036

 研究所内部へと足を踏み入れた四人。奏真を先頭にゆっくりと歩いてどんどん中へと進んでいた。

 内部はただひたすらにまっすぐの通路が続き時折各部屋へと続く入口が現れる。その部屋を入り口からそっと覗くとボロボロになった家具や照明、粉砕した水道など研究所というよりはただの家に近い内装になっていた。


「………何かいるって言ってませんでしたか?今のところどこにでもあるただの家と変わりませんが?」


 緋音はそんな内装を見てぼそりと呟いた。

 この建物は二階建てになっているが二階部分は半壊し立ち入ることは難しい。一階部分はどの部屋を探しても同じような部屋でこれといったものは見つからず奏真の言っていた何かの存在も見つからなかった。しかし奏真は既に目星がついているのか部屋を一通り回った後、ある部屋に入り足を止めた。


「緋音の言っていることは最もだが相手は協会。詳しいことはよく分からないが犯罪には手慣れている。この部屋、いやこの建物はただのはったりだ」


 奏真は床をじっと見つめ何を思ったのか魔法を床に放った。

 石で出来た変哲もない床であるが奏真の魔法によって壊れ、隠していたものを現した。


「どうやら地下に続いているらしいな」


 破壊された床から現れたのは地下へと続く階段。本来は何かの仕掛けで動作する仕組みなのか破壊された拍子に機械仕掛けのものが露出する。


「………随分乱暴ですね。何か対策とかあったらどうするんです?」


 隠し通路をわざわざ機械仕掛けにするあたり何かを隠しているのは事実。だからこそごり押しされないよう細工がされていたらと緋音は思っていた。それなのに奏真は何も気にせず魔法を放った。その行動には緋音だけではなくアサギも引いた目を向けていた。

 そんな中で雪音はただ一人他のところを向いて何かを感じ取っていたがそれに気が付くものはいない。それどころか奏真は三人を急かした。


「それがないからやったんだろ?ほら、さっさと入るぞ」


 先陣を切って入ってゆく奏真の跡を三人が続く。


 降りていく階段の幅は二メートル程で狭く、階段の一段一段も急であまり良い造りとはいえない。明かりはなく、階段も地下の壁も外の道と同じような石のレンガで作られているがところどころにひびが目立ち安全とは程遠い。崩れることを危険視した緋音はいつでも魔法が使えるよう気を配る。

 先頭を歩く奏真が光を灯す魔法を使い視界を保っているが数メートル先は闇。危険なのは何も建物の倒壊だけではない。


 階段を降りていくとやがて終わる。長い長い階段は下から破壊して侵入したところを見上げると小さな光しか見えない。

 階段を降り終えたが地面どころか階段と構造は変わらず、階段がなくなっただけでまだまだ先が見えない通路が伸びていた。


 このまま何の収穫もなしかと思いきや突然四人に嫌な臭いが襲う。


「………これは」


「うっ………」


 奏真はその臭いに表情を歪めつつも覚えがあるのか何かにピンと来ていた。雪音はその臭いを嫌ってマフラーで鼻から下を覆う。同じく緋音も鼻から下を服の裾で覆いその臭いを直接嗅がないよう工夫する。唯一アサギの表情は変わらない。

 全員がその異臭を嗅いでピンと来たのは奏真だけではなかった。アサギ、雪音に緋音もすぐに思い出した。


「村周辺で臭ったものと同じだな。つまりは………」


 その続きを言うのを奏真は控えたが何て言いたいのかは皆分かっていた。

 微かに顔色が悪くなる雪音と緋音。それを見た奏真は二人にあらかじめ言っておかなければならないことを伝えておく。


「この先見るに堪えないものがあると思うが………外で待っててもいいぞ?」


 雪音は実際いきなりとは言え既に倒れている。それがまたぶり返す危険を感じた奏真は特に雪音に対し言うが首を横に振る。


「ついてくることを咎めはしないが戦闘になる確率も十分にある。仮にそうなったらいちいち庇えないし何が目に映っても逸らすなよ?それを理解した上でだ。本当に来るのか?」


 二人には奏真が何を言いたいのかはっきりと伝わる。それを理解した上で答える。


「………大丈夫です」


 雪音がそう言ったのを見て緋音も大丈夫だと言う。


「妹がそう言っているので私もここで戻るなんて出来ません。戻って妹に何かあった時の方が嫌ですし」


「そうか………なら行こうか」


 覚悟が決まったところで進行を再開する。とは言っても歩く景色は変わらず、ずっとそんな調子。変化が訪れたのはかれこれ数十分歩いた頃。変わらぬ景色に緊張感もやや薄まりかけていた。

 先頭を歩いていた奏真がピタリと足を止めた。その拍子に後ろからついてきていた三人も止まる。止まった奏真は真剣な表情で先の何かを見据えていた。


「どうした奏真。敵か?」


 奏真の行動の変化を後ろから見ていたアサギ。アサギの【探知ロケーション】には何も捉えることが出来なかったため隠密が得意とする何かでもいたのかと尋ねるが奏真は違うと首を横に振る。それでは何を見た、感じたのか。奏真はその正体を三人にも見せるべく少し足を進める。


 数十歩進んで暗闇の中から見えてきたのは赤く染まった通路だった。


「………これってまさか」


 それを見て頭に過った考え。嫌そうに眼を細める緋音。雪音も深刻そうな顔をしている。雪音の頭に過るのはあの時見た光景。目を逸らしたくなるが決意して来た手前甘えることは出来ない。


「落ち着け。人の血じゃねぇよ」


 床だけではなく壁や天井にまで血が飛び散り、それは通路の先まで続いていた。そこを超えていくとそこにはその血の持ち主であろうものが横たわっていた。奏真の言う通りそれは人ではなくモンスターだった。

 中型犬に近い四足の体、蝙蝠コウモリの羽根、顔は潰されているため確実なことは分からないがウサギに近い。まるで異形の怪物の姿に四人は固まる。


「…………これは一体……」


 見たことのない生物に雪音は微かに震え始める。人間が転がっているよりもよほどタチが悪い。


「アサギ、これは……」


「ああ、間違いないだろうな。こんなモンスターは存在しない」


 二人が出したその異形な生物の答えは一致する。


「こいつが多種複合生物キメラか?」


 奏真とアサギが学院の潜入後から睨んでいた協会の思惑。まだここが協会関連の建物であると決まったわけではないが信憑性は増す。

 その話を知らない雪音と緋音はついていけなくなるが事態は深刻であるということは分かった。異形のものを見たということもあるだろうが動揺の顔をしているのは確かだった。


 アサギは死んでいると思われる多種複合生物キメラの死骸に近付くとジッと観察し始める。


「見たところただの動物の多種複合生物キメラのようだがこれはいよいよだぞ奏真」


「………いよいよも何も、完成したからわざわざ危険をおかしてまで情報が欲しかったんだろう。それで、何でこいつは死んでるんだ?てかそもそも死んでんのか?」


 通路に飛び散っている血はかなり多いがこの多種複合生物キメラ以外近くには何もおらず不自然。争ったならそれなりの形跡があるはずだがそうとも思えない。


 死骸を調べていたアサギは潰れた頭部に着目した。その後周りの状況を確認するとある仮説を立てた。


「確実なことは分からないが通路のところどころに波紋状のひびが多数あるのとこいつの血は頭部からがほとんどで他に大した傷はない。勝手に暴れて自滅でもしたんだろ」


 アサギの推察どおりこの通路には今までにはなかった波紋状のひびがあった。それは不自然なまでに死骸付近に集中していてまたそのひびには血が付いているのも多く確認出来る。


「自滅?多種複合生物キメラ知能はないのか?」


 生物にも知能はある。それは動物のみならずモンスターにもあり自滅するようなモンスターはいることにはいるがそれは大抵何か要因があったりそういう習性がある。自滅という考えに奏真は引っかかった。


「どうだろうな。人工的にくっつけられてるんだろうしあってもなくても不思議じゃないと思うけど………あと考えられるのは障害、とかじゃないか?」


 多種複合生物キメラ。人工的に生物同士を合成する過程でいくつも壁があるはずである。アサギはそれによって障害が引き起こされても仕方ないという。なんせ未知の領域の実験。確実なことは誰にも言えない。


「……先を急ごう。村で暴れたやつの大本がここにある」






 研究所内部。地下の通路のその先。とある奥の部屋。広いその部屋は円形で中央には円柱状のガラスで造られたタンク。水のような液体で満たされたその中には一人の人間が入っていた。その人間には意識はなく外部からの酸素供給により生きてはいるがそこに意識はない。


 暗いその部屋は研究に使われたであろう機器が散乱し至るところに血が飛び散っていた。周りに転がる死体は全て研究員のもの。そこへ一人の研究員がやって来た。彼はこの研究所の唯一の生き残り。他は皆殺されてしまった。


 彼には疲れが見える。それは研究による疲れではなく精神的疲労。ここへ来た理由もその疲労が原因だった。


「………僕は君を………」


 彼はタンクの中に入った人間を見つめ、機械の操作盤の前に立った。


「殺さなくちゃいけない……」


 それは奏真たちが駆けつける数分前の出来事であった。





 奏真たち四人は通路の最奥、部屋への入り口にまでたどり着いた。しかし中に入るには通路全体を閉ざす格子状のシャッターが行く手を阻んでいた。開ける方法どころか壊す方法はいくらでもある。しかし奏真たちはそのシャッターの目の前で足を止めどうするか決め手に欠けていた。理由は明白。シャッターの反対側、つまり部屋の中には『バケモノ』がいた。


 部屋の中で動き回るその『バケモノ』の正体は人間であり人間ではなきもの。腕は四つに、頭部は左半分しかなく足は三つ。よたよたとなれない足取りは酔っぱらっているかのように覚束ない。また至るところの筋肉が異常なまでに発達し見た目は非常にグロテスク。叫び声のような、鳴き声のような声を喚き散らし這いずり回るそれは狂気の沙汰。

 奏真、アサギ、雪音、緋音の四人も見て凍り付いた。幸いシャッター越しだからか四人の存在には気付いておらず部屋をただぐるぐると回っているだけだった。


「………あれを見るに人間としての理性は残ってないだろうな。どうする奏真?」


 固まった四人の中で初めに声を発したのはアサギだった。始めに出てくるあれは何だという疑問を押し殺して冷静に分析していた。それを聞いた奏真が我に返る。


「どうするって言ったって、出入口がここだけとは限らない。あんなものを外に出したら村での出来事の二の舞だ。あれを見た以上始末するしかない」


 『バケモノ』が這いずり回るその部屋内部にも研究員と思われる人間がごろごろと死体となって転がっている。通路からの悪臭はここから来ていた。


「………突入しよう」


 奏真はシャッターの手を伸ばした。

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