第20話 王都改造『飯を喰いまくる。レシピも教える』


 せっかくなのでここでテーブルマナーも簡単に指導してしまおうか。この世界の食事中のマナーは以前にも触れたように、実に原初的なものだった。


『大皿より手に取り、口に持って行った料理は、再び大皿に戻してはならない』


 これである。なのであまり難しい作法は無理だと判断する。この世界の料理にシチューが存在する以上スプーンの使い方くらいは知っているはずなので、オムライスのなるべく綺麗な食べ方を教えるくらいに留めようと思う。


 飢えた人間のがっつくようなかき込みスタイルではなく、スプーンで適度に左手前よりオムレットを切り分けて少しずつ頂く。ただ、それだけ。


 ただ、まあ……うん、あまり意味がないかも。


「うおお……ッ。旨いですな聖女様! ハム、ハフハフ、ハフ! もう、語呂が旨いしか出てきませんぞ! そして、このびいるというエールに似た飲み物も、ぐびぐび……くうううっ、ぷはぁーっ。冷たくてゴクゴク呑めて最高です!」


「本当、美味しいですわっ。ああっ、これではまた太っちゃいそうっ。止まらない止まらない、止まらなーい……ッ」


「この、どみぐらすそうすのついた部分とつかない部分の二つの味が最高! めろんふろおとそうだも冷たくて甘くてプチプチしてて美味しい!」


「おむらいすもさることながら、この、こおんぽたあじゅなるスープも風味がよく、甘みもあり、驚くほど濃厚で堪らない……ッ」


 好評をいただいて何より。テーブルマナーは完全にぶっ千切っちゃってるけれどあえて口にはしない。アカツキなども夢中でバクバク食べている。せっかく食べ方を教えたのに口周りが大惨事になっていて苦笑してしまう。


 彼らの汚い食べ方を別にフォローするつもりはないが、純真純朴に食べる喜びに触れている以上、これはこれでいいのかも、とも考えを翻す。


 そんな世の真理に改めて心を打たれつつ、デザートに異世界系ラノベではお馴染みのプリンを出してみる。どんな反応を見せてくれるだろうか。


「さて、これが〆の甘味ですよ。小さいスプーンで味わってくださいね」


 僕に言われるまま、全員が同時にデザートスプーンでプリンをひと掬いし、つるりと口に運ぶ。やおら、くわっ、と僕 (とカスミ)以外の、全員が目を剥いた。


 無言。


 スプーンでプリンを掬って食べる。

 無心で、せっせせっせと、プリンを口に運んでいる。


 全員がほぼ同時に食べ終わる。容器に舌を突っ込んで舐めだした。


「あ、あの、皆さん。さすがにそれは品位に……」


 鳥肌が立った。ちょっと怖いのでおそるおそる申し立てる。


 十の瞳が揃って、ギンと僕を見た。

 ズバッと空になったプリン容器をこちらに向ける。


「「「「「おかわり!」」」」」


 怖っ。全員が見事なハーモニクスを披露する。


「あ、はい……お気に召したようで何より……です」


 人間、真剣に味わい出すとこうまで黙々と食べるようになるのか。

 さすが異世界系ラノベでも大人気の甘味である。

 彼らの希望に沿い、もう一つずつプリンを出してみる。


「「「「「――また、おかわり!」」」」」


 もりもりと食べて、空になったプリン容器をまた五人は突き出した。


「これ以上は食べ過ぎです。作り方を教えますので自分で研究してください」


「「「「「えぇ……」」」」」


 残念がる彼らを無視して、僕はルーズリーフに蒸しプリンの作り方を書き込み、それをグナエウス王に手渡す。


「あの、それでは、ついでと言っては何ですが。おむらいすとこおんぽたあじゅのレシピなども頂ければ……」


 王は遠慮気味にレシピの追加を求めてくる。

 ふむ、と考える。コーンポタージュは裏ごしの手間さえ度返しすれば、後はミルクと塩でどうにかなる。材料のトウモロコシも今日から作るし。


 ただ、オムライスは難易度が高い。何がって、材料が色々と足りないはず。

 まずは米。この地方に米はあるのか。トマトはあるのか。米は各地域に色々なタイプはあれど、トマトは元世界基準で考えれば南米が原産である。加えて、超高級品扱いとなるであろう胡椒についてはどうか。


 材料を一から用意して作るつもりなのか、レシピだけ貰って死蔵するのか。自分としては、食に関してのみ、作れないレシピは渡したくない。食べたいのに食べられないなど、テレビのクソタレントが舌鼓を打つグルメ番組並みに腹が立つ。


 僕はその辺りの事情を尋ねてみた。


「……胡椒は輸入できます。一粒が金と等価ではありますが。トマトについては調べます。確か南方の小国家連合で似たものを扱っていた覚えがあります。米は、この旨い穀物は……できれば種もみなどを頂けたらと……」


 なるほど、そうきたか。輸入で賄えるのならそれでいい。

 ただ、米は。元世界の日本では、米の輸入に関してはかなり厳しい基準を設けていた。特に防疫の面で。変な虫が入ってきたら日本の米が滅ぶ恐れがあるためだ。

 小説でなら、新宿鮫の炎蛹(フラメウス・プーパ)が面白かったと追記する。


「……わかりました。ただ、米は異世界人たる僕の国のソウルフードです」

「そうる・ふーど」

「はい。なので自信を以って雑種第一代ではなく、固定種の種を渡しましょう。育て方も教えましょう。ただし絶対に手は抜かせませんので、そのつもりで覚悟していてください。防疫問題にも真剣に取り組みましょう」

「は、はい」

「そして米を作るのなら、日本酒の作り方も教えましょう。醸造酒と蒸留酒と。蒸留法はドワーフ族辺りが火酒として秘匿していそうですが」


 ぐるぐると思考が巡る。食事こそ文明のかなめなどとどこかの本で読んだ覚えがあるが、まさにその通りになってきた。

 教えるのは楽しい半面、前提知識も必要になるので大変だ。

 ラノベでは現代知識チートと軽く扱っているが、実のところ、この世界に核爆弾を仕込むのと同じくらいに危険な行為なのだった。


 でも、求められるなら教えますけれどね。後のことなんて知りませんし。


 僕は紙にどんどん栽培法を書き込んでいく。付随する道具類の作り方も。思い立って、ビニールハウスの作り方なんてのも付け加える。もちろんビニールの作成はこの世界では難しいので、全面ガラス板で作る採算性無視の倉庫型である。

 どうせ一例として僕が土の無限権能を使って建てるのだ。見本があれば、いずれ彼らも建てられるはず。サロン用の温室になる予感しかしないけれども。


 どんどん書き込んでいく。

 トマトからケチャップの作り方と保存法も書いておく。ついでにマヨネーズの作り方も書こうかと思ったが、卵の衛生管理が難しそうなのでやめた。

 米については水田の作り方から管理法、種もみの種モミの塩水選、消毒、浸種、種を蒔いて育苗、田植えに追肥、分けつ、中干し、絶対に手は抜かせない。


「……はあ。結構な量になりましたね、これは」


 気がつけば、ルーズリーフを百枚ほど消費していた。


「当初より思っていましたが、黒の聖女様の残像が見えるほどの筆記速度に度肝を抜かれますなぁ。直線を書く勢いで文字が書き込まれておりますぞ」

「そうですか? うーん、でも乱雑にはならずにちゃんと読めますよね?」


 こちらとしてはまったくそのような意識はない。


「美の女神ウェヌスが記した如く、詩的で正確かつ上品、何より美しいです」

「この国が奉ずる神様を引き合いに出されると、さすがに照れますね」


 ザッと書いた紙をすべてグナエウス王に手渡してしまう。

 分かりにくいかもしれないけれども、たぶん王たる彼はこちらの意図に気づいている。僕の、とぼけた返しはわざとだと。


 得られた知識は好きなようにすれば良い。

 ただし、その代わりに後の責任は一切持たない、と。


 元世界ではインターネットに書籍に、ついでにテレビやラジオで情報は氾濫し、いかに正しい情報を選択するかを常に考えねばならないほどだった。


 しかしこのギリシア・ローマ時代に似た文明期のこの異世界では、当たり前ではあれどネットもテレビもなく、書籍は高価な財産の扱いで、気軽には情報は手に入らない。つまり、知識や知恵は宝と同意義。秘匿されるべきものと扱われる。


 現代なら求めるまま手に入る料理のレシピにしても、古代期から中世期などは、その『宝』を手中にせんがために肉親同士で血みどろで奪い合っていた。


 ここまでを前提に、聖女召喚の話を少しだけしよう。

 国王、グナエウス・カサヴェテス・オリエントスタークは、切に望んだ。


 ――何を?


 婿探しの宣戦布告をした北の魔王と、三十万の軍団を撃退する聖女の召喚を。

 自らが治めるこの国の、文化と文明を進化させる知識と技術を持つ聖女を。


 なので、いくらでも教える方針は、絶対に曲げない。

 多少は匙加減を選ぶにしても、知りたいのなら可能な限り教えてやる。


 僕はただ教えるだけ。そう、ただ、教えるだけ。

 これは、猛毒の言葉である。あるいはこの世界をも破滅させかねないほどの。


 その後の文化発信はこの世界の人間に舵を取らせる。そもそも王でも貴族でも、知識階層が文化を構築しなければこの時代の文明はすぐに腐ってしまう。


 歴代の聖女たちは、この辺りの知識などはどのように扱ったのだろうか。


 とりあえず目に見えて知れたのはネグリジェだけだった。程度の差はあれど、大なり小なりと異世界の知恵や知識を残していっているはず。まさか戦うだけ戦って、それ以外はオールスルーなどは……うーん、性別詐称がバレるのが嫌で即時元の世界に還っているみたいなので有り得ないこともないが、ふーむ……。


 いずれにせよ、僕は召喚者たるグナエウス王の願いを叶えてやる方針に違いはない。知りたいなら、あらん限りを教え込んでやる。覚悟して貰おう。と言っても食に関しては、現状で作れるものだけを選定したい。理由はさっき書いた通りだ。


 僕は、ゆったりと、背伸びをして書き物をして固まった肩と腕の力を抜いた。


「――聖女様っ、聖女レオナさまっ」

「はい。どうされましたか、王女殿下?」


「聖女レオナさまは見たこともない道具を持っていたり、大賢者も裸足で逃げる素晴らしい知識を惜しみなく与えてくれたり、天上世界の美味しいご飯を作れたり、神々のような奇跡や祝福が使えますが、他にも凄いことができたりしますかっ?」


 クローディア王女のド直球の質問を受け、そういえば謁見の間に僕のピアノを置きっぱなしにしているなぁと思い出した。

 邪魔になるだろうし、機会を見て回収しておこう。


「うーん、そうですねぇ」


 他に凄いこと、か。僕は少し考えてみる。


 目に見えない部分では、人が聞いたらドン引きする行為をやらかしてはいる。

 たとえば、そう、一つ例に挙げてみようか。


 僕は桐生の一族として恥じないよう、自らの脳にバイオインプラントを入れてグリア細胞質に第二演算回路や記憶領域強化、神経伝達強化などの、いわゆる『脳力』の強化改造を施している。併せて非常に広範囲の知識を詰め込んでいる。


 何を言っているかわからない? ただ、そういうものだと思って欲しい。

 桐生の母体は『製薬業』なのだ。桐生製薬株式会社、である。


 作られる『薬』の内、万能細胞の素材となる自らのへその緒とナノマシンを合成、自分だけの生体改造インプラントを作る。

 ちなみに粘菌がCPUコアになっているハナコシリーズの派生技術でもある。


 脳に直に作用させるため細心の慎重さを要する技術ではあれど、自らの身体の、しかもへその緒を使って作るため拒否反応やその他重篤な事態には陥らない。


 両耳の後ろ、首に触れて指が軽く沈み込むあたりに『薬』を打ち込む。

 そうすれば一週間もしないうちにインプラントは新たな演算機構とその伝達網をわが脳内に作成してくれる。


 あとは容量の許すだけ、知識や技術、技能を頭脳に擦り込めばよい。


 それは文系ならば言語学、考古学、民俗学、人類学、心理学、経済・法律学など。理系ならば主に理工系の物理に化学に生物に機械工学、電子工学、地質学、農学、天文学、博物学、薬学、医学を中心に。他にも音楽を始めとする芸術、支配者のための帝王学、体育系では陸上競技全般に水泳術、護身のための戦闘術を幾つか、自動車に無限軌道車、艦船全般、航空機、あるいは戦闘機の操縦まで。


 もちろん、これらはあくまで詰め込まれた知識と技術に技能だった。


 当然ながら幾度も幾度も、執拗に情報の最適化を行なって自らのモノにしてはいる。が、目で見て耳で聞いて直に触れて頭で悩んでやがて理解してと、実地で学んだ事柄に比べるとどうにも印象が希薄に感じる。


 さらに、根本的に忘れてはならない事実がある。

 僕はまだ、十七歳になったばかりの少年――否、男の娘だということを。


 小説や漫画、アニメなどでは同年代の学童が『子どものころ』と寝言を垂れる場面があるが、対して僕は『今も現在進行形でガキじゃないのさ』と、その登場人物にツッコミを入れる程度には自分というものをわきまえているつもりでいる。


 話が脱線したので元に戻すに、要するに何が言いたいかというと。


『どれだけ素晴らしい知識や技術技能であっても、擦り込みは擦り込みにすぎない。自らの力で取得せねば、真に身に根付かない』


 これに、尽きるのである。


 異世界系ラノベの、凡愚極まるつまらない主人公が突如チートに目覚めても、それは借り物の力に過ぎないのと同じ。いい気になるなよ俺ТUEEEEども。調子に乗っていかにもクソラノベ的に僕の前に現れたら、理由如何に関わらず殺すから。


 世界を救う力、または破壊する力。問答無用で死を与え、あるいは蘇生させたりも。しかしすべては、所詮はまやかし。お前の真の力ではない。


 僕の脳に後天的にインストールされた『脳力』は、子どものあやし方なんて知らない代わりに人を効率的に支配し、民衆を煽り、扇動の果てにその国の重鎮を抹殺して骨抜きに、国自体を乗っ取れる呆れたスペックを有する。


 しかしそれは、僕が努力に努力を重ねて手に入れた、望んだ能力ではない。


 昨日イヌセンパイが僕の代わりに最悪の所信表明をしたけれども、あれも一部はこの脳の知識を流用しているはずだった。

 相手は神、僕の頭の中を覗き見るくらい簡単だろう。


 この『脳力』を用いれば、誰だって国のトップになれる。

 桐生一族の、この僕が万全を期して保障する。

 もっとも、そうであっても。僕は、絶対に王にはなれないが。


 桐生本家から自分に求められるのは、帝王学から派生する、王佐の才のみ。


 王佐。王を補佐する人。つまりは腹心の部下のこと。

 そうあれかしと、僕は教育を受けた。


 桐生宗家は、葵という現総帥善右衛門の妾の子に桐生を名乗らせ、その娘を次世代の総帥にとほぼ決定している。


 僕より三つ年上の、今年で二十歳になったばかりの小娘。

 しかしおぞましいほど優秀かつ冷徹、そして美しい女。

 僕は将来、この女の、直属の部下となる定めにある。


 だからこそ頂いたのが左手首にはまる自社ブランド腕時計『ヨルグ=ソートス』の、桐生全体でも数人しか所持者がいない『WDワールド・ドミニオン』である。

 別名、支配者の手錠。

 宇宙創造の魔王アザトースが副王、ヨグ=ソトースの祝福を受けた神具。

 僕は、随分前から宇宙規模の巨大神性に、囚われた身だった。


 果たして僕は不幸なのだろうか。

 さて、自分でも、その辺りはよくわからない。

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