第18話 王都改造『上空視察、防衛構想開始』


 案内されたのは聖女召喚になくてはならない術式触媒である(と、設定される)、国宝の聖晶石を安置する塔だった。


 高さはハーフスタディオンであるらしい。

 一スタディオンは、約百八十メートル。つまりハーフなら約九十メートル。

 この世界の文明ではかなり高い建築物となろう。


 さらには王宮はちょっとした台地に建てられているので、塔の高さも合わせれば百五十メートルくらいにはなった。まずまずの高さを確保できたと僕は考える。


「うーん、流れる風がとっても気持ちいいですね」


 頂上内部は円形で、意外と広かった。

 目算でだいたい半径で七から八メートルはあるだろう。中心部には厳重に魔術的な障壁で護られた聖晶石が台座に安置されている。


 王家だけが使える上下移動転送陣から足を踏み出す。

 巨大水晶には用事がないので、チラ見だけしてあとはスルーする。

 僕の両手にはアカツキとクローディア王女が。手を繋ぎたいお年頃らしい。


「いかがですか黒の聖女様、わが王都は。東方と南方に河と湖をいだき、西方には広大かつ肥沃な大地を。北方は山と深き森を。その先、さらに肥沃な大地を」


 グナエウス王は誇らしげに手を外へと掲げた。


「土地柄は言うことなしですね。風水にも則る四神相応の地です。……王都そのものは河に沿う形ですか。なるほど、良く育ったサツマイモみたい、と」


 こちらの発言に色々聞き出したそうなグナエウス王に目線と微笑みでやんわりと制し、アカツキとクローディア王女の両名から手を離した僕は、インベントリ『自宅』から高精度カメラ付きドローンと操作用タブレットを取り出した。双方のバッテリー残量を確認する。おおむね八割。まず、使用するには問題なさそうだ。


「上空から俯瞰写真を撮りましょう。それでそれを使って、王都防衛計画の建造物を使っての防御力向上についてより詳しく詰めましょうか」


 言って僕は、タブレットからアプリを通してドローンを操作する。

 高精度カメラを搭載したそれは、悠然と上空へと昇っていった。


「うわああーっ。ぴゅーって、飛んで行っちゃったっ。ねえねえ聖女レオナさま、あれはどうやってるのー?」

「四つあるローターを回転させて空気をどんどん下に押し出して、それで得られる揚力と推力で移動しているのですよ」

「う、うーん?」


 さらっと説明したは良いが、揚力だの推力だの物理のぶの字も習っていないであろう王女に分かるはずもなし。

 とりあえず納得だけさせるために扇子を出してパタパタ扇いでやる。


「感覚的にはこれですね。風を送ると、送られた分だけ逆方向にも力が発生するのです。ほら、扇ぐと風が起きるでしょう?」

「ほわああっ。香水の良い匂いのする風がパタパタ来るよぉ」


 目を閉じて王女は顔に風を受けていた。たぶん、最低限の理解は得られたと思う。後で試せるよう、扇子はプレゼントしてしまう。


 僕はタブレットをスワイプさせ、ドローンをもっと上空へ昇らせる。

 この機器の電波の届く最大は障害物無しで大体二百メートル。

 宮殿+塔の頂上=百五十メートル。

 合わせて三百五十メートル。高度としては十分だろう。


 僕はカメラの位置を定めて、どんどん王都とその周辺の写真に撮っていく。


「さて、これで良しっと。王女殿下、ちょっと操作してみますか?」

「えっ、いいの?」

「動かし方を教えますよ。アカツキもやりたいよね?」


 無邪気にはしゃぐ王女とは対照的に、僕の背中にくっついて控え目にドローン操作を眺めていたアカツキにも声をかける。言ってる間に僕はドローンを足元に着陸させ、生体端末のハナコ六世に写真データを転送させる。


「にゃあもやって良いの?」

「二人とも教えてあげましょうね。仲良く遊ぶのですよ」

「あの、わしも……」

「王陛下は僕と計画を詰めないと。建設と食糧と水道の担当官を呼んでください」

「そ、そんな……」


 王、がっくりうなだれる。どれだけやりたいのだこの人は。

 もうすぐ婚活魔王が攻めてくるのですよ。聖女召喚を決断できるほどの果断さを持ってはいれど、根底はイマイチのんびりしているというか、根性が据わっているというか。やはり一国の王ともなるとこれくらいでないとダメなのか。


 とりあえずはすべきことをこなしていかねば。

 そんなわけで、クローディア王女とアカツキに操作方法を教えてさっさと塔を降りてしまう。目指すは王の執務室だ。残って遊ぶ二人には、ドローンのバッテリーが残量十五パーセントになったら必ず着陸させるよう守らせておけばいい。


 後ろ髪を引っ張られるような表情でついてくるグナエウス王。

 本当に、この人は……。


 王の執務室。僕とグナエウス王と、部屋に呼びつけた建設と食糧と水道の各執政次官三人の、合わせて五人がそれぞれ顔を突き合わせる。


 まずは生体端末のハナコ六世を操作して、撮ったばかりの写真を合成、立体映像化させる。この端末、空気中の塵を使った画面空間投影式なのだった。

 ホログラフで浮かび上がる立体画像に各人が驚きの顔を見せる。手を伸ばして掴もうとするところまでが一種の様式おやくそくだった。僕と対面して緊張気味だった各担当官も少しは気持ちがほぐれたことだろう。


「キリキリやっていきますよ。ご覧の通り、王都は上空から見るとちょうどサツマイモというかラグビーボールというか、真円ではなく楕円形だというのが分かりますね。片方は河に沿わせたためであり、もう片方は、未だ発展し続けるがゆえの開発途上部分ですね。土地に余裕があるというのは良いことです」


「聖女様、サツマイモというのはなんでしょうか。それとラグビーボールも」


 グナエウス王が尋ねてくる。


「サツマイモは煮て良し蒸かして良し、焼いて良し揚げて良しの、美味しい芋の一種です。一応言いますが、生では食べません。おなかを壊します」


 言って僕はサツマイモをインベントリから取り出して見せる。


「ラグビーボールは、ラグビーと呼ばれる球技で使われる球です。激しくそして熱い競技ですよ。戦士としての肉体と、仲間との団結力が手に入りますね」


 言ってラグビーボールも取り出して見せる。

 出した二つ共々、グナエウス王に手渡す。ちなみに芋は鳴門金時だ。


「なるほど、確かにおっしゃるように王都の形と似通っていますな。……それでこの芋の栽培法と、競技のルールはお教え願えるのでしょうか?」


「もちろんです。後で教えます。ラグビーはともかく、サツマイモは食糧担当と水道担当に来てもらった理由の一つになります。畑を作って植えますので。他にカボチャとトウモロコシの栽培法も学んでもらいますのでそのつもりで」


「ふむ、ふむ」


「というのも、北の魔王パテク・フィリップ三世が攻めてくる状況での各都市はどういう対応になっているのか気になりまして。魔王の軍勢は三十万。王都以外での防衛など不可能。敵軍の侵攻ルート上の都市などはどうしているのでしょうか?」


「おっしゃる通り敵方の勢力が巨大すぎるため、各都市を即時捨てて王都へ避難するよう厳命しております。予測される魔王軍の侵攻ルート上とその近隣には、大都市が二つ。中規模の街が三つ。小規模の街が二つに小さな村々が存在し、現在は大都市の一つと中小の街の二つ、そしていくつかの村人たちを収容済みですな」


「王陛下の英断に、心からの敬意を表します。……それでは、残りの都市一つと中小の街があと三つ、加えて村々の人々も続々と王都へ避難にやってくる、と」


「魔王軍の宣戦布告は今から十日前に送りつけられています。その後、緊急の伝達用魔道具にて命を下したので順調にいけば明日明後日には。多少の誤差があったとしても、あと三日もあれば侵攻上の民はすべて保護できるでしょう」


「了解です。実は王都を俯瞰してまず僕が考えたのは直接的な防衛構想ではなく『避難民を王都のどこに避難をさせるか』『彼らにどんな食料を用意するか』『どこの水を飲ませるか』『避難用の住居をどこまで用意できるのか』でした。まさか軍ではあるまいに、非戦闘員たる民草を王都の城壁外に天幕を張らせるわけにもいきません。それは王の権威に傷がつき、また、治安も悪化しかねません」


「か、返す言葉もありませぬ……」


「心配には及びません。そのために各担当官を呼びつけたのですから」


 言い切って、僕はサツマイモというかラグビーボールというか、独特の形状の王都のその南西部に大きく区画を書き出した。


「例えばここに新市街を作るのは、王都として問題はあるでしょうか。ここです、南西部分。河川は東にあり南にはその水源となる巨大湖がありますね」


 僕は空間投影された映像を指さして示す。


「北の魔王軍の侵攻は、もちろん北からとなるでしょう。東部は河が流れているため、河を跨いで新市街地を作るよりかは発展途上にある西に。さらに、ゴーレムコア制作時に気づいたのですが王都より西に一ミーリア行ったところに巨大地下水脈が一本、北に向けて流れています。こちらも汲み出せば水の確保も万全です」


 どうですか? と僕はグナエウス王に尋ねる。

 彼は建設担当官に目をやり、頷いて答えるよう促す。


「そこはいずれ新市街の建設をと計画されてはいますが……」


 建設担当官が答える。


「上水下水道をまず新市街の施工段階で作り上げねばならないため……」


 水道担当官が併せて答える。


「食料は短期的には問題ありません。ですが都市区画の増強は、聖女様の世界では数日で可能かもしれませんが、われわれにはあまりに荷が勝ち過ぎます……」


 農業担当官が二人をフォローするように答えた。


「では、問題ないと考えましょう。というのも僕は土属性の特化型で、権能で好きなだけ使えるのですよ。魔術でも魔法でもなく、奇跡とも言い換えられますが」


 言って僕は古代ギリシア・ローマ時代のいくつかの建物や市街路、市場、公共機関を画像からコピーし、それを材料にハナコ六世に口頭コモンで同時代風+α程度の市街を指定区域に構築するよう命じた。


「……黒の聖女様。古代ギリシア・ローマ時代とは、一体?」


 さすが耳ざとい王様。僕の言動、仕草、すべてから何かを得ようとしている。


「僕にとっての異世界であるこの世界と、よく似た時代の文明です」

「……?」

「へ、陛下?」


 三人の内の食料担当官が、王の質問に思わずと言った感じで口を挟んだ。

 僕は、にっこりと微笑みを浮かべた。


「王陛下は実に聡明な方です。よくお分かりになられている。そう、かの文明は、僕が生きる時代よりも遥か二千年を遡りますね」

「に、二千、年……ッ」


 執務室に沈黙が落ちてきた。薄々気づいていたであろうグナエウス王も、自分で尋ねておいてなお、驚きを隠せないでいる。

 僕は、もう一度、にっこりと微笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る