042

 祓い屋だと自称する黒装束の少女の周りを無数の札が回る。

 何かの魔法によるものなのかと奏真たちは警戒を強めるが肝心の悪魔は特に意に返してはおらず、それどころか眼中にすらないといった様子。


 その挑発的行動が少女の行動を速めた。


 回転していた札を悪魔の元へ向かわせる。

 まるで操られているかのように札は列になり空中を突き進む。悪魔の目の前にまでその札が来ると今度は札が悪魔をぐるぐると周りを回り取り囲む。


 その攻撃に悪魔は動じることなく、めんどくさそうにため息をついた。


「……はぁ」


 そのため息と同時に札が生きる力を失ったように地面に落ちる。それは何かの効果を発したからではなく悪魔による妨害。

 その証拠に地に落ちた札を見て少女は狼狽えていた。


「……な!?」


 ただのため息。ただそれだけで札は地に落ち、力を失う。

 悪魔が付いたため息には魔力も何かしらの能力も施されていない。本当にただのため息だった。


 悪魔は相も変わらず人を馬鹿にしたような笑みを浮かべているが目は少女を憐れんでいるような、そんな目をしていた。


 自分の術を馬鹿にされたのだと憤る少女は再度新たに札を用意する。だが先ほどと同じように変わらぬ攻撃を繰り出すわけではない。今度は悪魔本体を狙うのではなく悪魔の立っている地面に目掛けてその札を放った。


 悪魔を中心に四方を囲みその札が光り出す。

 淡い水色に光り出した札は悪魔を障壁のような壁で囲い、その悪魔に攻撃を開始する。


「………!?」


 悪魔に対し電撃のようなものが放たれるとニヤニヤとしていた表情が一転。余裕の笑みから攻撃に対する苦痛の叫びを上げた。


「ぐあああああああーーー!!??」


 攻撃が効いているのか苦しそうに叫び出す悪魔。その苦しみ方は一番初めに雪音がなったような苦しみ方と酷似していた。


「これは悪魔を蝕む結界よ。常人が触れても何も起こらないのだけれどこんな風に悪魔が干渉すると強力な攻撃になるわ」


 確かに言う通り現在結界の中に入っているのは悪魔だけであるが今のところ雪音が苦しんでいる様子はない。更には祓い屋は目の前の悪魔が雪音から飛び出してから一切雪音に対し興味がなくなったようにも見えていた。


 奏真たちに対し敵ではない、その言葉に嘘はない。

 しかし腑に落ちないことがあるものまた確か。


「お前たちが敵ではない、ということに関してはまあ信じるとしよう。だがそれはその悪魔もまた同じなんじゃないか?俺らに対して敵意はないように見えるが……」


「呆れるわね。悪魔に敵意がないから敵ではない?悪魔なんて信用にも値しなければいい悪魔なんて存在しない。そこにいるということ事態が粛清対象よ」


 奏真の言葉に少女は鋭い目を向ける。その目には「悪魔は敵」と絶対的な彷彿とさせる強い信念があった。


 まるで親の仇のような。


 兎に角彼女は悪魔という存在は絶対的な敵であり、奏真のような取引などもっての外。話すら応じる気はないと見れる。


 彼女を目の前に悪魔と話し合いで穏便に済ませることなど不可能に近いことを悟るがそれ以上に奏真は悪魔と戦い勝つなどそれこそ不可能だと感じる。


 その証拠に悪魔を囲い攻撃していた札の攻撃はいつの間にか消え失せ、悪魔はまるで何もなかったようにへらへらと笑顔を浮かべていた。


「ケケケ、酷い言いようだぜ。悪魔だから信用ならない?お前こそ悪魔みたいなこと言うじゃねぇかよ?」


 苦しんでいた表情はどこへやら。かすり傷すらついていない悪魔はやれやれと首を振る。つまらない冗談も添えて。


 奏真に関してはやはり、と大方予想通りと言った表情だが当然こんなことは想定外で勝った気でいた彼女は驚いた様子が顔に浮かんでいた。


「これすら効かないって言うの!?」


 自信があった攻撃なのか全くダメージが通っていない事実に何かの間違いだと再度攻撃を繰り返す。

 しかし、どの攻撃も無意味に終わり悪魔の目の前にまで来ては全てが無力化され札は地面に落ちる。


「そろそろ飽きてきたな。お前ももう一人と同じように眠っているがいい」


 悪魔の髑髏の仮面の奥の目が赤く光ると何の攻撃もされていないはずの彼女は膝から崩れその場に倒れ込んだ。少し離れたところには同じくもう一人が倒れ、これで文字通り邪魔ものがいなくなった。


「で、話の続きをしようか?」


 やはりその悪魔に敵意は見えないが悪魔が何かを企んでいるのは事実。このまま雪音に憑りつくのを見過ごすわけにはいかない。

 アサギと緋音は既に戦闘態勢を整えている。奏真が攻撃の合図を出せばいつでも攻撃が可能となるが大人しく当たってくれるはずもない。反撃にあうのが目に見えている。ここは何としても口だけで納めなければならない。


「………どうすれば雪音を解放する?」


「より面白いものがあれば気が変わるかもしれんが、当分それはないだろうな」


 奏真共に悪魔も己の言うことを曲げはしない。

 このままでは埒が明かないと奏真の手に力が入る。戦ってはダメだ、それだけは選択してはいけない。


 放置でも構わない。


 その考えが一番今のところ最善の策だろう。だがそれは奏真自身に憑りついていたらの話。膨大な魔力を保有したエルフ族で、魔力のコントロールも未熟な雪音に憑りつくなど気が気ではない。


「…………」


 万事休す。

 そんな静まり返った時、一人誰かの足音が奏真へと近付いて来る。

 それはアサギ、緋音でもなければ今までことについていけずに完全な空気と化していた目黒でもない。今までずっと眠ったように倒れていた雪音だった。


「………私は……かまいません」


 力が入らないのかよろよろと今にも倒れそうな足取りで歩いていた。

 緋音が急いで雪音の元まで駆け寄り体を支える。


「私は何度か………救われています」


 と言うのもこれまで自分のみ、心の中で聞こえる声の正体がこの憑りついていた悪魔だった。声、気配が等しくそれに助けられたこともある。言わば借り。

 悪魔からしたらただの気まぐれに過ぎないのかもしれないが助けてもらって置いて危険だから関わるななど言えない。


 しかしこれは建前。


 本音はこれ以上、迷惑をかけたくなかった。ただでさえ出会ってからの今までずっと我儘を聞いてもらい負担をかけた。これ以上は、とまではいかないかもしれないが少しでも減らせれば。そんな願い。


 今にも倒れてしまいそうな雪音の言葉を聞いて「よし分かった」とはならず結果的に余計に迷いが増えたと言っても過言ではなかった。


「さあ、どうする?と言ってももう選択しは一つしかないよな?」


 悪魔に憑りつかれていても構わない。それが雪音の意思で間違いないが奏真の頭の中では悪魔がいることの影響がどれほどなのか計り知れない。雪音に対する今後の影響、奏真自身やアサギ、緋音への、他者への影響。

 それらがちらついてどうしても決断に踏み込めない。


(…………無力だ)


 絶対的な脅威。それを前にして奏真は久しくその感覚を思い出す。

 それは自分の魔力が他の人よりも少なく、減らないということに気付かず魔力がうまく扱えなかった頃。

 初見殺しで相手を翻弄して、自分の得意な形に持ち込んで相手を倒す。そうでもしなければ勝てないのは知っていたしそれが強みだと分かっていた。あくまでもというだけで訳では決してない。


 完全敗北。


 戦ってすらいないがそうしなかった時点でもう負け。勝てないと悟って後手に回った時点で。仮にそれで話が通じない相手だったらどうなっていたことか。


「分かった。雪音がいいなら……いいや」


 考えて見ればこれが最善の策。スッと奏真は目を閉じる。

 敵意が消えた奏真の横を悪魔は素通りし、雪音の元まで歩み寄る。


「後悔しても知らねぇぜ?」


 雪音に対し悪魔はわざと不安を煽るように言うが雪音は全く持って恐れずに小さく笑う。


「そんなの……今更です」


 それを最後に悪魔は光の粒子となって消える。雪音に再度憑りついたのだ。

 再度憑りついたためか雪音から倦怠感が消え、普段通りの体調へと戻る。


「さてこれでひとまずってところだが………どうした奏真?」


 その場から動かずに空を見上げる奏真の様子にアサギが声をかけるがピクリとも動かずに小さな声で「なんでもない」と言うが少し不安さが残る気配だった。がそれはほんの一瞬でアサギの方を振り返る奏真はいつも通り何を企んでいるのか分からない顔になっていた。


「アサギ、目黒だったか?あいつのこと頼むぞ。ガーディアン本部に引き渡した方がいいだろうし………」


「そうだな。じゃあ奏真は祓い屋を名乗る二人を頼むわ」


「ああ」


 アサギは通信機に電源を入れ、奏真は未だに気絶している祓い屋二人を起こしに向かう。先ほどは敵か味方か分からない立場にいたが利用する価値はありそうだとアサギも奏真も同じことを考えた。


 二人をまずは一か所に集め地面に寝かせ奏真は念のため魔法陣を作成する。これはいきなり起きて暴れられないようにするための措置である。


 魔法陣が完成ししばらくするとまずは先に眠らされていた仮面、般若面をつけた少女が目を覚ます。


「………っう」


 面から除く瞼がゆっくりと開く。上半身を起こし何が起きたのかはっきりとしない意識で思い出す。


「寝起きのところ悪いがそいつもたたき起こしてくれるか?」


 まるで人の心というものを感じさせない奏真の言い方に隣にいた緋音と雪音の目がスッと細められるのを感じたが奏真は気にも留めない。


 声の方向を向いた般若面の少女の目には奏真が映ると咄嗟に防衛本能か考えるよりも先に手が出てくる。勿論想定の範囲内であるため片手で軽くパシっと受け止め話を続ける。


「放っておいてもよかったんだが、いろいろ分からないことだらけなんだ。ひとまず隣のを起こせ。俺がやっても構わないが……」


 勿論はったりであるがわざとらしくナイフを手に持った。更に雪音と緋音の表情が引いているがやはり気にしない。

 何を思ったのかは本人しか分からないが起すのは了承してくれたようで隣の少女を起こした。


「あの悪魔はどこへ!?」


 起きて第一声がそれだった。

 早く本題に入りたい奏真だったが素直に答えた。事の顛末を。

 気絶してからさほど時間も立っていないため多くはない説明を途中で止め、掴みかかって来た。


「何言ってるの?危険過ぎるわ!!」


 警戒していたこともあり反射的に避けることも容易かったが敵意というよりは怒りの気配。そんな祓い屋に雪音が奏真との間に割って入る。


「そんなことはありません!何度か私は救ってもらってるんです」


「ただの悪魔の気まぐれよ。何の保証にもなりはしないわ」


 言っていることは確かに祓い屋である彼女が正しいだろう。ここまで悪魔に対する嫌悪感を抱いているのは憎しみか恨みか、しかし経験上そう思わせる何かがあったのだろうと奏真は推測する。奏真自身も悪魔が憑りつくのは気が気ではない。

 だが雪音は一切揺るがない。


「はい、だから自身で証明します。そうでない悪魔もいるのだと」


 子供の夢見る戯言。はっきり言って奏真も聞いていてため息が出そうだった。しかしその真っ直ぐな目を祓い屋の彼女が見て動かされる。


「………馬鹿ね。おめでたいにもほどがあるわ………でも私が救えなかったのにも責任がある。これをあなたに渡しておくわ」


 はあっ、と息をついて雪音に手渡したのは名刺。

 シンプルに『八代やしろ 心菜ここな』と書かれているその名刺にはそれ以外が何も記されてはいない。しかしどこか異質な気配を醸し出す紙で造られたものだった。


「もし助けが必要になったら祈りなさい。すぐに向かうわ」


「!!……はい、ありがとうございます」


 雪音が受け取ったのを確認すると祓い屋、八代は逃げるようにこの場から立ち去った。それに続く般若面をつけた少女。


 二人が立ち去ったのを確認して奏真はアサギの方に目を向ける。

 アサギの方は少し前に話がついたらしくこちらが終わるまで待っていた。


「さて、奏真。この一件に関してはガーディアンがやっぱり受け持ってくれるらしいんだけどそれとは別にまた依頼が来てる」

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