第26話 【幕間】後年の歴史資料、とある高級官僚の備忘録 破


 そして、そしてなのだ。

 二十の年月が経ち、現在に至った今、まさに。


 俺はある意味合いで運命の人と言っても良いお方に目見まみえた。


 四代目聖女、キリウ・レオナさま。

 個人名がレオナ、家族名がキリウだそうだ。


 今回の聖女召喚は、これまでの変事難事とは一風変わっていた。


 北の魔王パテク・フィリップ三世、われらが王国に書簡にて宣戦布告する。

 三十万の軍勢を引き連れて、かの魔王は王都へ侵攻してくる。


 布告の理由が、魔王自身の婿探しのため。


 自分で書いておいて、なんだこれ、と首をかしげざるを得ないというか。

 なんで自己の婿探しのためわざわざ他国に宣戦布告する?

 それ、必要なのか? 魔族の思考具合は、本当に、わけがわからん。


 それほどにも婿が欲しいなら――、

 自国内で婿募集の号令をかければ事足りるではないか?


 あるいは強い伴侶を欲するなら闘技大会でも開催すれば良い。

 決勝戦ではお前さんとセメントだ。魔族らしく拳と拳で愛を語り合えばいい。


 戦争、必要ない。OK?


 などと人族の論理が魔族に通じるわけもなく。


 而して国民を大切に思ってやまぬ、われらがオリエントスターク王国の王、グナエウス陛下の果断さよ。即決で都市を捨てさせ、都市民を王都への避難を命じた。


 強大な力を持った魔族の王と、三十万という膨大な頭数の魔族軍。

 もはや、聖女召喚を使わざるを得ない。はおうしょうこうけんなのである。

 ――いや、俺は今、何を。……まあ、いい。雑記の続きだ。


 あのとき、国政を支える一端として、俺は召喚の現場に立ち会っていた。


 初代聖女様が残した召喚の書と聖晶石。作法通り、謁見の間に描かれる召喚陣。

 王は祝詞を唱える。するとすぐに異変が起きた。


 なんと光に包まれた神が一柱、降臨してきたのだった。


 俺たちは一斉に跪いた。かの神曰く、力弱き神々の守護者だという。われわれの世界の主神たちのさらに上位、混沌のナイアルラトホテップ、個人 (?)名をイヌセンパイ。大神曰く、今回は特別、とのこと。


 ただでさえ非常な事態に、輪をかけて非常事態が積み重なったわけだ。


 三代に渡る聖女伝説は、われらが王国では下は奴隷から上は王族まで、知らぬ者はないほどである。救国の英雄でもある。知らぬほうが不敬である。


 それに、新たにして、強烈な例外事項が巻き上がる。


 歴代の聖女召喚に、大神ナイアルラトホテップが降臨なされたという記録はない。あるなら絶対に語り継がれるはず。


 それが、今回だけは例外として――、

 召喚の儀式に大神自らが地に降臨ましまして、われらが王にその御力を貸す。


 つまりこれまでのお三方を凌駕する、強大な力を持つ聖女様が御来臨なさるということ! うおおっ、思い出すだけであのときの興奮が蘇る!


 われらが王陛下は大神イヌセンパイの祝福のもと、一心に儀式を続ける。

 そして、奇跡は、起きた!

 刹那、無音無明の闇が謁見の間全体を呑み込んだ。


 次の瞬間、俺の耳は、聞いたこともない美しい旋律に意識を掬い上げられた。

 思わず上を見た。ハッとして視線を儀式に戻す。


 全員が、同じ動作をしていた。


 後に知る、ぐらんどぴあのなる幻想音階を発する黒塗りの巨大楽器を、目を閉じてたおやかに奏でる聖女様。


 そのお姿は、ああ、ただ見るだけで心が酷くかき乱されそうになる。

 悪い意味ではない。むしろ良い。良すぎて不安になる。この、切ない気持ち。

 千や万の美を讃える言葉ですら彼女の前ではひたすらにむなしい。


 妻子がいる身でこの溢れる気持ちは、ちょっとどころでなく不味い気がする。


 長く、さらさらと繊細に輝く亜麻色の髪。小顔、形の良い眉、長いまつ毛。

 瞳は優しく閉じられている。すらりと通った鼻梁。ほんのりと赤い魅惑の唇。

 黄金比に祝福されたような整った顔立ち。やがて曲を弾き終わり、自身が召喚されたことに驚く聖女様。


 彼女は席から立ち上がる。

 王を始め、俺たちは手を叩いて感動を伝えていた。


 白い肌、細くしなやかな身体つき。

 肉体の成熟を間近に控えた、特有の耽美さよ。


 花は咲き切ってはもはや凡庸。咲き切る直前こそが至上にして可憐。


 このお方こそ、幾度となくわれらが王国をお救いになった――、

 その四代目となる聖女様。正確には、黒の聖女様。


 彼女は、天上の質感と意匠、身体の線をつぶさに表現する闇色のドレスを纏っていた。創造神の片割れ、狂える闇神スコトスの系譜のようでさにあらず。

 無上の品性と絶後の美はどうだ。

 しかもエロい。ヴェールで透けて見える背中とか、超エロい。


 男ども、一斉に股間を押さえる。

 俺も押さえる。何とは言わぬがギンギンである。


 女ども、圧倒されて声も出ず。

 相対的に、自らの容姿と比べて戦慄を覚えたのだろう。


 ああ、聖女様。もうこの時点で彼女の凄まじさに翻弄されている。

 大神たるイヌセンパイがその神力を貸さなければ喚べない、至上最高の。

 

 その後、彼女はオリンピアード競技場での演説で民衆の心を一気に掴み取り、聖女召喚に気づいた北の魔王パテクが第二の月、蒼きラゴをこの地へと堕とそうとしたのを未然に防いだりといきなりの面目躍如だった。


 しかし魔王よ。お前は婿が欲しくて戦争を始めたのに、星を堕としたら皆死んでしまって目的を果たせないぞ。死体と結婚でもするつもりか変態め。


 次の日、俺は聖女様に直々に呼ばれた。

 他に建設院総裁補と上下水道管理局長もやってきたが、それは横に置く。彼らも国民の生活になくてはならぬ存在ではあれど、まず、これは俺の雑記なのだった。

 彼らとて雑記を書く際には、同じく俺のことなどロクに紹介するはずもない。この辺りはお互いさまというヤツであろう。


 聖女様は言った。耳に心地良い澄んだ声色で。

「サツマイモ、トウモロコシ、カボチャの三種を、避難民の新たな主食とします」


 彼女は何もない空間から三種類の野菜を俺の前に取り出して見せた。

 見たこともない形状の野菜。しかし聖女様が直々に下賜してくださる野菜。


 感動で変な声が出そうになる。落ち着け、俺。


 聖女様の世界は、われわれの世界より遥か二千年も進んだ文明を持つ世界。

 お分かりになられるだろうか。

 そんな神話の先に住むような世界の人々が口にする食物ということを。

 俺は農林水産の事実上の責任者。興奮がやまない――違う意味でも興奮がやまない。聖女様、すみません。そのお姿、お召し物がエロ過ぎです。


 あとで厠へ行き、三回くらい盛大に気を放出しておこう。


 追記、昼食後に新市街を『今日中に』造成するので自分についてくるようにと、聖女様からのお達しを受けた。

 ちょっと意味が分からないが、彼女ならできてしまえそうなのが凄まじい。


 残念にも昼食は同席できなかったものの、王陛下がわれわれに自らの食事を下げ与えてくださった。もそもそと食事を摂る俺とその他二人。

 王より直々に食事を下賜されるのは名誉であり喜ばしいことではあれど、コレジャナイ感が半端ない。聖女様の天上の食事、食べたかった。


 その後、厠にて俺とその他二人は揃って気を放った。

 連続で五回。ヤバかった。


 気持ち良すぎて幸せだけど、気を放ちすぎて逆にげっそりとした俺たちは部下を呼び、時間通りに集まって王都外へ馬車で向かう。


 少し話がずれるに、げっそりで思い出したことがある。

 ここ十日くらい前に神殿のおばば様がぎっくり腰になっていたのだった。それを聞いて先日、お世話になった恩人でもあるので蜂蜜ケーキを持って見舞いに行ったのだが……彼女の容体はかなり重いものだった。


 何せ自分で治癒を使うにしても、あの能力は身体に本来備わる治癒力を活性化させる類のもののため、強度の疾患を負った超々高齢者という悪条件がネックとなり痛んだ腰は一向に治りそうになかった。


 あと十年若ければと彼女は言う。

 初めて相談に行ったときから既に二十年。おばば様は御年百三十二歳。さすがに十年くらいでは……いや、言うまい。


 此度の魔王襲来で、今でも既に忙しいのがもっと忙しくなるのは誰の目にも明らかだろう。なので、この最悪な事変を聖女様と王都民が一丸と切り抜けてひと段落したら、今度は何か違う甘味でも持って見舞いに行こうと思う。


 そこまでは良かった、そこまでは。

 後日、俺はトンデモ騒動に巻き込まれてしまうのだ。


 あえてタイトルをつけるなら『とあるババァに花束を』という感じか。


 実は聖女様が二日目に行なった王都を丸ごと覆う広域治癒で――、

 おばば様のぎっくり腰が完全回復していたのだった。


 ただ折悪く、ちょうどおばば様も魔王が戦争を吹っかけてきているのに寝ていられるかと覚悟を決め、かつての三代目聖女様より頂いた伝説の秘薬、およそどんな病もたちどころに治すとされるエリクシルを使った矢先だったのが不味かった。


 超回復と超回復が競合し、一種の変若水となり、肉体活性化が起こった。


 おばば様は、若返ったのだった。それも百年と数十年レベルの。


 具体的に言うと、まだ神々の祝福すら受けられないような一桁台半ばの、ちんまい幼女の姿になったのだった。

 ロリおばば様はツーテール髪イカ腹ペタンコ胸ぷにぷにお肌で、ビフォーアフターが同一と思えないほど愛らしく変貌してしまう。


 なるほど年月の刻みはさも恐ろしいものか。


 しかしこれは別な話。

 雑記とはいえ、書くべき内容は弁えるべきなのでここまでとする。


 どこまで書いたのだったか。

 そう、新市街建設のために現場へ移動からだった。


 聖女様が乗る馬車は、恐るべき台数の護衛チャリオットにて護られていた。


 乗っているのは聖女様と、正体不明ではあれど明らかに聖女様から寵愛を受ける謎のエルフ幼女と、われらがオリエントスターク国王陛下の三人である。


 俺たちは別個の馬車三台で、集合する羊もかくやのぎゅう詰めになっていた。

 馬車の手配に落ち度があったのではない。

 ちゃんと各部署ごとに一台ずつ割り振られていたのだ。それを俺たちが持てる人員を呼べるだけ呼んでしまったのが敗因だった。つまり落ち度は俺らというわけで。くそ、今、すかしっ屁を出したヤツは誰だ。鼻が曲がるわ!


 同じ馬車に同席できなかったのは運が良かったのか、悪かったのか。

 いや、聖女様をある種のオカズにしていたなどとそのニオイで知られては困るので、これはこれでなのだが。


 新市街建設についてはほどほどに省略させてもらう。

 歴代の王があるいは一生をかけて取り組むレベルの市街増設を、一刻もしないうちに完備させてしまうなどまさに奇跡そのものではある。が、農業担当の俺としては現在の避難民へ供する食料問題のほうが重大なのだった。


 にしても試供食に出された三種の野菜の旨かったこと。


 カボチャは味付けされていたので理解できる。しかしサツマイモは蒸かしただけで、トウモロコシは茹でただけ。なぜそれだけであんなにも美味なのか。


 聖女様はさらに、戦力増強に一万体ものゴーレムをその場でお作りになられた。新市街作成に、理路整然と動く巨大な傀儡には圧倒されるばかりだった。

 彼女はこれらゴーレム軍団に新たな命令を勅し、そうして自らは城塞都市計画のため、王都から一ミーリア離れた位置に巨大かつ遠大な新城壁を建立なされる。


 そう、この新市街を出てなお、王都の施設編成が新たに設定された瞬間だった。

 一万体のゴーレムは整然と移動を始める。周辺地域の見回り兼魔物狩りを徹底的に行ない、安全を確保する。

 そして七割のゴーレムは新城壁の仕上げ作業を、残りの三割は、ここが俺にとって一番大事なことに、聖女様専用の実験農場の作成にかかるのだった。あの美味極まるサツマイモ、トウモロコシ、カボチャである。


 暗くなってきたため、聖女様とエルフの幼女、そしてわれらが王を乗せた馬車は王宮へと戻っていった。が、常に連絡を取り合える状態にあった。


 銀と赤の細身のボディを持つ、一・七五パーチ(約五メートル)ほどの旅団長ゴーレムのからあたいまあなる部分より幻影が投じられ、幻体とはいえ聖女様がしっかりと立ち会ってくださってくれているのである。


 間近で見る聖女様の、幻体――超、エロい! 触れられないのが余計に。聖女様の体臭を嗅げないのが少し残念。というか興奮がバレないか心配。


 まず、聖女様は細長い作物育成用照明塔をいくつもゴーレムに建てさせた。

 蓄光能力のある鉱物をつけたエコ照明であるらしい。エコ、とは何かわからなかったけれども、これがあれば夜中でも昼間のように明るくなるとのこと。

 今回だけは地熱を光源変換し、光として扱う。これも俺の知識ではついていけなかったが、そういうものだと受け入れた。


 カッと明るくなる新城壁内の広大な土地。

 聖女様はパチンと指を鳴らす。ごごご、と地面が微震する。

 彼女曰く、土壌を改良したとのこと。思わず俺は駆け出した。良く耕され世話の行き届いた土の香りがする。なんてことだ。膝をつき、手で土を掬い上げる。


「一瞬で、なんの手入れもない大地が良く肥えた上質の畑に!」

「その畑はトウモロコシ用です。トウモロコシは連作障害を起こしにくい作物で、しかも今回は使いませんが、コンパニオンプランツにマメ科の野菜を混植させると豆も収穫できた上で相乗効果で害虫がつきにくくなります」


 さらりと新たな農法をご教授くださる聖女様。


「サツマイモとカボチャはどちらかと言うと痩せた土地を好む性質を持ちます。どれも糖度が高いため、蒸留酒の原料にもできますね」


 ある程度は心づもりしていたとはいえ、その奇跡を前にしてはそんなもの無意味とばかりに驚く俺に、聖女様は優しく告げた。


 ゴーレムたちは、黙々と出来上がった土壌を区画割りにして整えていく。夜も深まっているというのに、燦燦さんさんと輝く照明のおかげで本当に昼間のようだ。


 僅かな時間で、粛々と実験農場は仕上がっていく。

 立派な仮眠所と、縦横がハーフスタディオン (約九十メートル)、高さ五パーチ (約十五メートル)もある巨大倉庫も併設される。


 この、感無量感。俺の感動の一片でも、誰かに伝えたい。

 しかし言葉では足りない。嬉しくも悩ましくもあり、如何ともし難い。

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