035

 その時は何気ない、いつもの依頼通りの内容をこなしていた。しかし、すぐそばべは、身近なところでは想像以上の事態が広がっていた。その事実に気が付いた奏真とアサギ。


「どうやらあの時の依頼はまだ完了していなかったようだな」


 その時に戦ったトロールがなぜ都市周辺の森に出没したのか、その原因がこの先にあると確信する奏真。


「捜索するのか?この事実をガーディアンに言えば事件として請け負ってくれるんじゃないのか?」


「確かに面倒なことに首を突っ込みたくはないがまだ気になることがあるんだ。それにこれは俺の依頼だ。ガーディアンにはあの時のようなモンスターが他の場所で出てないかの確認をお願いしたいところだな」


「そりゃそうだろうけど……で、何が気になっているんだ?」


「『バケモノ』についてだがひとつ可能性としての考察を立ててみた」


「へぇー、いったいどんな?」


「学院の盗まれた、入手した機密事項。以前は多種複合生物キメラの情報。そしてその次の段階を踏んだと言った。多種複合生物キメラと言うことで俺はモンスターを睨んでいたがその次の段階は……人なんじゃないか?」


 過ぎた考察にアサギは賛同せずに冗談のように話を聞いていた。


「まさか……それはあり得ないだろ」


 奏真自身、空想を言っていることは理解している。根拠もなければ辻褄なども全て置いてけぼり。それでも奏真はそんな予感がどこか拭い切れなかった。


「分かってるよ。けど相手は魔力研究協会。外道なことをやっていてもなんらおかしくはない」


 二人が物騒な話をする横でジト目を向ける緋音。完全に二人だけの会話に置いてけぼりにされ不機嫌そうにしていた。


「あの、いい加減に私の事を無視するのはやめてもらえますかね?」


「「……ごめん」」


遺書それを私にも見せてください」


 アサギから奪い取るように受け取る。緋音はその内容を見て絶句。雪音が何を見て何を感じたのかこの遺書を読んで理解する。


「………」


 想像していたよりも深刻な状況に緋音は深く息をついて自分を落ち着かせる。遺書をアサギへと返し雪音の介抱に戻る。


「アサギ、村人が消えたと思われるところはどこだ?」


「多分その村より北だね。迂回していった方がいい。奏真は大丈夫として霧谷姉妹に見せるのはどうかと……」


「そうだな。よし、霧谷……あー、妹が起きたら出発しよう」


「……もう名前で呼んでもらって結構ですよ?呼ばれるこっちも紛らわしいので」





 雪音が目を覚ましたのはそれから数分後。すっかり顔色も戻り移動を止めてしまったことに対して奏真たちに頭を下げた。


「ご、ごめんなさい」


「いや、いいよ。それより大丈夫なのか?」


「はい、もうすっかり」


 奏真は雪音の顔を覗き込む。

 言葉の通り特に顔色が悪いというわけでもない。


「………そうか」


 雪音の元気も戻ったところで奏真たちはアサギの言う北へと向かう。雪音は元気そうであるが姉である緋音は心配なのか何度も雪音の顔色を確認していた。

 そんな二人の姿を後ろに確認した奏真は横にいるアサギに背後の二人には聞こえないように耳打ちする。


「なあアサギ、雪音が見たというあれ、どう思う?」


「事実なんじゃないか?」


「そういうことじゃなくて何で霧……雪音が知っているかだ。見てもいない光景を」


 奏真が言うあれとは雪音が見たという光景。まだ目視すら出来ていないはずなのに対しアサギが見たものと一致する事実。どうして魔法も使えない雪音が見れたのか奏真は疑問だった。

 対するアサギの答えは一つだった。


「………考えられるのは特殊能力、かな」


「やっぱりアサギもそう思うか」


 聞いた奏真もアサギと同じように特殊能力であると睨んでいた。


 そもそも特殊能力とは魔力に優れた物が稀に持つ超感覚でそれは第六感にも等しい力。しかしそれは通常の第六感などではなく人により差があるが人によっては魔法よりも強力な力を持つ者もいる。


 その線を疑う奏真とアサギだがまだ確証はない。


「あの魔力の量だしあっても不思議じゃないし……。それとこのまま二人も連れていくわけなのか?」


 アサギは雪音の不思議な証言よりも霧谷姉妹のことを連れていくことに対して危惧していた。当然奏真もそのことは重々承知している。


「危険だが仕方ない。その辺に置いてきて何かされた方が面倒だ」


「まあ確かにそりゃそうだけど今回は洒落にならないぞ。どんな奴かもわからないし何体いるのかも分からない。俺達でも限界はあるぞ」


 アサギの言っていることはごもっとも。小さな判断で致命的なミスに繋がることもある。奏真はいつもより最新の注意を払う。


「分かってるよ。だからこんなに慎重に行ってるんだ」





 その後歩くこと数分。奏真は歩く足に違和感を覚えた。そのまま視線を下に向けるとすぐにその理由が目に入る。


「……明らかに地面が変わったな」


 草に木の根、苔などにところどころ隠れてはいるがその隙間から見えるのは石と思われるもの。


「でもこれ人口的なものですよね?」


 緋音はその地面を見てすぐに気が付いた。森の中を歩いていたはずなのにいつの間にか地面には土の感触ではなく硬いものが伝わる。それはただの石などではなく明らかに人の手で加工されたと思われる。自然ではなく規則的に並ぶそれは石レンガで出来た道。


「そうみたいだがかなり古いものだな」


 植物に覆われているということもあるがその石レンガはひび割れていたり劣化による損傷があったりと少なくともここ最近のものではないことは容易に見て取れる。


 こんな森の中、村を襲った『バケモノ』のがいると思われる先に人工物。奏真たちの緊張は高まる。


「警戒を怠るなよ。確実に何かいる」


 その中でも奏真は気配に敏感で行く先に何かの気配を感じたのかジッと睨みつけるような鋭い目で続く道を見ていた。


 その道沿いを更に歩く。その先に見えてくるのは建造物。森の木々が開け、それも遺跡などではなく何かの研究所のような建物だった。しかしもう使われていないのかボロボロで人がいる、使われているような感じは一切しない。建物の大部分が朽ち、今にも倒壊してしまいそうだった。

 それでも森の中にあるからだろうか、見るからに異様な気配を放っていた。

 研究所の前まで来て立ち止まると奏真とアサギはすぐにピンとくる。


「………できればそうであってほしくはなかったが」


 奏真の嫌な予感に拍車がかかる。


「これは確実に魔力研究協会関連のものだろうな」


 アサギも奏真と同じように考えていた。

 そうとなれば何かしらの情報はある。入らない訳にはいかないので入る前提でアサギは奏真にどう進むのかを尋ねる。


「今回の立ち回りはどうする?」


「二手に別れる……と行きたいところだが襲われでもしたら危険だしな。全員で中に入って纏まって動こう。基本的に俺が先頭でヘイトを持つ」


 本来ならば複数に別れて出入口に置いたり外の探索に回したいところであるがここで戦力を分散するのは得策ではないと奏真は考えていた。

 実際コントロールが不可な雪音は倒壊しかねない建物の中で戦わせたくなかったがアサギの信頼がない今、奏真とアサギが別で行動するとしてアサギと一緒にいさせたら緋音からなんと言われるか分かったものではない。そのため今回の戦闘では奏真がかなり頑張らなければならない。


「何かがいることは決定なんですか?」


 戦闘に自身がない雪音は戦う前提で話を進める奏真に問う。何かがいそうな雰囲気なだけであってほしかった雪音だが奏真は確信を持っていた。


「まあ、確実にいるな。建物の中にだが」


「………」


 それを聞いた雪音の表情は強張る。しかし隣にいる緋音がすぐにそれに気が付くと雪音の手を握った。


「安心してください。何かあったら私が守りますから」


 緋音は雪音の目をまっすぐに見つめてほほ笑む。そんな姉の気遣いに雪音は恥ずかしくなったのか頬を赤らめて視線を落とす。が本心は嬉しかったのか緋音に握られた手を振り解こうとはせずに握り返した。


 そんな様子の二人に奏真は自分の持ち物を確認しながら言う。


「何もないようにするつもりだがもしもの時がある。その時はアサギ、頼むぞ。二人を連れて撤退してくれ」


「……勿論そうするが随分慎重なんだな?」


「どんな怪物が潜んでるか分からないし初めて入る屋内だからな」


 学院で起こった騒動の時の戦闘も屋内であったがあの時は自己防衛の出来る緋音のみで場所もそれなりに知っているところ。なので奇襲も成功、事前に用意した策も通じたが今回ばかりはそうもいかない。中がどうなっているのかだけではなく現時点では完全無力な雪音もいる。奏真にも多少の緊張があった。


「さて、入ってみようか」


 四人は研究所内部へと足を踏み入れたのであった。







 奏真たちが研究所に入ると同時刻、少し離れた場所で暗躍する影があった。


「この辺だと思ったのだけれど……」


 黒装束に身を包んだ少女が森の中で何かを探すように辺りを見渡していた。その隣で同じく黒装束に身を包んだ般若のような仮面をつけた少女が背に下げていた大きな太刀に手を伸ばした。


「何かが接近しています」


 仮面の少女の目の先の草木が大きく揺れ、そこからは三メートルもの『バケモノ』が姿を現した。

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