第31話 彼らからすれば、これも錬金術みたいなもの。その1
「――にゃあ。新しいゴーレムたち、このまま作っちゃう?」
「アカツキの提案もそれはそれでいいのですが、僕としてはコアだけ先に作って午後の軍事教練時に仕上げたほうが効率が良い気がしますよ」
軍団が増えるよ、やったねアカツキちゃん。
などとどこかで聞いた、おいバカやめろな禁句アレンジを胸の内で呟く。
食後、僕とアカツキはテラスから中庭に出て、彼に手伝ってもらいつつゴーレムコアを新たに五千体分増産したのだった。
「白うさぎさんは、懐中時計を持ってぴょんぴょんするのかにゃ?」
「うん?」
脈絡なんて、今着ているアリス衣装以外にないだろう。
子どもにそんなものを求める自体が無意味。アカツキは小気味よく跳びはねつつ僕の周りをくるくる回り出した。
「きっとアリスちゃんと一緒にぴょんぴょんしていると思うよ」
「みゅふふっ。ぴょんぴょんくるくるにゃあっ」
「あっとと。うふふ、元気ですね?」
両手を取られた。二人してそのまま踊るように回る。黒と白のエプロンドレスの男の娘アリスがくるくるとステップを踏む。
童心に還る年柄でもないが、これはこれで楽しい。
やがて彼はこちらに抱きついてきて、目を閉じて口をすぼめてきた。
まだくるくるとステップは続いている。
わが甘えん坊さんは、キスして欲しいらしい。
もちろんしてやる。
危ないので回転速度を弱め、ひょいと横抱きにして、ゆったりと唇を交わす。
お姫様抱っこで、キス。
この子は僕の被造物である。
親は子を愛する。なのでこの程度、別に普通だろう。
「にゃあはレオナお姉さまのこと、大好きっ」
「僕もアカツキのこと、大好きですよ」
再びキスを交わす。お互いの想いを確かめ合いつつちゅっちゅする。
愛おしい僕のお人形さん。と同時に、わが子、戦士でもある。
姿は見えないけれど、変な鼻息を立てるカスミがビクンッと息を呑むのが分かった。そして満足気な吐息が続く。視姦でイッたらしい。この人に歪みはない。
まあ、それは良い。好きなだけ見ると良い。うふふ。
僕は女装少年で、アカツキは基本が女児風の両性具有
カスミの性嗜好守備範囲の広大さに感心しつつ、ひとときを過ごす。
そうこうしているうちに、余程気に入ったのか先ほどの鎧にマントを装備したままのグナエウス王が僕たちを迎えに来た。そろそろ時間であるらしい。
向かう先は王国の造幣局だった。
主に造幣と、魔道具の触媒となる貴金属の精製を司っている。
すぐ隣に武器防具を生産する鍛治局もあるのだが、セキュリティの強度はもちろん造幣局のほうが抜群に高い。
魔法的防備で固めた何重にもゲートをくぐり抜けねばならず、侵入者対策に重力干渉で空間を歪に捻じ曲げてもいた。おまけに局地的に事象の変遷の異常も感じる。正規の手続きを経て正しく入場しないと即老化・即死しそうだ。
さて、現在僕たち一行は造幣局内の一施設、溶鉱炉の現場にいる。
石炭で赤々と燃える炉心。荒々しく肌に届く熱気。なぜかとても落ち着く。
予め用意された素材は、王都内のすべての金属製品取り扱い店舗から買い取った粗銅の山。いわんや壊れた銅製品からまだ使える銅製品、加工以前の銅鉱石、破片となった屑銅鉱石、低純度の粗悪銅鉱石なども含まれる。
ああ、そうそう。忘れてはならないものが。
昨日の内に総ステンレス鋼兵装を支給し、代わりに十万の兵から取り上げた山盛りの青銅の武器や盾もある。
これら装備品も『粗銅』である。
ある意味では理想的なほど、荒銅で作られている。
鉱石類はともかくとして、完成した製品、武器防具を粗銅扱いとはどういう意味なのか。別に僕はこの国の金属の扱いを貶しているわけではない。
ただ単に事実を述べただけ。銅の精錬具合が、未熟だというだけ。
造幣局にある、複数ある鉱石保管場所はすべてこれらで埋まって、溢れんばかりにまだ外にも置いてある。
本当に、ちょっとした丘と言うか、夢の島のゴミの山みたいになっている。
混ざり物が多過ぎて売り物にならない粗悪銅鉱石と、壊れた銅製品などはタダ同然で手に入れた。これら大半は、不燃ゴミの集積所から拾ってこさせた。
売れ残りの製品などは二束三文で買い取った。作り直すにしても金がかかるし、だけど捨てるには忍びないしで、荒物の商会からは喜ばれたそうな。
あとは普通に商店で売られている銅製品や銅鉱石を――、
とにかく『量』を最優先で買い集めさせた。
国庫を傾けるほど買い集めるようグナエウス王に指示したので、明日以降も他の都市からも随時運び込まれる予定である。
どこまで集まるか、どこまで稼がせてもらえるか。
「それでは、灰吹き法と呼ばれる精錬法をあなたがたに教授したいと思います」
僕は宣言する。グナエウス王の他に造幣局の財務管理官と造幣局長、鋳造責任者、鍛造責任者などの金銭や貴金属に関わる早々たる面々が揃っている。
グナエウス王が着込む漆黒の鎧に感嘆する (王は王で自慢気で微笑ましかった)彼らは、僕に尊敬のまなざしを向けつつ、お願いします、と頭を下げた。
財務管理官は細身ではあったが、その他はむくつけな強面ばかりで頼もしくもいかにもというか。ドキッ、野郎だらけの造幣局なのだった。鋳造・鍛造責任者の腕など僕の太ももくらいある。やはり鍛治系は今も昔も男の仕事であるらしい。
なお、ポロリはない予定である。どこをポロリするのかは不明だけど。
さて、さて。
お待ちかねの灰吹き法の解説に移ろう。
これは粗銅などに混入したままの金や銀を取り出して精錬させる技術である。
その歴史は大変古く、元世界での最古の事例は紀元前四千年のバビロニア、ウルク文化後期辺りが最初とされている。
日本においては七世紀の飛鳥時代、奈良の飛鳥京が始まりとされ、しかし本格的にその技術が導入されるのは、十六世紀の石見銀山の銀の精錬からだった。
この時代の隔たりの長さはなんなのか。
一説を語らせてもらえば、昔は特に技術とは秘匿すべきものであって、それ自体が宝・財産であったためだと思われる。
このサン・ダイアル星の、端的にこの異世界では、ドワーフ地下帝国アルネヤコブセンの秘匿された技術であるらしい。まあ、僕の知ったことではないが。
水銀を使う、より精錬効率の良いアマルガム法もある。だがこれは王だけに伝えて技術者たちには教えないようにするつもりでいる。
灰吹き法における鉛中毒も深刻ではあれど水銀よりはマシであり、しかも健康被害対策も比較的に取りやすいものだからだ。
灰吹き法で純銅と金銀、その他の金属類を取り出して精錬する。
突如、頭の中でマヨネーズ会社の三分間クッキングのテーマが流れ出した。
用意するもの。銅製品ならなんでも。銅鉱石系ならなんでも。
とにかく銅が使われている物であれば斟酌しない。
肝心なのは、量である。質など問わない。
ここオリエントスターク王国では鉄製の武器防具はあまり一般的ではない。それは青銅期から鉄期への移行時代だから、というのが一番の理由だった。
対する元世界でのギリシア・ローマ時代は既に鉄期時代に入っていた。青銅期はその時代よりもさらに千と二百年を遡らねばならない。似た感じの文明を持ちながら、なぜにここまで差異が出るのか。
サン・ダイアル星における科学的な技術展望は、妙に歪で予測がつきにくい。
イプシロン王国やドワーフ地下帝国アルネヤコブセンでは製鉄が盛んで、なんと鋼鉄精錬法まで確立しているという。
一方、オリエントスターク王国では未だ青銅が主流。技術の遅れは文明の遅れ。それでもこの国は幾つかの国を併呑、もしくは属国化していた。
なんなのだ、これは。
この矛盾に近い違和感は。色々と無茶があるだろうに。
これは僕の推測なので実証性は欠けるのだけれども、語らせてもらう。
つまり、人の身近に実存する神々と実効性のある魔法・魔術の存在が、却って科学技術の発展を阻害しているのではないかと見ているのだった。
良い機会なので告白するに、昨日まで知らなかった事実が幾つかある。歴代の聖女たちについて、僕は半端な見聞で間違った判断を下していた。
二代目聖女、異世界の男の娘エルフであるアメリア・ロック=シュトックは、習得さえすれば誰でも使える技術としての『魔術』と、木火土金水の『五行思想』に類似した地水火風の『四大属性』概念をこの世界に持ち込んできていた。
このサン・ダイアル星では数えで十歳になれば受けられる『祝福の儀』により神々から『魔法』を授けられる場合があると聞く。区分すれば奇跡と同列で、僕の土属性権能と同じ扱いとなろう。そこに巨大彗星の如く『魔術』という技術が新規参入する。お分かりになられるだろうか、この凄まじさを。
魔術と、魔法。五行思想と、四大属性概念。
習得さえすれば誰でも扱える技術である『魔術』の始まりは、ここオリエントスターク王国が端を発している。
他にも、三代目聖女のタンサニー・クワンは、同郷世界のタイ王国出身ならではの、かの国の実戦戦闘術、
結論を言えば、近すぎる神の存在と実行力のある『魔法』が、一部の例外を除いて世界全体に科学技術の発展を阻害しているのだった。
一部の例外とは、隣国のイプシロン王国とドワーフ地下帝国のアルネヤコブセンが挙げられよう。前者は武神立国ゆえに武具の開発に余念がなく、後者は種族的特性により鉱物の扱いが特に上手いからである。
オリエントスターク王国はさらに『魔術』の端を発する国となってしまったので科学技術面での遅れを甘受するようになった。
魔力があれば使える技術が、科学の代用となるためだった。
もちろん文明とは流動するものであり、放っておいてもやがてはオリエントスターク王国でも鉄製品が主流の時代となるはずなので、心配は無用ではある。
話の脱線を修正しよう。
この世界で銅と言えば『粗銅』と『青銅』の二種類を指す。
青銅とは銅と錫の合金である。
熱には弱いが、言い換えれば加工がしやすく、銅そのものは柔らかくても錫の含有次第では結構な硬度を持つようになる。用途先は主に武具類などに。
その精錬率を向上させる技術の一つが灰吹き法で、南蛮吹きとも呼ばれる。
実にすまない。
三分間クッキングのテーマソングを頭の中で流しながら話題がそれて、原稿用紙三枚くらいこの国の金属にまつわる考察を書いてしまった。
いい加減に本題に入ろう。
僕はグナエウス王を始め、ここにいる全員にインベントリから取り出したホワイトボードを用いて図解入りの解説をする。
そうして関係各位の許可を得て、鋼鉄作成も可能な窯と工具を土属性無限の権能にて新たに作り上げる。せっかくなので安全と確実性を願って祝福も込める。
さっそく、使ってみる。
石炭に新式ふいごを寄せ、まずは粗銅と鉛を窯の中の坩堝で溶かす。
噴き出る汗も即蒸発しそうだ。
灼熱の坩堝の中、ドロドロに融解する二つの金属。
ここで溶けた銅に注目。
僕がこの世界の銅を粗銅と呼ぶ理由としてその精錬率の低さを上げるのだが、当該の金属に含有する不純物とは金、銀などの貴金属も含まれていて、まさに僕たちが欲するのはこれらなのだった。
ちなみに元世界では、金や銀の約三分の一は粗銅を精錬して抽出したものだったりする。意外と知られていない豆知識である。
千と百度を超える高熱。溶けた金属。ヒ素やアンチモンは高熱で除去。
配分は銅が三、鉛が一くらいで良い。
量を入れればかなりアバウトでも誤差の内に入る。金と銀は鉛との親和性が非常に良く、二つを同時に溶かすとあっさり鉛へ合金化してしまう。
ここで窯の温度を一気に下げると銅は固体化し、鉛は未だ溶けた状態となる。銅の融点は一〇八四・五度、鉛は三二七・五度。金と銀は鉛と合金化している。
精錬銅を取り除き、分離された溶解鉛を灰で作った器の上に流し込む。ちなみにこの時点の鉛は、貴鉛と呼ばれる。
そして再加熱する。酸化していく鉛は、どんどんと灰に溶けていく。やがて残るのは、金と銀の合金粒。
ここから個別に分離するには硝酸で銀を溶かして金を取り出しそれから銀を還元させるか、硫黄を加えて硫化銀とし、金を取り出して硫化銀だけを灰吹き法に再度かけるか。電解法もあるがこれはこの時代と文明に則さないので除外。
金銀の分離は、二番目の硫黄を加える方式を採用しようと思う。
江戸時代ではこの方式を精錬に採用していたという。
以上が、なるべく簡単に解説した灰吹き法だった。
座学と実演が終われば、次はお待ちかねの実習である。
やって見せ、言って聞かせてさせてみせ、褒めてやらねば、人は動かじ。
旧日本海軍連合艦隊司令長官、山本五十六元帥大将のお言葉である。
まあ、素人の自分がやって見せるのは危険なため、権能でしかお見せできませんが。この辺りが詰め込まれた知識の限界とも言う。
「それでは、今説明したようにやってみてください」
「「「「「「はいっス!」」」」」
腕をまくって、勇んで作業を始める鍛治工たち。彼らはプロ中のプロだ。その後の出来上がりを見るだけで基本的に放置しても問題なさそうだった。
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