037
外にも同じような人ならざる『バケモノ』がいるのだろう。奏真は思っていた。理由は単純でここへ来るまでにそれらしきものに出くわさなかったから。村を襲ったやつがいるんだろうと思っていた。そしてその大本がここにあるのだろうと思いやって来た。しかし現実は想像を絶するものだった。
「………突入しよう」
奏真は意を決する。だが無策で突撃するわけではない。予め作戦は立てておく。とは言いつつもやれることは実際そんなに多くはない。相手の得体が知れない以上下手に攻撃することは出来ない。なので撤退時の行動とどのように立ち回るか、作戦の変更追加の指示だけ共有する。後は他の部屋に似たような『バケモノ』がいないことを祈る。
「最終確認だ。俺が前に出てやつの動きを探る。アサギはカバー、緋音は魔法での支援攻撃、雪音は弓だ。撤退には俺が囮になってひきつける。三人はこの通路を伝って出来るだけの罠を仕掛けながら戻る。いいな」
「……………」
作戦の中で雪音は初めての弓の実践。相手の異様さよりも緊張で気がおかしくなりそうだった。外してもこの人たちなら大丈夫。奏真の強さを信頼しているがそれでもいざ実戦で弓を使って戦うとなると震えが止まらなかった。
それを見た緋音が何かを言おうとするがそれよりも早くにアサギが雪音の肩をポンと叩いた。
「安心しなよ。奏真と俺が戦って負ける相手はそうそういないから」
こんな状況であるがアサギはいつものようにへらへらと笑っていた。しかしそれは断じてふざけているのではなく、自身であり信頼だった。
それを聞いていた緋音は雪音の表情がみるみるうちに取り戻していくのを複雑そうな気持で見ていた。雪音はこんな悪い空気の中で深呼吸をする。アサギはギョッとするが集中する雪音を見て大丈夫そうだと今度は奏真の方を見た。
「励ましてるところ悪いんだが死亡フラグっぽいからやめてほしいんだが……さっさと行こうか」
奏真が閉ざされたシャッターの手を伸ばす。シャッターの隙間からナイフを入れ、学院の時にも使った【空間移動魔法】で四人を中へ瞬間移動させる。
【空間移動魔法】は自分以外の発動条件は触れていることなので全員奏真の肩やら腕やらに触れ奏真と共に移動する。距離や人数に比例して消費する魔力量が変わるので奏真の魔力では本来発動出来なかったが、触れていたアサギから勝手に足りない魔力の補填として使用したので成功する。
無事に侵入することに成功した四人はそれぞれ行動に移る。
「それじゃあ作戦通りに」
「おいこら俺の魔力を勝手に使ったことはスルーかよ?」
『バケモノ』へと真っ直ぐに向かう奏真のやや後ろ。学院の時と同じリバルバー式の銃を手にしたアサギが怒って銃口を奏真に向けていた。
緋音は魔法の準備に取り掛かる横で雪音は陰に隠れて弓を構える。迎撃の準備も出来ている。奏真とアサギは雪音と緋音の方に意識が向かないよう攻撃を開始する。
『バケモノ』は近付く奏真とアサギに気が付いたのか人間の悲鳴に近い喚き声をあげると腕を振り上げた。『バケモノ』自身も急に現れた謎の存在に攻撃の姿勢をとるが二人からしてはその行動は遅過ぎた。『バケモノ』の攻撃よりも早く奏真は首元にナイフを、アサギは体の心臓部に発砲。
鮮やかな攻撃に無駄はなく離れたところから援護する隙を伺っていた雪音と緋音は何もする暇もない。
首と心臓。生物の急所を同時に二か所つかれ『バケモノ』は倒れ込む。
「……………」
奏真はナイフに付着した血を払いながら倒れた『バケモノ』を何か探るような目で見ていた。
「どうした?」
(おかしい。見た時から思ったが知性もない、戦っても弱すぎる。協会の連中は本当にこんなやつのために学院を巻き込んでまで行動を起こしたのか?いやこいつは失敗作とみるべきか?だとしたら完成形は……)
アサギから声をかけられているが奏真には聞こえていない。が、すぐに奏真は考えるのを止め後ろに飛び退いた。
「あらら……どうなってんだ?」
首が既に落ち、心臓部は貫通。生物としての生命活動は完全に停止しているはずなのに対し、『バケモノ』は平然と起き上がる。あまりの現実離れした生物にアサギは苦笑いう浮かべていた。
そして再度『バケモノ』は攻撃を試みる。攻撃パターンは単調で奏真とアサギからすれば造作もないこと。しかしそんな二人はどこか不安に近い嫌な予感が脳裏に過っていた。
「血は出てるっぽいし再生してるわけではないようだけど……これはもう生物として見れないぞ」
アサギはもはや人間どころか生物ですらないと言う。アサギの扱う銃は弾丸により威力が変わるが今回、最高峰の威力の弾丸を使用している。その為貫通したわけだがその際に心臓だけでなくその付近にあった内臓おも潰しているはず。通常の生物であるならば絶命は必至。
「攻撃パターンの単調性といいやはり知性はないに等しいな。だが……」
敵としてあまりにも弱い。強さでいうならば今まで戦ってきた中でも最弱と呼べるほどに。しかしそれでも攻撃が効かないとなると話は大きく変わってくる。
「参ったな。どうやって倒す?」
奏真とアサギはその『バケモノ』から距離を置いた。
「高出力の魔法でもぶちかますか?」
急所への攻撃の効果が薄いとみたアサギは魔法の発動の準備に取り掛かろうとするがそれを奏真が止めた。
「ここがおんぼろの地下じゃなければな。倒壊でもしたら生き埋めだぞ俺ら」
「おっと、忘れてた」
アサギは完全に忘れているようだがここは研究所の遥か地下の部屋。地上にある建物も今まで通って来た通路も損傷や劣化が見れらあまりにも大きい力を加えれば崩壊してもおかしくはない。その危険性を考慮しつつ目の前の『バケモノ』を倒す方法。
「仕方ないな。作戦変更だ」
『バケモノ』が再度攻撃を繰り返す中、奏真とアサギは攻撃を避けながら全員に指示を出す。
「俺がこいつを引き受ける。アサギ、雪音、緋音で部屋の奥に行って情報を探ってくれ。ここは俺が引き受ける」
「何も奏真じゃなくても俺が……」
「倒し方が分からない以上持久戦になる。それなら俺の方が適任だ」
奏真の魔力は無限。一度に使用出来る魔力量は少ないが持久戦となればこれほど適任なことはない。撤退時の作戦と同じように奏真が囮となりひきつけその間に三人が他の部屋に行き『バケモノ』の決定打になる情報を探る作戦。幸いにも『バケモノ』自体の強さはそこまででもないので万が一にも奏真が負けることはない。後問題となるのは……。
「俺は構わないが……何て言うか」
アサギが問題視しているのは緋音。緋音は学院騒動後の後の顛末からアサギを警戒している節がある。それは今でも変わらず先ほど心配したアサギが雪音に声をかけた際にもジッとアサギを睨みつけていた。その緋音の返答を待っていると雪音の返事が返って来た。
「その指示に従います」
雪音の迷いない言葉に本人以外皆そろってキョトンとしていた。緋音が何か言いたそうにしているが雪音は何て言われるか分かっていたのか先取して答える。
「今は気にしてる時じゃないよお姉ちゃん。それに今するべきことは……」
いつになく雪音は冷静でそれを見た奏真が一番驚いていた。
「……何か変わったか雪音。アサギ俺がいない間に何か吹き込んだな?」
「さあな。弟子の成長じゃん。素直に喜べよ師匠」
隠し事でもしているのかクスクスと笑うアサギ。奏真はそれを疑いの目で見るがアサギは話そうとはしない。
「この野郎。変なこと企んでんじゃないだろうな……まあいい。隙見てさっさと行ってくれ」
『バケモノ』の攻撃を今度は避けずに受け止めた。力は人間並みの力しかなく奏真でも魔法の上乗せなしでも容易に受けることが出来る。
その攻撃の直後にアサギはその『バケモノ』の横を通り抜け、奥へと続く通路に入っていく。その際に真横を通り過ぎるアサギには目にもくれない。
(どうやらこの『バケモノ』は近くに来たものを襲うただの殺人鬼のようだな)
あっさり分断を許したことを見て奏真は確信を抱いた。なので雪音と緋音を先に行かせるのも容易だった。アサギの時と同じで奏真にしか興味がないのか奏真のことを攻撃する一方だ。
三人が無事に先へ行ったのを確認し組みついてくる『バケモノ』を引きはがす。
「もと人間だから情けで瞬殺してやろうと思ったが……厳しそうだな。さて……」
奏真は魔法を展開した。
「あいつらが戻ってくるまで俺と遊んでいてくれ」
一方、『バケモノ』のいた部屋を抜け出し先へ進むアサギ。後から雪音と緋音が合流しその後ろから『バケモノ』がきていないことを確認する。
「奏真はうまくひきつけているみたいだな」
奏真がいるところからは『バケモノ』が暴れているのか地面を叩く音が立て続けに響いてくる。
「本人はああ言ってましたが本当にこの先に手がかりなんてあるんですか?」
そんなうまいことがあるのかと緋音はアサギに尋ねる。
「………どうだろうな。五分五分ってところじゃないか?」
「………」
正直な感想を言うアサギに対し緋音は目を細めた。
「まあそう睨むなよ。奏真だし情報がなかったとしても何か思いつくだろ。むしろ俺たちが邪魔だから先行かせた説もある。何も考えなしに自分だけ残ろうとなんてしないよあいつは」
「……それもそうですね。あなたとは違って」
無駄に説得力があるアサギに緋音は気に食わなかったのか皮肉を言う。
「…………相当根に持ってるな?」
そんなことを言いながら先へ進むと見えてくるのはひと際頑丈そうな扉。外から中の様子は伺えず何があるのか分からない三人はその扉の前で立ち止まる。何が出てくるのか、最悪また『バケモノ』が出てくる可能性もある。こころの準備をして扉を押してみる。
「………!」
しかしその扉はびくともせず閉ざされたまま。単にアサギの力が弱いのではなく扉には鍵がかかっていた。アサギたちの方からでは開けるすべは用意されていないのか鍵穴はおろかよく考えてみると扉のドアノブすらない。
「………開かないがどうする?」
「魔法でぶち壊しますか?」
「そ、それは止めたほうが……」
三人が扉の前でどうするか考えていると扉の方から勝手に開いた。
そして中には研究員と思われる人が一人と筒状のガラスに入った人間がいた。
「………君たちは……人間かい?」
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