第34話 今日のお昼ご飯はなんですか? その2


『知ってると思うけど、宇宙のすべてはわれらがアザトースの夢の中やで』


 ええ、そうらしいですね。なのでかの魔王にして宇宙創造主が目覚めてしまえば、この宇宙のすべてが消えてしまう。残るのは外なる神々くらいでしょうか。


『せやな。宇宙の法則から逸脱しているだけになるなー』


 それで、魂なき人間がどのようにして霊体化を?


『エネルギーを保存した精神体化、な。霊体とはちょいと違う。霊体は虚数派生やが、精神体保存は生者の法則に則って実数派生の扱いとなる。つーか、両方とも実と虚が違うだけで根底部分ではエネルギー体ではあるんやけど』


 どうでもいいわりには、ややこしいですね。


『やだ、レオナちゃん冷淡。男の娘なイケナイところ、つついちゃおうかしら』


 なんでそこでオネエ言葉なんですか。どこをセクハラするつもりなのか知りませんけれど、気持ち悪いので続きを喋ってどうぞ。


『……まあ、アザトースの観測は宇宙の無限大規模SSDたるアカシックレコードに保存されていくんやが、ならば宇宙規模の量子コンピューターでもあるかの方アザトースに自分のデータをインターセプトさせて、その存在性を騙し、定量のスカラー電磁波エネルギーでコーティングしてしまえば。これをエネルギーを保存した精神体と呼ぶ』


 さっぱりわけが分からないことは、分かりました。


『うむ。わざと端折ったからな。アレよ、そのうちとある天才幼女が――新しき目覚めたアザトースが、自らの宇宙を創るついでに論理を開発する。いずれにせよ彼ら宇宙の開拓団というか移民団というか、人の手だけで新天地を向かったはいいが五百億光年のブラックホールからの脱出にはかなり無理と無茶をした』


 ブラックホールの外から観測すれば、その内側は事実上止まっているようなものですよね。僕はあなたに護られていたから平気だったとして、彼らは人間概念で言う『時間』が物理を伴って肉体を狂わしてしまいそうです。


『レオナちゃんビンゴ。やつらは俺ら外なる神の護りなしに強引にブラックホールから脱し、その反動で『時間』がトンデモ加速を始めた。具体的には一日で一年レベルで。この頃の人類は不老長寿技術メトセライズが確立していたんやが、それでも限界があった。開拓団はやむなく、試作段階だった精神体化を使わざるを得なくなった』


 どうぞ、続きを聞かせてください。


『やだ、打って変わってレオナちゃん素直。今晩辺り誘ったらスケベできそう』


 本気でぶっ飛ばしますよ。全身ネオンのハンザワ=サンのくせして。


『それは言うたらアカンやつやぁ……。あー、うむ、オホン。気を取り直して、それで開拓団は当初の移民方針をちょっと変更したんや』


 というと?


『肉体は、急激な老化で事実上失われた。今は精神体だけが残る。真面目な話、生殖を伴う原初的な繁殖ができなくなった。繁殖は、すべて機械任せになる。人間は、いや、生命とはすべからく遺伝子の運び手やねん。次へ次へと繋いでいくのが、イノチの役割となる。ならば今の自分たちは、もう、人間とは呼べへんのとちゃうか、と。そういうのもあって自分たちの立ち位置を考え直そうって』


 耳に痛いですね。僕には生殖能力は現状、ありませんし。


『気にすんな。こいつらはそう考えたってだけや。ほんでまあ、結果的には人類生存圏ハビタブルゾーンに見合った星にたどり着き、生命科学を駆使して新たに人類とか動植物、趣味に任せてファンタジーな亜人とか魔物とかもバリューセットな創造をかまし、自分らは星の管理者に収まった。自分らの旅はここで終わりってな』


 ……まさか。では、この世界の力弱き神々と呼ばれる存在は。


『せやねん。すでに気づいているのは承知で言わせて貰うが、この世界で言う神々ってのは元は開拓団の果ての地球人なんや。創造神とか嘯く輩もいるけど、さかしい知恵をつけて神を自称した、哀れなショゴスの成れの果てなんやで』


 なるほど。それで、回りくどい説明は混沌好きのナイアルラトホテップならではと理解して、そろそろ結論を求めたいものです。

 結局のところ、五次元の影響はどうなったのか。もちろん僕の予想はだいたい固まってはいますが、やはり神の真なる回答が欲しいところですね。


『レオナちゃんはアレやな、クールで格好良いな。俺は今、この世界サン・ダイアルの秘密の核心部をぶっちゃけたんやけど。もう抱かれてもいいレベル。俺、どっちかと言うと掘るより掘られる方が好きやねん。やっぱ、今夜は一緒にスケベしようや』


 嫌です。知っての通り、そもそも僕には生殖能力がありません。


『受けが二人とか、さすがに悲しいなぁ。互いに尻を見せ合うだけの関係やなんて。でも本来のレオナちゃんなら素敵なアルファになれたと思うで』


 オメガバースネタはやめてください。あなたが言うと本当に洒落にならない。いつの間にか男の僕が妊娠させられて妊夫とか、悪夢ですからね。


『やろうと思ったらできるで。俺の得体の知れない神パワーでな』


 自分で得体の知れないとか言いますか……。


『でもアカツキも復活させてるしなー。チョメチョメしたいが、もったいなし。……そんで真面目に回答やが、可愛いレオナちゃんと従者カスミの『自宅インベントリ』は五次元の干渉を通して元世界へとキミが望むように繋がっている。ついでに言うとこっちの世界では概念時間の二日分経ってるけど、向こうはフェムト秒たりとも経ってない』


 ブラックホール内に元世界が存在しているなら、そうなるでしょうね。


『四次元と五次元の違い、わかるか? そもそも事象の根底が違うねん。四次元は所詮、十京分の一のセル画を『眺め直す』ものでしかない。一方、五次元は『世界レベルでセル画の選択』ができる。ただし事象の変遷は『量子力学的に確率で成り立つ部分』だけに限る。ちょっと分かりにくいのを承知で語るに、つまりやな、キミがいる『アザトースの観測世界』だけではなく『アザトースが見捨てた可能性世界』へも干渉ができるって寸法やな。もちろん見捨てられた世界分岐は無限に存在する。六次元になったらさらにオモロイことできるけど、そいつはまた今度』


 もったいぶるなら僕がより理解を深めるために勝手に考察しますけれど。


『えっ、マジで? めっさ理解しちゃってる系?』


 まず四次元。一般的な認識では時間干渉に関わる次元と解釈されている。

 それは一応は間違ってはいない。


 ただ、次元数を増やして人間概念で言う未来や過去に干渉しても真なる観測者はアザトースなので、例えば過去改変をしてもその人物が可能性世界へドロップアウトするだけで宇宙的視座ではまったくの無意味である。


 いわゆる未来はというと、常に確率変動するため、未来視をしようにもイヌガミ一族でもない限りただの人間如きでは手は出せない。


 次、五次元。イヌセンパイの解説でおおむね十分ではあるが、より理解を深めるためにあえて考察を進める。


 五次元は多世界解釈の、無限にある世界を並列に認識、干渉が可能になる。時間軸の概念に、世界線の概念が加わると考えればわかりやすいだろう。要はAとBの分岐で、Aの結果を知りながらもBの結果を知ることができる。ただし、Aの結果とBの結果を同時に知り得ない場合もある。というか、知り得ないのが普通。


 結果における事象の変遷は必ずしも同時期に収束しない。左右のそれぞれの手で空に投げたボールは、常に同じタイミングで手に落ちるとは限らないから。


 六次元になれば、セル画の一枚一枚が完結した世界であることへの完璧な認識、および事象のすべてに干渉ができるようになる。


 端的にはアザトースが観測する以前の、無限にあるif世界への干渉。


 しかし事象が収束するとき、その弄った世界が観測世界であるとは限らない。真の観測者は、あくまで宇宙創造主のアザトースであるためだ。


 さて、ここから総括するに、五次元も観測世界以外の可能性世界からも重力の作用によりほぼ『時間』停止したままモノを引っ張ってこれることがわかる。

 ピンとくる人のために例えると、いともたやすく行なわれるえげつない行為、D4Cである。干渉するとは、つまりはそういう『現象』なのだ。


 しかし五次元と六次元は双方無限とはいえ、その性質は根本から違ってくる。


 六次元ともなると例えを物質に限定するとして、アザトースの観測世界や可能性を問わず、十京分の一のセル画の一枚一枚から別個に、いくらでもモノを引っ張れる。セル画の一枚一枚が完結した世界への完璧な認識とはそういう意味だから。 


『ご明察。そういうこっちゃな。ああー、俺の出番が減ってまう……』


 不思議にも、なんとなく頭の中で、そういう思考が浮かぶんですよ。もっとも、一番不思議なのは僕に好んで関わってくるあなたという存在ですが。

 そう、なんだかあなたとはどこかで会った覚えがあるような、良く知っているわけではないけれど、そのような感覚がね。


『自覚をきちんとすれば解除されるように設定してるねん。記憶操作ってやつ。キミが俺へ、そして俺がキミへとわかるようにな。この言動から知れるように、もちろん会ってるで。握手もしたしハグもした。キスしようとしたら次代桐生総帥の葵ちゃんに怒られた。その娘はわたしのモノだからつまみ喰いしちゃダメって』


 僕に何をしてくれているのですか。そんなに身近にいただなんて。

 

『いつもニコニコ這寄る混沌ってな。桐生には新しきわれらが主を迎える揺り籠になってもらわんといかんし、ヨグ=ソトースは保養所の一番高いソファーでゴロゴロ寝てばかりやし、太母シュブ=ニグラスは愛娘のリリスの躾で大変やし、俺は俺で忙しいし、葵ちゃんも元は男の娘やったし、色々と思うところがあるんよ』


 え、ちょ。さらっと混ぜちゃってますが、次代総帥の彼女は生まれもっての女性のはずでは。あなた、彼女を元は男の娘って、言いましたよね。


『あ、いらんこと言ってもた。あの子はキミの英雄気質と生死観への精神的ずぶとさがお気に入りらしいで。男の娘についてはノーコメントで頼む』


 これ以上余計なことを言う前に退散するわ。と、イヌセンパイは言って言葉を切った。あとはいくら呼び掛けても沈黙のみ。

 五次元の考察から宇宙的規模の解説となり、僕の将来の上司が元は男の娘だったという衝撃の結末など、もはやSAN値直葬レベルではないか。


 桐生葵、か。僕は胸の内で呟く。


 元世界的な意味合いで、桐生葵は、現在は桐生学園日本ミスカトニック大学の医学部に在学している。

 そんな彼女は、次世代の桐生の総帥と目される側面を持つ。

 地球上のあらゆる支配層のさらに上。地上における、約束された絶対王者。僕が将来、側近として仕えるはずの姫君。冷酷苛烈なる、将来の女帝。


 桐生は地球という小さな星の『世界の平和貢献のため』に――、

 ジャパンハンドラーズであろうと三百人委員会であろうとイルミナティであろうと、あらゆる秘密結社、あらゆる公的組織、あらゆるイデオロギー、あらゆる宗教指導者、あらゆるテロリスト、桐生が求める『平和』的支配に無用と判断された者は必要に応じて手段を選ばず、無関係な人々も巻き込んであまさず始末する。


 その数、最低でも三千万人。


 表向きに掲げる大義は、『平和』である。ひたむきなほど平和を求める。

 一族である僕がどうこう言うべきではないが、狂っている。


 それもそのはず、裏側にある真意はただ一つ、もっとも旧くかつ新しい目覚めしアザトースを安全にお迎えするための、揺り籠の形成にあったためだ。


 宇宙の創造主たるかの真王の前では、人間など、すべからく平等に無価値。


 神の頭脳たるを満たす桐生が開発した十基の量子コンピューターと、天才どころか天災、異才異能を持つ常識破りの奇人怪人が集う彼女の部下たち。


 そんな中で将来の女帝の側近を謳う僕などは、非常に大人しい常識枠の一人に過ぎない。桐生葵。まだ単なる大学生に過ぎないのに、われらが苛烈なる姫君は既に自らの玉座を用意し終えているなど、恐怖でしかないだろう。


 ちなみにアメリカ合衆国マサチューセッツ州『本家』ミスカトニック大学から見た日本国『桐生学園』ミスカトニック大学は、事実上の分校扱いである。

 ただ、手前みそで恥じらいを覚えるに、桐生の、桐生による、桐生のための人材育成機関である当大学は世界中を見ても最高の学力を必要とする。中でも医学系は群を抜いた知識と技術が学べるため、各種研究機関の垂涎の的となっている。


 われらが桐生の優秀な頭脳が開発したナノマシン療法は四肢の欠損すら癒す。

 あらゆる病を完治させ、たとえ癌にむしばまれた身体でも綺麗に治す。

 そして、性別すら、染色体の次元から修正してしまう。

 ただし性転換療法については、まだ人への臨床試験を行なっていない。


 繰り返すが、桐生葵は僕の将来の上司だ。命令系統は直属。上は彼女だけ。

 僕の認識では『彼女』は生まれもっての女性としか記憶していない。非情にして非常の、氷の女王。冷徹なる美貌を持つ、ほぼ決定した次代の総帥候補である。


 こんな可愛い子が女の子なわけがない、ということなのだろうか。いや、先ほども述べたように、記憶操作以前に完全な性転換療法はまだ臨床試験前のはず。発案者は『彼女アオイ』ではあれど、あるいは自分を人体実験の素材としたのか。


「――これはもう、わけがわからないね」

「はにゃ?」


 寄り添うアカツキがエルフ風の細長い耳をぴこぴこ動かした。

 ささくれた心を癒す一番の方法は、やはり愛しい者とのスキンシップだろう。


 僕は彼の頭を撫でて、そっと細い腰に腕を回した。

 すると彼はよりぎゅっとくっついてくる。ああ、なんだろうこれは、ただのハグなのに。まるで禁断の小動物と触れ合うような、とってもイケナイ気持ちは。


「ねえ、アカツキ。僕とキスしよっか」

「はにゃっ!? お姉さまとちゅーしたい! 今したい! すぐしたい!」


 良い反応だった。ぱああっと笑顔で答えるのだから。

 そんなわけで、いただきます。


 両想い。しかしてバロック・ラブ。歪んだ真珠は、異形の光を湛える。


 いつのまにかカスミが姿を消したままハァハァと鼻息荒く僕たちを見守っているのが分かった。自室の隅で待機している侍女たちの顔が赤い。そんな、キス程度で恥ずかしがるほどおぼこではあるまいに。どうせ色々とヤッてるでしょ、陰で。


 ギリシア・ローマ時代と似通ったこの異世界だと性的な関係や取り組みなどはかなり緩いはず。裸に抵抗のない世界、それがこの世界ではないのか。


 かなりディープにちゅっちゅして後、少し間を置いて、スッと何もない空間から湯で絞られた暖かなタオルが差し出されてきた。カスミが用意したのだった。


 僕はそれを受け取って、アカツキの顔を綺麗に拭ってやる。二人の唾液でヌルヌルなのだった。僕もそのタオルで顔を軽く拭う。彼と目が合う、微笑み合う。


 続いてカスミは化粧水とパフを盆に載せて差し出してきた。

 僕は先にアカツキの顔に、ぷにぷにと柔らかくケアの必要はまったくないけれども、保水液をパフでぽんぽんとつけてやる。そうして僕も自分に同じ処置をする。


 乱れた髪を直し、カスミの手を借りて本格的にメイク直しをする。


 思い立って、アカツキにも軽くメイクしてやる。

 おお、まるで生きている着せ替え人形にメイクを施す気持ちだ。この子の一番良いところは、男の子にも女の子にもなれる点だった。より可愛らしく仕上げよう。


 アカツキに施した幼女メイクの出来栄えに満足する頃、グナエウス王の嫡子、ルキウス王子の先触れからの迎えを受け、午後の軍事教練へと僕たちは向かった。

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