第24話 王都改造『一日を終えて。SAN値チェックな子守歌』


 夜、食事と入浴を終えた僕とアカツキは、寝室のベッドで横になっていた。


 カスミは――彼女の性癖をこれ以上暴露するのもどうかと思うのだが、本人がぜひ書いてくださいと不気味な動きで鼻息を荒げるので記述しておくことにする。


 彼女は、いつも通り、僕のベッドの下に潜んでいる。


 そう、これまであえて書かなかったが、彼女の寝床は僕の下なのだった。

 意味深でもなんでもない。本当に真下にいる。

 別に大事なことでもないけれど、あえてもう一度書かせていただく。

 彼女は、物理的に、僕の真下にいる。そこが寝床。


 都市伝説の、ベッドの下の殺人鬼ならぬ、ベッドの下の元暗殺者である。


 正直、これはないわとドン引きものではあるが、カスミ曰く、暗殺者としての現役時代からの習性で、もう治りそうにないとのこと。いや、治そうよ。

 しかしそれ以上に暗くて埃っぽくて狭い場所にいると心が落ち着くらしく、しかも僕に呼ばれればすぐに参上できるので便利とのこと。


 言い分は頭では理解すれど、どうにも納得したくないような、そんな気持ち。


 性癖暴露に快感を覚える新手のドМなのか、男の娘大好きっ子なのか、閉所嗜好性癖者なのか、せめてどれかに一つに絞って欲しいものだ。


「今夜は下に籠るのではなく、権利の行使をしてみてはどうですか?」

「ハアハア、レオナさまにそうおっしゃっていただけただけでも、うっ、私、イキそうです……というか、ちょっとイキました……っ。なんと言う僥倖……っ。今宵はエルフの男の娘風のアカツキちゃんと、どうぞ、心行くまで……っ」


 もそもそと動きつつ、興奮しきった鼻息と共に下から返事がくる。

 一体、何を期待しているのかな? 僕にはわからないよ?


 白々しくとぼけておく。


 ……うん、カスミの言わんとすることもわかる。

 彼女はこれまでのつき合いで、僕の趣味嗜好を把握している。


 でも、今がそのときではないのは確かだ。楽しむのは、まだ、早い。


 ヒントは、僕は半分はオンナノコということだ。

 オンナノコなら、ときにはお人形遊びも、するでしょう?


 その話題はこの辺りで置くとして、夜のお休みのお時間である。


 カスミが今どんな格好をしているか、僕は知らない。よくよく考えれば彼女が眠りに落ちたところを見た覚えがない。いつも僕よりも遅くまで起きていて、僕よりも早く目覚めてあれやこれやと使用人として身の回りの世話をしてくれる。


 僕とアカツキは、侍女らによって用意された絹のネグリジェを着てベッドに横になっている。下着は、僕は胸の形を崩さないためにナイトブラを着用している。アカツキはキャミソールと腹巻きを着けている。ポンポン冷やしちゃダメだから。

 ただ僕は、タックを外した解放感を味わいたいがために夜用フルバッグショーツを着けていない。アカツキも真似をして子どもパンツを着けていなかった。


 つまり、二人してフルコンタクトおちんちんランドである。わぁい!


 ともあれカスミが鼻息荒くベッドの真下に潜り込むわけだった。でも、キミの期待するような展開は、今日はさすがに起きないからね。


 アカツキは、まるで母猫に甘えて眠る子猫のように、僕にきゅっと抱きついて胸元に顔を埋めている。ときおり、ふにふにと顔が動くので胸がくすぐったい。


 幼い子供の姿そのままに少し高めの体温が、身体に気持ちいい。

 加えて吐露してしまえば、エルフ風の細長いお耳に、萌えを感じてしまう。


「にゃあ、レオナお姉さま、いい匂い……」


 呟いてアカツキは、んふぅーと吐息を漏らした。僕は僕で、キミの幼い匂いを満喫し、父親とも母親とも言えぬ、とにかく親としての幸せを感じていますよ。


 ゴーレムを造るつもりが、甘えん坊の機械仕掛けの神チクタクマンを産んだ。

 あるいは、復活させた=蘇らせた、とも。

 これはあらかじめ定められた出来事なのだろうか。

 イヌセンパイは特にアカツキについては言及してこない。

 挨拶代わりに頬ずりして、若干の悪戯っぽいことをしただけだった。


 謎だ。でも、こんなにも純粋に頼ってくる彼を疑いたくないし、無下にもしたくない。僕は姉たちに愛されて育ったのだった。愛の形は知らないが、愛情の受け取り方と、愛とは見返りを求めない感情というのは知っている。

 何より現在進行形で保護欲求が、とある欲求よりも大きくしている時点で僕の精神的敗北は決定している。愛とはときに敗北をも意味するらしい。


「みゅうー。お姉さま、お姉さま。うふふ、幸せにゃあ……」

「こう懐かれると、想いもひとしおですね……」


 可愛い、僕だけの、お人形さん。今はなりを潜めているとある欲求。

 もう、一人でするのは、飽きた。カスミに手伝ってもらうのは、さすがに怖い。


 でもこの子なら、期待、出来そうよね。


 口には出さないが、口の端を歪めて、そっと胸の奥で呟く。

 それがどれだけ邪悪な音色を持っているか、誰人だれひとにも知られてはならぬ。


 僕から愛を得る代償となる、その立場の一つに『可愛いお人形さん』を加えた。

 しかも、最初にだ。くくく、どさくさに紛れて、最初に、だ。

 おそらくは当事者のアカツキですら軽く考えているのではないか。


 それがどういう意味なのかは、ここではまだ語らない。


 アカツキの身体は、最初にも触れたように十歳にも満たぬようなお子様ボディだった。詳細に書けば、十歳の女児に同年代の男児のペニスをつけたような。

 幼女で、男の娘でという彼の文言の通りの身体つきだともいう。

 耳は想像上のエルフ族みたいに細長い。肉体については人間の子ども準拠であるらしい。ぷにぷに感が最高である。ぷにぷに。


「レオナお姉さま……おねむのお歌、聞きたいにゃあ……」


 半分眠り眼でアカツキは言う。つまり子守唄を歌って欲しいと。

 なるほどそれならば。

 姉たちが僕にしてくれたことをしつつも、一つ、歌ってあげよう。


 背中を軽くポンポンと叩きつつ、耳元に、囁きかけるように、小さく。

 幼いころ、両親が不在で夜中に心細くなったとき、僕は姉のベッドに良く潜り込んだものだった。そしてこの歌を聞きつつ、姉に抱きついて安らかに眠った。


『始まりは無明の闇の底。

 冷たく柔らかく、無形の身を包む短調な笛の音。

 其は眠る、絶対零度の虚無の中。盲目白痴にして全能の創造主。

 貌のない従者が、かしずき囁きかける。

 鏡の上で世界を刻みましょう。

 上へと落ちる、目くるめく想像と創造の果てまでも。

 あなたさまの歓びは私の悦び、私の狂気はあなたさまの絶望。

 枯れ果てた夢路の果てに、何を見るのか』


 歌の内容は、元々は人類の発祥よりも遥かに昔、太古と表現するにふさわしい数千万年規模の時代を経て滅んだ、名伏し難き種族の言語で綴られていた。


 それを表向きは古物商を営むノゾミ姉さんがどこから見つけてきたのか、勝手に適当にアレンジして古典ラテン語にしてしまったのだった。


 そうして今更になって、あれっと思った。


 この異世界に来るまではおぼろげにしか意味は解らなかったが、思い出し、実際に歌ってみて内容の不味さに戦慄したのだった。


 はい、ここでSANチェック入りまーす。


 成功した場合はSAN値の減少無し。

 失敗したら、1D6+1のSAN値減少です。


 一気に5以上減らした場合は、一時的狂気のサイコロも振りましょう。


 これ、宇宙創成の、アザトースのための子守歌じゃないのか。

 うわー、気づかなかったわ。こんなものノゾミ姉さんたら平気で歌ってたの。


 金平糖のような形で伸び縮みする宇宙の中心部で眠る――、

 盲目白痴にして全能の魔王。宇宙創造主にして、真なる観測者。

 この世のすべては、かの魔王の夢の中の出来事。


 本当にどうやってこのようなおぞましい歌を拾ってきたの、ノゾミ姉さん。

 と言うか、なんでこれを聞いて小さいころの僕は安らかに眠れたの。

 無知とはときに、無類の精神の強靭さを示す、ということか。


 アカツキの吐息が安らかになっている。

 眠ったらしい。幼いころの僕と同じような展開だった。

 これもまた、無知とはときに、無類の精神の強靭さを示す、なのか。


機械仕掛けの神チクタクマンと僕に語らせたキミの存在性も、だいぶ謎めいてるよね……」


 僕は彼が眠りやすいように、枕の位置を調節してやる。抱き合って眠るのである。おそらく僕は、眠るまでは彼を抱いていられるはず。眠れば幼少時のころからの躾の影響でどうなるかちょっとわからない。行儀良く眠るとは、思うけれど。


 額にキスを。愛情表現に頬ずりもする。柔らかくて繊細で気持ちいい。

 僕の中で渦巻いていた想念を形にしたという彼の姿見は。


 幼女でエルフで、男の娘で。まるで生きた人形のようで、それは本当にそのまま事実で。彼の正体はゴーレム≒アンドロイドだった。


 ところで、高級ラブドールには総シリコンの人間の質感そっくりのものがある。

 いつだったかそれを廃工場に投棄した人がいて、何も知らない第三者がその人形を見て猟奇殺人と勘違いした迷惑で笑えない珍事があった。


 それくらい超リアルな人形を開発し、製造、販売する会社名は……。


 オリエントスターク王国の大地を産土に生まれた、僕のアカツキ。

 くだんの会社名も、オリエント。日本の産業分類では、確か工業だったか。


「いや、お人形と言っても、そっちの意味じゃあないけれど。むしろ逆」


 珠の肌にうっとりとするほど心地よい、生きたラブドール――ではなくて、ほぼアンドロイドなアカツキの寝息を耳にしつつ、僕は目を閉じる。


 僕はこの子との関係を、自由意思を持った一個の人格として接したい。

 でも、同時に、僕のお人形さんでもあるのだった。これが肝要。これが重要。


 人と人形の両方の立場を持つ、稀有な存在。それがアカツキ。

 この闇深さ。業深さ。おお、カスミのお腐れさまの業にも負けず劣らずだ。


 ここまで、執拗かつよたよたと分からぬことを書いていると、仮にこの手記を読んでいる人がいればそう思うだろう。

 まことにすまなく思う。だが、僕としてもどうしようもないのだ。


 アカツキのちっちゃな手が、僕を求めてしがみついてきた。

 ああ、なんて無防備で、愛おしいのか。

 眠っているとはいえ、彼の演算処理タスクは現在もフル活動している。

 それは量子バースト通信で、王都の城塞都市化のための指示を、配下のゴーレムらに常に命令を出し続けている。


 親として、褒めてあげたい。使役者ごしゅじんさまとして褒めてあげたい。

 僕の生贄にんぎょうとして、褒めてあげたい。


 虐待なんて絶対にしないけれど、大きな意味で酷い行為を、たぶんする。

 僕の孤独につき合って貰う。ただ、それだけ。けれども、それは。


 お互いに、仲良くやっていけたら、いいな。

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