第30話 早起きは三文の得。そのウソ、ホント? その3


「あるいは、顔に、出ていましたか?」


「ええ。話の途中で水を向けてみましたが、王妃殿下はなぜかためらいを見せてしまい、言い出せなかったと感じるくらいには」


 先ほどにも少し触れたように、武具の作製にわざと神気をきつめに充てて侍女らの体調を崩させたのはそのためだ。


 もっとも、これに加えてとある計画を実行するため、密かに並行させてもいるのだった。ヒントは強力な武器防具の存在。

 あわや、この世界のカテゴリーから逸脱しかけたギリギリの神具。強力な装備を手に入れたら試し斬りしたくなるのが人情だろう。


 勇者がいないなら、作ってしまえばいいじゃない、なのである。


「やはりあの作成はそのためのものだったのですね」

「察しの通りです」


「しかし、わが君は国のために聖女レオナさまへ願いを言上いたしますが、わたくしの場合は個人的なものですので……」

「影響力の強さを鑑みるに、王族には公私の垣根など、ほぼありませんよ」


「……そういうお考えであるならば、聖女様。わたくしの願いもまた、公的なものとなるのでしょう」


 オクタビア王妃は抱き寄せたクローディア王女の額にキスをした。


「なるほど、クローディア王女の肉体的問題ですか。精神と肉体の、性の不一致」


 二人の表情が一瞬で驚愕へと変わった。


「……ボ、ボクのこと、わかっていたの?」

「ええ、もちろんです。なぜゆえ僕がこの姿なのか。性同一者への理解をもっと世に広めるために、宗家の命令で十二歳より女性として生活をしているのですよ」


 きっかけは単純だった。昨日から僕の股間に処置されている『タック』に王女は非常な関心を示したためだ。

 彼女が肉体的にも女の子であるなら、ある程度の好奇心は示せどあれほどまで気を寄せる必要性はなかった。なぜって女の子にペニスなどないのだから。ちなみにフタナリは男扱いとする。アカツキの代名詞が『彼』なのはそういうことだ。


 注意。以前にも書いたようにタック処置とは非常に危険な行為なのだった。僕は武術を修めているし、カスミも肉体破壊のプロとして医者や芸術家並みに人体に詳しい。ゆえにこの処置をしている。興味本位で手を出すのはお勧めしない。


 元に戻らなくなったら、医者と看護師の前で、恥辱にまみれる羽目になる。


 さて、タックについてはこれくらいで。クローディア王女についてだった。

 彼女の興味が向かう方向性について。加えて、その場の雰囲気。物凄く興味津々かつ切羽詰まった様子が見て取れた。ここから推量、結論へ至る。


 女性の勘ほど精度はなくても、男の娘の勘もなかなか捨てたものではない。


「――それで、具体的に僕にどういった願いを望まれるのでしょう」


 大体の予測はつくが、あえて訊いてみる。


 するとクローディア王女は、ちらりと母親のオクタビア王妃の顔を見た。

 王妃、わが子に頷く。王女、母親の後押しもあって意を決す。そんなところか。

 これまでに見せていた天真爛漫な様子はなく、大人びた印象だった。


 さあ、キミの心魂の叫びを、僕に聞かせておくれ。


「ボクね、身体も女の子になりたい」

「……なるほど」


 剛速球のど真ん中、来ました。


「聖女レオナさまは、どうやっているの? 見た感じ、絶対に女の子だもの」

「この身体は、いわゆる擬態です。そう似せている部分が目立つだけで、本質の部分はどこも変わりませんよ」


 男性ホルモンの生成を転化させ、女性ホルモンとして垂れ流しているだけで。


「嘘。ボクよりもずっと、ずっと、ずーっと聖女様の方が女の子してるもん」


 そうくるか。いやまあ、この世界の住人からすればそう見えるのかもしれない。


 というかファンタジー世界独自の都合の良い魔術とか魔法はないのか。例えるなら僕の土属性無限みたいな感じの。変化の杖とか、魔女の性別転換薬とか。


 やはり隣の芝は青く見えるものなのは、どこでも共通なのか。


 ふむ、しかしそうなれば。

 一応は、想定の範囲内の願いを立ててきたわけで。


「ならば予備があるので、肉体と言う名の舞台裏をお見せしましょう」


 しばらくインベントリ『自宅』をごそごそと探って取り出したものは、浸透圧注射器と下垂体ホルモン調節ナノマシン入りのアンプルだった。


「このアンプルの中に入った特殊な薬品を、二の腕の内側に打ち込みます」

「それは、ボクにも使えますか?」


「うーん……。確かに王女殿下の現在の華奢な身体つきを維持したいなら、そろそろ最後の機会と言えるかもしれませんね」

「最後、なの?」


「これから先、二次性徴にて肩幅が広がり、あばら骨は大きく膨らんで男性的逆三角形の体格を作ります。喉ぼとけができて男らしい低い声色になります。顎、腋、下腹部に毛が生えてきます。胸や腕、脚のすねの毛が濃くなります」


 体毛については女性であっても、所定の場所にはぼうぼうに生えるものだが。僕はムダ毛の少ない体質で、しかも亜麻色の毛色のため目立たないだけで。


「そんなおぞましいの、ボクじゃない。い、嫌。絶対、嫌なの……」

「まったくですね。毛はともかく、しかも二次性徴は基本的に不可逆です。確定した望まぬ身体は、元に戻らない。それでは、とても我慢ならない」


 ときに、この手記を読まれる方がいると仮定して、一つ質問をしたい。


 あなたにとって、男性と女性の違いをどこで判断しているか。

 身体面のみで見ているのか、精神性で決めるのか。


 かの哲学者ニーチェは言った。精神など肉体の玩具に過ぎないと。


 だが肉体は男性なのに、その精神は女性の場合もままあるもの。

 逆もまた、しかり。肉体は女性、精神は男性の場合も。


 これは脳という肉体の一部が、自己の肉体から乖離した性を認識するがゆえに起こる現象であり、すなわち精神=脳の活動と考えて問題ない。

 繰り返す。精神とは、脳である。その脳の活動の火花が、精神活動である。


「王女殿下は、自分に嘘をついて生きたくない。僕の知っている性同一者の『女性』は、肉体に合わせて男性服を着る行為を『男装』と呼んでいましたね」

「聖女レオナさま、お願いします。ボクに、その薬をください」


「……先ほど説明したように、これは僕のための予備の薬剤です。ゆえに一つしかありません。つまり、もし、これを王女殿下が使うとすれば、事実上の一方通行を覚悟せねばなりません。後になって後悔しても、もう後戻りはできません」

「……はい」


「まず男性機能はほぼ失われます。つまり勃起不全を起こします。小用を済ます際に利用するだけの器官となりますね。しかもその生長はとことん抑制され、子どもの可愛いおちんちんのままになります。もちろん、子種も作られません」

「あんな突起物、なくていいので願ってもありません」


「そうですか。しかし覚悟してください。肉体こそ心です。気を強く保たないとその精神に歪みが生じかねません。僕は、望まぬ女性化ゆえに、歪んでしまいました。どこか人として軸がブレています。目の前で人が大量に死んでも、僕は平気です」

「……」


「もちろんこれは望まぬ女性化ゆえのもので、望んで女性化を求める方にしてみれば、むしろ健全な方向で落ち着く可能性のほうが高いです」

「……はい」


「僕は元の世界へ帰った後、いずれ時期が満ちれば肉体を元に戻すつもりでいます。……完全に戻れるかどうかは、わかりませんけれど」

「……戻し、ちゃうんだ」


「はっきり言いましょう、それはいばらの道です。意図的にホルモンバランスを崩すため感情の起伏が大きくなる場合があります。理性より感情を優先させることもあるでしょう。要約すれば、情緒が不安定になりやすくなります」

「女の子らしくて、良いと思うけれど」


「また、胸は大きくなり、形状は女性のそれと遜色がなくなるでしょう。肩幅は小さいまま、腰はきゅっと締まり、臀部は桃尻へと変貌するでしょう。喉ぼとけは出ず、細いまま。男性的変声期はありません。肌のキメが繊細になっていきます」

「……凄い」


「全体で見れば、その体型は女性独特のふんわりした肉感のそれとほぼ同じになります。しかし股間の一物は残ります。切除するにしてもこの世界での性別適合化手術は危険が伴うでしょう。それでも、この薬が欲しいですか?」

「欲しい、です」


 ノータイムで返事するか。そうくるか。


「……即答、ですか」

「どうか、お願いします。ボクにはその薬が必要なんです」


 息を詰めて見守るオクタビア王妃。王族としてよりも、一人の母として、ハラハラしながらわが子を見守っている。

 そして、祈るように僕に懇願する、クローディア王女。


 ああ、この娘は。分かってはいたけれど、本当に、心が女の子なんだね。


「……わかりました。王族の決断に二言はないと理解します。王女殿下の覚悟のほどはよく伝わりました。あなたのために、薬剤の再設定をしましょう」

「して、くれるの?」


「ええ。僕は、そう言いました。桐生の一族は、交わした約束を必ず守ります」

「じ、じゃあ。すぐにでも、して、くれる?」


「いえ、今は再設定だけで薬剤投与は今夜行ないます。この薬を打つと副作用で眠くなるのですよ。それでもいいのなら、再設定後すぐにでも施術しますが」

「ボクは、この身体を、本当のボクに近づけられるんだよね?」


「外見に限れば一部分を除き、ほぼ女性体になれます。ああ、念のため祝福も込めて起きましょうね。王女殿下の願う、理想の女の子になれますようにって」


 そこからはクローディア王女の考える理想の身体つきについて相談をした。粘菌型PCのハナ子と専用の機材を使って再設定する。


 控え目の胸、大き目の尻、必要以上には太らない体質。スレンダーかつ安産型。

 なるほど、古代ギリシア・ローマにおける理想の女性像に似通っている。


 血を一滴、貰ってナノマシンの登録者の変更を行なう。


 念のため言っておくと、これは医療行為に分類され、医師免許を持たない僕が行なうのは言い逃れのない違法行為である。


 しかしここは異世界。元世界の法は、適用されない。


 そうして、クローディア王女のための、今夜への前準備は一通り終わった。

 とき同じくして、入れ替わりの侍女たちが部屋に入ってくる。


 ややあって、グナエウス王とルキウス王子も全身が漆黒の戦士然としたトサカ付きの兜に鎧姿、真っ赤なマントで入室してきた。


 なかなかどうして格好良い。


 さすがは当代の王と世継の王子と言ったところか。こう見ると、ルキウス王子も母親似なのだなぁと思う。ああ、いや、他意はないけれど。


「この、輝ける漆黒の鎧。まったくもって素晴らしいですぞ!」


 やや興奮気味にグナエウス王は言う。

 となりのルキウス王子も同感とばかりに深く頷いた。


「着け心地はいかがですか?」

「軽くてしかも金属と金属の擦れる感じがなく滑らか。まるで着慣れた衣服を着用したかのようです。そして、このパワー! ふつふつと湧き上がる!」


「上手く立ち回れば、千や万の魔族を相手にしても単身で討滅できるはずですよ」

「極上ですな! 今からでも出陣したい気持ちですぞ!」


「その太刀も使いこなせればなんであれ、防御無視の一撃で真っ二つです。魔王を自らの手で倒した英雄王の誕生も有り得ぬ話ではありません」


 この国のため、そして僕のためにも、勇者誕生に寄与してくださいね。


「うおおっ。この片刃の長剣も凄まじい力を内包しておるのはわかりますぞ!」


 聖女を害せないよう細工を施しています。存分に力を振るってください。

 新しい装備に感動する父子を温かい目で見守る。

 罪悪感なんて、あるわけもなし。


 これから一息ついて、もう一軍団ほどゴーレムコアを増産する予定だ。その後、昨日頼んでおいた物資にて金銭面での問題解決に乗り出すつもりでいる。

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