愛い動物だけれども。


 馬車を元の位置に戻し、ルキウス王子は僕が先ほど渡した鞍を自らの軍馬に取り換えた。彼の白馬は特に反応もせず、されるがままになっている。


「伺っていた通り、嫌がりませんね……」

「おおらかでないと、とてもじゃないが戦場に馬を連れて行けないのだが」


「僕の世界ではそれは大変な時間と労力を費やして調教し、軍馬にするのですよ」

「そうなのか……。ふむ、では、失礼して少し走ってくる」

「はい、行ってらっしゃい」


 フル鎧装備だが祝福の身体能力増強もあり、彼はひょいと愛馬に跨った。鐙に足をかけて、走らせてみる。軽やか。乗騎の様式が多少なりとも変わるはずが、ルキウス王子はすぐさま最善を見つけ出したらしく白馬の走行に澱みが見られない。


 人馬一体。調和のとれた美しいフォームだった。


「さすがです。快調に走っていきました。ちょっと、いえ、かなり格好良いかも」

「にゃあ。なんだか眠くなってきたのぉ……」


 アカツキは眼をしょぼしょぼさせて僕にもたれかかってくる。


「あらあら。それじゃあ膝枕をしてあげましょうね」

「このトンボはもう放しちゃうのぉ」

「アカツキは優しい子ですね。なら、トンボに括りつけた糸を解きましょう」


 良質の鉱石を好むらしいキイダラメなる虫の魔物を自由にしてやる。そして眠そうなアカツキに膝を貸してやる。


 もそもそと動いて頭のポジションを決める彼。ちょうど股間の中心部に顔を潜り込ませてくる。少し恥ずかしいけれども、見た目が幼い子どもなので不思議と許容できてしまう。たまにピクピクと動くエルフ風の細長い耳を見て、微笑む。


「黒の聖女様。この鐙という用具、素晴らしいな!」


 馬を操るルキウス王子が、その辺りを一周して馬車の横まで駆けてきた。


「実感いただけて何よりです。足に踏ん張りがきくのでより安定して馬を走らせることができ、また、武器の扱いも段違いで強化されますよ」

「言われるようにちょっとした思い付きのようで、しかしこの発想にはなかなか至れないのはわかる。戦争の根底が変わるというのも納得できるな!」


「量産させて重騎兵部隊を作り、槍を構えて突撃させると一方的蹂躙ですよ」

「おお……っ」


「この用具はあなた方の世界と時代を鑑みるに、既にどこかの国では革紐などを使った原型があるかもしれません。ただし木製や金属製の鐙の登場は僕がいた世界では三、四世紀辺りからとされていて、あなた方の世界では数百年先の発明となりましょう。なので有用に使うためにもしばらくは脚全体を覆い隠す工夫をお勧めしますよ。単純な構造ゆえに、他国に簡単に真似られてしまいかねませんので」


「まったくのご指摘の通り。なので極秘の開発に回しておこうではないか」


 一先ずはそういう取り決めをして、王子には厚手の遮光カーテンを改造して作ったフレアスキットをつけて貰い、足元の目隠しをしてしまう。スキットとは語呂からもわかるようにスカートの前身であり、元世界では古代北欧方面の男性用衣類だったものである。豆知識として、スキットの中身はノーパンが正式である。


 漆黒の鎧に兜、深紅のマントに遮光用のカーテンを改造して作ったスカート……じゃなかった、スキット。完全に、異装。


 めちゃくちゃ目立っている。


 まあ、ギリシア・ローマ時代に似通った世界の軍総司令でもあるし、目立たないと士気の鼓舞にも関わるので良しとしよう。というかあの王子、身体の線が細いので妙にスキットがエロ――否、良く似合う。


「(薄い本的な意味で)一枚の絵画になりそうなほど格好良く決まっていますねぇ」

「そ、そうか? ふむ、こういうのもアリなのか」


 ルキウス王子に夜会用の背中をグッと晒すフェミニンドレスを着せてみたい。

 男の娘、やってみませんか? お仲間になりませんか?

 手取り足取り、懇切丁寧に指導いたします。


 などと僕が微笑みの裏で悶々と巡らせているとは誰も思いもしないだろう。

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