第16話 口癖が『にゃあ』な可愛いゴーレムちゃん。その1
朝食を済ませて王一家が部屋から去った後、僕は席を立ってテラスへと向かう。
天を仰ぎ見る。背伸びをする。晴れ渡って良い天気だ。
「んー、はあ。気持ちの良い空。うふふ、空はこんなにも青いのに」
独りごちる。どこかの不幸戦艦の擬人化娘のように。気配と姿を消しているが背後に控えるカスミも同意らしい。予想だにしないほど近くで、はい、と返ってくる。いつも思うに、彼女はどの位置で待機しているのだろう。
「さて、それではちょっとスキルテストと洒落込みましょうか」
僕が扱えるスキルは『自宅』『祝福』の二つ。
あとは教皇としての『権能』なのだろう『土属性無限特化』だった。
ユニーク過ぎてツッコミ待ちみたいな特殊インベントリ『自宅』ともかく。
いかにも聖女らしいスキルたる『祝福』は基本が強化と弱体という、いわゆるバフとデバフスキルだと推測される。
なぜデバフも? と思われるかもしれない。
だが祝福も呪いも結局は同じもので、もっと言えば『のろい』と『まじない』は両方とも『呪い』と書くのだった。
ただ、今回僕が注目したいのは、権能『土属性無限特化』だった。
いやいや、だってそうでしょう。
何の代償もなく自由自在と言われてもピンとこないではないか。
エネルギーの収支問題などを考えるまでもなく分かるように、それは不可能としか言いようがないというか。
なのでちょっと庭で試してみようと思ったのだ。
上手くいくなら、いったでそれで良い。
「とりあえずは地面を隆起させて――うわっとと!」
ずぼおっ、と眼前の十メートル四方の土が、五メートルほど隆起した。
「も、戻すには、こうかな。戻れ!」
ずぼおっ、と先ほどの土が――、
今度は元あった地面から、さらに五メートルほど沈降した。
「ま、まるでポピュラスの地面隆起と沈降じゃないですか……」
昔ちょっと遊んだ、プレイヤーが神となって自らを信仰する人々の生活を護り、繁栄させて数を増やし、信仰心を集めて敵対する神を信仰する人々を滅ぼすという、少しばかり過激な内容のゲームの基本能力が、この地面の隆起と沈降だった。
「ということは、これを上手く使えば各種天災なども……?」
山崩れ、超地盤沈下、液状化現象、大地震、火山大爆発、その他色々。
恐ろしい。もちろんそれが必要であるなら躊躇わず実行するだろうけれど。
それはともかく、綺麗に戻しておかねば。
なかなか力の配分がタイトなようで、つまるところ想像だにしないほどの性能がこの『土属性無限特化』に隠されているわけで。
「なるほど、さすがは土が精。
僅かな間だったため、おそらくは誰も見ていないだろう。
見たとしても自分の見たものが信じられなくて、幻覚にでも遭ったと思うかもしれない。しかしこれは現実、現実なのです……っ。
「ふーん、そっか。となればアレも可能なのかな?」
土属性と言えば、僕の中ではまずはアレという感じ。
そう、ゴーレムの作成。
「ふふ。なんだかワクワクしてきましたね。えーと、どうしようかな」
たしかゴーレムというと、ファンタジー作品などでは
「ま、何はともあれ、考えるより動いてみたほうが良さそうね」
目を閉じてコアなるものを作ってみようと思う。さてさて、できるかな?
わくわくさん? ゴン太くん? そんな感じで一つ。
途端に頭の中で広がる深淵の海が。
なんてことだ。自身の能力具合を甘く見ていた。
僕は、土属性無限特化たる権能の真相を理解してしまった。
はい、ここでSANチェック入りまーす。サイコロ振ってね。
成功? ではSAN値の減少は無しです。
失敗した場合、あなたは即廃人。ゲームオーバーでーす。
「うわ。これ、ほんとにほんと? 僕を担いでない?」
魔と聖は呼び名こそ違うが一番の根源、混沌から見ればどちらも源を同じくする力の派生の一つに過ぎない。
ならば聖も魔も無視した万物の根源たる『混沌』を
それはいかなる現象をも嘲笑う『真空』である。
または『原初の力場』とも言い換えられる人の身には過ぎたモノ。
何をもっても決して滅ぼせぬ。あらゆる概念すら無意味。真なる不滅。
なるほど『土属性無限特化』か。そう来ちゃいますか。
僕は千あると言われる顕現体とはいえ混沌のナイアルラトホテップの、イヌセンパイより教皇の称号を預かっている。やって出来ないこともないはず。
手をかざし、混沌を祖石にする
この王都の地中遥か下方、約十キロほどに上部マントルがある。
さらにもっと意識を下降させて、約七百キロほどで下部マントルに達する。明らかに上部のそれとは粘度と密度、熱量が違う。高粘度、高密度、地獄の熱量。
ここから先、もっと下。三千キロほど潜れば鉄よりも硬い超高密度の空気と超高圧超高温の外殻に達するはず。ううむ、地獄の炎ですら生温い極熱世界を垣間見て、属性特性を介しているだけでも暑くて息苦しいのでやめるとする。
それよりも、もっと面白いものを見つけた。
ウルツァイト窒化ホウ素。
火山性残留物に含まれる、ダイヤモンドを凌駕する硬度と、まるで鍛え上げた鋼鉄の如くの粘りを持つ特異な物質。
これを土の属性無限権能で集め、超々高圧圧縮をかけて結晶化させる。
指針としてはこの星の中心核をも超える内向きの超圧力。人工ダイヤ作成など、この前では児戯に等しい。ぎゅうぎゅう詰めである。
やがて、見上げる眼前には。
陽光を受けてなお黒々と深みのある赤の、美しい結晶体が出来上がる。
重量、調子に乗り過ぎて集めに集め、百二十万トンほどある。
作ったはいいが、どうしたものか。
とりあえず、多面カッティングを施すことにする。
おそらくはこの星最高の硬度を持つ結晶体。磨いてやろうではないか。
調子に乗ったのなら、むしろためらわずに突き抜けてしまえ。
一千万面カッティングを経て産まれし深い赤の超絶ド級巨大宝石、爆誕す。
デカい、重い、硬い、美しい。
国際規格競泳用長水路プールの水量が二千五百トン。
僕が作ったのは――、
十万トンタンカー十二隻積載分の、質量兵器にもなり得る絶後の巨大宝石。
どれほどバカげた規模であるのか、差分からご理解いただけると思う。
混沌を
空間そのものを轢断しようと無意味。宇宙の外、真空の申し子。
よく調べると独特の屈折率を持つことが判明したので、さらに手を加えてしまう。破壊不可能でも、土属性無限特化の権能を持つ僕だけは例外である。
ナノ単位で石の構成を完璧に整え直す。それにより硬度がさらに五十倍高まり、剛性は二百倍ほど高まった。
生まれ変わるウルツァイト窒化ホウ素の結晶体。というか、もはや別物。
フォトニック結晶体となったそれは基本は深い赤から深淵の紫へと変貌し、しかし光の屈折で七色にも輝く宇宙的神秘の至宝となる。
せっかくなので、名前をつけてやろう。
「お前の名は、闇を内に秘め、しかして闇をも切り裂く曙光。アカツキとする」
陽光をぐんぐんと吸収するウルツァイト窒化ホウ素――命名アカツキは、より美しく深い紫に輝き、そして七色の光も放ち始める。
僕は、インベントリから次世代端末試作機を取り出した。
銘は、ハナコ六世。粘菌をCPUコアに使った異色の生体端末で、なんと人の脳と同じ働きを持っている。
参考程度に、世代が変わり役目を終えたスーパーコンピューター『京』は、人の脳機能の全過程を処理させようとすると、脳の一秒処理に四十分もかけていた。
ハナコ六世は、脳の全機能を、脳と同じ時間処理でこなせるスペックを持っている。あえて単純に性能を表わせば、京の二千四百台分なのだった。
これだけの性能を持つハナコには当然の如く人工知能を搭載させている。人工知能の名はタイニーバイオレットという。
今から僕は、このフォトニック結晶体アカツキを量子コンピューターの
ハナコの中にはわれわれ桐生の関連企業が開発した量子コンピューターのシステムアーキテクチャーも入っている。これを展開して基礎を作り、あとは人工知能に任せて量子演算機として成熟できるよう整えさせる。
初期の時点で秒間数千京回演算である。
それはシステムの構築と共に累乗的にスペックを向上させる。
数分を待たずに人の身では到達できない、天上世界をもさらに超えた宇宙的規模の、神の頭脳に迫るマシンとなるだろう。
と、いうわけで紫外線光ケーブルを取り出し、強引にアカツキに接続口を作って差し込んでしまう。どういうわけか頭の中で『にゃあっ』と、やけに可愛らしい女の子の声が耳に届いたが気のせいだろう。この場にいるのは僕とカスミだけだ。
首をかしげるも、まあいいやと考えるのを避けてハナコをデバッグモードにする。バックドアを使い、OSと付随するデータコピーにかかる。
『――にゃあ、にゃふふっ。にゃあを復活させてくれるの? 嬉しい!』
やはり、何か聞こえる。いや、気のせいか。
カスミに尋ねると、何も聞こえないという。面妖な。
その場でしばらく待つことに。
移植はほぼ一瞬だが、そこからの処理はしばらくかかる。
カスミが椅子を用意してくれたので腰を預ける。僕はじっと待つ。
『――にゃあっ。おりこうさんになっちゃうっ。にゃにゃっ、すごーい、すごーい! 復活させてくれて、しかも賢くしてくれて、お姉さまは美人で、嬉しい!』
絶対に何か聞こえるのだけれども。
カスミに再び何か聞こえてこないか尋ねる。が、何も聞こえないという。
にしても、なんで宝石の分際で僕をお姉さま呼ばわいする。
これ、絶対に異常事態なサムシングだよ。
『――早く復活したいなぁ。お姉さまにいい子いい子されたいよぉ』
いや、そういうのはいいから。復活がなんだか知らないけれど、百二十万トンの巨大宝石に甘えられても、僕がぺしゃんこになるだけだし。
はああ、頭痛い。もう、一体どうなっているのこれ?
なぜだか無性に腹が立ってきたので、ちょっと早いが更なる圧縮にかかる。
大きさはクルミ大を目標とする。
そんなわけでぐりぐりと縮小する。相変わらず聞こえる幻聴は、くすぐったそうににゃははにゃふふと笑い声を上げている。実にシュールだ。
そして、空中にはポツンとクルミ大の深淵の紫の宝石だけが浮かび上がっていた。ただし見た目は小さくても重さは百二十万トンある。
土属性は重力にも干渉を及ぼせるらしいので、見た目通りの重さへと変えてしまう。だいたい十グラムくらいに。
ずいぶんと無茶をしたのは、否めない。
そんな装備で大丈夫かと訊かれたら、一番良いものを頼むだろう。
それと同じ。どうせ作るなら一番良いものを作る。
つい先ほどまで無駄に喧しかったのが、打って変わってしんとしている。
超圧縮し、重力を弄り、見た目だけはただの宝石のように見える。
「やっと静かになった……。さて、これを使って総指揮ゴーレムを作ろう」
作成を優先させて解説が遅れたのはすまなく思う。うん、本当にごめん。
この
決して女の子ゴーレムを作るとか、そういう目的のものではない。
むしろ下手をして、邪神モッ〇スみたいなのができてしまったらどうする。
あんなの絶対嫌だよ。引きつけ起こしてしまうよ? 世界が滅ぶよ?
予定では城壁建造のために一万体のゴーレムを作成しようと考えている。その総指揮をこれに任せる。仕事は割り振れる分、割り振ってしまいたい。
指揮ゴーレムができれば後は軍隊様式を真似て、一万体ならまず師団を作り、次に旅団に分け、連隊、大隊、中隊、小隊、分隊へと分けていく。
兵科は基本的に三種類で。人型を手本にするためにその辺りの用途はかなり広い間口を持たせる。各隊には指揮のできる隊長ゴーレムを。師団長は今作っているゴーレムに。旅団長はまた後ほど。副官的役割も持たせたほうが良いか。
「次に作る旅団長からは簡易でいいかな。ハイパーダイヤモンドをフォトニック結晶体に出来れば良いのだけれど。うーん、分子の構造上ちょっと難しいか」
実はウルツァイト窒化ホウ素も似たような構造だった。だが、次元数を超えた強引かつ無茶を強いたのでもはや別物の新構造体になっている。
そもそも百二十万トンの化物宝石に混沌を練り込んでゴーレムコアにするなど、正気なようで自分としてだいぶ狂っているだろう。
「となれば、ふむ。天然のフォトニック結晶体となれば、オパールだね」
余談になるがハイパーダイヤモンドとは人工物で、ダイヤモンド・ナノロッド凝縮体と呼ぶのが正式名称となる。
炭素のみをサッカーボール状に構成した分子、フラーレンを原材料にしたもので、通常のダイヤモンドの三倍の硬度と靭性、摩耗抵抗を持っている。
そして――、
今し方の僕の発言の通り、オパールは天然のフォトニック結晶体である。
光を媒体に作る量子コンピューター搭載のゴーレムコアにするには、まさにこれ以上なく適任優秀な宝石と言えよう。
というわけで、作成にかかろうではないか。
オパールの構成分子となる物質を地中から遠慮なく吸い出して作り上げる。旅団長、連隊長、大隊長、中隊長、小隊長、分隊長。兵卒は後回し。
位を下げるごとに処理が軽くなるためコアとなるオパールフォトニック結晶体の重量は軽くなっていく。ただし混沌の処理は必ず行なう。これによって見た目はオパールでも、この世の何を以ってしても破壊できない恐るべき
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