第32話 彼らからすれば、これも錬金術みたいなもの。その2
「さてと。僕は僕で用事を済ませましょう」
部屋に山積みの粗銅を土の属性権能で分離・精錬する作業にかかる。
権能により、常温のまま巨大な一つの球形ゲル化していく大量の粗銅。ここから次々と超高品質のインゴットが分離、吐き出されていく。
事情を知らない者が見れば、先ほど教えた灰吹き法など、まったくの無意味ではないかと思われるかもしれない。
しかしよく考えてみて欲しい。
例えば、無職者に金を与えるだけでは意味がない。金を使ってしまえば後に何も残らない。無一文の無職者がいるだけになる。
糧を得る方法を教えてやらねば、根本の解決にならない。
聖女召喚にてグナエウス王は、異世界の進んだ文明知識や技術をも欲した。
ならば叶えてあげよう。いくらでも教えてあげよう。ただし、その後どうなっても一切関知しない。責任は、求めた側にすべて背負わせる。
代償なく
それでも、契約によるお仕事とはいえ、これはこれでなかなか楽しいもので。
「むむ。これは……ふむ」
精錬して気づく。この国の粗銅は、金と銀の含有量が多いみたいだと。
なんと有用な事実か。僕はほくそ笑む。実に面白い。
僕の土属性権能が唸りを上げる。根こそぎ金銀を抽出してやろう。
片っ端から粗銅を精錬してゆく。場所を移し、次の部屋へ。
比喩でもなく、山と積み上げられた銅製品や武器防具、
国庫を傾けさせるほど買い集めさせた宝の山。そのごく一部。
それらは順次、銅と金と銀、鉄、錫、鉛、硫黄、セレン、ヒ素、その他へと最高純度で分離されていく。土属性権能で常温のまま一度まとめてゲル化させ、そこから各自鉱物にインゴットの形でより分けられていく。
なお、劇物のヒ素やアンチモン、セレンなどは間を置かず地下深くのマントルへ送り返してしまう。彼らがこれらを扱うにはまだ早い。
金銀の貴金属に、銅鉄錫鉛の卑金属のインゴットが次々と生産される。
宝、宝、また宝。お宝たくさん。お宝ザクザク。
ちょっとだけ心がときめく。
「ふほぉーっ! ガラクタから、いくらでも財が溢れてくるぞぉっ!」
グナエウス王以下、大歓喜。
そうだよね、やっぱりお金は誰でも好きだよね。
少しばかり余談を挟むに、金の元素記号の『Au』とは、古代ギリシア・ローマ時代の金貨の通貨単位である
「金銀のインゴットはさっそく貨幣に加工して国庫に納めるといいですよ。どうですか、感覚的には既に拠出した資金を上回っていると見ますが」
「現時点で数倍は! 宝の山はまだまだ、目くるめく気持ちですぞ!」
「明日も同程度に粗銅は届くと思います。最終的にどれだけの金額に上るかはわかりませんけれど、ないよりあったほうがいいのが金銭というものです」
「まったくもっておっしゃる通り!」
「これを戦費に当てて、兵への報償に地方都市の復興資金も用意できますね」
「嬉しい限りです! 戦後復興予算も安心して立てられますな!」
「あ、そうだ。ここの鉄インゴットは兵士のための鎧加工に回しますね。基本的にステンレス鋼で、可能な限り硬く軽く強く、鉄合金で作成して運用の安定性を高め、さらには祝福で強化して鎧と着用者の能力を底上げしましょう」
「ほほう!」
「支給は本日のお昼まではとても無理なので、とりあえずは今日中に配布させて明日以降の軍事教練での使用とします。回収した十万人分の銅の鎧は、新たな素材となります。おっと、忘れちゃいけない。純銅を使って褒賞の一つとして戦功勲章も作りましょう。これには二つの大きな政治的意味がありまして、実に有効です」
「と、申されますと?」
「つまり現時点で既に戦後の恩賞を考えている=魔王軍の侵攻から王都を守り切り、兵士らに褒美を出す算段をしているとなりますね」
「よ、要はアレですな。この戦いは、勝つのは当然と王都民に触れ回るのと同じ」
「勲章の話は良き話題として王都中に流布させましょう。現時点でも王都の治安は安定していますが、これによってさらに盤石のものとします」
「勲章そのものも、わが王国に対して兵らの忠節をより高められると」
「褒美の金銭も嬉しいけれど、ちゃんと形となった賞賛はより嬉しいものです」
「国に尽くす兵らに恩賞を下賜できる、わしも嬉しいですぞ!」
詳細を詰めて、純銅の勲章は兵士全員に。
より功績を上げた者には翡翠をちりばめた純銀の勲章を。
最高の栄誉としては、エメラルドをちりばめた純金の勲章を。
もちろん祝福も忘れずに付与する。
ついでに、忠節を誓わせる『
元来、兵の忠節は、金で買えるものなのだった。
非常に生臭い話になるが、結局のところ人は利益に帰属する。
為政者の善し悪しは、結局は金次第。マネーの虎である。
そこに僕は付け入る。
銭ゲバと罵られようと有効手段に手は抜かない。
褒められて、金を貰って、呪い受け。一生この国のために忠節を尽くせ。
さて、さて。
造幣用の入れ籠に純銅の勲章本体をザラザラと入れていく。
デザインは円形のメダル型で、これにリボンを装って完成となる。なので、一先ずはメダルだけを生産していく。
その表面は、月桂樹の葉の冠を被ったグナエウス王の右横顔だ。
結構なキメ顔である。国家元首なので、これくらいでちょうどいい。
裏面はオリエントスターク王国の、輝ける女神の国章が。
どことなく自由の女神染みたポーズを取る美神ウェヌスと、彼女の周りで周回する一つの大きな星と七つの小さな星々が一種の抽象デザインとなっている。
この星々の大きなものはオリエントスターク王国を指している。
周りの小さなものは五百年続く歴史の中で領土化した国や、保護し、自治を認める代わりに属国化した国なのだそうだ。
分かってはいたが、改めてこの王国はかなりの大国なのだと確認する。
そりゃあ北の魔王パテク・フィリップ三世も婿探しにこの王国を狙うわけだ。人が多ければそれだけ良い人材も多い。魔王視点で見れば、自分好みのオトコもその中にいるはず考える。そう、かの国の、力こそパワーの格言に見合う強きオトコが。
ああ、面倒くさい。本当に面倒くさい。なんで婚活で戦争なのか。
僕は胸の奥で、誰にも気づかれぬようため息をつく。
銅の勲章に続いて銀の勲章を、続けて金の勲章も作り上げていく。銀のそれには翡翠粒をちりばめて、金のそれにはエメラルド粒をちりばめる。これら宝石は僕の趣味である。五月の自分の誕生石という意味もある。
「これは良き物ですな。というか、わしって、こんなに美丈夫だったのか……」
「古来より、王とは国一番の魅力持ちと相場は決まっていますので」
似顔絵の法則に則り、三割増しで美化するのはもはや作法の一つだった。
「うははっ、黒の聖女様にそうおっしゃってもらうと、とても嬉しいですぞっ」
「あとはリボンを装って後ろに止めピンをつければ完成です。リボンはデザインの草案を出しますので被服関係の方々に作らせてください」
「うむ。早速その旨を命じておきましょう」
言いながら自分の顔を両手でぺたぺたと撫でさする王にそっと微笑む。
「――にゃあも勲章ほしいぃッ」
今まで大人しくしていたアカツキが僕の手を掴んでぶんぶん振ってきた。まあ、そうよね。子どもって、こういう類は特に好きそうだよね。
「それならアカツキにはあなたの名前に合わせて、僕の国で功績を上げた人に贈られる旭日単光章そっくりの勲章をあげましょうね」
実際、彼は勲章を受章する資格を十分に持っている。旭日単光章とは『国家又ハ公共ニ対シ勲積アル者』に賞される日本国の勲章だった。
僕としてはアカツキと旭日という名称で選んだに過ぎないが、そうであっても彼は一万体の――この昼には新たに五千体が加わるゴーレム兵団の長なのだ。
しかも現在もゴーレム兵らは新たに完成した城壁警備や田畑での農作業に昼夜を問わず働いていて、その管理はすべて彼が担っているのだった。
「たしか、銀の地台に旭日部分は二酸化セレンを用いた赤色ガラス玉でしたね」
そのように作ってしまう。
が、気が変わって純銀にオリハルコンを微量加えて合金化してしまう。すると人工
「……はい、出来ました。魔法銀の地台に三十カラットのピジョンブラッドルビーをあしらったアカツキだけの勲章。祝福はこの勲章には『
余談。元世界のミャンマーモゴック産ピジョンブラッド『サンライズ・ルビー』が二十五・五九カラットで、オークション価格では約三十五億円したそうな。
アカツキのアリス衣装の胸元につけてあげて、頭をなでなでしてやる。
「にゃあ。ありがとうレオナお姉さまっ」
喜んで抱きついてきた。
うん、わが子を褒めるこの感じ、なんだか僕も誇らしい気持ちになるね。
「これで上級国民。車で人を数人撥ね殺しても罪に問われないにゃ!」
「いやあ、それはどうなんだろうね……?」
そんな様子を物欲しそうに見つめる、グナエウス王。
「こればかりは、王陛下はダメですよ? 立場を忘れないでくださいね?」
「う、うむ。実に残念でありますなぁ……」
王が王たるゆえに、恩賞を与える側の人間が、勲章を貰ってはならない。
単純に立場上の問題ではなく、下々の者にも無用の混乱を呼び込みかねない。
その後は十万人分のロリカ・ゼグメンタータモデルの鉄鎧と一般兵用の兜を生産し、祝福をいくつか加えて一旦インベントリに収納した。
そうして輜重部隊をありったけ造幣局前に呼び寄せ遠隔操作で搬入手続きをする。午後からの軍事教練に間に合わせるつもりはなく、しかし、とにかく今日中に全配布し、旧い鎧と兜を回収させるよう指示をする。
併せて、避難民のための調理用巨大鍋やセイロなども鉄素材を使って数百ばかり生産する。これらは戦後に溶かしてまた別なものに再利用される。
そうこうしているうちに、溶鉱炉の方から「おおっ」と歓声が上がった。
どうやら灰吹き法を教えた通りに再現できたらしい。
彼らは鍛治のエリートだ。説明さえきちんとすれば後は淡々と精錬ができるとわかっていた。が、それでも成功は喜ばしいものだった。
「さすがです。もう習得しましたか。その調子でより経験を積んでください」
すかさず褒める。これが肝要。山本五十六氏の有難いお言葉の通りに。
勲章のリボンの草案をルーズリーフに書き出してグナエウス王に渡す。そうやって午前中にすべき案件を無事終わらせた僕は、鍛治工たちの邪魔にならないよう少し離れた場所で彼らの様子を監督し、ときに褒め、昼前まで指導の態を維持する。
金属精錬の現場を生で見学するのは、物珍しいのも手伝ってかなり興味深い。
溶ける粗銅。石炭から飛び散る火の粉。千と百度の圧倒的高温。波動の如き空気の揺らぎ。離れていても肌に感じる。
男たちの真剣な表情。汗。躍動する筋肉。男の世界。男の職場。いや、変な意味で言っているのではない。この独特の、火と熱と金属の現場よ。
アカツキはどこで捕まえたのか、トンボみたいな形の小さな昆虫を弄んでいた。
王曰く、このトンボらしきものはキイダラメと呼ぶレアな虫型魔物で、良質の金属を好む性質を持ち、しかし空中を漂うように飛ぶだけで人に無害、むしろこの魔物が飛ぶ鉱山や鍛治現場は良い仕事場だという言い伝えがあるらしかった。
その羽虫をアカツキから借りてカーボンナノチューブの紐をつけてやる。
そうしてついと滞空するトンボ。アカツキ、とても喜ぶ。
僕も親の持つ優しい気持ちで微笑む。
昼食まで鍛治工たちの精錬を監督し、やがて僕たちは、造幣局を後にした。
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