第21話 王都改造『祝福してみる。ゴーレム軍団の構築を始める』


「凄いかどうかはともかく、元世界ではいくつか魔術が使えましたね」


 去来する想いをねじ伏せて、クローディア王女の質問に答えるようでまったく関係ない話をする。食後に、話せば絶対に空気が重くなる桐生一族の裏側など教えなくて良い。王女は無邪気な笑みで話に乗ってくる。


「わぁ、それはどんなの?」

「一つは『治癒』ですね。もう一つは、護身用の『被害を逸らす』です」

「おお、治癒が使えるとはやはり聖女様は聖女様ですな。われわれの世界では治癒はごく一部の者か、僧侶の高位者くらいしか使い手がないのですよ」


 グナエウス王が尊敬のまなざしでこちらを見つめている。


「世界の法則が違って、使えなくなっているかもしれませんけれどね」

「それじゃあ聖女レオナさま、試してみる? ボク、実はさっき転んじゃって」

「あらあら、おてんばさん。でも、そういうところも可愛いと思いますよ」


 僕は席を立ち、座るクローディア王女のすりむいて少し赤くなった膝小僧を見せてもらい、柔らかく手を当てる。言ってしまった以上は披露するしかない。僕の知る魔術はデメリットが大きいのであまり使いたくないのだけれども。


『SAN値の減少なら大丈夫やで、可愛いレオナちゃん。俺が保障する』


 ……イヌセンパイから怪電波が届いた。邪神に保障されてもなぁと思えど、突如、昨日の甘いキスシーンが記憶にぶり返して顔が熱くなってきた。違う意味でSAN値がゴリゴリ削れている気がしないでもない。


 集中がぶれる。何か打開策か誤魔化す手段はないか。……よし、アレにしよう。


「そうですね、せっかくなので『治癒』に『祝福』も付与しましょうか」


 脳改造並列思考にて祝福を意識しながらも、治癒魔術を行使する。

 すると、ぽむ、とくす玉が割れたような軽快な音がした。


「うわ、これってどうしちゃったの?」


 クローディア王女は驚いた声を上げた。

 僕の手から、キラキラと輝く優しい光の粒子がとめどなく溢れてくる。


 溢れて、溢れて、いくらでも溢れて。


 それは噴水のように噴き上がり、粉雪が舞うように王都中に振りまかれる。

 エフェクト自体は、一分も持続しなかった。しかし、これは。


「ふわぁーっ、とっても綺麗だったねぇ。……あっ、擦りむいた膝が治ってる!」


 どうもこの世界で『治癒』を使うと大げさな視覚効果が起きるらしい。

 そう思っていた時期が僕にはありました。

 ついさっきまで――って、今日これで二度目だな。


「……あれっ? 軍事訓練後の筋肉疲労が消えてしまった? 身体が、軽い!」

「昨日の夜食時に切った、口の中の傷が綺麗になくなってしまったわ!」

「わしの、その、マイサンの裂傷が。あ、いや、いじり過ぎたわけでは。うごご」


 グナエウス王の赤裸々な呟きはともかく。

 どうやら範囲治癒になったらしく、手当たり次第に傷を癒してしまったようだ。

 そう、単純に思っていた時期が、僕にはありました。

 うん、このネタ、三度目だよ。

 後になって知るには、王都中の人々の怪我という怪我を、野別構わず徹底的に癒して癒して癒しまくっていたのだった。


『数日前に仕事中の不注意で頭をしこたま打ってできたコブが、一瞬で治った!』

『戦闘訓練中にあばらをやってしまい痛かったのが、一瞬で治りました!』

『十日前にやらかしてしまったぎっくり腰が、一瞬で治ったのじゃよ!』

『若いころ膝に矢を受けて冒険者を辞めたのだが、その後遺症が消え去った!』

『プレイ中に女王様がお与えになられた鞭の傷が消えてしまってショックです!』

『祝! 長年わしの尻にイケナイ痛みを与えてきたいぼ痔がお亡くなりに!』

『奇跡を受けてからというもの、肥満が治り、仕事も上々、結婚も出来ました!』


 市民の反応だ。

 なんだか変なものも混じっているが、おおむね好評だったらしい。


 それにしてもこの国に別枠の女王様がいらっしゃると思いませんでした。

 あまり激しいプレイはほどほどに。

 最後の方は僕の治癒はまったく関係ありません。それは普通にあなたの努力の賜物です。結婚、おめでとうございます。末永く爆発を。


『――わははっ、単体系魔術に祝福を焚くと、ディフォルトでは広範囲強化になるんよ。範囲指定せんと今みたいにめっさデカいエクストラヒールになってまうで』


 イヌセンパイの怪電波、再び。


『んっふふ。怪電波やないで。なんなら、ASМRで語りかけようか。後ろからそっと抱きついて、耳元にヒソヒソと囁きかけるみたいな』


 声が変容し、まるで息が当たるくらい間近から聞こえる。ASМRとは、直訳では自律感覚絶頂反応という。要約すると、耳がぞわぞわする聴覚刺激である。

 しかも腹の立つことにこの混沌邪神の声は、喋り自体はエセ関西弁のくせに妙に耳に心地良い。周りをそっと窺っても彼の姿はないし、誰も声に反応していない。どうやら聞こえているのは僕だけのようだった。


『うふふ、あまりチョッカイ出したら嫌われそうやからここまでやな』


 他にまだ話しかけてくるかと思ったら意外と早く引き上げるらしい。とりあえずは前向きに、僕を見守ってくれているとでも考えておこう。


「ふにゃーっ、うるさい! どっかいけ! にゃあの身体をまさぐるな!」

「アカツキ?」

「ニヤニヤ笑う変な人型がにゃあに抱きついて頬をすりすりしたのっ。これはそういう挨拶だからって。でも、なんだかえっちい気配を感じたにゃ!」


 どさくさに紛れて、何をしているんですかイヌセンパイ……。

 確かに古代ギリシア・ローマ時代では、親愛の挨拶は互いに抱き合って頬と頬を当てたりしますけれど。でも、身体はまさぐったりはしませんから。


「アカツキを愛していいのは僕だけですので、今度からはやめてくださいね?」

「そうなのにゃ! にゃあは、レオナお姉さまだけのものっ!」


『えぇー、いいやん別にー。俺もイタズラしたいー』


「く、黒の聖女様、これは一体?」

「王陛下、心配には及びません。祝福の効果範囲についてイヌセンパイから注意を受けただけです。で、どういうわけかアカツキにチョッカイを出したみたいで」

「な、なるほど。大神は常にわれらと共にいてくださるのですな」


 というかアカツキ、キミにはイヌセンパイが見えるのね。


 僕は席に戻り、アカツキを呼んで膝に乗せる。百二十万トンのゴーレムコアは圧縮されてクルミ大に、重力干渉も受けて重さは十グラムほどになっている。


 灰は灰に、塵は塵に。


 その身体は大地を変容させて受肉をし、人と同じ感触、体温、体内機能、体重を持ち、見た目は十歳くらいのエルフの男の娘っぽい姿になっている。

 その整った容姿、特に顔立ちは、女の子にしか見えない。子どもらしいイカ腹に華奢な肢体、このぷにぷに感の至福なことよ。膝の上の彼女――否、彼は喜んで僕にされるがままになっている。うーん、可愛い。細長いお耳にキスしちゃえ。


 ふうふうと、興奮し切ったカスミの鼻息が真後ろで発せられているけれど、気にしない。すんはすんはと後ろ首に息も当たっているけど、気にしない。


 そうしてしばらく食後の休憩を挟む。後片付けはカスミに一任する。どうせ自動食器洗いに放り込んでスイッチポンである。


 グナエウス王はこの洗い機にも興味を示したが、残念ながらそれを説明するには電気の基礎とその蓄電の化学反応から教えないといけない。もちろん教えてもいいが、派生する技術知識に埋もれて収拾がつかなくなるだろう。


 なのでもっと単純化し、彼らが理解できるところから教えようと思う。バッテリーの代わりに魔石を使い、魔術回路を構成してその動力を得るようにすれば、元世界の半世紀前に出てきた最初期の自動食器洗い機くらいはできそうである。


 しばし王族一家と雑談などをして時間を潰す。


 そうして指定した時間には王の執務室前へ行く。共連れはグナエウス王とカスミとアカツキのみ。先ほどの三人の担当官たちはすでに待機していた。

 ちなみにクローディア王女も一緒についてきたがっていたのだが、午後からはお勉強であるらしい。どんな教育を受けるのか、ちょっと興味が湧かなくもない。


「それでは、移動しましょう」


 王が混ざると移動が大変である。そう思っていた時期が――以下略。

 近衛部隊の中でも選りすぐりの親衛隊を百台以上のチャリオットに乗せて護衛に就く。取り囲まれる自分たちの乗る天蓋付き馬車と、すぐ後続の担当官三人+彼らの部下たちが乗る馬車が数台。ガラガラと道を行く。


 昨日の市街移動を軽く超える編成で主線道を行き、王都外壁へと一度出る。

 後で聞くに、王都とその周辺地域は非常に治安が良く、普段の行幸でこのような大げさな部隊は必要としないらしい。原因は、聖女と崇められる僕にあるようだ。


 国王よりも重要な人物、という扱いにいささか辟易するが、僕に何かあると国が沈むと信じる彼らの想いは無下にはできない。

 面倒くさいけれど、黙っていることにする。


 まずは、避難民対策である。

 すでに十万人を数える彼らは、一先ずは王都内に入って空き地や公園などで宮殿より支給された天幕を張っている。炊き出しなども行なっているようだ。


 が、まだまだ避難民はやってくるのだ。

 まだ来ていない都市の住民が一つ、小中規模の街の住民が三つ、これに村々も。このままでは魔王軍が攻めてきた時点で大混乱は不可避となろう。曰く、詰みである。王の民を守る決意と英断は評価したい。だが本末転倒だ。


 なので、新たな市街を造る。

 

 コイツ何言ってんの? と、思われそうだが、造ると言ったら造る。


 どうせ、いずれは市街構成に着工するのである。ならば今造ってしまっても問題はない。避難民は新たな街に収容してしまえ、なのである。

 避難してきた街の知事や町長、村長にはこの旨は伝えてある。

 市街を新造すると言われても、と常識的な彼らは一様に困惑してはいたが、そんな常識など、すぐさまゴミ箱にダンクシュートさせてやろう。


 新市街となる予定地の手前で、僕は準備作業に入ると親衛隊長に伝えた。

 ともあれゴーレムコアにボディを与えねばならない。

 数が数なので、巻き込まれないよう念のため隊長のチャリオット以外は自分たちの乗る馬車から後ろに離れて貰う。


 そうして僕は、インベントリからゴーレムコアを取り出し、ポイポイと馬車の外に向けて投げる。どんどん投げる。


「危ないので、投げられた石には絶対に近寄らないように」


 原初の混沌を纏ったそれらは、まるで意思を持っているかのように空中を滑っていく。すべてを投げ終わるころには旅団長の二つのコアを先頭に、総延長百数十メートルに渡る綺麗な逆三角形を構築し、空中二メートル辺りで留まっていた。


 アカツキは僕に甘えてにゃあと抱きつき、グナエウス王は何が起こるのかと凝視を続けている。カスミはふわりと姿を見せて優雅に下車し、調理台をスキルで取り出した。ゴーレムコアよりもカスミの行動にざわつく親衛隊の皆さん。

 そんな周囲などまったく意に介さず、カスミはサツマイモをセイロで蒸し、切ったカボチャを大鍋に醤油で炊き、トウモロコシをずんどうで茹で始める。


「ゴーレムの肉付けを開始します。繰り返しますが、近づかないように」


 ぱんぱん、と手を叩く。

 まるで主人が自らの召使いを呼び出すが如く。 


 初めは旅団長、次は連隊長。

 どんどんコアにゴーレムにボディを与えよう。

 ゴーレム軍団の長であるアカツキがエルフ風のちっちゃくて可愛い男の娘だったので、これからどうなるのかが結構楽しみである。


 楽しみ、だったのだ。


「えーと、あれ、いやまさか。これって、光の巨人的なサムシング……?」


 どよめくグナエウス王と近衛親衛隊長をよそに、僕は半ば呆然とする。


 見上げると、そこには。


 特徴的な赤と銀の人型ボディ。胸の中心のカラータイマー的な何か。


 ナントカ光線とかナントカ光輪とか、ナントカラッガーとか、ナントカスラッシュとか飛ばしそうなのですが。

 かけ言葉がデュワッ、とかジュワッ、とかその辺の。


 さすがに大きさは運用に支障があっては困るので、最大でも五メートルに抑えてはいるのだが、ただそれだけだ。

 ずらりと各隊長クラスが僕たちの前に並んでいる。


「「ジュワッ」」


 先頭の、旅団長ゴーレム二体が、僕に向けて独特の構えをやらかした。

 彼らなりの、小粋な挨拶のつもりらしいが……。


 ああこれ、間違いなくアレだ。

 さすがに様相まで同じではないが、祭の夜店で売られている得体の知れないパチモン臭のするソフビ人形程度にはイメージが似通っている。


 とりあえずは〇谷プロダクションに、ゴメンナサイと胸の内で謝っておく。

 しかも、文字的に、遠回しに伏字になっていないという。

 そんなつもりではなかったのです。いや、本当に。


「にゃはっ。味のあるチープさにゃっ。やっぱり光の巨人は昭和世代に限るっ」


 アカツキ、教えてもないのになんでそんな通なことを知ってるの。


「ほら見てレオナお姉さまっ。にゃあっ、背中の辺りにジッパーらしきものがっ」

「それ以上はいけない……ッ」


 顔を覆う。しかし出来てしまったものは仕方がない。

 せめて傷口は浅く抑えねば。


「旅団長の二体の名前は、ウルトラのパパスにウルトラのママス?」

「そ、それ以上は、いけませんよ。ね? はい、飴ちゃんあげますから」

「わぁい」


 アカツキの可愛いお口にミルクキャンデーを一粒放り込んでやる。


 この子に任せると良くない予感しかしない。なので僕が個体識別をつけよう。と言っても、そんな大層なことでもない。これは軍。ならばこうすればいい。


「アカツキにはゴーレム師団の陸将の階級を与えます。役割は、師団長です」

「にゃあっ。拝命しますっ!」

「次に、いけないポーズを取ってる二体には陸将補の階級を。これは師団長補佐兼旅団長です。連隊長は一佐、連隊副隊長に二佐。大隊長は三佐、大隊副隊長は一尉。中隊長は二尉、小隊長は三尉、分隊長は曹長を」


 ミルクキャンデーを口内でもごもごしつつも敬礼するアカツキの頭をぽふぽふと撫でてやる。そして僕は外を見やる。


「よし、陸将補以下、各自整列しなさい。識別番号はあなた方から見て右から一番二番三番とつけていきます。念のため、アカツキ以外は番号をそのボディに彫っておきます。軍は群であり、一個の塊です。上位下達を遵守するように!」


 ザッと光の巨人なゴーレムたちは陸上自衛官式の敬礼を取った。

 独特の構えを取るかと思ったら意外と普通だったので胸をなでおろす。軍にそのような個性は必要ないのだ――いや本当に。

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