第29話 早起きは三文の得。そのウソ、ホント? その2


 朝食をアカツキと二人でのんびりといただく。


 すると、なんとなく予想していたことにグナエウス王とその家族がやってきた。しかも興奮気味だった。聞けば頭痛が完全に取り除かれたとのこと。


「黒の聖女様、感謝の極みですぞ! 長年に渡り悩ませていた頭痛が綺麗さっぱり、まるで透明な凪の湖を眺めるが如く! これぞ奇跡、としか!」


「本来なら、今日飲んで明日効く劇的な効果は見込めないのですが……」


 念のため歯茎を見せて貰う。歯肉は健康的なピンク色になっていた。


「どうやら鉛中毒から脱しているようです。快癒、おめでとうございます」


 何が効いたのか。やはり強烈なバフ効果のある祝福辺りが症状改善を推し進めたのだろうか。通常なら治るまで最低数か月は様子を見るのだが。


 無機物ならともかく、生体でこれほどまでとは空恐ろしいものがある。しかし王よ、黙っていて申しわけない。あなた方は国を代表する実験体として多大な成果を上げた。本日の軍事教練を楽しみにしてほしい。


「ときに聖女様。各部門の担当官より聞きましたぞ。予定通りわが王都が城塞都市となり、しかもその中で食糧需給を上げる巨大農場まで一夜で完備したと!」


「明日には避難民全員に食料を配布できます。というのも各担当官の事務的な手続きが必要ですからね。どんぶり勘定は特に戦争状況では避けたいですし」

「ええ、まさに」


「調理に必要な蒸し器や鍋なども用意しておきましょう。食料の配布が安定してなされれば、王都民も避難民も王陛下への求心力がより高まるはずです」

「いえ、これは。黒の聖女様、サマサマなのですが」


「僕の目的は魔王軍侵攻の国難を取り払うこと。これは同時に、王陛下を後世に二度とない名君と伝えるまたとない機会でもあります。つまり、あなたが主人公です」

「お、おお……そんな、深遠なお考えを」


「僕は魔王とその軍勢との戦いが済めば元の世界に帰ります。ならば浮動する栄誉は有効に使わないと。あなたとその王家は、自分たちに具合の良いように情報操作をするべき。国家の安定は、そこに住む国民の安寧。千年王国を目指しましょう」


 いいですね? と、僕はにっこりと微笑む。


 王家とは、自分たちの治世を安定させるためならばなんでもやらかす覚悟のある人々と認識せねばならない。

 ゆえに僕は、あえて聖女の枠を超えて王族への理解を示した。

 桐生がそうであるように、彼らにもそれを求めるのだ。これを悪と呼ぶか、国の安定を第一にする働き者の王と考えるかは人それぞれだが。


 大きく頷くグナエウス王。


 ふと、隣のオクタビア王妃と視線がかち合う。何か言いたいことがあるような表情をしている。ふむ、ならば水を向けてやろう。


「繰り返しになりますが、僕に遠慮はするな、ということです」


 王妃に目をやりつつ、発言を誘ってみる。

 が、動かない。


 はて、なんだろう? よほど口にし難い内容なのか。ううむ、わからないな。

 胸の奥で、首をかしげる。表向きには微笑を湛えつつ。


 ときに、僕たちはインベントリからマーマレードを取り出してパンに塗り、食べていた。このジャムは一番目の姉、コダマ姉さんの手作りだ。もちろん食いしん坊ちゃんのアカツキのパンにもたっぷりと塗ってやっている。


 こちらの世界のパンはふんわりしていなく、もっさりぱさぱさとしてはいるが、それでも良く噛むと小麦の良い香りと旨味が滲み出てくるのだった。これにジャムをつけると……なかなかどうして、癖になる食味となる。


 環境への慣れ具合には自分でも驚くところだった。この分なら一日に一食だけでも米食にすれば、食に関してはギリギリどうにかなるかもしれない。


 物欲しそうにしている王陛下とその家族にもマーマレードを勧めてみる。

 ついでに柑橘類と水飴を使ったジャムの作り方も教えてしまう。知識の供給は、本日も滞りを見ない。


「それにしても黒の聖女様。本日も、愛らしくも豪奢なお召し物ですなぁ」


 これ、そういうレベルの衣装なのだろうか。

 ちょっと違う気がする。


 自分でも思うに、どう見てもヤンデレ仕様なのですが。血まみれの剃刀とか隠し持ってそうで怖いというか。

 このファンタジー世界からすれば、こういうのも愛らしく見えるのか。


「このドレスは午後の軍事教練用ですね。中に鎖帷子を着込んでいますので」

「なるほど。例え戦場であっても美しくある、と」

「同じ材質で、王陛下と王子殿下のために専用の鎧を作って差し上げられますが」


 こちらとしてもそのほうが後々都合が良くなるかもしれないし。ふふふ。

 ほくそ笑む意味が分からない? うふふふ。じきに、分かりますよ。


「えっ、よ、よろしいので? ちなみにどのような素材を元にですかっ?」

「アダマンチウムと、ヒヒイロカネと、オリハルコンの、三つの合金製ですね」


「ふぁっ? それらはすべて神話や伝説に上がる幻の鉱物なのですが……ッ」

「そうなのですか。まあ、こういうのも良いものですよ。チョバムアーマー風ハニカム構造で軽くて頑丈で、ダメ押しに祝福も入れてしまいましょう」


 パチン、と指を鳴らす。

 この動作は以前にも書いたように一種の精神的なトリガーに過ぎない。


 しかし僕は思う。なぜ自分はこれほどにも当たり前に奇跡を使うのだろうと。自分で自分が不思議でならない。まるでコーラを飲めばゲップが出るが如く、それが普通と考えている自分がいる。では、この『自分』とは、一体、誰なのだ。


『そりゃあ、からやで、可愛いレオナちゃん』


 またどこかでピーピングしていたらしいイケナイ混沌邪神のイヌセンパイが、僕の脳裏に直接解説を送ってきた。


 そういう存在とは如何に。

 神は事あるごとに肝心な部分をぼやかすから性質が悪い。


 ここ数日ほど考えていることがある。一体、僕が何をやらかしたのかと。


 なぜこの世界に喚ばれた?

 なぜ事実上の無限を得、土属性に特化する?

 イヌセンパイの言う『自覚』とは?

 まるで何かの研修でもさせるが如く教皇の称号を与えた、その真意は?


 ちっとも思い当たらない。その、ふしすら引っかからない。


 この世界へ召喚される前、元世界の日本ではちょうど五月のゴールデンウィーク真っただ中だった。しかも喚ばれたその日は僕の十七歳の誕生日だった。


 原因は年齢か? もしくは、いやまさか。

 休みの間中にしたことが関係でもあったりするのだろうか。と言っても、良くある日常生活しかしていないと思うのだけれど……。


 朝起きて、学校の課題を消化して、昼ご飯を食べて。

 飼っている三匹の猫たちと戯れて、姉たちがいればスキンシップして。

 もしくは少し外出してみたり。帰宅後に夕飯を食べて。

 食後は桐生の、桐生による、桐生のための独自学習をして。

 息抜きに一か月ほど前にネットで拾った数学の問題を解いて。そういえばアレは誕生日前に解けたのだ。結果に満足して、気分良く就寝したっけ。


『むっふふ。制限時間なんてないし、ゆっくり思い返せばいいでぇ』


 そうしてイヌセンパイの脳内電波は消えた。

 ふむ、と鼻を鳴らす。

 いずれにせよいつかはこの謎も詳らかになるのだろう。

 根拠はないが、そんな予感がある。


 なので今は鎧の作成をしよう。

 魔法銀で甲冑立てを作り上げ、そこにギリシア・ローマ時代のロリカ・ゼクメンタータをモデルにした少しばかり厚手の板金鎧を構成する。


 かの時代を主題にした映画などで軍団兵が着ているお馴染みの鎧である。指揮官クラスになると、兜に鶏のトサカみたいなのがついたりする。


 この鎧、元世界の実際のところは西暦一世紀から二世紀のごく短い間しか使われていないのだが、青銅製の板金を曲げて重ねて胸部、腹部、肩を防護する姿はいかにも怪力屈強な兵で、とても格好いいのだった。

 これにさきほども記述した、実に特徴的な鶏風の赤のトサカのついたアッティカ式の兜、指揮官などは部下に持たせて自分を守らせるスクトゥムと呼ばれる内側に弧を描く大型の長方形の盾もつける。


 出来上がった二体の鎧には、もちろん余念なく祝福をかけておく。


 捲土重来アイルビーバック難攻不落アマギゴエ怨気満腹ウラミマスヨ金城鉄壁アイアンメイデン不眠不休ブラックキギョウ武運長久サムライスピリット。付与スキルだけでなく、身体能力の増強も忘れずに。


 内訳を少し詳しく書くと――、


 物理・魔術・魔法の反射反撃、呪い・即死無効、毒・麻痺抵抗、五大属性抵抗、自然治癒向上、対スキル強奪呪殺、物理・魔法防御・回避向上、健康状態維持、四肢強化・体力増強、必殺率抵抗、必殺威力倍率抵抗、盾防御率強化、防御力強化。


 いずれの能力も微→弱→中→強→凶→恐→狂の七段階の内、『凶』の段階に位置する。一応は神具の扱いになろうか。

 星の均衡を壊す次元にいくらか踏み込んだ造りになってしまったが、まあ良しとする。作り手が黙ってさえいれば、分かりはしませんよ。うふふ。


 ちなみに自分とアカツキの防具には『狂』段階の祝福と、さらには色即是空パンクロック空即是色ウエヘオチル無間地獄バイツァ・ダストというユニークな能力も組み入れている。

 星の均衡? 僕はこの世界の住人ではないのでどうか慮外していただきたい。用向きさえ済めば元の世界へ帰還するのだから。


「あの……畏れ多くも、もはや神器レベルさえ超越している気が……」


 あれ、バレてる? 分かっちゃう? そういうときは、とぼけるのが一番。 


「ギリギリこの世界における神器の範囲です。というか所詮は道具に過ぎませんから。高級アンコモン貴重レア国宝ウルトラレア伝説レジェンド神器チート。僕はエリクサーは普通に使う派ですよ」


「は、はあ。いや、お願いしておきながらアレですが、驚きましたぞ……」


 明らかに腰が引けているグナエウス王だった。

 周囲を見てみれば、オクタビア王妃とクローディア王女は互いに抱き合っていた。ルキウス王子は気合と根性で耐えていた――その姿にちょっと萌えを感じてしまう自分がいた。年下の美少年くんが、歯を食いしばって耐えているのだ。


 僕はこれでも男だ。でも、必死の姿が妙にそそるというか、可愛い。


 そして彼ら王族はともかく、一方で侍女らは顔を真っ青にして苦しげだった。

 一人二人と気を失って倒れている。

 本気になって力を込めたわけでもないが、調神気の波動に呑まれていた。


 王族が平気なら特段の問題はないとはいえ、これではさすがに気の毒なので後で侍女らを回復してやろうと思う。


「防具に見合った武器も必要ですね。なので、同じ材質で鍛え上げましょう」


 星の中心部の超々高圧下にて黒き太陽のほんの一部のさらなる欠片、しかし数十万度の熱を以って材質を溶融させ絶妙なバランスで合金化、熱を奪いインゴットを形成、ここから数千万回の鍛造にて刃を丁寧に練り上げる。

 イメージは日本刀。剣の巧者でなければ扱いきれない刀剣の王者。


「王は人の上に立つ。ゆえ強くて当たり前。片刃剣の扱いはいかがですか」

「ぶ、武具の扱いは幼少時より習熟しておりまする。もちろん、ルキウスも」

「されば剃刀のように鋭く、あらゆる敵を斬り捨てる武器をあなた方に」


 僕は光をホロホロと零す黒き刃に鍔と柄をつけ、目釘できっちり固定する。鞘も太刀と同じ材質で出来ている。銘はつけない。神滅刀でも魔王殺しでも斬鉄剣でも、自分の胸の奥底に巣食う中二心の赴くままに名づければいい。


 鯉口を切り、刃を再度確認して戻す。


 違和感。


 僕は脇を締めて左膝を立て、座したまま左手で鞘引きくうへ抜き打つ。

 流れを見せるためにわざとバラバラに書いたが、これを一挙動で行なう。

 ややあって、残身、しめやかに納刀する。


 阿賀野流戦国太刀酒匂派暗殺剣、裏斬ウラギリ


 一瞬遅れて、ギャッ、という悲鳴らしき女の声が脳裏に響いた。

 実際に立てられた音声ではない。

 なんと言うべきか、声ならぬ声、幻聴に似た何か。


 途端に広がる強烈な力の重圧――おそらくは魔族の発した魔力。

 もっとも、すぐにもその波動は消え去った。


 グナエウス王を始め、部屋の全員が顔を強張らせてその異常事態に戦慄する。

 跳ねるように身構える彼らを、軽く手を挙げて制止する。


「心配には及びません。ある種の敵意を認識したので撃退しました。おそらくは魔王パテクの手の者の遠見でしょう。人にあらざる、ある種の違和感を受けましたし」


「こ、ここまで北の魔王の斥候が?」

「王都の霊的防衛能力はかなり高いと見込んでいますが、相違ないですか?」


「聖晶石の護りを始めとして、様々な防衛機構を施していますが……」

「あの魔力溜まりは相当のものでした。相手が高位の魔族であるのは間違いないでしょう。手ごたえをバッチリ感じたので生きてはいないと思いますが」


「こ、ここにいない高位の魔族を、た、倒されたのですかっ?」

「認識できたので断ち斬りました。この手の斬撃に距離は関係ありませんので」


 土属性無限とは、この星そのものも含むので。声には出さずに胸の内で呟く。


「む、むおお……凄まじいですな、黒の聖女様の御力は……っ」


「それよりも武器の仕上がりは上々のようです。これは嬉しいですね。どうせなので刀だけでなく鞘にも、余さず祝福を込めてしまいましょう」

「しかも黒の聖女様の平常運転っぷりに、その、安心感が半端ないというか……」


 通常、刀は座したとき礼節として自己の右側に置くものだった。それは当方に害意なしと態度で示すものでもある。

 これを逆手に取るのが、『左手』で抜き打った裏斬という名の技。


 この狂暴な漆黒の刀に、一騎当千ザ・ヒーロー一刀両断プラネットバスター干将莫邪マルチウェポン屍山血河デス・パレード武運長久サムライスピリット、その他身体的ステータス増強の祝福を遠慮なく込めていく。


 バフの内容は字面から大体想像してもらうとして省略。ただ、この星の神程度ならチェーンソーで真っ二つにされたどこかの神の如く簡単に滅殺できよう。鞘と太刀の両方を祝福したので二重の効果も期待できる。


 最後に祝福と言う名の呪いもこっそりと込める。至恭至順チュウクンハラキリ。勇者でも聖女でもなく、さすがにただの人に持たせるには過ぎた代物だと思うので、装備者には僕やこれ以降の後輩聖女に邪心を持たぬようその心を縛る。


「せっかくですし、装備してみては?」

「そ、そうですな。では、しばし衣装室をお借りしますぞ」


 王と王子は部屋から出て行った。


「さて、と。そろそろこの人たちも起こしましょうね」


 気を失った侍女らに気付けの祝福を与えてみる。目を覚ました。

 パチっと目を覚ました彼女らは、僕に気づくやいなや平身低頭した。


「も、申し訳ございません。黒の聖女様の偉大な奇跡を前にしていつの間にか」

「強い力にてられましたね。今日はもう代わりの人を呼んで休みなさい」

「そ、そういうわけには」

「責めているのではありません。念のため安静にするよう言っているだけです」

「も、勿体なきお言葉。それでは、命に服させていただきます」


 僕の神気に中てられて倒れた侍女らを全員外に送り出す。代替の侍女は間もなくやってくるだろう。


 しんとしたリビング。アカツキがマーマレードで口の周りをべとべとにしながらパンを頬張り、懸命に咀嚼している。


 自然と笑みがこぼれる。


 うふふ、ちっちゃい子の食べ方ってどうしてこんなに愛しいのだろう? 僕の中にある母性か父性かそれ以外かが、キュンとときめいてならない。


「……それでは王妃殿下。お話を、伺いましょうか?」


 現在、僕たちが食事を摂っているリビングには、自分とアカツキとカスミ、そしてオクタビア王妃と彼女の子、クローディア王女の五人だけになっている。


 オクタビア王妃は先ほど、僕を見つめて何か言いたそうにしていた。おそらくは侍女らに聞かせたくない話なのだろう。ならば、排除された今なら言えるのではないか。そう考えて、わざわざ回りくどい真似をして見せたのだった。


 そう、一連のチート武具の作成は、この話を聞くための方便に過ぎなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る