第33話 今日のお昼ご飯はなんですか? その1


 おなかすいたなぁと、僕とアカツキは手を繋いで自室へ向かった。


 途中、謁見の間に寄り道をして初日から放置したままのグランドピアノを『自宅インベントリ』回収をする。カスミは僕の命を受けて先駆けて部屋に戻っていて、昼食を調理するための下準備をしているはずだった。


「――今日のお昼は、なんですかな?」


 部屋に戻るころには、一旦別れたグナエウス王が一家を伴ってやってきていた。


 またこの展開らしい。お昼ご飯のご相伴に預かりたいという。

 ちなみに王や王子は朝着込んだ鎧を未だ装備したままだった。明らかに自慢気な様子もそのままである。


 まあ、いいけどね。

 三人分作るのも七人分を作るのも、量以外は大して手間は変わらない。


 今日のお昼は、有名動画サイトで偶然見つけた中華飯店の賄いカレーである。


 調理時間は、材料を刻んだりと前準備を除けば、カレーなのになんと十分弱。

 煮込まず大火力で一気に作る。トッピングは鶏のから揚げでもつけようと思う。

 下準備のためにカスミを先行させたのはこのためだった。


 用意するもの、高火力コンロ、中華鍋、お玉。大量の油。中華と言えば、油。

 ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、牛バラ肉、鶏モモ肉。市販のカレールー(中辛)と鶏がらスープの素、豆板醤、オイスターソース。


 初めにジャガイモとニンジンを細長く、フライドポテトのスタンダードな形のシューストリング状に切ってしまう。これを百七十度の油でカラッと素揚げに。


 揚げたイモとニンジンは引き上げて油切りをする。続いて鶏のから揚げ。


 こちらはジップロックで保存していた姉たちの特製品を使う。中の漬けダレを抜き、片栗粉と小麦粉の混合粉を入れてシャカシャカ振る。よく混ざったところで一度油で揚げ、頃合いを見て引き上げる。鶏のから揚げは二度揚げ必須だろう。


 中華鍋をもう一つセッティング。火力全開。

 油を敷き、牛バラ肉をざっと炒める。ある程度炒めたらタマネギを投入、これまた炒める。揚げ物の鍋から油を追い足す。


 ざわざわ炒める。湯を入れる。鶏がらスープの素を投入。沸騰したら最初に揚げたシューストリングのジャガイモとニンジンをざばり。

 オイスターソースと豆板醤を適量、お玉で馴染ませる。市販のカレールーを箱単位で固形ブロックを放り込む。

 再びお玉で馴染ませて、カレーのとろみを具材に絡ませれば出来上がり。


 あとは弱火にして放置。その間に鶏のから揚げの二度揚げにかかる。

 一手間かかる代わりにこうすればザックリとした衣の食感と、これまでの余熱でふんわりと味を詰める鶏肉の食味で大変美味しく仕上がるのだった。


「はい、カレーは完成。カスミ、サラダは中華ドレッシングでお願いします」

「仰せのままに。食後のデザートはどうしましょう?」

「スタンダードにバニラアイスで。ウェハースとミント葉を添えてください」


 皿にご飯を盛って、カレーをかけて、鶏のから揚げを五つばかりトッピング。

 らっきょ、ピクルス、福神漬けも忘れずにね。

 手際よく盛り付けられたカレーをグナエウス王一家の前に並べていく。


「これは……なんとも食欲を加速させる良い匂いですなぁ」

「僕の国では外来由来でありながらも誰もが親しむ料理なのですよ。多数の香辛料を大量に使うため、こちらの世界ではお高いかもしれませんが」


「ちなみに何種類くらい使われていますかな?」

「これは五十種類ほどですねー」

「そ、そんなにも!? 超のつく希少な料理ではありませぬか!」

「基本となるクミンシード、コリアンダーシード、レッドペッパー、ターメリックの四つを用意できればカレーとしての体裁は整いますよ。後は工夫次第」

「うおぉ……ッ」


 中華ドレッシングをかけたレタスとトマトと海藻のサラダを配り、席に着く。カスミはカレーを受け取ってスッといつものように姿と気配を断った。


 そうして、いただきます。


「「「「旨い!」」」」


 スプーンですくって口に運ぶや否や、グナエウス王一家は叫んだ。


「うっまっ! 五十種類の香辛料の効果か! 理解を越えている! ガツンと味わいがやってきて、甘さの後に辛味が追いかけてくる。複雑かつ重厚、妙味万全。食べれば食べるほど旨い。くああっ、旨い! 天にも昇る気持ちだ!」


 なんだかいつか見たグルメ作品みたいな展開になってきた。

 巨大化、しかも目からビームとかやめてくださいね。王様だけに。


「お鍋で一日コトコトと煮込むと、味わいがもっとまろやかに深まりますよ」

「なんと! なんとぉ! これよりも味が深まると!」


「から揚げも美味しいですわ! ザクッとしていて中はジューシーで!」

「それは二度揚げがポイントですよ」


 オクタビア王妃の発言は、から揚げ冷凍食品のテレビCМみたいだ。

 まあ、自分で言うのもなんだけれど、姉たちの特製品なので美味しいのは当然というか。秘密の漬けダレが旨味を加速させるのだった。


「うまあああっ、すっごくすっごく美味しいよおおおぉーっ!」

「うん、これはちょっと言葉に尽くせない。旨い! ただひたすら旨い!」


 王子王女の兄妹も大絶賛の御様子。


「レオナお姉さまっ、ふがんが、おいひい、これおいひいにゃあ!」


 お察しのレベルで口の周りをべちゃべちゃにしているアカツキも大喜びだ。


「おかわりも想定してはいますが、腹も身の内なのであまり食べ過ぎないよう注意してくださいね。食後はデザートにバニラアイスも出ますよ」


 言っても無駄だろうけれど、義務的に忠告しておく。


 ふと見れば、周りで控える侍女らの目つきがカレーの一点に絞り込まれていた。気づいていないのだろうか、よだれが垂れて顎から糸を引いている。

 それも致し方のないこと。大食を促すカレーの香りの良さ、そしてパンチの強さは中々にないものだから。


 僕は苦笑しながらもゆっくりと食事する。慣れた手料理。いつもの味。


 食後にバニラアイスを食べたグナエウス王一家はまた旨いと絶叫し、おかわりをして大満足で腹を抱えた。

 だから食べ過ぎるなと言ったのに。胃薬代わりに祝福を焚いてやる。


「むはぁ、このような旨いものを一度でも食べてしまうと、もはや元の食生活に還りたくありませんなぁ……」

「レシピを差し上げますので、その辺りはご自分でどうにかしてくださいね?」


 暗に毎日食べたいと宣うグナエウス王に一応釘を刺す。


「それよりも、実はこのカレー。パンにつけて食べるのも美味しいのですよ」

「おぅふ。味わいたい……しかし今は腹一杯……どうすれば……ッ」


 まだ食べる気か。呆れた人だ。

 なので、おやつにと袋入りカレーパンを三つ用意してやる。

 食べたくなったら袋を破って中を取り出すよう説明する。後はもう知らない。


 各種調理レシピも貰ったグナエウス王一家は、ホクホク顔で部屋を後にした。

 食器洗いは自動洗浄式なのでカスミに任せて僕も食後の休憩に入る。


 ふと、疑問がいくつか湧いた。調理台の水と電力はどこからきているのかと。

 ガスは設置型プロパンなのでわかるとして、はて、どこぞの猫型ロボットの四次元ポケットみたいになっているのか。

 エネルギーの収支も物質の収支も根本は同じ。理解に苦しむ。


 僕と『自宅インベントリ』スキルを共用しているカスミに、今し方の疑問をぶつけてみる。


「はい、わたしにもまったく理解が及びません。蛇口をひねれば水が出ますし、コンセントにプラグを差せば電力が得られます。これもスキルの特性としか」


「たぶんそれは五次元なの。六次元までは磁力なんかも影響を及ぼせるにゃ」


 べっとりと僕に甘えるアカツキが、ついっと顔を上げて言葉を添えて、また僕の胸元に顔を埋没させて甘えてくる。まるで子猫のようだ。


「ふむ、昔見たインターステラーっていう五次元描写のあるSF映画がありましたけれど、あんな感じなのでしょうか。だけど、うーん、おかしいな……」


 人間の概念では時間は『存在』しているように感じているが、実は、時間なんてものは『存在していない』のが現在の科学で証明されている。

 十京分の一秒分割された、アニメのセル画のような連なりが一枚一枚描写されているだけで、それを頭脳が一つの流れとして勝手に認識しているのだった。


 小説でこれに類する題材を扱っているものがあるので、僕の説明がピンと来ない人は読んでみると良いかも。タイトルは、酔歩する男、だ。


『レオナちゃんの疑問に答えたくてウズウズしてるんやけど、どうしようかなー。チラッチラッ、どうしようかなー。チラッチラッ』


 ピーピングイヌセンパイが僕の脳に直接語りかけてきた。わざわざ自分でチラチラと言うところが非常にウザい。でも、回答をお願いします。


『デデーン。実はレオナちゃんのいた世界を含め、ねん。その特異点の中で皆して気づかずに生活しているだけ。蒼きラゴ星、あるやろ。あれな、ほんまはな、地球の月やねん。実のところ、月は、元々地球外星人の移民船やってん。人間の概念換算でレオナちゃんが生きて『いた』時代から約四千年後、そいつを再び使えるよう地球人らがテキトーに換装を加えて、漂泊の果てにたどり着いたのがこの星ってこと』


 話が途方もなく壮大になってきた気がする。

 宇宙規模とか、ちょっと戸惑う。


 それと僕が生きて『いた』と過去形で言うのやめてくれませんかね? まるで死んだみたいな扱いは気分が悪い。


 この戦争が終わったら、僕は元の世界に戻るのだ。

 そう、これは絶対に、だ。フラグじゃないから、本気だから。


『おう、せやな。で、まあこの星換算では約十万年前になるんやが、地球とサン・ダイヤル星との時間のは気にしないとして、というのも地球を含む事象の地平線の内側の宇宙は光すら脱出できない絶対領域やからな。例えるなら見えそうで見えへん、女児向けアニメの魔法少女がちらつかせるミニスカートの中みたいなもん。アイツらどんな激しい動きをしても絶対パンツを守り通すやん。え、却って分かりにくい? このロリコン? 否、断じて否。俺は、可愛かったら、誰でも喰うんや。いやまあ、それは横に置いてだな。要は超巨大重力の中では事象の変遷――つまり事物の変化の度合いも変わってきて、中と外の人間的概念上の時間の流れってやつも違ってくるんやな。互いに外と中の観測は不可能。せやけど、四千年後の人類は科学の力でどないかしたろと足掻いて、それでワームホールを自前でこしらえてブラックホールの外に出よった。新たな現象、新たな世界、まだ見ぬ異世界を求めてな。人間の好奇心には際限がない。悪くはない、むしろ好ましい意気込みや』


 話の筋が見えないですね。月がなくなったら、重力の防衛もなくなるし潮汐力もなくなって摩擦熱の発生や海の満ち引きも無くなり、地球が大惨事になりませんか? もしかしてすでに大惨事後で、もはやどうでもいい次元ですか。


『この頃の地球はすでに資源の枯渇した廃星になっている。人類生活圏も太陽圏外どころか銀河系すら超えてるねん。やからこそ古代の異星人の移民船である『月』が使えた。ああ、いや、違うな。移民船はもっと良いものが使えた。某スタートレックのエンプラ号みたいなのがな。が、人類は先人の星の開拓者である異星人に敬意を払い、あえて『月』を自分らも使えるよう換装したんや。もう二度と戻れない可能性を前提に、それは星の移民でもあるので、それなりにデカい船も必要やったから。空前絶後のブラックホールの囲いを越えて、開拓の心を持った彼らは新天地へ。目ぼしい星をテラフォーミングして住めるようにする。けど、なんやかんやあって人類生活環境に適合した星にせっかくたどり着いたころには、肉体が滅んでエネルギー精神体へと開拓人類はフレームシフトしていた』


 あれ? 人間には魂はありませんよね? 元世界では天才悪魔と呼ばれた才人によって数学的に証明され、世界中の宗教団体は自らの詐術へのツケを支払う羽目になって大混乱を起こしたというのに。


 その後の人類がその事実をどう歪曲させたのだろう。四千年も経てば、科学の力で法則の抜け穴も見つけてしまうのかもしれないけれど。

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