第25話 【幕間】後年の歴史資料、とある高級官僚の備忘録 序


 オリエントスターク王国には貴族制度がない。

 あるのは王族と、それ以外だった。臣下はすべて公務員である。


 基本的に王国から求められる能力を満たせば、誰であれ公務員登用される。

 ただこれは下級、中級職に限っての話。


 上級職を目指すなら、まず、この王都で四代以上続く市民でなければならない。その上で厳しい試験をなんども乗り越える必要がある。これが本当に難しいのだ。それでもそれさえクリアすれば、種族性別を問わず国の中枢部に登用された。


 初めに言ったように、これは基本の話だ。功績次第でわれらが王の目に止まり、思わぬ昇進を頂く場合もあので上を狙うなら腐らず頑張って貰いたい。


 聖女様曰く、元世界で言うと政権はアレキサンダー大王方式で、登用資格うんぬんはこの国独自の制度とのこと。試験での選抜方法は、極悪なほどの難関で知られている古代中国大陸の清朝の科挙というものにそっくりであるらしい。


 つまるところどんな世界でも――、

 似たような採用方法・登用方式は存在するというわけで。


 ついでに書けば、われらが王国は聖女様準拠ではギリシア・ローマ時代と呼ばれる二千年もの昔の文明と似通っているらしい。

 繰り返すが二千年前である。大事なので二度書いておくとする。


 さて、備忘録らしく自身について書き綴っていくとしよう。


 俺の役職は農林分野における事実上の責任者、その次官である。聖女様の世界風に言い換えるなら、農林水産事務次官となろうか。

 この農林水産次官は、五百年前の共和制だったわが国の前身から取られている。


 他国ならば、この上に大臣を立てる。

 が、この王国には貴族が存在しないゆえ大臣制度もない。


 市民選挙で大統領なるものを選ぶ南西地方のシチズン共和国ならいざ知らず、当世界での国とは王政国家を指し、その下に貴族がのさばっている。そして貴族が、宰相や元帥、大臣の役職を王より賜る。


 だが、しかしと、俺はしつこく繰り返す。それだけ重要だからだ。

 われらが王国に貴族制度はない。

 国体を乱す原因となる、貴族なる害虫など、必要ないからだ。


 そんなわけで、俺の上は『最終総責任者』たるわれらが偉大なる王、グナエウス・カサヴェテス・オリエントスターク様となる。


 どうだ凄いだろう、えっへん……なんてな。


 虎の威を借る狐など、これほどくだらぬものはない。

 俺は公僕。国のために働くだけだ。


 話を、戻そう。農林水産次官についてである。


 ことが食糧問題に直結する最重要分野なので、代々農政に関わってきた家柄やそれ相応の知識エリートが集まり、部下となる技官たちも専門分野で技術を高め、誰であれなくてはならぬ逸材ばかりが揃っている――はずだった。


 ところが俺はというと、そういう家柄の出身ではなかった。


 わが氏族は代々王国に上級の、いわゆるキャリア組を輩出していた。

 ただ、それもどちらかというと武官寄りで、武器防具食糧などの主計・輜重・兵站構築を扱う後方支援指揮官、相手国の情報収集や逆に防諜など間諜の関わる情報局局長などが主な登用先となっていた。たまに軍団将校になっていたりもする。


 ところが俺は、恐ろしく難解な試験を三度合格を得て面接も無事済ませ、王陛下の御前にて最終試験を受け、合格し、晴れて上級官僚になったはいいが、その配属先がなぜか農林水産部門であったという不可解にかち合っていた。


 自分自身は当然のこと、氏族内であれ家族間であれ、新たな武官誕生のはずがまさかの文官登用に皆して驚いたものだった。


 先ほど触れたように武官寄りの一族であるため、俺は元より一族自体が農具に触れることもなく、当然、土いじりすらしたことがなかった。

 ひたすら真っ直ぐに学に励み、また、剣と盾、槍、弓、馬、そして伝説にも語られる、三代目聖女タンサニー・クワン様がお使いになられた最強の戦場格闘術、ムエボーランに磨きをかけてきたのだ。俺は、心の底から、首を傾げた。


 しかし登用されては俺も晴れて国家公務員である。国のために働き、より良い国を作る一端となれるのは喜びというもの。農業について知らぬというなら、今からでも学べばよい。いつやるのかと問われれば、今だろうと答える所存である。


 となれば実地で体験するのが一番と、俺は仕事を覚える合間に未来の部下となる技官たちと親睦を図るよう行動した。


 ときには彼らと一緒に畑を耕し、下水処理施設からやってくる汚泥を専用プラントで発酵させて堆肥を作ったり。

 ……その堆肥を撒いた地域だけ異様に豊作になったり。


 羊や山羊飼いたちの指事を受けつつ家畜の世話をしてみたり――なぜかめちゃくちゃに家畜たちに懐かれて求愛されまくったり。

 ……乳の出が類を見ないほど良くなったり、羊毛の品質が妙に向上したり。


 林業では森に棲む猿の魔物と酒を呑んで盛り上がったり。どこをどうしてそうなったか酔っていて皆目覚えていないが、一緒に植林をしてみたり。

 ……五年計画の植林事業が、僅か半年で完了してしまったり。


 水産方面では滅多に会えない人魚族との交流が持てたり、ヒューマン族の俺になぜか彼女らの王族からの縁談が舞い込んできたり。

 ……声を代償に足を生やした人魚姫は、今や俺の愛する妻になっていたり。


 それが必然であるが如く、この仕事は己の天職というのが本当によく知れたのだった。そうこうするうちに、気づけば俺は、農林水産次官となっていた。


 ここいらで、時系列が少し巻き戻ると前もって書いておく。

 雑記であるので、その辺は勘弁してほしい。


 思えば数え年で十歳になったときに神殿で受けられる、神々より自らの生誕を祝って貰う『祝福の儀』からそういう運命づけがなされていたのかもしれない。


 神々から貸与されていた子どもたちが――、

 晴れて『わが子として、人として確立する』大切な儀式であった。


 聖女様の世界でもかつては『わらべ七つまでは神のモノ』とされていたそうだが、脆弱な幼児期間の終了を祝い、また、大人への段階に足を踏み入れる学習期に入ったことを示すものでもあった。


 その後、無事に十五歳を迎えられれば成人の儀に至るわけなのだが、この十歳からの五年間こそ、人生で最も重要な時期と言っても過言ではなかった。


 神々は『祝福の儀』を通し、十歳となった子供の成長を心から祝ってくださる。

 人を愛してやまないのがこの世界の神々なのだった。 


 そうしては良いのだ。

 むしろが問題なのだった。


 神々は祝いの最後に、数いる神々の内のどなたかの力の一片を、祝福されし子どもにお与えになられる。


 それは、なんらかの才能であったり、魔法などの特殊な能力であったりする。


 力の一片の内容は、たとえ子ども当人であっても、神々は口を閉じて教えない。

 

 わざわざ知ろうとしなくてもその後の五年もの間に嫌でもわかるから。

 

 単純に体力がつき身体が頑強になる。腕力などの身体能力の向上。もしくは知能の向上。手先が器用になったりと、身体面の能力向上はメジャーな祝福だ。


 もう少し特化したものを上げるとすれば、例えば男の子なら一度は憧れる戦士系の剣の才能、槍の才能、弓の才能、馬術の才能などが挙げられる。


 文化面に目を向けると、芸術では絵画の才能、彫刻の才能、詩歌の才能、楽器類の才能、文筆への才能、哲学への才能、その他もろもろ。


 特殊な専門職で思いつくのは土木や建築の才能、鍛冶全般の才能、医療技術の才能、さらに特化されたものでは、もれなく神殿から先物買いラブコールされる超激レアというか、ほぼ奇跡の扱いとなる治療と治癒の才能、むしろ能力。

 聖女様曰く、治療は内科びょうき系、治癒は外科ケガ系なのですね、とのこと。


 特殊なものでは二代目聖女アメリア・ロック=シュトック様がお伝えになった異世界由来『魔術』の、地水火風のいずれかに才を見出したり、われらが世界に根付く木火土金水の五大属性+光闇二属性のどれかの『魔法』に才を与えられたり。


 なので俺も十五歳の成人の儀を受けてなお自らの才能が不明だったが、そのうち分かるだろうと達観して微塵も調べようとは思わなかった。


 どちらかと言えばわが氏族は武官の家柄だと先ほど書いた。なれば、神々も俺にそちら方面の才能を与えてくださると思い込んでいた。

 身体を鍛え、武術は当然、格闘術ではムエボーランを磨き、脳筋バカでは己の出世の妨げになるので学問も一心に取り組んでいた。


 その後の結果は、ひとまず上級役職ではあるので不満はない。

 問題は、俺は、結局自分の才能がなんなのか見当もつかなくなったことか。


 そのうち嫌でもわかる。すまん、あれは嘘だ。

 贅沢な悩みなのは承知している。しかし予想外過ぎるのも戸惑いを孕むもの。


 はあ、思い出すなぁ。二十年前、若いなりの青臭い俺の悩み、か。

 表向きに語る話と、裏の話は往々にして異なる場合がある。


 ついさっき、雑記帳に『となれば実地で体験するのが一番』と勇んで技官たちに体当たりで学ぼうとするくだりを書いた。が、実はその気持ちに至るまでには、いくらか日数的な合間が隠されているのだった。


 過ぎ去った事柄なので、今なら語れる裏話というやつである。


 キャリア組とはいえ、まずは見習いとして王宮に勤め出して――、

 しばらく、経ったころ。


 やはりどうにも気持ちの整理がつかないため、俺はかつての英雄、神殿のおばば様との面会予約を取ったのだった。

 人生に迷ったらおばば様に訊け、これが王都の常識だった。


 おばば様は、このとき御年百十二歳。氏族の遥か祖先にエルフの血が混じっているとかで、たまたまその長命因子が少しばかり発現していると聞く。

 いわんや百と十を越えてなおかくしゃくとした妖怪婆である。いや失礼、かつての英雄おばば様である。


 かの百年近く昔のドルアルガの塔事変の折、三代目聖女タンサニー・クワン様により治療と治癒の二大異能を見出されたのがおばば様だった。


 否、否。違う、そうじゃない。その当時から婆だったわけではない。


 おばば様は当時、十二歳である。現在の妖怪姿を見れば違和感しかないが、少女だったおばば様は塔の攻略に単身向かう聖女様の『もしも』のときのための治癒責任者として動員されていたというのだから凄まじい。


 ああ、そうか。


 もしかしたら他国の者が読めば、なんのことやら意味不明かもしれないので具体的に書くとしよう。


 ドルアルガの塔。地上六十階建ての魔的な巨大建造物である。


 もちろんこんなものがわが国に初めから建っていたわけではない。ある日を境に突如現れたのだった。そう、まるで異世界召喚でも受けたが如く。


 かの魔塔が出現してからというもの、周辺地域は毒の瘴気で覆われてしまった。しかも時間と共にその範囲が広がっていく。瘴気の中、蠢く異形の魔物。魔塔の主は、誰が呼んだか、魔闘神ドルアルガ。塔と闘の文字を掛けているのが小憎い。


 そんな絶望的状況下で、少女だったおばば様は、治癒要員として聖女様の『もしも』のときに備えて塔のすぐ近くで待機する。自分に毒の『治療』を継続しつつ、聖女様の『治癒』のために待つのである。お分かりになられるだろうか。


 幸いながらもっとも危惧された『もしも』のときは起こらず、魔塔の主、魔闘神ドルアルガに見事な超真空跳び膝蹴りオーラタイガーキックを決めて滅殺し、聖女タンサニー・クワン様は当変事に完璧なる終止符を打った。その後、戦場格闘術ムエボーランを世に伝え、彼女は国中から惜しまれながらも元の世界へと帰還なされた。


 そんなこんなで面会予約を取った俺は、当日にはおばば様の大好物の蜂蜜ケーキを用意し、お茶代 (相談料)を包んで神殿へと向かった。


 俺は詳しく事情を説明する。

 すると彼女はさっそくケーキをぱくつきながらこう答えた。


「そりゃあお前、今の仕事に就くためだろうがよ。間違いなく、ああ、こいつは間違いない。農業全般に絶大な才能があるからだ」

「はあ、まあ、確かにおっしゃる通りなのかもしれませんが……」


「む。その反応は勘違いしている反応だな。違うぞ、お前はまだ王宮勤めが浅いから知らんだけで、数ある才のうち『鑑定』というレア能力持ちが王宮にいるのだ」

「か、鑑定?」


「一種の覗き見スキルだ。才能やら能力やらを見通せる。しかし案ずるな、神々は常に人の最善を願っておる。この能力の保持者は決まってクソ真面目なのだ」

「となると、どのような才能が自分にはあると見込めるのでしょう」


「うむ、そうさな。経験から判断するに『大地の子』『パンの祝福』『森の加護』『水神の寵愛』『動物調教士』かな。どれも農業をするには垂涎の才能よ」

「そ、そんなにも?」


「まあ少なくとも例に挙げた二、三の才能には恵まれているだろうさ。でなければキャリアにはなれん。全部、それ以上の可能性も無きにしも非ずだがな」


 わははっ、と豪快に笑ったおばば様はまたケーキをパクついた。

 部屋の外でこちらをチラ見しながら待機する、おばば様の身の回りの世話係だろう見習い女神官たちの口からは涎が零れ落ちそうになっていた。甘味はとにかく、超のつく贅沢品なので是非もなし。


 余談になるがおばば様は美神ウェヌス様の神殿で名誉神殿長の役職についている。治療と治癒の両方が使えて、聖女様を助け、しかも長生きゆえのものだった。


「つまりは自分を信じて働くのが最善と」

「その通りだ若いの。さすれば己が迷いも自然と解けようぞ」


 やはり年長者は知恵の出どころの懐の深さが違う。俺はなるほどと素直に納得しておばば様に礼を告げ神殿を去った。


 その日からというもの、与えられた役職と仕事内容に張りが出て、『となれば実地で体験するのが一番』のくだりに繋がっていくのだった。

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