第四章 成長の兆し
043
それは時を少し遡り奏真たちが祓い屋と話をしている最中のこと。
アサギは今回一通りの出来事を本部へと連絡しようとしていた。雪音に悪魔が憑いていたことは伏せて。
報告は何事もなく済み、すぐにでも本部所属の隊員が駆け付けると手を回してくれるがそれと同時に奏真たちへ依頼が言い渡された。
内容は『北の地に構える鉱山都市クラスタードにて、人員が不足している。その救援要請』と言うことだった。
詳しい話は現地で伝えると言われたが始めアサギはこれを断るつもりだった。
今回の研究所の一件でいろいろと大きな動きがあり過ぎた。これら全てを飲み込むにはしばらく時間が必要だと思っていた。しかしそのことについて詳しい説明が出来ないため結局断る姿勢は見せたものの無駄に終わってしまった。
依頼なのに詳しい情報は渡せないなどふざけた言いようだ。
とはいえ判断するのはアサギではなく奏真。一通り連絡のあった説明とそれに対するアサギの予想を含めて奏真に伝えた。
「ただの増援、と思いたいが俺たちに頼む辺り何かある気がするんだよね」
こちらが雪音の悪魔の事情を隠しているようにガーディアン側も何か裏があるはずだと、そう思わざるを得ない依頼。そもそもガーディアンに属したあの時点で依頼と言えるべきか怪しいが。
アサギと同じく奏真もまた思考を巡らせる。
「………確かその鉱山都市クラスタードにはガーディアンの支部がなかったか?」
奏真の記憶にある地図は都市アレクトルよりかなり北にあり、また山脈に囲まれ本部からでは間に合わないためガーディアンの支部が設けられていたはず。
その記憶は正しいようで「そうだ」とアサギは頷いた。
「山々に囲まれた鉱山都市、距離も遠い上に盆地で周りに潜むモンスターの数も他の都市周辺よりも遥かに多い。そのためにあるのが支部だ。けど人数は本部よりも圧倒的に少ない。人員不足なのは間違いないだろうさ」
二人だけの会話に相変わらず雪音と緋音は蚊帳の外。更に今回は助けられた目黒も空気と化していた。
雪音はただただ聞いているだけでも何も言わないが姉の方はそうともいかない。
二人の会話に口を挟む。
「また私たちは無視ですか………まあ、それよりも
緋音は連れて行きたくはない、と言っている。
それは正直な話雪音も同じ考えだが口には出さない。
二人の心情を目を見て何となく感じ取った奏真は姉妹であるはずなのにこうも違うのか、と思っていたりもするがこちらも思うだけで言わない。
本人の目黒はあまり意味を成していない関節的な言いようにグサッと心が抉られているが当然のことだと受け止める。
そんな目黒に対してアサギはド直球に偽りの敵意を向けた。
「どうする?こいつ雪音の悪魔を見てるからガーディアンに送られた後でべらべらしゃべるかもよ?いっそここで殺しとく?」
冗談のつもり、というか目黒に対する軽い脅しだった。助けたつもりはないという意味の。口留めのつもり。
奏真はアサギのその意図を理解しているがアサギの言動を聞いて雪音と緋音は引いている。そこまではしなくてもいいだろうと。
とは言え最悪それが冗談にはならなくなる可能性がある。ここはひとつ釘を刺しておく。
「やめとけ。そいつには利用価値がある。ここの研究所のことを詳しく話してもらわなければならない。それと………」
これはついさっき、アサギから依頼の通達を聞いて思ったこと。
「悪魔についてはまだ何も言ってこないだろう」
「……そうか?危険だから~、とか理由つけて捕縛しようとしてこないか?」
アサギはそれを危惧してわざとガーディアンから情報を隠した。
「上層部はエルフ族の力を敵に回さないように強引だったが交渉を持ちかけた。悪魔の力が更にあるなんて知ったら余計敵に回したくないだろうさ。むしろ捕縛云々よりも利用しようとするだろう」
「んー、確かに」
所詮二人のはったりではあるが非情にも思える話。メリットかデメリットか。その利益での話でしかないが目黒の命ひとつがかかっている。
雪音と緋音は自分たちの安全のためだと分かっていても暗い表情は隠しきれない。それに比べて目黒は飄々としていた。自分の命でありながらどこか他人事であまり関心のない、そんな風な。
その理由は極めて単純で自分の意思など関係がないからと言う他に罪悪感からくる罪を償いたいという意思の表れでもあった。
当然奏真にもアサギにも裁く権利があるのかどうかと言えばそれはまた別の話だが助けてもらったのは事実、これから生かすも殺すもそれに従う。
アサギから聞いた話で村で多くの人が亡くなったと聞いた時から、いやその前からもう死ぬことに躊躇いはなかった。
「どういう扱いになろうとそれに従うよ。たとえ殺されるとしても」
目黒は言う。
それは殺してくれ、と言っているようにも取れた。
自殺でもされたらかなわんと奏真はアサギの悪ふざけだと言い直す。
「あれはアサギの冗談だ。俺も乗ったが気にしなくていい。あんたの処遇は俺たちじゃなくガーディアンの上層部から直々に伝えられるだろう。悪いようにはしない、アサギが」
「結局そうなる」
奏真の丸投げにまあ当然だなと納得するがどこか不満そうなのは見て分かる。しかめっ面で首を縦に振っている。
「さて、話を戻そうか。俺たちは………」
時間にして数時間、ようやく奏真たちの元へガーディアン本部の隊員たちがやって来る。
揃えられた隊服に近、遠距離とバランスの取れた編成で戦闘慣れもしているだろう貫禄が一人ひとりに見られる。
アサギはその中に知り合いがいるのか数人の隊員たちと解けた口調で状況の説明をしている。奏真は木の幹に寄りかかりながら考え事を、エルフ姉妹は度々向けられる視線に鬱陶しさを覚えらがらも平静を装っている。
雪音に関してはそこに悪魔が心の中で物騒なことを呟いているのを止めるのに精いっぱいで余裕はない。
各々、待っている中で目を瞑り思考を巡らす奏真の元へ一人の隊員が目の前で止まる。
「君が月影奏真、だな?」
確認のための言葉。
奏真は目を開いて頷いた。
「ああ、そうだ」
「これを。確認、共有したら即刻処分してくれ」
渡されるのはメモ用紙に書かれた、おそらく機密事項。
今回の件を知るものは少ない。加えて被害は大きいためこのまま世間一般には公表せずに閉ざしてしまおうという魂胆だ。
先に一通り目を通す。
書かれているのはそれを連想させるような口外の禁止が主で言ってしまえば人とのかかわりが極端に少ない奏真たちにはあまり関係がないことだった。とは言え余計なことを引き起こす原因にもなりかねないのでアサギと姉妹を呼び寄せ口頭で伝える。
渡されたメモ用紙は言われた通り炎魔法で燃やし灰にして吹き飛ばし処分済み。
「……ってことで余計なことを言うなってのが命令だ」
三人は無言のまま頷いた。その中でも雪音に関しては少し心配だったりする。雪音自身もそうだが何より未知数の悪魔が憑りついている。その悪魔が下手に喋れば情報の漏洩はあっという間。そこはもう祈るしかない。後はそんなことを聞いて来るようなやつがいないことを祈る。
奏真から三人に伝わっていた頃、目黒はガーディアンの隊員に連行されていった。
目黒自身がアサギに何かを言いたげにしていたが口をつむぎ背を向けた。
そんな様子を見たガーディアンの隊員の一人が「何か言いたいことがあれば今の内だ」と言うが目黒は首を横に振り、それ以降静かに去っていった。
奏真は情報を三人に伝える最中で横目で目黒の様子を確認していたが奏真も特に動かず。
その後ガーディアンから再度話を聞いていると気が付けば日付は既に変わった後のことだった。
深夜。
森の中は木々で空を覆われ月明りでさえ届かないそこは暗く光は全くない。
奏真たちは出来るだけ研究所から離れそこをキャンプ地とし交代制の見張りで一夜を明かす。
今回は久々アサギが寝ると言うので奏真一人の見張りで暗い夜を切り抜ける。
遠くでは淡く光る火の光。モンスター避け兼明かり用の光が暗い夜で目立ち離れているはずなのに眩しく見える。その光の正体はガーディアンの隊員たちのもので暗くなった今でも捜索を続けているらしい。
ご苦労なことだと奏真は思いながら目線を外し真上に持っていく。
覆いかぶさる木々の隙間から覗く遥か上空で煌めく数多の星々。思い浮かぶのは懐かしい光景や嫌な記憶などの過去ではなくつい先ほどの戦闘。
格の違う悪魔、異形で未知の存在、裏で暗躍する協会。
悪魔に関しては手が付けられず、異形の存在である
奏真の表情には自然と力が入る。
(まともに戦って勝てるだろうか………いや)
万が一にもあり得ない。目に見えるそれくらいの力量の差。
魔力の圧倒的な少なさが故に昔から自分が弱いことなど自覚していた。今もなお。それでも戦い方を見つけ、今まで誤魔化してきていた。
「このままじゃあだめだ。圧倒的な力の前に、何れ………」
それは小さな声でありただの独り言。だが確かに、まるで言い聞かせるように強く言いつける。
「………本当に
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます