第28話 早起きは三文の得。そのウソ、ホント? その1


 わが桐生一族は、あらゆる強国を陰から操る支配者の一族である。


 世界征服? 否。根本的に、否。

 何を口走るのか、という片腹痛い次元である。


 一族の切なる努力の結果、陰から支配するモノが、桐生に一本化しただけだった。

 基本的にこの世とは、力のある者、金を持つ者、美しき者、賢き者、勇気のある者のためだけにある。弱者は、加味されない。それらは強者の生餌である。


 生命は弱さを許さない。弱ければ、喰われて養分となるだけの話。

 そうして巡る創造と破壊と再生は、永遠の繁栄をもたらす。


 そう、何も変わっていない。世の構造に異常は見られない。

 つまるところ、弱肉強食である。

 なべてこともなし。


 余計な混乱が起きぬよう世界中の国家はその体裁を、表向きはきちんと取っているように見せかけてはいる。だが、中身は無政府主義の巣。桐生の御座みざが一脚あるのみ。もちろん、隣国のような、未だ多少の抵抗をしている国もあるにはある。


 世の人々はそれに気づかず、というより気づかないのが身のためだが、無知を無知のまま日々を謳歌している。

 知らぬとは、それは、幸せの言い換えでもあるのだろう。


 学んで働いて、奪って殺して、生まれて死んで。

 愛と憎しみ。予定に組まれた闘争の日々。


 昔のヒーロー戦隊ものにありがちな敵対する秘密結社などが、いじましくも世界の清浄化を目論んだりするが、残念、わが一族が先んじてそれをやり遂げた。

 世界にはヒーローなどなく、邪魔者はすべて、速やかに排除する。


 たかが製薬企業、たかが一企業、たかが一族が。

 たかが、たかがなのである。


 もちろんこれにはカラクリがある。

 当然だ。それがなければ不可能だろうから。


 われわれの背後には――、

 宇宙創成のアザトースの次に座す副王、ヨグ=ソトースがいる。


 その偉大なるお方は、化身の形で、われらが一族に御降臨ましましている。


 目的は何か。これを語る前に軽く世界の真実に触れねばならない。

 気を確かに願う。不用意にこれを読めば、SAN値が直葬されかねない。


 まず前提として、宇宙は、巡回しているのだった。


 いきなり意味不明だろう。なので範囲を限定しようと思う。

 無限とは、人間が想い浮かべるにはちっとも優しくない概念だから。


 例を挙げるとして、一巡前の宇宙と、現宇宙と、一巡後の宇宙は。


『同じでありながら、それぞれが別個の存在』


 なのだった。ああ、うん、これも意味不明過ぎる。


 例えば、スプリングコイルを思い出してほしい。

 真上から見れば同じ形状でも、横から見れば螺旋を描いている。


『上から見れば円』

『横から見れば螺旋』


 これと似た様相が、宇宙の巡回を、まさに指している。


 しかも、である。これに加えて、宇宙とは親宇宙から子宇宙を作り、孫宇宙を作り、ひ孫宇宙へと、延々と増殖し続けるのだった。


 宇宙は破壊と再生を繰り返して巡回しつつも、子宇宙、孫宇宙と増殖を続けている。子宇宙、孫宇宙も破壊と再生を繰り返しつつ、その身を巡回させている。


 どこかの神父が目指した天国。メイド・イン・ヘヴンな環境でもある。


 併せて『極東の三愚神』なる、もはや世の摂理や概念そのものの巨大神性が。それは最も旧きにして最新の目覚めしアザトースをお迎えし、仕えるためにいる。


 今し方も書いたように、宇宙とは巡回しつつも、さらに宇宙は親から子へ、孫へと無限に増殖している。


 三愚神とは目覚めしアザトースのための神々。

 すなわち副王ヨグ=ソトース、始まりの女神シュブ=ニグラス、混沌のナイアルラトホテップの、分霊、同一体、顕現体だった。


 ここで、われらが桐生が関わってくる。


 桐生には、分霊であり化身の――、

 御本尊と同等の力を持つ偉大なるヨグ=ソトースがおられる。


 いや、棲みついている、と言うべきかも。しかし一族の守護もなされている。

 かの巨大にして偉大なる神性は、もっとも旧きにして新しい、完全なるアザトースをお迎えするためにいる。


 極東と冠するだけあって、桐生一族の住まう日本にて『彼女あるじ』を待つ。


 というのも今回に限って、本来ならば盲目白痴であるはずの魔王にして宇宙創造主は、お目覚めになられた状態で御降臨をなさる。


 どういう状態で、どういう形態で、どういう意図で。

 それらはすべて無明の闇の底。


 ただわかるのは『彼女』という女性代名詞がつくこと。

 彼女は、目覚めていること。


 お分かりになられるだろうか、この恐るべき特異点のほどを。


 目覚めたアザトース、である! この、異常性を!

 目覚めながら夢を見る真王を! 白昼夢の真王を!


 地球という星の、国家という国家を陰から統べる無政府主義企業の桐生は、新しき宇宙のための単なる土台に過ぎない。


 これが世の真実であり事実。

 お迎えする『彼女』が『学習・成長・新宇宙を創生』するまでの揺り籠。


 そのために、たまたま――本当にたまたま、一企業に過ぎぬ桐生製薬株式会社が選ばれたのだった。これが世の真実で、事実。


 人間とは、矮小ですべて平等に無価値だった。


 ――ところで、僕は今、少しばかり困った事態になっていた。

 何かというと、ベッドが濡れていて冷たいのだ。あと、独特のニオイも。


 原因は、エルフお耳でピンク頭の両性具有の男の娘、アカツキにあった。

 彼は僕にひしと抱きついて眠っている。股間をびっしょりと濡らしたまま。


 ああ、このツンと来るニオイ。懐かしいような、恥ずかしいような。

 彼がオネショをやらかしていることさえ除けば、それはとても微笑ましくも愛らしい光景なのだが。いや、まったく。


「寝る前にちゃんとトイレに連れて行くべきだったわ……」


 嘆息しつつ、呟く。後悔しても今更である。

 冷たい部分は彼の股間を中心に、僕を巻き込んで背中まで達している。出来れば忘れていたい、幼少期にやらかした自分の失敗を思い出しそうになる。


 目を閉じて、ぎゅっと記憶を底の方へ押しやる。

 オネショとくれば、僕は……。

 やや待ってから、この困った被造物ちゃんに語り掛ける。


「……アカツキ、本当はもう起きているよね? それ、寝たふりだよね?」


 びくっ、と彼は動いた。正直な子だ。別に怒ってないよと、頭を撫でてやる。


「にゃあ……。あの、その……。ご、ごめんなさいレオナお姉さまぁ……」


 おずおずと目を開けて、彼は謝罪する。

 それなりに恥じらいもあるらしく、目を伏せて僕の胸に顔を押し付けてきた。

 細長いエルフ風のお耳がほんのり赤く染まっている。


「……良く考えたら、昨日生まれたばかりだものね。大丈夫、誰だって失敗する。僕だって小さいころは失敗していたし。それよりも、生みの親でもある僕がちゃんと気をつけてあげるべきだった。ごめんなさいね、アカツキ」

「にゃあ……うん……ふみぃ……」


 僕は彼の腰に手を回して、ついでに彼のお尻の濡れを確認する。冷たいのが気になるのか、アカツキは微妙に手から逃れようとする。まあ、当然かな。


「今夜から、寝る前におしっこを忘れずにしましょうね」

「はい、にゃあ……」

「ハァハァ。可愛い子にはオムツを当てると万事解決いたしますよ」

「うわ、カスミ」

「おはようございます、レオナさま。そしてアカツキちゃん」


 カスミだった。珍しく姿を現している。あと、目の色が紫色だ。

 零れ落ちんばかりの満面の笑顔で小児用オムツを捧げ持っていることを除けば、いつも通りのただの残念な美人さんだった。


「カスミの提案は確かに効果的だけど、解決にはならないからね」

「オムツのアカツキちゃん、ハァハァ」

「ダメです。それをつけるとオネショの変な癖がつくから」

「新しい扉、オープンセサミ」

「セサミさせません」

「がーん」


 今日のカスミの変態は、少し方向性が異なっている。

 赤ちゃんプレイも好きなのか、この人は。いい加減ヤバいでしょうに。


「そういうイケナイ発言をしちゃうお口は、このお口ですか?」


 おいでおいでと手招きして、不意を打ってカスミにチュッと接吻する。

 途端に彼女はボンッと顔を赤らめて、幸せそうにベッドの下に潜ってしまった。


「……にゃあに、オムツ当てるの?」

「できればしたくないね。却ってオネショが治らなくなるし、オムツをしているという被虐感が癖になるからダメ。そういうプレイにハマった人知ってるから」


 どんなプレイなのか興味を持たれても困るのでこの辺で打ち切る。そういう性の掃き溜めみたいな業深い世界もあるとだけ書いておく。


「レオナお姉さまがつけてくれるなら、にゃあはむしろしてほしいかも」

「あらあら。でも、大丈夫だから。失敗しても、ほら、ごらん」


 僕はパチンと指を鳴らす。

 これ自体は精神的トリガーに過ぎず、実質的な意味はない。


 五行思想における土気とは金気と水気に相性相克する。要するに土属性の相克で、属性有利の観点から水属性に過干渉させる。

 何をしたかと言うと、水気を纏めたのだ。


「にゃあのおしっこがひと塊になって浮いてるの。恥ずかしいみゅう……」

「僕は土属性が無限だから、こういう手品みたいな真似もできるのよね。能力は応用してこそだもの。あとは、重力を上手く操って、外の庭にぱしゃりと」


 捨ててしまう。草に液体肥料を与える感じ。

 残りはシーツから取り除けなかった老廃物のシミを超振動で浮き上げてフッと息を吹きかければ、細かい粉となってそのまま散りじりになってしまう。


「これで解決。シーツは毎日交換してくれているけれどね」

「ふにゃあん……」


 ぽふぽふと頭を撫でてやる。きゅっと抱いて頬ずりする。大丈夫だよと。

 それにしても、お子様ボディはぷにぷにしていて気持ちいいなぁ。


 余談ではあるが、効率はもちろん下がるけれども、土気を通して水気に過干渉させ、さらに水気を通しさえすれば本来なら、相性上では土気に相性相克する火気や木気も操作は可能だ。昨晩の作物速成大豊作などはこれを応用したものだった。


 ベッドの下でゴソゴソしていたカスミがにゅるりと這い出てきた。僕は未だ目を紫に色に染めたままのカスミに、股間にタック処理をさせる。


「ハァハァ、レオナさま。本日も可愛くて堪りません。ぺろぺろしたいです」

「今日も欲望がダダ洩れですね……」

「はい、役得過ぎて本日も色々と忙しくなりそうです。うふふ、うふ」

「にゃあ、ぺろぺろってどこをぺろぺろ?」

「アカツキちゃん。それはもう、おち「やめなさい」」


 カスミがあまりに率直に答えすぎるので、インターセプトさせてもらった。


「そんなことよりも、お風呂に行きますよ」


 ゆったり朝風呂に入って汗を落とす。アヒルの玩具や水鉄砲を出してやるとアカツキがとても喜んだ。うふふ、やっぱり子どもとお風呂はこうでないとね。


 そうしてカスミに全身を拭ってもらって、ドレスを着込む。

 今日、僕が着るのは――。


「レオタード改造ドレスじゃないのは良いとしても、これはまた。黒エプロンのゴスロリ風アリス衣装とか、ヤンデレ臭が半端ないんだけど……」


 ハロウィンにも使えそうな、やたらと黒フリルと刺繍の入った一品。


「闇アリスです。アカツキちゃんは定番の白アリス衣装です。うっふん」


 小児性愛者にして数学者、チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン原作の不思議の国のアリス、または鏡の国のアリスを読んだ人ならわかるだろう。

 主人公の幼女、アリスが着ているのが空色のワンピースと大きなヘッドリボン、そしてトレードマークの白のフリルエプロン、下着はキャミソールとショートドロワース。ひっくるめて通称、エプロンドレスなのだが――いやはや、これは。


「まさかフリルエプロンを黒にするだけで、これほどにも印象が変わるなんて」


 いや、細部もアカツキの着るそれに比べると、刺繍やフリル装飾に黒を使っている割合が圧倒的に多い。手袋からニーソックスに至るまで黒のサテンシルクとは恐れ入る。精神の病み具合が衣装から漏れ出しているようではないか。


「……まあ、せっかく用意してくれたし、僕は着るだけだよ。ただ、今日は軍事教練もするから、ゴスロリアリスには少しだけアレンジを加えるね」


 と言ってもドレスそのものを改造したりなどしない。

 これも一番上の姉が丹精込めてしたためた、僕のための作品だから。


 まずはスカートの下に装着するパニエをアダマンチウムとヒヒイロカネとオリハルコンで合金にしたものを使う。というか、作る。

 青と赤と緑の鉱物を合金化させると、ホロホロと光の零れ落ちる不思議な黒色金属へと変貌するのだった。

 同じくして、インナーに薄手のチェインメイルを着込む。素材はパニエに使われたものと同じ。アダマンチウムと以下略である。


 チェーンの一粒一粒まで気を使って形作ったので非常に軽く、そして頑丈だった。最後に衣装そのものと、今し方作った二つに祝福を与えて出来上がり。アカツキにも同じものをまるっとこしらえてやる。


「レオタードドレスは最高にハァハァなのですが、残念ながらアカツキちゃんの分がありません。なので代わりになるドレスをお出ししましたが……本日の衣装も、むふふ、なぜわたしの股間にアレがないのか悔やまれます。心が勃起です!」


「あ、う、うん。ありがとう。カスミはその、いつに増して、絶好調だね?」

「それはもう! 後ほど、厠へ失礼させてもらってもよろしいですかっ」

「ほ、ほどほどにね? 体力消耗しちゃうよ?」


 顔を紅潮させ、鼻血を一筋を垂らす彼女にはさすがの僕もドン引く。黒シルクのニーソックスに寄りがないか確認しつつ厚底エナメルシューズを履く。ヘッドリボンをつけ、手袋をはめ、くるりと一回転。軽くカーテシーをしてみせる。


「ふはあっ、可愛いですっ。……あっ、イクっ。むしろわたしにオムツですっ」


 カスミは自らの胸を抱いてベッドに沈没し、幸せいっぱいのだらしない表情で身体を不自然にビクンビクンさせていた。怖いので見ない振りをする。


 本当にこの人は、もう。

 僕に女の子の可愛い服を着せるのが大好きで、どうしようもないな。

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