第27話 【幕間】後年の歴史資料、とある高級官僚の備忘録 急
「初めに三種の野菜の増殖をさせます。要はサツマイモとカボチャは蔓が欲しいのです。トウモロコシは、これは実が必要になりますが」
「では、どのように……?」
「すぐそこに前段階の、種取用の畑を用意しました。ちょっと失礼、遠隔で取り出すのはさすがに集中が要りましてね。……はい、これですね」
どさどさと、空間からいきなり麻袋に入った何かが出てくる。これも聖女様の御力らしい。開けて良いというので中を確認する。
一つはサツマイモの蔓の束。二つにはカボチャとトウモロコシの種が。
どうやらこれらを使うようだ。サツマイモはご実家の姉御さまが機会を見て植える予定だったものを持ってきてくださったとのだという。
「先ほどの通り、サツマイモとカボチャは痩せた土地を好む性質を持ちます。肥料を与え過ぎると、蔓や葉ばかりが茂って可食部の生育を阻害させてしまいます。ですが今回は例外。蔓が大量に欲しいのでたっぷり肥料を与えます」
「はい」
「ああそうだ、カボチャは本来は種から育てるものでして、今回のような祝福ありきで蔓に根を張らせて育てる農法は参考にしないように。トウモロコシは掃除作物と呼ばれるほど養分を好みますので、こちらも負けじと肥料を与えます」
言いながら聖女様はゴーレムに目をやった。すると十五体の傀儡らが彼女の周りに集まり全員が片膝をつくのだった。
「……へ?」
そして、なんと胸から腹に当たる部分がバガンと開くではないか。しかも中から人が出てくる。俺は言葉を失った。一体、どうなっているのか。
しかも、さらに驚くべきは中の人がエルフ耳の幼女だったこと。聖女様に寵愛されている様子が窺えた、あの桃色髪の幼女である。
それが十五人もいるのだ。うわようじょいっぱい。
これはどうしたものか、自分でも何を言っているのか意味不明である。
彼女らは聖女様の衣装を連想させる、ただし色は黒ではなく白のぴっちりとした衣装を身に纏っていた。ペタンコ胸でイカ腹でぷにぷにほっぺ。やけに庇護欲を誘う姿ではあるが、唯一にして最大の欠点もあった。皆、無表情なのだ。
「ねえ、アカツキ。あなたが、いっぱいいるわよ?」
なぜか聖女様も驚いておられた。
すると幻影にもう一人の姿が映り込んで来た。例のエルフ幼女だった。
「にゃあ、基本がレイバーゴーレムだから。この子たちはにゃあに指揮権移譲された時点で、にゃあを頂点とした意思伝達のうねうね触手さんになるのにゃ」
「あー、そういうこと。ではこの子たちはアカツキの意思を共有する顕現体なのね。確かにゴーレムには一であり全を。全はアカツキと設定しました」
「うん、並列演算と情報共有も可能な『
「そうなんだ。うーん、便利ねぇ」
聖女様、納得なさる。もちろん俺にはさっぱり理解が追いつかない。
そんな俺たちを見越してくださった、聖女様曰く――、
「首都に座する王をアカツキと仮定しましょう。とすれば地方都市の知事や市長、町長を始めとする代官はここにいるこの子たちとなります。代官とは王の権限を王より委託された者たち。すなわち、王が伸ばした巨大な両腕のようなもの」
「な、なるほど」
「もう一つ。
そういうことらしい。ついでに幼女らの正体もわかった。
あれはエルフではない。絶後の、自律思考する生きた人形だった。デウス・エクス・マキナの一種。その存在自体が、神器。なんてこった。
先に書いたようにクラウド型アカツキは全員が無表情だった。
そいつらが、一斉に俺を見定めて、わらわらとこちらに向かってくる。
俺、一瞬にしろビクリとなる。いや、普通に怖いじゃん。
彼女らは蔓と種を寄越せと手を伸ばしてくる。俺は聖女様へ助けを求めるようにふり向いた。すると聖女様は、優雅に、こちらに頷いて見せた。
俺は幼女らに恐々とそれらを手渡した。一種類ずつ行儀良く分け合って受け取る幼女集団。でも全員無表情。見た目は可愛いのに、やっぱり怖い。
よく見れば五人一組で動いていて、彼女らの平坦な胸の左側には階級章らしきエンブレムがついていた。
妙に気になったので注視する。
組の一人だけ、胸元のエンブレムが三つ重なったVの字がついていることに気づいた。その他の子たちは一本だけ。
そういえば騎乗するゴーレムも、十五体あるうちの三つは赤と銀の、細手のヒューマン型になっていた。聖女様の注釈ではあの赤と銀のゴーレムは分隊長であり、この上にも階級をつけて師団長の
クラウド型アカツキは分隊長を中心に、用意されたそれぞれの種取用の畑にそれぞれの種や蔓を植え始める。
精巧で力強い、あえて表現するなら車輪の回転でも見るような、そんな正確な動きで種や蔓が次々と植えられていく。
そうして、あっという間に、終わってしまった。
続けざま、いつの間にか引かれていた水路から、噴水のように水を畑全体に撒き始める。これはすぷりんくらあ機構というらしい。この仕組みを上手く使えば天候に頼らず畑にムラなく水分を散布できるという。
説明を受け、われらが王経由で設計図も有難く頂戴する約束を頂いた。
「では、作物を生長させましょう。もう一度『祝福』を……はい、大きくなあれ」
聖女様はぱんと小気味よい音で手を叩く。
併せて――、
クラウド型アカツキらはどこで拾ってきたのか大きな葉を掲げ、畑の周りを独特の歩法――後で聞くところの『
『夢だけど、夢じゃなかった!』
踊る幼女らが何を言っているのか見当もつかない。それは聖女様の世界の言葉。俺が今書いたのは聖女様より訳されたものを書いたに過ぎない。
楽しそうな踊りのようで――、
彼女らは無表情で行なうものだから不気味に映ってならない。
「あれは……?」
実はさっきから妙な風が吹き始めていた。
風力と風向が一定を保ち続けるという不可解な現象というか。
風上を見れば、農場の端の方で回転する巨大な羽の集合体らしきものが。
あれは、風車か。
近年になって開発されたわが王国での最新技術なのだが、いや、それにしてはやけに姿見の細い建造物ではある。
とにかく、それらが整然と並んで何十体と回っていた。
聖女様曰く、作物の空中窒素の固定のため、風を送って空気の入れ替えを行なっているとのこと。風を受ける風車とは用途が違い、風を起こすためのものなのだそうだ。名を、巨大せんぷうきと言う。
うん、さっぱりわからない。
しかし聖女様が必要だと言うのだから、必要なのだろう。
そうこうしているうちに光の粒がぱんっと弾け、これを皮切りに植えた作物の種や蔓がニョキニョキムクムクと生長を始めるではないか。
サツマイモの蔓がぐんぐんと伸び、のたうつ無数の触手のような凄まじい勢いで、畑そのものを覆いつくしてしまう。
トウモロコシはあっという間に極太の茎を空に向けて伸ばし、自分たちが先ほど食べた実の、数十倍はあるだろう巨大なモロコシ部分が
カボチャも畑一面が完璧に緑で覆いつくされていた。見事なくらいモッサモサである。これらはすべて葉と蔓であるらしい。
「他の分隊長たちもこっちに来てください。一気に植えていきますよ。まず、蔓を一キュビト(約四十四センチ)くらいに切ってくださいね」
呼ばれた分隊長たちは聖女様のおっしゃるように作業を始める。
「極端に長いまたは短いなどでなければ、あまり気に掛けずにいて大丈夫ですよ。多少の誤差は僕の土属性権能と祝福で補正してしまいますので。それらを二十で一束に分け、各種、混ざらないよう集めてください」
こくんと頷き、テキパキと動く分隊長たち。
「トウモロコシは、うん、良い感じに枯れましたね。実の部分を採取しましょうか。本当はこれは、実をもいで一ヶ月は天日干しで水分を抜きます。が、今回は例外として権能を使いました。強引に種として最良の状態に持っていったのです」
クラウド型の分隊長アカツキらは、ムラなく働いている。
ところでわれわれ農林水産の面々は、これら作業をただ雁首を揃えて見ているだけで、まだ何もしていない。
そのことを聖女様に伝え、手伝う旨を申し出ると――。
「あなたがたにはこれから起こる生長過程をよく観察してほしいのです。というのも、今から数百倍の速度で育成と収穫を繰り返します。早送りとはいえ生長は生長。全体を俯瞰してその概要を知り、その上で本来の育成法を教えます」
作物の生長を身体で感じて、それから座学で頭に知識として得る方式らしい。
なるほど未知の作物などは、実際に現場に立ち会って実感を深めてから説明を受けた方がより理解できそうだった。さすがは聖女様である。
わらわらと同じ顔のクラウド型アカツキらは種と蔓を手に、そして各自の畑へ散っていく。俺たち職員一同も、それぞれバラバラについていく。
幻影の聖女様は旅団長ゴーレムの掌に乗る形で俺と同伴してくれた。せっかくだからと、俺もゴーレムに同じく同乗させてもらった。
畑はハーフミーリア四方(約八百メートル)で一区切りにされ、それが各種十ずつ、計三十枚用意されている。短時間の内に土壌は聖女様の奇跡にて、それぞれの作物に対応した最高の状態で畑としての体裁を整えている。
初手はさすがに三十枚すべての畑に蔓と種を作付けすることは叶わなかった。大体、一枚と半分と言ったところか。
一通り植え付けが終わるとセットされたスプリンクラーが作動、すっかり陽も落ちて夜天となってはいたが、人工光がカッと照明光度を上げるので真昼のようだ。しかも地面が何か熱を持ち始めていた。緩やかな風が畑を抜けていく。
聖女様はぱん、と手を叩く。
クラウド型アカツキらは葉を持って先ほど見た踊りを始める。
すると、どうだ。
作物が生長していくではないか。蔓を伸ばすサツマイモが。同じくカボチャが。茎をどんどん空へと高く延ばさんとするトウモロコシが。
花が咲いた。サツマイモの花は青紫だった。
聖女様曰く、ヒルガオ科なので花はアサガオと似通るそうだ。
カボチャは濃い黄色。
雄花と雌花があり、受粉作業が必要になるので気をつけるようにする。
トウモロコシの花は独特の形状だった。
茎の先端のススキの穂のようなものが雄花で、実となる前の細いヒゲの塊が、なんと雌花であるらしい。
なお受粉は、カボチャはともかくとしてズィと空に向けて伸びたトウモロコシは軽く一パーチ(約三メートル)はあり、クラウド型アカツキらは五段肩車で危なっかしく雄しべを雌しべにくっつける作業を行なっていた。
あれ、ゴーレムに乗って作業をすればいいと思うのだが、ダメなのか?
「――と、愚考するのですが、どうなのでしょうか?」
疑問を聖女様に伝えると聞きつけたクラウド型アカツキらは一斉に『おっ』と言う顔になり、また無表情に戻った。どうやら気づいていなかったらしい。聖女様は彼女らの働きを見守りつつ、実地学習も兼ねていますので、とおっしゃった。
ややあって、赤と銀の細身ボディ型分隊長ゴーレムを使って一斉にトウモロコシの受粉を行なっていった。
もともとが車輪の回転のように正確に動くのでその作業の早いこと。
受粉が終われば、まるでそれを待っていたかのように――否、聖女様はこれら二つの作物の生長を留めていたのだろう、一斉にカボチャとトウモロコシは実をたわわとつけていく。それはそれは見事なものだった。
サツマイモは空気中の窒素を固定する微生物なるものと共生していて、苗(蔓)の節から実を太らせていく。厳密にはサツマイモは根であり、果実に当たる部分ではないとのこと。土中なので確認が取れないが、立派に育っていることだろう。
凄まじい勢いで生長した作物を、クラウド型アカツキらは次々と収穫していく。
荷台にサツマイモとカボチャを載せ、倉庫へ。
トウモロコシは十枚の畑に植えられる種取用だけを残して同じく倉庫へ。
ぐう、と腹が鳴った。
そういえば夕飯がまだだったなと思っていたら、われらが王のありがたい配慮で輜重隊が食事を持ってきてくれた。突如として出来上がった畑と周辺施設に彼ら支援隊の全員がおっかなびっくりの様子だったのが苦笑を誘う。
今のアイツらは、先ほどまでの俺らだ。
配られたのは兵士用の糧食だった。パン、チーズ、干し肉、エール。別途にスープが欲しいがそんなものはない。
あとは焚き火用の薪と天幕設営セットに毛布。仮眠施設があるので天幕は用をなさなそうだった。なので燃料と、眠る際に使う毛布だけを頂いておく。
「汁物が欲しいですね。温めて飲むスープは僕の方で用意しましょう」
言って聖女様は一・五キュビト(約六十六センチ)はありそうな銅製の鍋と、持ち手つきのカップ、お玉と専用の焚き火台を奇跡を用いて作ってくださった。われわれのために細やかなところまで気を配っていただき、一同、恐縮する。
続けて聖女様は何やら銀の四角い箱らしきものを取り出した。これは一斗缶と呼びます。彼女は言う。中身は業務用『こおんぽたあじゅ』であるらしい。われわれは飛び上がって喜んだ。聖女様の世界のスープ! ひゃっほう!
出された鍋と食器は軽く布で拭い、指示の通り『いっとかん』なるもののフタを抜いて中身を鍋に注ぐ。この時点で甘く濃厚な、素晴らしく良い香りに天にも昇る幸せと空腹を感じた。焚き火で、コゲないようにお玉でかき混ぜつつ温める。
一同、鍋を注視する。
結論から言おう。旨い。あまりにも旨過ぎて変な声が出た。
パンを浸して食べるのも旨い。
深く濃厚で、クリーミィな味わいに恍惚となる。
これが天上の味。聖女様の世界の。
くううっ、旨いっ! うーまーいーぞぉぉぉぉぉっ!
人を愛してやまぬ、偉大なる神々に感謝を!
興奮し過ぎて、なぜか烈しく勃起した。
しかし、なんという役得なのだろう。俺は今、確実に幸せを感じている。
クラウド型アカツキらは変わらず農作業に従事している。
オーマイガー。一度収穫された畑は、聖女様の奇跡にてすべて最高の土壌に新調し直されていた。収穫した食料と、種と蔓。これでどんどん作物を増やす。無限。俺は今、永久機関を見ている気持ちだった。
食後、聖女様は奇跡に頼らない本来あるべき農法を、われわれ農林水産の面々に丁寧に座学にて施してくださった。
とてもわかりやすかった。念のためにと、手ずから『るうずりいふ』なるものにこれまでの解説を書き込んでくださりもした。
なんと至れり尽くせり。感謝と感激で涙ぐんでしまったのは自分だけの秘密だ。
奇跡に頼らず、奇跡を起こす二千年先の農法。この知恵と知識は、われわれの農業の根本から必ずや良い風を吹き込むだろう。
夜半、収穫された大量の作物が次々と倉庫に保管する様子を確認して、本日はこれまでと仮眠所にて睡眠を取った。まず魔物の類の心配ないが、クラウド型アカツキらが寝ずの警護をしてくれるとのこと。
仮眠所のベッドで毛布にくるまり、俺は思う。
新しい農法、新しい食料、そこから派生するだろう新しい食事。
可能性は無限大だ。
食べ物は文化そのもの。食事とはその文明の程度を計る良い物差しとなる。
生物の三大欲求というものがある。
すなわち、喰う、寝る、出す。最後の出すは、交接と排泄を兼ねる。これが、生き物が生き物たらしめる根本の部分。根底の欲求部分。
なので、貧しい食生活とは、貧しい文化の表れでもある。その文明程度たるや、お察しの通りだった。
二十年前、神殿のおばば様は俺にこう助言してくれた。自分を信じて働けと。
神々は人間の最善を考えて才能を与えてくださる。
なるほど、もしかしたら、あるいは。
俺の才能は、このために用意されていたのかもしれないと思うのだが、どうか。
だといいな、と子どものように無邪気に思う。
いや、そうだと考えて間違いなかろう。
部下たちはすでに満足気に眠りに落ちていた。
新しい知識の怒涛に興奮もやまないがそれ以上に見たこともない経験に圧倒されて疲れていたのだ。かく言う自分も、そうだ。
俺は目を閉じた。北の魔王軍の襲撃がなんだ。俺たちには聖女様がいる。
そうして、知らぬ間に、俺は深い眠りに落ちて行った。
ーー作者注釈。
本来サツマイモは、甘く美味しいものが食べたいときは、収穫してから冷暗所で一ヶ月くらい熟成させないといけません。
ですが当作品では、あえて無視をして、とにかく美味しい救荒作物としています。
悪しからず、ご了承の程を。
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