第19話 王都改造『続、防衛構想。ご飯休憩』


 僕の持っている生体端末は実に優秀である。以前にも書いたように人間の脳が行なう処理を、脳と同じ処理速度で行なえるスペックを持っていた。


 王都改造計画。まずは南部の湖から運河を作り水道を整える。

 併せて下水道を整え、さらに例外的に簡単な沈殿方式と撹拌反応層、光を触媒にした水質分解層の処理プラントも設定する。


 当然ながら、二千年前の元世界のあの時代に、このような高度な処理施設など存在するわけがなかった。すべて、下水に垂れ流しである。


 ここから堆肥の作成プラントも併設する。

 さて一番効率的でメンテナンス性も良いものを構築するにはどうするか。図面に書き出そうとしたさ中、水道の担当官が恐る恐る口を挟んできた。


 なんと、下水処理施設は一応あるのだという。


 風と土の属性魔術を込めた魔道具を使ったものであるらしい。しかもこれがなかなか先進的で、われわれの世界の最新の浄化法と酷似しているのだった。

 というのも納豆の粘り成分に含まれるポリグルタミン酸に似た作用を持つ物質を空気中の塵から合成し、下水の汚泥をフロック生成→沈殿へと持ち込んでいるのだった。これで浄化処理をし、ある程度綺麗な水に還元して河に流すのだそうだ。


「そうなんですか、ふむ」


 使用するにデメリットの少ない魔術が、一般的に認知されている世界を実感する。思わぬところで思わぬ文明の力に触れた。なんと稀有な体験か。


 それでも、あるならあると先に言って欲しいものだとも思う。が、聖女を相手にしてはなかなか言いにくいかと考え直す。僕の立ち位置は国王よりも上位にあたった。しかしそんなものがあるのならこちらとしても遠慮はしない。


 別方式の土属性特化浄化槽を設定しようと思う。風属性は五行思想で言えば木気に当たるためそもそも僕には相性が悪い。なので汚泥そのものからアミノ酸を合成し、無理やりポリグルタミン酸を作って自己浄化させるよう仕向けよう。


「どんどん新市街計画を進めますよ」


 水回りが終われば――、

 次はメインストリートを定めて美しく区画割りの構想を練っていく。


 市民の住居も順に設置していく。市場用の広場、公衆トイレ、金持ち用の邸宅区域、治安維持の兵たちの駐在所、聞けばこの世界では商業組合の他に冒険者や魔術士のギルドなどもあるらしい。実にファンタジーだ。

 神々を祭る神殿に美術館に演劇場に屋外のスポーツ施設、その他もろもろの公共機関、彼らの大好きな公衆浴場も忘れずに併設させる。


「……こんな感じでしょうか。規模から、二、三十万人は収容できるでしょう」


 上品に整然と住めば二十万人、詰め込むなら三十万人の換算である。


「いやはや、これは非常に革新的ですな。むしろわしがここに住みたいですぞ」


 グナエウス王は言う。リップサービスかと思ったがどうも違うらしく、目がキラキラと少年のように輝いていた。

 非常に革新的か。まあ、この世界基準ではそうなるのかも。


「さて、これで図面計画が終了ではありません。先ほど触れた、サツマイモ、カボチャ、トウモロコシの試験農場兼避難民の食糧農場を作りたいと思います」


「おお、農場ですか。しかしどこに……?」


「その点も大丈夫です。サツマイモは水はけのよい土壌が良いのでそのように作ります。今回は権能を使い強引に作ります。後で栽培法を書いたものを渡しますのでそれを参考に研究を進めてください。絶対に、僕の真似をしようなんて思わないように。最後に城壁について。僕はこの王都を城塞都市にするつもりです」


「聞き初めですな。城塞都市とは、どのような?」


「端的に説明すれば、防衛戦闘での兵運用をより効率よくするための、壁の取り方を考えた城や都市のことですね。従来の市街を囲むだけの城壁では住居などが邪魔で兵の運用に支障が出ます。なので、このようにしていくのですよ」


 王都から二キロ近く離れた場所に、五十メートルの城壁を書き込んでいく。


「こ、これほどにも離れて壁を?」

「可能なら一ミーリアは離した方がいいですね。そうすれば王都市民に血みどろの死闘を見せなくて済む。何より街中ではないため兵の運用が格段に楽になる。当然、火攻めにも強いですよ。それで、この壁の維持と警護はすべてゴーレムたちに一任します。なので平時の負担は、伝令手段の用意と伝令兵の駐在費用だけで済みます」

「うおお……財政にも優しい……」


 僕はグナエウス王の呟きにアルカイックスマイルで対応する。


「あらかたの計画は以上です。作るのは僕が受け持ちます。王陛下はその許可と新区画の責任者の任命をお願いします。建築と水道の両担当官は、この新区画を知り尽くすことがお仕事となります。食料担当官は今から書く栽培レシピの研究を。どれもが優秀な食糧です。食べて良し、酒にして良し。火酒の造り方なんて、知りたくはないですか? なので覚悟して学んでください。王国の新たな収入源にもなりますよ」


 通り一遍の、王都避難民問題の解決策と王都防衛力強化の立案は終わった。

 三種の作物の栽培法もルーズリーフに書き出すのを忘れない。参考用に、現物の作物もおまけにつけた。


 午後からは実働に入る。異世界なろう系作品並のチート無双をしてやろう。

 個人的にはネット小説なるものは、小説には区分するべきものではないと思っている。ラノベですらない。あれは、字で書かれた漫画。しかも作家は使い捨て。


 それくらいの脳死ストレスフリーチートをかます予定でいる。


 むしろ、無双しないと絶対にマズい。

 カチカチ山の背に火のついたタヌキよりも立場的にマズい。


 何せ、昨日の市民への所信表明ではイヌセンパイの勝手な行動のおかげで滅茶苦茶ハードルを高められているのだ。いっそ潜ってしまえればと思うほど酷い。

 なので解禁されたスキルでこれ以上なく完璧を目指そうと思う。目標は、どうあがいても絶望を敵に与える、だ。


 よし、と気合を入れて立ち上がる。くるる、くるるる、と腹の虫が鳴る。

 カッと顔の辺りが熱くなる。

 この気合で、腹の音。絶対にこれ、皆に聞かれた。


 ――炊き立ての白米。かやくご飯。おにぎり、カレー、炒飯、オムライス。


 途端、脳裏に滝の如く激しく去来する、日本人ならではの炭水化物の塊食。

 ああ、これダメな流れだ。しかしわかっていても止められない。

 これは、恋? いいえ、単なる腹減りです。


 ――パエリアもいいよね。天津飯も捨てがたい。うな重、かつ丼、天丼。


 もとい、お米の食事を摂りたい。パンではダメなのだ、パンでは!

 たった一日で米の禁断症状が出るとは思いもしなかった。

 これが日本人ゆえのサガか。うーん、ちょっと分からない。


 でも、それならば。自分で作ってしまえば、どうだろう。

 パンが嫌ならば、ご飯を炊けば、良いじゃない。


「……時刻は正午前。腹が減ってはいくさはできぬ。カスミ、行きますよ」

「はい、レオナさま」


 恥ずかしいのでバッと振り返り執務室から退出する。

 すると、ちょうどアカツキとクローディア王女がタブレットとドローンを持ってこちらに歩いてくるのが見えた。


「あっ、聖女レオナさま! これ、すっごく楽しかったです!」


 クローディア王女は満面の笑みでドローンを掲げた。良い笑顔である。


「にゃあも楽しかったよっ」


 アカツキも機械仕掛けの神チクタクマンとは思えないほど人間臭く、ニコニコと笑みを振りまいている。どうです、僕の愛子いとしごは。凄く可愛いでしょう?


 満足したのならそれに越したことはない。二人からそれらを返却してもらう。

 ついでなので尋ねてみる。


「ちょうどお昼なので自室で何か作って食べようと思うのですよ。アカツキ、あなたは人間と同じようにご飯は普通に食べられるのかしら?」

「にゃあ。なくても平気だけど、食べるのは大好きなのっ」

「では、たくさん食べてくださいね」

「にゃふふー♪」


 次いで、クローディア王女へお昼のお誘いをする。


「せっかくですし、王女殿下も僕たちと一緒にお昼ご飯を食べませんか?」

「ボクも一緒していいの? でも、お昼は王宮でも用意されるよ?」

「それらは侍女らに下げ渡しましょう。実はいきなりお米を食べたい衝動が、ね」


 日本人ならではの衝動だとしておこう。お米、それはソウルフード。


「お、お待ちを黒の聖女様!」


 ばん、と王の執務室からグナエウス王が出てきた。


「わしもご相伴に預かりたいですぞ!」

「えっと、もちろん構いませんけれど、王陛下は王陛下の食事があるのでは?」

「それはあの三人に下げ渡しておきまする」

「へ、陛下。私どもも……」

「喜べ。お前たちにはわしの昼飯を下げ渡してやろう。存分に食すが良い」

「あ、はい……大変喜ばしくもあり、少々残念でもあり……」

「まだ仕事は残っているので、酒は控え目にな。以上、食事解散!」


 やや強引に自分の昼食を押しつけてしまうグナエウス王。本来なら王自らが家臣に食事を下賜するのは特別な行為であり、家臣にとっては誉れのはずなのだが。

 うーん、あまり深くは考えないでおこう。


「では、一刻後に王陛下の執務室前に集合で。ええと、本当なら公務はお昼には終わるのでしょうが、さすがに魔王の宣戦布告状況下ではそうも言っていられません。目に見える形で対策に乗り出している姿を市民に見せるのも、大切なお仕事になります。なお、サツマイモとカボチャとトウモロコシの試食も行なう予定です。ですので、食事量には少し気を配ったほうがいいですよ」


 言って僕は自室へと向かった。アカツキとクローディア王女は僕と手を繋いで。グナエウス王はどことなくウキウキした様子で。三人の担当官たちは放置で。


 途中、どこから聞きつけたのかオクタビア王妃とルキウス王子も駆けつけてきてきた。まるで狙ったかのようなタイミングに苦笑する。たぶん侍女なりを使って僕の動向を見ているのだと思う。これもあまり深く考えない方がいいだろう。


 自室に着いた僕はカスミに命じ、システム調理台と業務用大火力コンロとLPガスを庭先に取り出させる。

 何を食べようかと迷った挙句、視覚的にも映りの良いオムライスに決定する。これにコーンポタージュもつけよう。

 飲料はピルスナー式のビールとメロンフロートソーダに決定。


 最初にチキンライスを作る。

 そういえば異世界もののラノベだと高確率でオムライスなどの米飯食が出てくるなぁと、ふと思う。あと、甘味ではプリンなどが良く出てくる。


 というわけで自分も今となっては異世界真っただ中なため、ラノベ推し展開を期待してデザートは高級菓子店のプリンを出そうと思う。

 さてさて、どのような反応が見られるか楽しみだ。


 調理の過程などつまらないので省略。どうせ予め切り分けてジップロックで個別に冷凍したものを加熱して使うだけである。味付けのケチャップソースも、最後に半熟オムレツの上にかけるドミグラスソースも出来合いのものだ。


 手早く炒めて味をつけ、それぞれの皿に盛りつけてしまう。

 ボウルに溶いておいた牛乳入りの卵を、バターを引いたフライパンでふわふわ半熟オムレツを作りポンと半回転、盛り付けたチキンライスに乗せてナイフでオムレツを切り裂き中身のトロトロを表面に出す。これにドミグラスソースをかける。


 コーンポタージュも、一リットルパック入りのものを二つに牛乳を更に三割ほど加えて鍋で温め直しただけ。

 これをスープカップに注いで細かく刻んだパセリをパラりと飾る。


 グナエウス王とオクタビア王妃にはピルスナー式のビールを。

 僕やアカツキやカスミ、クローディア王女とルキウス王子にはアイスを浮かべたメロンフロートソーダを。


 かなり手際を優先させて二十分後、七人全員分を調理を終えた。カスミの昼食は、手渡した直後に彼女と共にスッと消えた。使用人は主人と食事は同席できない固辞するのだった。それならつまみ喰いは良いのかと思えど、まあ良しとした。


 それぞれがテーブルについて、主催者が僕なので僕の方式に則り、神々と食べ物と生産者と調理者のすべてに感謝する『いただきます』を斉唱し、実食に入る。

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